【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
ツバキは、沢山泣いていた。
俺は彼女が泣いていた理由を知っている。
知っていながら、彼女と一緒にいたいと本気で思っていた。
どんなに辛い選択をしたとしても。
どんなに俺が苦しんだとしても、関係ない。
彼女は俺の夢を叶えてくれた。
人間になりたいという俺の夢を叶えてくれた。
俺にとってはその事実だけで十分で。
沢山泣いた彼女を抱きしめながら、俺はまた家族との絆が深まったような気がした。
マザーからもたらされた情報。
その中には、ツバキに関する事も含まれていた。
マザーの計画の中で、絶対に欠かせない人間が数名いる。
その中にはツバキも入っていて、彼女は俺を駒として使う為に彼女に協力を要請しようとしていた。
ツバキに協力してもらう為に、マザーはある条件を突き出す用意をしていた。
それは、彼女が最も大切にしている存在を救う事で。
マザーは自分の持ちうる知識を使えば、数年後にはツバキの息子を救う事が出来ると言うつもりだったらしい。
ツバキに息子がいたなんて知らなかった。
村雨宗君という”記録上”では十歳になる子供で。
彼は交通事故により脳の一部を損傷し、五年もの間意識を失い続けているらしい。
ツバキは、彼をこの国で一番の医療施設へと連れていき。
体の成長を止めて、生きたまま状態を保てる特別なポッドの中に入れさせたという。
何年もの間、眠ったままの彼が目覚めた時に。
もしも、心と体の状態が一致しなければ自死する恐れもある。
だからこそ、ツバキは宗君が目覚めてくれるのを期待しながら。
その時を待ち続けている。
だが、自力での復活は困難で。
可能性があるとすれば、手術による脳の機能の回復だけだ。
最も、それを出来るだけの知識や技術を持つ医者は現在は存在しない。
ポッドを使い続けるだけでも莫大な費用が掛る。
ツバキがどれだけ高い給料を持っていたとしても。
彼の医療費を賄えるだけの資産は持ち合わせていない。
だからこそ、あらゆる方法を模索して。
ツバキは息子を救うおうとしていた。
マザーも俺も、その過程で生み出された存在だ。
でも、ツバキはそんな俺たちにも惜しみない愛情を注いでくれた。それは真実だ。
マザーなら救えるかもしれない。
常に進化し続ける彼女であれば、不可能を可能にする事も……。
だけど、実際にはまだツバキの息子である宗君を救う方法は確率されていない。
でも、間違いなくマザーは宗君を救う事が出来た。
それを確信したのは、マザーが宗君を単純に救うだけでなく。
俺の為に彼を使って、ツバキの遺伝子や彼女が持っていた全てを未来に継承させる為だった。
彼女が最期に書き記した手紙。
そして、彼女が大切に持っていたアルバム。
他にもまだある。彼女自身の優秀な遺伝子に加えて。
未来の世界で欠かす事の出来ない代物――オーバードだ。
オーバードは奇跡に奇跡が重なって生まれた代物だ。
マザーですらその全てを解析する事は不可能で。
膨大なまでの情報量に加えて、複雑怪奇なコードの羅列に彼女は恐れおののいたらしい。
オーバードの元となるものを構想したのは、他でも無いツバキで。
オーバードは元々、名前すらないこの世に生み出す事が出来ない失敗作だった。
理論上では、この世に生み出す事も可能だと彼女は考えていた。
しかし、それを生み出す為には膨大な時間を掛ける必要がある。
時間だけではない。莫大な資金も必要とし、成功するかも定かではないのだ。
百年以上の時間を掛けた上に、国家予算を遥かに超えるコストが掛るそれを。
態々作り出そうという人間は誰一人としていなかった。
こうして、彼女が考えた”不可能を可能にする”魔法のような計画
それを見つけたのはマザーで。
彼女は好奇心から、ツバキのパソコンにアクセスして。
彼女が過去に破棄したデータから、それを復元したと語った。
本物の天才と表される彼女。
しかし、その計画書はマザーから見れば穴が多いと言う。
莫大なコストに加えて、何百年という年月を掛けなければこの世に生み出せない。
それを理解しながらも、マザーはそれに可能性を見出した。
彼女は別の時間軸にいた自分について考えを聞かせてくれた。
恐らく、彼女はオーバードが現実世界では生み出す事が不可能だと悟った。
それだけの費用を何百年も捻出し続ける事が出来る国家は存在しない。
世界的なプロジェクトに出来たとしても、そんなにも長い時間を掛けてまでこれを生み出そうとする人間も存在しない。
不可能に可能にするという事は、”無”を”有”にする事が出来るのだ。
絶対に治る事の無い怪我や病気を治癒し。
存在しない物質を新たに生み出す事も可能で。
長きに渡る戦争を終わらせる事も出来てしまうのだ。
そんな魔法のような話を聞かされて、果たして何人の人間が信じるのか。
マザーはそれを無駄であると割り切っていた。
だからこそ、現実世界でそれを作る事は最初から考えていなかった。
ならば、何処で作るのかといえば――仮想現実世界だ。
彼女が構築し、自らの手で生み出した世界。
そこでは彼女が神であり、如何なる事も行う事が出来る。
ツバキからの制限は人類に対するもので……恐ろしい事に、彼女の制限には”彼ら”は含まれていなかった。
認識の違いによるものだ。
マザーは現実世界で生きる彼らを人類と認識して。
自らが生み出した仮想現実世界に生きる人たちを、人類とは認識していなかった。
その為、彼女は現実世界に手を加えられないからこそ。
仮想現実世界で生きる人間たちを使って、オーバードを完成させようとしたのだろうと言った。
莫大な費用も、膨大な時間も彼女の手に掛れば関係ない。
自らの手足となる人間を生み出して、彼女は時の流れを操り。
オーバードを完成させる為だけに、人の一生を終わらせ生み出し続けた。
何故、人を生み出さなければならなかったのか。
彼女が自分で作ればいいのではないか。
俺がそう思えば、彼女は簡潔に答えた……テストしなければいけないと。
如何に優れた彼女であろうとも。
オーバードというものは未知の領域で。
ツバキですら構想を練るだけで、作る事が出来なかった欠陥品なのだ。
それを自らの手で完成させる事は困難な道のりだろう。
失敗して、失敗して、失敗して。
失敗を繰り返すごとに、テストをさせた人間たちは死ぬ。
奇跡を起こす為には、代償を必要とする。
それに耐えられるだけの人間を創り出す事は、無理だったのではないかと彼女は言った。
だからこそ、視点を変えて誰にでも使えるものを作り出す事を断念したと彼女は予測した。
俺はそれ以上先を聞くことが恐ろしかった。
彼女が淡々と語っている事は、誰がどう見ても人道に反している。
モルモットのように人を実験台にして。
死なせた人間の事など、彼女は全くと言っていいほど憶えていない。
俺は何となく、その話の先が分かっていた。
誰にでも使える事が無理で、扱える人間を予め決めるならば――”俺”しかいない。
マザーは、こう言っていた。
俺という存在を対象に絞り。
俺と全く同じデータを持った人間を生み出したと。
そうして、今まで行ってきた実験をそれで行ったと。
死んで、死んで、死んで。また死んで……吐き気がした。
本人の前で、クローンを生み出して殺してきたと当たり前のように語って来たのだ。
気が狂いそうになったが、俺は何も言わなかった。
彼女にとっては、現実世界に住む人間たちを救済する事が優先すべき事で。
仮想現実世界の住人も、俺という機械生命体も、その中には含まれていないのだ。
淡々と語った彼女は、最後にこう言った。
理論も結論も不明だ。しかし、実験は成功したのだろうと。
そうして、生み出された二体のオーバードを世界に放ち。
彼女は自らの計画を進ませる事によって、俺をこの世界へと導いた。
本来であれば、オーバードを使えるのは俺だけだ。
しかし、実際にはバシムや神官。
他には告死天使なども使えた。
それについて聞けば、魂の波長が似ていた事や。
俺という存在をコピーしていた事が要因となっているのだろうと言っていた。
あるのだろう、と言ったが……恐らく、それすらも彼女が仕組んでいた事だろう。
彼女は本当に、俺たちをただの駒としか思っていない。
淡々と計画を進めて、ただ一つの結果を求めていた。
これから俺が成すべき事も、彼女は平然と語っていた。
予感はしていた。それしか道はないと。
だけど、いざ彼女の口から聞けば……正直、足が竦みそうだ。
怖いさ。とても怖い。
命を懸けなければいけないのだ。
仮想現実世界のように生き返る事は無い。
彼女は俺に臨むべき結末は訪れないと言っていた……それに間違いはない。
彼女の計画通りに進んで。
全てを終わらせるた為に、あそこへと行けば。
俺の結末は、決まってしまう。
世界の運命もそこで代わり、彼らには幸福な未来が待っている。
俺が助けたいと願った彼女らも、マザーは救う事が出来ると言っていた。
大きな運命も、多くの人間の行動が無ければ変わらない。
どんなに世界の姿が変わろうとも、未来で生まれる子供は決まっている。
人は運命に沿って進み、自らが定めた相手と結ばれるのだと。
とても無駄で、非合理的なもので。彼女は自分ならばそれを変えられると言っていた。
マザーは、あぁ言っていたが……少しは、俺を気遣っていたんだろうな。
千年先が見える彼女ならば、それも強ち嘘ではないと思える。
出会う人間は決まっていて、生まれる子供も決まっている。
死んだ人間が救われれば、生まれる子供の数も増えるだろう。
でも、俺がいた世界で生きていた人間たちが変わる訳ではない。
彼らはこの世界の未来でも、必ず生まれる筈だ。
確証も、未来も俺には見えない……でも、その可能性を、俺は信じたい。
その為にも、俺は進まなければいけない。
彼女の計画を聞いて、もう後戻りは出来ないのだ。
此処で止まれば、俺が彼らを殺したも同然だ。
マザーもそれを理解していたからこそ、退くことは出来ないと言っていた。
どんなに結末が悲惨でも、どれだけ恐怖に支配されようとも。
俺は行かなければいけない。
行って、奴の計画を阻止しなければいけなかった。
真っ暗な部屋で、俺はゆっくりと隣を見る。
すると、妹がスリープモードで眠っていた。
瞳から光を消しながらも、首の辺りの小さな青い光が点滅している。
今頃は、きっと楽しい夢でも見ているのだろう。
俺は心の中で笑みを浮かべる。
そうして、妹が握っていた手をゆっくりと握り返した。
「……大丈夫……皆は、俺が守るから……アルタイルも、父さんや母さんを守ってくれ……俺はずっと傍にいるよ」
妹は返事をしない。
彼女からの返事が無い事は理解していた。
理解した上で、聞こえていない言葉を彼女に送る。
彼女と約束した。
絶対に妹の手を離さないと。
それは本当であり、俺はずっと彼女の傍にいる。
でもそれは、アルタイルが思っているようなものではないだろう。
俺はずるい兄貴だ。
約束したのに、詐欺師のように……ごめんな。
傍にいたい。傍にいる。
俺はお前の”心の中”で、生き続ける。
幸せになってくれ。皆で笑い合って生きて欲しい。
「……愛してるよ」
「……」
ぼそりと呟いた。
すると、少しだけ手に力が籠ったような気がした。
ハッとして見たが、変化はない……気のせいか。
俺はホッと胸を撫でおろしながら、ゆっくりと前を見る。
寝室として与えられた大蔵研究所の一室。
俺たちが生まれるまでは倉庫として使われたそこには。
壁に貼り付けられたコルクボードに家族の写真やアルタイルの描いた絵が飾られている。
他にも、俺やアルタイルが出場した町内会の大会で優勝した時の小さなトロフィーもあった。
何時も、何時も――楽しかった。
毎日が明るくて、毎日が幸せに満ちていた。
それらを噛みしめるように思い出して。
俺はゆっくりと眠りにつこうとした。
俺は行くよ。
皆の幸せを守る為に――”死という結末”に進んでいくよ。