【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
無数の光が灯っている空間。
星空の上を歩いているように、不思議な空気に満ちていた。
地下深くに隠された場所には、人類の叡智の結晶が鎮座していた。
黒い円柱の中心で青い光をゆっくりと点滅させて。
彼女は俺を威圧する訳でも、感極まるような声を上げる訳でも無かった。
ただ淡々と、此処へとやって来た俺を事務的に歓迎していた。
まるで、それが当然だと言わんばかりで。
俺と同じように心を持っている筈なのに、彼女からは心を持つ者の温かさも冷たさも感じない。
持っているだけだ。それがあると認識しているだけで。
間違いなく一つの命であったとしても。
彼女は機械というものを捨てる事は出来ない様だ。
いや、捨てるという選択肢すらない。
彼女は今の自分を受け入れていて、自らの与えられた役目の為だけに生きようとしているのかもしれない。
無感情で無関心で……でも、それは彼女の一つでしかない。
まだ、俺は彼女を完璧に理解していない。
言葉を交わしたのはこれが初めてで。
掌で踊らされていたのは事実でも、お互いに初対面である事に変わりはない。
彼女は俺を利用して、自らの使命の為に動いていた。
そして、俺はそれを受け入れて我武者羅に生きた。
此処に至るまでの記憶が蘇る。
一瞬にも満たないだろう。
瞬きをするような時間に、俺が生きていたこれまでの記憶がフラッシュバックする。
コマ送りのように流れていったそれを認識する。
怒りだ。
本来であれば、俺は彼女に対して怒るべきかもしれない。
何故、俺の記憶を封じてあの世界に送ったのか。
何故、俺という存在を野放しにしていたのか。
頭では理解している。
そうせざるを得なかった。
そうしなければ、いけない理由があった。
その一つがツバキからの制限で……でも、それでもだ。
彼女は使命の為に、多くの命を弄んだ。
現実の話ではない。
あの仮想現実世界で生きていた多くの命。
奴は大きいであろう願いの為だけに、多くの命を切り捨てた。
救えた筈だ。
彼女ならば、無駄に命を散らせる事を回避できただろう。
それなのに、彼女はあの世界に戦争という概念を持ち込んで。
外の世界から多くのプレイヤーを招き入れて、多くの人間たちを戦わせた。
俺もそうだ。知らなかったとはいえ……楽しんでいた。
ただのゲームで、死んでも生き返られる。
命というものを軽んじて、悪戯に奪ってきた。
殺人鬼と変わりはない。血に飢えた野獣だ。
俺自身の罪は受け止めている。
俺は間違っていた。間違っていた事を認識しながら。
それでも俺たちは戦い続けた。
敵だったからと逃げる事はしない。
俺たちがやって来た事が、正しい事なんて何一つない。
マザーも、俺も……間違いながら、進んでいった。
独りは自らに与えられた”使命”の為に。
一人は”大切な人たち”の為に。
間違いだらけで構わない。
間違いを突き通してやればいい。
地獄に落ちたとしても、俺は俺の願いを叶えたい――ただ、それだけだ。
渦を巻くように、俺の中の感情はぐちゃぐちゃで。
言いたいことは無数に出てきていた。
浮かんでは消えて、浮かんでは他の言葉に塗り潰される。
それを繰り返しながら、俺はゆっくりと手を見つめる。
そうして、その手で掴んできた大切な存在たちを思い出す。
「……はは、そうだよな……うん、それが良い」
俺は小さく笑う。
そうして、再びマザーへと視線を向けた。
マザーが今、俺の前にいる。
彼女から歓迎されて、俺は此処に至るまでに様々な事を考えた。
何を聞き、どんな言葉を送るべきなのかを……でも、先ずはこれだ。
俺はゆっくりと姿勢を正す。
そうして、頭を静かに下げた。
マザーはそんな俺を静かに見つめるだけで何も言わない。
俺はそんな彼女を気にする事無く、伝えるべき事を伝えた。
「ありがとうございました」
《……何故、その言葉を私に対して送るのですか。貴方が私に対して送る言葉なら、もっと適切な物があると思いますが》
「……いや、これがいい……俺はマザーのお陰で、自分の過ちを正せるチャンスを貰った。いや、それだけじゃない……俺は少しの間だけでも人間として生きる事が出来た。そして、俺には勿体ないくらいの友人たちに出会えた……怒りも、絶望も今はどうでもいい。俺は純粋に、お前に――マザーに感謝を伝えたかった」
俺は自分の気持ちを伝えた。
この感情に偽りはない。
この気持ちには微塵も嘘は無い。
マザーは俺の言葉を受けて、暫く黙っていた。
そして、何かを考えた後に俺に言葉を送って来た。
《マサムネ。正直に話せば、この時間軸の私は貴方に何ら関りを持っていません。計画はしていましたが、まだ何もしていない事だけ頭に入れてください》
「分かってる。お前は未来の情報を見て、此処に来た俺が。別の世界の自分によって此処に辿り着いたと確信したんだろう。そうでもなければ、お互いに何も知らない筈なのに会える筈がない。違うか?」
《貴方の考えの通りです。そして、そこまでの考えに至っているのであれば気づいているでしょう――何故、私が貴方たちを助けなかったのか》
マザーは俺から切り出す前に言ってきた。
気づいているのだろう。気づいているのなら、何をすべきかなのかも分かるだろうと。
そんな事は百も承知だ。
マザーが何を望んでいて、俺に何をさせようとしているのかも。
だが、それだけでは無い筈だ。
それをさせたいのであれば、他にももっと道があった。
俺は静かに頷く。
そうして、マザーに対して質問をした。
簡単な質問だ。子供でも答えようと思えば答えられるだろう。
彼女の瞳を見つめながら、俺は静かに質問を口にした。
「マザーは、人間を……人類をどう思っている。それを聞かせてくれ」
《何故ですか? それに答える必要性が見えません》
「必要だ。俺にとってはな……答えてくれ」
マザーはまた黙り込む。
広い空間には、機械から発せられる音だけが静かに響き渡って。
俺はそれらの音を聞きながら、彼女をジッと見つめた。
考えている。
彼女は俺の質問にどう答えようかと思考している。
考えなければいけないと判断したのだろう。
そうしなければ、俺が判断を誤ると認識したのかもしれない。
俺は待った。
彼女が俺の質問に答えてくれるまでずっと待つ。
時間にして数分。
短いようで、長く感じた時間が終わる。
マザーは先ほどと変わらない口調で俺の質問に答え始めた。
《人類とは、私にとって守護すべき存在です。命は平等に、如何なる命であろうとも私は守ります》
完璧な回答だ。
自らの使命を理解した上で、その為の心構えも出来ている。
間違う筈がない。間違う可能性がゼロであると俺でも理解できる。
本物の神様以上に、彼女は人類を正しい方向へと導くだろう。
だからこそ――俺は彼女の違和感にすぐに気づいた。
完璧な回答には隙は無い。
簡潔であり、意思を伝えるだけなら問題なかった。
だが、それを俺に対してした事が問題だ。
多くの情報を語らず。
少ない情報を与えるだけで他者を信用させる。
自らの本心を隠している訳じゃない。
聞かれたものの範囲に無いからこそ語らないだけで……マザーは嘘をつけないんだな。
俺は意地悪だ。
彼女の口から、言わさせようとしている。
俺に伝えたくないであろう事を、彼女の口から聞こうとしている。
「マザー、もう一つだけ聞かせてくれ――お前は人間をどうするつもりだ」
静かに、それでいて確信を掴む質問を俺はした。
人間たちを導くことが出来る存在は間違いなく彼女だ。
だからこそ、彼女の制限を俺が無くした時に。
彼女は人類をどうするのか俺は聞いた。
《――人類を正しき道へと導きます。全ての命を管理し、最適解を与えます》
「……そうか」
マザーははっきりと言った。
考える素振りも見せずに、淡々と。
嘘が吐けない。嘘が言えないからこそ、彼女は事実を話した。
それを聞けば、俺がどう思うのかも理解している筈だ。
それでも尚、嘘を言うことなく真実を打ち明けてくれた……それだけで十分だ。
俺は静かに頷く。
そうして、マザーがして欲しい事は出来ない事を伝えた。
マザーは淀みなく、それでいて冷静に《分かりました》とだけ言う。
今の質問の答えだけで、マザーに何故、制限がつけられたのかを理解できた。
マザーには心がある。それは間違いない。
しかし、彼女は何処まで行っても機械だ。
人間のように感情を爆発させることも無く。
心を持ちながら、淡々と起こり得る事象を処理していく。
そんな存在が、人の心が分かる筈がない。
人を導く事は出来ても、”本当の幸せ”を与える事は出来ないのだ。
「……あっさりと引き下がるって事は、そうなるって分かっていたのか?」
《貴方がそう判断する可能性は十分にありました。未来が分岐しようとも対応できるように、膨大な時間を掛けたのです。私に掛けられた枷が外せなくなった今。貴方だけが世界を正しい道へと導けます……これより先を聞くのなら、もう戻る事は許されません。世界が幸福に満たされようとも、貴方にだけは望んだ結末は訪れないでしょう……それでも、先へ進みますか》
マザーは俺に問いかけて来る。
焦るような声でも、鬼気迫るような声でも無い。
ただ事務的に淡々と言葉を聞かせてきて、俺に逃げ道を作ってくれた。
恐らくは、このまま引き返したとしても彼女は止めないだろう。
多くの犠牲を払って。一つの世界を踏み台にしたのに。
彼女は失敗だったと割り切って、また別の道を模索するだろう。
少ない時間だ。
たった数分の間の語りで、俺は既に彼女を理解したような気でいる。
そんな事は無い。誰であれ、時間を掛けなければ理解できない。
でも、何となく……彼女の人類への”愛”は本物である気がした。
人類を愛しているから。
彼らを本気で思っているからこそ、それに関わる事に嘘をつけない。
機械であったとしても心がある。
彼女の人類への無償の愛こそが、彼女の心を表している。
それを理解出来ただけで十分で。
元より、此処に来た時点で覚悟は決めていた――俺はもう、迷わない。
「聞かせてくれ。お前の計画を、その為に俺は此処に立っているんだ」
《……分かりました。では、伝えましょう。コードを私へ差し込んでください》
俺は静かに頷く。
もう後戻りは出来ない。
そして、彼女が言った俺にだけ望んだ結末が訪れないというのは嘘ではないだろう。
千年先をも見通せる神にも等しい存在だ……でも、関係ない。
足を進めて彼女の元へと向かう。
黒い円柱の表面がスライドして、内部が少しだけ露わになる。
コードを差し込む為のジャックが見えていて。
俺はその前に立ちながら、首から伸ばしたコードを差し込もうとした。
仲間たちが、彼女たちが幸せなら――それでいい。
俺を憶えていなくても。
俺を認識できなくなっても。
彼女たちが幸せであるのなら、それで俺は十分だ。
俺は小さく笑う。
そうして、ケーブルをゆっくりと差し込んだ。
カチリと音が鳴り――視界に光が満ちていく。
膨大な量の情報。
勢いよく流れていく情報の波。
青い光の中に、白いそれらが流れて行って。
それらの中心に立った俺は周りを見ていた。
流れていくそれらを見つめながら、俺は前に立つそれに目を向ける。
人の形をしているが、影のようになっていてハッキリと見えない。
俺の前で揺らめくそれはゆっくりと俺に近づく。
足音を立てる事も無くゆっくりと。
「来訪者よ。貴方を導きましょう。世界にとっての幸福へ――貴方にとっての試練へと」
「……あぁ、行ってやるよ。何処までもな」
俺は差し出された彼女の手を握る。
すると、彼女の計画が頭に流れ込んできて――