【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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283:誰の手の上か

 朝霧に包まれた港。

 車に揺られながら俺は霧の先を見つめていた。

 静かなエンジンの音を聞きながら、狭い車内で窓の外に映るそれらを見つめる。

 二十キロ以上も離れた場所へ、俺は単身で出向いていた。

 ツバキやライアンたちには、別れの言葉を残していた。

 きっと今頃はメッセージを見ている頃だろう。

 

 場所も、何をしに行ったかも言ってはいない。

 それはマザーが代わりにしてくれる。

 俺はただ、マザーの計画通りに此処へと来た。

 

 この先に奴はいる。

 マザーのお陰で奴の動向は掴めていた。

 三日前には極秘で来日しており、俺は奴の行動を先読みしてメッセージを送った。

 内容は、”会って話したいからこの港へ来い”というもので。

 普通であれば見知らぬ奴からのメッセージなんて見もしないだろう。

 だが、奴は俺の事を一方的に知っていた。

 どういう経緯で知ったのかは知らないが、奴は俺を認知している。

 

 来ているかは賭けだろう。

 もしも、俺のメッセージを不信に思えば来ない。

 だが、俺は確信していた。

 奴は必ず現れる。

 護衛と一緒であろうとも構わない。

 俺は自ら進んで奴の計画に引き込まれようとしていた。

 

 破滅への道。

 決して開いてはいけない世界大戦への扉。

 それを開こうとしている俺は、他の人間にとっては悪魔以外の何物でも無いだろう。

 

 だが、これしかない。

 

 マザーの話を聞いて、彼女の計画を聞いて。

 俺はその時になって、ようやく彼女の考えを理解できた。

 途方も無い時間を掛けていった準備も。

 多くの命を犠牲にしてまで繋いだ道も。

 全てはそれの為であり、確かに、彼女だけでは絶対に果たせないと思った。

 

 制限を与えられた状態のマザーは、人類に対して危険な行動を取れない。

 それも、世界大戦を開くような真似は絶対に出来ない。

 だからこそ、計画を話すだけで彼女自身は何も出来ないのだ。

 俺の支援をする事も、自らが進んで世界を変える事も出来ない……でも、彼女はツバキを守ると言っていた。

 

 人類に対して危険は働けない。

 だが、多少の穴をつけば自分にも出来る事はあると言っていた。

 それこそが、ツバキと共にやってもらう事で……本当に通信網をジャックできるのか。

 

 地方のラジオをジャックするのとは訳が違う。

 技術が発達したこの時代で。

 国の管理下に置かれた”統合通信管理機器”にアクセスしなければいけないのだ。

 それがあるのは大都市の”国家通信監理センター”だろう。

 

 ツバキであろうとも侵入する事は簡単ではない。

 もしも失敗すれば、俺の努力も無駄になってしまう。

 マザーの願いは叶ったとしても、それでは俺の願いは叶わない。

 

 でも、俺は信じている……俺の家族は、絶対にやり遂げる。

 

 車内でギュッと拳を握る。

 そうして、此処にはいない家族の顔を思い浮かべて――車内にアナウンスが鳴る。

 

 女性のアナウンスと共に、目的地付近についた事を知らされて。 

 車はゆっくりと止まっていった。

 そうして、座席に設置されたモニターに映ったアニメ調の少女が会釈をする。

 

《目的の座標に到着しました。料金は一万八百円になります》

 

 無人タクシーのAIの言葉を受けて。

 俺は首のケーブルを伸ばしてモニターに繋いだ。

 そうして、沢渡長官との短い間の仕事で得られた金で支払いを済ませる。

 電子マネーによる支払いが完了し、AIは丁寧にお辞儀をして俺が乗ってくれた事の礼を言う。

 俺も小さくありがとうと言って、タクシーから降りて行った。

 

 外へ出ると霧に包まれた港が俺を出迎える。

 見るからに寒そうな空気であり、猫も犬も歩いてはいない。

 早朝だと言うのに、港には漁師すらいなかった。

 それは変であるものの、理由はすぐに気づいた……人払いをしたのか。

 

 俺にとっては好都合だ。

 マザーやツバキたちが俺の代わりに行動してくれるだろうが。

 それでも、これから先はあまりこの国の人間に俺の姿を視認させたくない。

 極力目立たないように、俺は無人のタクシーを手配してまで身を潜めた。

 先程、電子マネーによる決済をする傍らで。

 俺はあのタクシーの記録映像を弄っておいた。

 カメラに映っているのは人間で、誰も機械が乗っていたとは思わないだろう。

 

 タクシーは扉を閉めて、港から出ていく。

 真っ白なカラーリングのそれが霧の奥へと消えていって。

 俺はそれを見送ってから、誰もいない港の中を歩いて行った。

 

 ガチャガチャと音を鳴らしながら歩いていく。

 周りに目を向けながら、アザーロフの姿を探した。

 

 空の青いコンテナが積まれていて。

 魚の臓物などが袋に入れられて捨てられたゴミ箱。

 長く年季の入った建物の中には、幾つかのパレットが無造作に置かれていた。

 リフトが数台に、霧に隠れた海の方向には船らしきものも停まっていた。

 

 建物の中にはいないだろう。

 俺は海の方に向けて慎重に足を進めていった。

 

 ガシ、ガシ、ガシと音が鳴り響く。

 そうして、海と港の境界線に立った。

 霧の向こうで太陽が輝いている。

 光が線となり、幻想的な光景が広がっていた。

 

 

 それを見ながら、俺は”隣に立った老人”に声を掛けた。

 

 

「……本当に来たんですね。アザーロフさん」

「ふふ、それは当然ですよ。何せ、他でも無い君からのメッセージですからね。マサムネ君」

 

 

 特徴的な動物の彫刻が取り付けられた杖を持つ老人。

 白髪にしわくちゃな顔で。

 その瞳は不気味な輝きを宿しながら、俺に向けられていた。

 

 こいつだ。この男こそが、ブラドレン・アザーロフだ。

 世界を混沌に染め上げて、俺を人類を殺戮する為のマシーンに変えた男。

 本当なら会いたくなかった。

 もう二度とこの男にだけは会いたくなかった。

 でも、こいつを野放しには出来ない。

 

 この男は、俺かアルタイルを手に入れるまで諦めないだろう。

 自分が死ぬまで、あらゆる手を使って俺たちを攫いに来る。

 それを分かっていたからこそ、俺とマザーはこいつを此処へ誘導する手を打った。

 

 俺からメッセージを送れば、必ずこの男は現れる。

 怪しむことはあっても、無下にする事はあり得ない。

 マザーもそう断言していて、その通りになった……でも、やっぱり一人じゃないな。

 

 

 人の気配がする。

 それも一人や二人ではない……十人ほどいるな。

 

 

 隠れ潜んで様子を伺っている。

 それが分かっただけでも十分で。

 俺はアザーロフを視界に入れながら、奴の言葉を待った。

 

 奴は俺から視線を逸らして海を眺める。

 こいつにとっては見飽きた景色な筈なのに。

 何処か想い出に浸っているような顔で。

 とても世界を破滅させようとしている男には見えない。

 

 

「……綺麗ですね。とても……私は、この景色を――ぶち壊したい」

「……っ」

 

 

 奴は感傷に浸っているように見せかけて。

 すんなりと自分の本性を曝け出した。

 前に会った時は、俺を捕まえるまでは本性を隠していた筈だ。

 それなのに、こいつは会って間もない俺に本性を曝け出した。

 

 俺が一歩後退すれば、気配を感じた人間たちが動く。

 既に退路を塞ぐような配置で……そうか。此処に俺が現れた時点で捕らえる算段だったのか。

 

 何となくそんな気はしていた。

 不審に思いながらもすんなりと現れた訳では無い。

 俺から態々、メッセージを送って来た事により。

 奴は俺が何かに勘付いているのだろうと考えたのだろう。

 だからこそ、此処で姿を現さないよりも、姿を見せて捕まえた方が効率が良い。

 逃げられて見えない場所で行動されるよりも、だ。

 

 奴はくつくつと笑う。

 そうして、にたりと笑いながら俺に質問をしてきた。

 

「どうして、此処に私を呼んだんですか……まぁ、見当はついていますがね」

「……お前を止める為だ。絶対にお前の計画通りにはさせない」

「ほぉ、では、この状況で何をなさるつもりですか?」

 

 アザーロフは試すような口ぶりで言う。

 俺は奴を視界に入れながら、境界線に足を掛ける。

 それを見たアザーロフは僅かに眉を動かした。

 

「今ここで、俺が海に飛び込めば……お前の計画は終わる」

「……なるほど。自らを犠牲にして……素晴らしい。素晴らしい。ですが……浅はかだな」

 

 アザーロフは首を左右に振る。

 至極残念そうな顔をしながら、奴は指をパチリと鳴らした。

 すると、隠れ潜んでいた一人が出て来た。

 霧の中から出て来たそいつは、手に端末を持っていた。

 

 黒いスーツを着た人間のような見た目の男。

 しかし、一目見ただけで人間ではないと理解した。

 能面のような表情の無さに、瞳には欠片も光が宿っていない。

 こいつはアンドロイドであり、心の無い機械だ。

 そいつから渡された端末を持つ。

 そうして、画面には自動で映像が映し出されて――やっぱりだ。

 

 そこには、大蔵研究所が映し出されている。

 遠くから撮影しているのだろう。

 しかし、声も鮮明に聞こえて来る事から盗聴器も仕組んでいた事が分かった。

 俺は動揺を露わにした様な声を発して震えるように体を動かした。

 奴はそんな俺を見つめながら無言で何かを考えている。

 俺は奴に気取られないように、視覚を通してカメラの配置や音の聞こえ方を記録する。

 他にも頭の中で計算していって――端末が取られた。

 

 短い間だったが、必要な情報は手に入った。

 俺は何かを考えている様子のアザーロフに縋りつくように近寄った。

 

「家族に、何をするつもりだッ!?」

「……今は、何も……君が大人しくついてきてくれるのなら。何もしないと約束しよう」

「……くそッ!」

 

 悔しがるようにしてみせる。

 これで信じられるのかは定かではない。

 しかし、どんなに俺の演技を見抜いていたとしても。

 奴は俺を連れ帰る以外に選択肢はない。

 

 アザーロフは無言で俺を見つめていて――大きくため息を吐いた。

 

 その瞬間に、背中に何かが当たる音がした。

 そうして、バチリと強い電流が体に流れ込んでくる。

 体が警告を発していて、俺はがくりと体を倒しながら奴を見上げた。

 

「……君の考えている事は分かるよ。全てね……連れていけ」

 

 アザーロフは冷たい目で俺を見下ろす。

 そうして、隠れ潜んでいたアンドロイドに指示をして俺を運ばせた。

 俺はノイズの走る視界の中で、奴の背中を見続けた。

 手が届いた。奴はすぐそこにいる。

 俺の考えが全て分かっていても関係ない。

 お前が俺を使うと決めた瞬間に――”運命”は決まるんだ。

 

 

 

 もう誰にも覆せない。

 お前にも、俺にも。マザーにもだ。

 

 

 

 歯車は回り始める。

 全ての歯車を動かして、終わりへと進んでいくんだ。

 お前の望む終末は決して来ない。

 俺たちが向かうのは、ただただ孤独な――死だ。

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