【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
――確かな変化が訪れた。
失敗した俺は、再びこの世界に戻って来て。
その時には無かった力を使って行動を起こした。
その結果、大きくはなくとも確かな変化が存在した。
先ず一つ目は、マザーの中枢へと行く為の権利を手に入れた事。
最初の世界では知り得る事も出来なかったマザーという存在。
俺という存在が人間に生まれ変わり、彼女の作り出した世界で戦う事になるのだ。
多くの経験と知識によって、俺はマザーに接触する機会を手に入れた。
これで何かが変わる。いや、実際には既に変化しているのだ。
そして、二つ目。
家族から拒絶される事なく。
俺は彼らに受け入れられて、より絆は深まった。
今は俺に協力してくれていて、これから先でも頼りになるだろう。
父母たちの信頼を勝ち得た事が俺にとっての一番の成功で。
どんな結果になろうとも、守りたい存在として俺は認識できた。
それ以外にも、多くの変化がある。
沢渡長官とのコネクションに、ツバキやアルタイルとの情報の共有。
国家に属している重鎮が、俺の味方になってくれた。
この先で俺がどんな存在になろうとも、彼は俺が保有するデータの為に約束を守ってくれるだろう。
例え、俺という存在を――”隠ぺい”する事になったとしてもだ。
車の中で揺られながら。
俺は窓から見える景色を見ていた。
住宅街を抜けていき、高速道路に侵入して。
山々が連なるそこを通っていくが、あまり車は見当たらない。
後続車もいなければ、対向車線にも車は存在しなかった。
真っすぐに続く道路を進んでいけば、ゲートらしきものが見えてきて。
ツバキの愛車が接近すれば、ゲートは自動で開けられた。
重厚なそれが一瞬で展開されて、ツバキは無言でその道へと進んでいった。
本来であれば、誰も侵入する事が出来ない道。
工事中である事を示す看板が立てかけられていて。
しっかりと封鎖されているその道の先には、一つの研究施設が存在する。
ツバキはこう言っていた。
国の最重要施設であり、地図にも記載されていない場所だと。
存在するという噂さえ無い極秘の研究施設で。
そこでは、国家規模のプロジェクトが進んでいるのだという。
マザーだけではない。
他にも重要な研究は幾つもある。
しかし、それを俺に教える事は出来ない。
彼女はその研究所で主任を任されるほどの立場だ。
安易に情報を渡す事は禁じられている。
例え、それが肉親であろうともだ。
だが、見る事だけは許されている。
目隠しをして移動する訳にもいかないからな。
それは不便だし、色々と目立ち過ぎる。
完璧に舗装された道を車は進む。
揺れることも無く、静かに車は進んでいって。
長く続いている道の先には何も無い。
いや、何も無いんじゃない……道が途絶えている。
工事中の看板が嘘ではないと示すように。
真っすぐに続いていた道は途中で消えていた。
工事作業用の機械や材料がきちんと置かれていて。
怪しむ事も無いほどに、それらは完璧な”偽装”を演出出来ていた。
車はゆっくりと速度を落としていく。
ゆっくり、ゆっくりと進み――ピタリと止まる。
オレンジ色の柵の前で止まった車。
音楽も掛けていない車内は静かで。
周りは山に囲まれて良くいえば開放的で、悪く言えば殺風景だった。
ちゅんちゅんと雀が鳴いていて、俺たちをジッと見つめている。
俺は周りを見渡しながら、この後はどうするのかと思っていた。
すると、ツバキは助手席の俺を見つめながら人差し指で口を押える。
一言も喋る事無く、彼女はジェスチャーで静かにするように伝えて来た。
俺はそれに頷きながら応えて、前を向いた彼女を見ていた。
すると、柵に止まっていた雀が羽ばたいて。
ボンネットに足を止めてから、ゆっくりと彼女に近づく。
そうして、その瞳を彼女に向けて――なるほど。
赤外線も何も出ていない。
しかし、雀の瞳をよくみれば小型のレンズになっている。
恐らくは遠隔操作型のロボットで。
燕に擬態したそれはツバキを暫く見つめてから、また柵へと戻って行った。
それが柵に足を掛けた瞬間――地面ががこりと動く。
道半ばの橋が動き出す。
大きく広がったそれが展開されて行って、俺たちが乗った車は地面ごと下へと下がって行った。
大きな音が出る訳でもない。
スムーズに下へと下がったそれが、地面に着いた。
そうして、前を見れば鬱蒼と生い茂る木々が邪魔をしている。
彼女は俺が黙って見ているのを見てくすりと笑う。
そうして、車に付けられたレバーをかちりと回した。
すると、昼間であるのにライトが点灯した。
が、ただのライトじゃない――木々が消えている。
ライトを照射した部分の障害物が消えていた。
アレはホログラムに近い何かで。
このライトは照射すれば、それを消す事が出来るようだった。
よく見れば、岩などに偽装した投射機が幾つかある。
本物のコケなどを生やして、普通の人間ではまず分からないだろう。
それらを見つめていれば、彼女は再び車を前進させて進みだした。
ホログラムの先を進んでいく。
それなりに広い道であるが。
此処へと来る為には、必ずあの道路を通って行かなければいけないのだろう。
下から強引に進んでいく事も出来るが、あそこに繋がっている道は無いように思える。
そして、高速からあの道へと進もうとすれば、各所に設置された監視カメラに見つかってしまう。
ルートは一つ。そして、そのルートも厳重に守られていた。
車は進んでいく。
時折、左へ曲がって。
今度は右に曲がり、くねくねとした道を進んでいった。
暫くの間、車内で揺られる。
入り組んだ道を進んでいけば、少しだけ変化が現れた。
富士の樹海のように、背の高い木々でカモフラージュされたそこ。
車が行きついた先には――少し大きな洞口があった。
「……此処が?」
「そうよぉ……ま、パッと見ではそうは見えないけどね」
天然の洞窟のように見える。
長い年月をかけて彫られた穴の様で。
岩にはツタなどが絡みついている。
ツバキは特殊なライトを消した。
そうして、普通のライトを点灯させてゆっくりと車を進めた。
先が見えない洞窟の中へと入っていく。
音が反響していて、蝙蝠の鳴き声も聞こえて来た。
いや、それだけじゃない。
蝙蝠以外の獣の声も聞こえてきて、恐怖という感情を刺激されるようだ。
「……もしかして、これも」
「ふふ、そうよ。人間の恐れを増幅させる音……万が一、一般人が侵入してもこれなら寄り付かないからね」
「……誰か来た事があるのか?」
「うーん。記録上ではないかなぁ……そもそも、何も無い此処に来るような一般人はいないけどねぇ」
「……それって意味あるの?」
俺は思わず聞いてしまう。
すると、ツバキは乾いた笑みを零すだけだった。
俺はそれ以上の追及は止めておいた。
一般人が此処に来ない事は誰であれ分かる。
此処に来る人間と言えば、”関係者”かそれ以外の”侵入者”くらいで。
彼女たちは念の為に、敵かどうかを判別する為にこれをつけているのかもしれない。
怖がる事無く進むのであれば、此処の情報を持った侵入者。
怖がって逃げていくのであれば関係の無い一般人。
そういう線引きをしなければ、どう対処していいのかも分からないだろう。
まぁ、一般人のフリをしたスパイもいるかもしれないが……そんな事まで考えたらキリがない。
研究者という職業も苦労するんだろうなと思いながら。
俺はツバキと共に洞窟の先を見つめていた。
彼女の車はゆっくりと進んでいって。
奥へ奥へと車は進んでいき、この洞窟は想像以上に広いのだと認識を改めた。
やがて、二つの道に分かれた場所に着いた。
車は静かに停車して、彼女はにまりと笑い俺を見る。
この顔をする時のツバキは、俺やアルタイルに問題を出す時だ。
俺はそんな彼女をチラリと見てから、静かに問いを投げた。
「……どっちが正解?」
「さぁどっちかな。当ててみて」
「……右」
俺は少し考えた。
左の道からは風の音が聞こえる。
つまり、その先にはどこかしらに穴が空いている可能性がある。
換気できるような機構を備えている可能性も勿論あるが。
そんな目に見えて分かるような場所に、最重要施設を置くことは無い気がした。
だからこそ、敢えて可能性の低い右の狭い道だと答えた。
すると、ツバキはくすくすと笑う。
その反応は当たりなのか外れなのか……多分、外れだな。
「残念」
「じゃ、左?」
「ううん、それも違う……こっちだよ」
ツバキはゆっくりとハンドルを回す。
少しだけ開けた空間では、車を動かす事も容易だった。
まるで、此処で車を動かす事を想定しているような空間で。
彼女がハンドルを回して方向を変えた先は……え?
俺は少しだけ驚いた。
彼女はそんな俺の反応が分かったのか。
目を細めながら笑って、ゆっくりと車を進めた。
「こっちは……俺たちが来た道だろ?」
「うん、そうだよ……こっちが正解でした」
意味が分からない。
二つの道が用意されていて。
その何方かが正解だと普通は思うだろう。
来た道を戻る事が正解なんて誰も思わない。
いや、そもそも此処へ来るまでにそれらしき道は存在しなかった。
俺がどういう事なのかと見ていれば――あった。
さっきまでは無かった筈の道。
壁しか無かった筈の場所には、車が通れるだけの穴が空いていて。
俺がツバキに視線を向ければ「隠し扉だよ」と彼女は言う。
俺は恨みがましく彼女に疑問を示す。
「だったら、最初から行けばいいじゃないか。ツバキなら、バックでも通れるだろ」
「ふふ、違うよマサムネ。これはあの空間まで行かないと開かないの」
「……は?」
「はは! そんな顔すると思った……この施設を建てた人はね。ちょっと変わった人でね。子供の頃から忍者屋敷に憧れていたらしくて、目立たない施設を建てて欲しいっていう依頼に全力で応えた結果……こうなったんだよ」
「…………まぁ…………うん、いい、かも?」
「……言いたいことは分かるよ。すっごく面倒くさいから!」
此処に来るまでに色々と手順がある。
彼女は満面の笑みで、その手順の面倒さを証明してくれた。
俺は乾いた笑いを零しながら、もう終わりだよなと思ってしまった。
車は揺れる事無く進んでいく。
そうして、奥へと続く一本道の先には――小さな扉が一つだけあった。
此処が終点か。
そう思いながら見ていれば、彼女は車を扉の前に止める。
「さ、着いたよ。足元に気を付けてね」
「あぁ……疲れた」
ただ乗っていただけなのに無性に疲れる。
俺は扉を開けて外に出る。
扉を閉めれば洞窟内に音が反響して。
ぽちゃぽちゃと水滴が落ちる音が静かに響いていた。
ツバキが車のロックを掛けて扉へと近づいていく。
俺も慌てて彼女を追った。
扉の前に着くと、彼女は横に設置されたパネルに首から下げたカードを提示した。
黒を基調として、青いラインが入ったそれを翳せば短い機械音が鳴る。
たったそれだけの手順でロックが解除された。
そうして、背後から音が鳴った。
慌てて振り返れば、俺たちが乗って来た車が動いている。
それも地面がスライドしていて、そのまま展開された穴の先に吸い込まれて行った。
「……忍者屋敷」
「はは、アトラクションだと思えば楽しいよ……最初だけはね」
疲れ切った笑みを浮かべるツバキ。
彼女の隠された苦労の一端が垣間見えた気がした。
彼女はノブを回して扉の中に入る。
俺も彼女の後に続いて中へと入った。
中へと入り後ろ手に扉を閉めればガチャリと音がして、再びロックが掛けられた。
すると、思っていたよりも中は広々としていた。
三十人くらいなら余裕で入れそうで……うん?
キョロキョロと見ていれば、空間内に赤いランプが点灯した。
そうして、壁に取り付けられた穴から勢いよく何かが噴射された。
ツバキを見れば「除染作業だよ」という。
「簡易的なものだから、そのままでいいわ……と、終わったね」
彼女が説明している間に、除染作業なるものは終わる。
そうして、汚れが取り除かれた俺たちはロックが解除された奥の扉に進む。
緑色のランプが点灯した部屋から出ようと彼女はノブを掴み――笑みを浮かべる。
「ようこそマサムネ――此処が私のラボだよ」
彼女はゆっくりと扉を開ける。
そうして、俺の視界は光に満たされて――感嘆の息を漏らした。
目の前に広がる光景。
そこには白衣を着た多くの人間たちが動き回っている。
いや、それだけじゃない。
二足歩行型のロボットも沢山いて。
人間たちの支援をしながら、バタバタと動き回っていた。
中へと足を踏み入れて、周りを見る。
ガラスで区切られた部屋の中では、様々な実験が行われている。
「アレは馬か……いや、馬じゃない。アレは機械だ……あっちは、トウモロコシか? いや、でも……大きい」
馬のように見えたそれは確かに機械だ。
いや、正確に言えば一部の部分だけが機械化されている。
足の一部と腹部の辺りが機械化されて、研究者が与えるニンジンを食べている。
別の部屋では、巨大なトウモロコシが存在した。
通常のものの十倍はあるそれ。
品種改良でどうこうなるレベルは超えている。
部屋の前で見ていた別の研究者たちの話声が聞こえてくる。
質は落ちていない、栄養価も規定値内……すごいな。
俺はそれらを知っている。
彼らがそれらの研究をしていて、一部は未来の世界でも活かされていた。
死んだ動物を機械化する事によって蘇生する研究。
農作物に特殊な改良を施す事によって、一つの種でより多くの収穫を得る研究。
まだある。まだまだこの空間には存在する。
俺はそれらを食い入るように見つめていた。
すると、ツバキが俺の横に立って俺の頭を撫でる。
「すごいでしょ……人間は、すごいんだ」
「……うん、すごい……本当に」
俺は静かに頷く。
すると、ツバキはゆっくりと俺に手を伸ばす。
俺はそんな彼女を見つめて、ゆっくりと手を握った。
彼女は微笑む。そうして小さく「行こう」と言う。
人間の可能性。
彼らの輝きを絶やしてはいけない。
彼らの努力を灰に埋もれさせはしない。
「……行こう。彼女の元へ」
俺の言葉を受け取って、ツバキは歩き出す。
俺たちは進む。この先で待つ”マザー”に会う為に。
ツバキはそんな俺の手を強く握っていた。
強く強く、決して離さないように――