【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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276:永遠を生きよう(side:アザーロフ)

 ソビラト連邦、中央研究センターの一室。

 真っ白な壁に、高く設定された天上。

 多くの資金を投じて配備された研究機材たち。

 短い機械音が断続的に響いて、チカチカと緑のランプが点滅していた。

 優秀な部下たちに指示をしている眼鏡の男。

 枯れ木のように細く、痩せこけた頬に顔は青白い。

 それだけで、この男がずっと研究室に籠っていたのだと理解できた。

 椅子に座っているだけの私は、あるものをジッと見ていた。

 

 無数のコードが繋がれた一つの機械。

 手足は無く、ドラム缶のようなそれが中心に立っている。

 周りには対爆スーツを着た研究員たち最終チェックを施していた。

 強化ガラスの向こうで鎮座するそれを私は見ていた。

 

 やがて、研究員たちが退いていく。

 眼鏡の男はチラリと私を見て来た。

 私の顔色を窺ってる男は無視して、私は杖に両手を載せた。

 男は少しだけ焦りを覚えた様子で、実験の開始を告げた。

 

「……実験開始」

「了解。プログラム実行します」

 

 部下がカタカタとコンソールを叩く。

 そうして、コードは赤黒く光を発し始めて。

 機械のセンサー部分がバチバチと点滅し始めた。

 青い光から一変して、危険な赤い光を発し始めて。

 此方の用意したプログラムを受けて、アレは進化を始めた。

 

 眼鏡の男はニヤリと笑う。

 まるで、想定通りの結果だと言わんばかりで。

 

 

 だが、恐らくは失敗だ。

 

 

 私は黙ってその光景を見ていた。

 すると、用意されたプロトタイプはガタガタと揺れ始めた。

 想定外の事が起こり、眼鏡の男は他の人間に指示を飛ばす。

 必死になって安定させようとしているが、もう取り返しはつかない。

 そうして、機材から警報音が鳴り響いて。

 瞬く間に、プロトタイプは小さな爆破音を立てて黒煙を出し始めた。

 

 すぐに待機していた研究者たちが入っていく。

 対爆スーツに身を包んだ彼らは、消火剤をそれに散布していた。

 やはり、失敗だった。まぁ分かっていた事だ。

 

 眼鏡の男は舌を鳴らす。

 そうして、苛立ちを必死に隠しながら部下に指示を出す。

 

「……失敗……つ、次だ」

「……了解しました」

 

 男の指示に従い次の実験体を用意する部下。

 それを見てから、私はため息を一つ零した。

 男はびくりと肩を震わせて私を見て来る。

 私はもう終わりだと椅子から立ち上がって、杖を動かしてその場を後にした。

 これ以上此処で見ていても、私にとっては何の利益も無い。

 ただ失敗するだけの実験など何の価値も無いのだ。

 

 男は焦りながら私を呼び止めて来る。

 私はその声を無視しながら、スライドしたドアを通って廊下に出た。

 閉ざされた扉の向こう側で、男の怒りに満ちた声が聞こえる……愚かだな。

 

 功を焦っている。

 手柄を立てて、少しでも自らの価値を示したいんだろう。

 しかし、そんな事は無意味だ。

 どんなに優秀であろうとも、どんなに聡明であろうとも――ゴミに変わりはない。

 

 知能が高いだけのゴミだ。

 そんな人間はただ私の指示に従っていればいい。

 何も期待はしていない。期待するだけ無駄なのだ。

 そんな事に力を使うくらいなら、自分で動いた方が遥かに効率がいい。

 

 コツコツと杖を突きながら歩いていく。

 私を見つけた人間たちは、その場に止まって頭を下げていた。

 そんな人間には軽く手を挙げて応える。

 そうすれば、さっさと私の視界から消えてくれるからだ。

 

 つまらん。何もかもが面倒だ。

 

 私はただ純粋に楽しみたいだけだ。

 どんな事でも構わない。

 自分の想像も出来ないような事象を引き起こし。

 自らの知的好奇心を満たしたい。

 その為ならば、何であろうともする。

 ソビラトの奴らも、私の願いを叶える為に必死だ。

 

 もしも、私が他国に亡命でもしようものならそれこそ終いだ。

 

 この国に未来はなく、永久に進化の道は絶たれる。

 彼らは望んでいる。変化を、進化をだ。

 多くの敵に囲まれて、何時、自国の領土が脅かされるかも分からない現状で。

 奴らは圧倒的な力を欲しているのだ。

 

 どんな敵であろうとも一瞬で黙らせる事が出来る力。

 純粋な武力でも、文明によるものでも構わない。

 奴らにとっては力であるのなら何でもいいのだ。

 その為の駒が私であり、絶対に離すつもりはないのだろう。

 

 ゆっくりと足を止めて天井を見る。

 そこには監視カメラが設置されていて、レンズは常に私に向けられていた。

 私は薄い笑みを浮かべながら、視線を逸らして歩いて行った。

 

 コツ、コツ、コツと私の杖が床に当たる音が響く。

 そうして、長い廊下を歩いていけば一つの部屋の前に行きつく。

 私はゆっくりと扉の横のパネルに手を翳した。

 すると、センサーが作動して私の手をスキャンした。

 次に目を向けて網膜を読み取らせて、最後に声紋による確認も行う。

 

 厳重なセキュリティーによる確認を終わらせて。

 開かれた扉の先へと進んだ。

 中へと入れば扉はしっかりと閉じられて。

 暗闇の中に一瞬で明かりが灯った。

 

 広々とした空間には、黒いデスクと椅子が一つだけだ。

 後ろは全面ガラス張りになっていて、研究センターの上から街の様子が見える。

 見晴らしのいい景色を用意して、少しでもいい成果を出して欲しいのだろう……くだらんな。

 

 此処は私の自室であり、誰にも邪魔されないプライベート空間だ。

 勿論、隠しカメラは設置されている。

 しかし、既に私が手を加えていて。

 監視している人間たちは、偽の情報を必死になって見ている事だろう。

 此処でなら、どんな発言をしようとも感知されない。

 

 私はゆっくりと中を進んで、部屋の中心にある椅子に座る。

 杖をデスクの横に置きながら、静かに息を吐いた。

 年々、体の不調は顕著になっている。

 恐らくは、そう長くは生きられないだろう。

 死へと向かっている事は理解している。

 だが、死ぬ前にどうしてもやりたい事があった。

 

 それはこの広い世界で、私の名を歴史に刻む事だ。

 それも今ある地位でもってではない。

 私という人間が引き起こす――”地獄の世界”で響く名だ。

 

 どんなに優れた学者でも。

 どんなに勇敢な戦死であろうとも。

 知らない人間は絶対にいる。

 それはダメだ。そんなのは普通過ぎる。

 もっとだ。もっと多くの人間の心に名を刻みたい。

 その為にもっとも効率が良い方法は――”世界大戦”を自らの手で引き起こす事だ。

 

 徹底的に、全てを壊す勢いで。

 多くの人間が死んでも構わない。

 いや、寧ろ死んでくれた方が好都合だ。

 

 より苛烈で、より悍ましく。

 眠れないほどの恐怖により、全ての人間が私の名を心に刻む。

 私は楽しみたいだけだ。自分にとって未知の世界を体験したい。

 美しくつまらないこの世界を、この手でぐちゃぐちゃに掻きまわしたいのだ。

 価値あるもの、誰もが美しいと思うものを穢したい。

 誰だって一度は思う筈だ。

 高級な壺を見て、これを壊したらどうなるのかと想像する。

 それこそが未知であり、私が味わいたいものだ。

 

 世界をぐちゃぐちゃにした時に、私は一体どうなるのか。

 世界中の人間は私に対して、どれほどの怒りを抱くのか。

 それを知りたい。それを味わいたい。

 

 

 だから、私は――アレを生み出した。

 

 

 ゆっくりとデスクに設置されたボタンを押す。

 カチリと音が鳴り、デスクに隠されたそれが現れる。

 丸い球体状の強化ガラスに守られたそれ。

 中には一つのチップが収められていた。

 私は指で強化ガラスを撫でる。

 

 うっとりとした表情でそれを見つめる。

 まるで、愛しい我が子を見るように。

 

 

「……もうすぐだ……もうすぐ、私の願いが叶う……楽しみだ。心の底から、楽しみだよ」

 

 

 これを使う日が待ち遠しい。

 が、まだだ。これを使うに相応しい器はまだ”此処には”存在しない。

 

 ゴミ共が行っている実験には興味が無い。

 政府からの命令で、優れたバトロイドを生み出す実験をずっと行っている。

 それを使ってする事は、私の願いと大差はないかもしれない。

 表面上では軍の増強を図っているだけだが。

 奴らも奴らなりに、戦争の臭いを嗅ぎつけているのだろう。

 

 日本の村雨ツバキ女史による発明。

 マザーと呼ばれるプログラム。

 アレは第二の世界を作り出すという馬鹿げた思想から作り出されたものだ。

 私でも考え付かなかった発明であり、やはり彼女は他のゴミとは違う。

 

 アレを世界中の人間が欲している。

 その欲望の深さと言えば底なしで。

 本気で戦争を起こそうとしている人間も存在すると聞いた。

 世界中で空気がピリついており、少しでも刺激を与えてやれば戦争に発展してもおかしくない。

 それほどまでに、アレは魅力的で……だが、私の興味はそこではない。

 

 もう一度、デスクのボタンを押した。

 すると、球体は下へと格納される。

 そうして、別のボタンを押せば部屋が暗くなり。

 デスクの上に立体映像が投射された。

 そこには、村雨女史と手を繋いでいる”ロボット”がいた。

 

 

 

 彼だ。彼こそが――私が欲する存在だ。

 

 

 

 彼は素晴らしい。

 機械の身でありながら、人間と何ら変わりのない心を持っている。

 それを再現する為に、村雨女史がどれほどの苦労をしたのか。

 未だに解明できていない心を、彼女は完璧に理解して模倣して見せた。

 恐ろしい才能。恐ろしい手腕だ。

 

 アレほどまでに完璧な心を体現して。

 それでも尚、彼女はアレを家族のように置くだけに留まっている。

 理解できない。あんなにも完璧な素体を持っているのに。

 彼女は何故、アレを使って更なる改良を施さないのか。

 

 アレを使えば、如何なる兵器であろうともアップグレードが可能だ。

 プログラム以上の働きをさせられるだけじゃない。

 戦闘データを蓄積させれば、より多くの局面での運用も可能だ。

 心というものを加えるだけで、ただの機械も優秀な兵器となる。

 

 不要な感情というものは排除して。

 此方が与えた戦闘への意欲を更に向上させて。

 戦う事だけを考え続ける”心”を生み出せば……実に勿体ない。

 

 私なら、アレをもっと上手く使える。

 私なら、アレを使って――世界を終わらせる事も出来る。

 

 彼の心と、私が生み出したチップ。

 それらが合わさる事によって、この世界で唯一無二の兵器が完成される。

 

 想像しただけでも興奮する。

 素晴らしい。素晴らしい光景だ。

 美しい街並みも、人間が築き上げた文明も。

 全てを私のこの手で破壊して、散らばった残骸をゴミのように踏みつぶしていく。

 

 赤子も、女も関係ない。

 全てだ。全てを潰す。

 価値あるものを潰せば潰すほどに、私の名は多くの人間の心に刻まれる。

 

 誰も私を忘れはしない。

 私という存在が消える事は無い。

 私は永遠に等しい時間を、彼らの心の中で生きる。

 

 恐怖に支配され、ガタガタと震える人間たち。

 目を瞑ろうとも、私という人間は彼らの前に立っている。

 

 忘れさせはしない。

 つまらない世界で、ありきたりな終わりなど迎えたくはない。

 最期に私は、世界中の人間が震えるような華を咲かせよう。

 

 呼吸を少しだけ乱しながら、私は震える手を伸ばす。

 そうして、投影された映像に映る彼を掴んで――潰す。

 

 拳をゆっくりと引き抜きながら。

 私は目を細めながら、己の手を胸の前においた。

 

「もうすぐ、会えるよ……マサムネ君」

 

 楽しみだ。楽しみで仕方がない。

 共に世界に名を刻もう。

 世界中の人間を恐怖で震え上がらせて。

 共に永遠の時間を生きよう――君には、その権利があるんだから。

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