【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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289:変わらないモノ

 強制的にシャットダウンされたシステムが復旧する。

 何も見えない暗闇の中に映る体のパラメータ。

 幾つかの部位に不具合が見られながらも。

 俺は自らの意思によって、閉ざされた視覚を解放した。

 

 徐々に光が溢れていく。

 それら一つ一つの情報を読み取りながら。

 俺はゆっくりと視界を広げていった。

 

 意識が急速に覚醒していく。

 テレビの電源をつけるように、視界が完全に開かれて。

 俺はクリアな思考の中で、ゆっくりと顔を上げた。

 光に満ちた世界で、俺の目に最初に映ったのは――世界で一番憎い男の顔だった。

 

 眼下で杖を突きながら立ち、俺を下から見上げるアザーロフ。

 不気味な笑みを張り付けた老人が、怪しげな施設の中で俺を見ているのだ。

 此処が何処なのかは俺にも分からない。

 意識を失ってから、どれほどの時間が経ったというのか。

 システムが復旧したのは良い……でも、手足の感覚は無い。

 

 視線を動かせば、手足はちゃんとついている気がした。

 しかし、体の装甲が展開されていて。

 そこから伸びる無数のコードを通して送られてくる信号で、俺は手足の感覚を奪われていた。

 逃げ出そうにもこの状態では逃走を図る事は出来ない。

 戦おうにも武器すら持てない俺では勝つ事は無理だ。

 

 不気味に思えるような施設。

 開けた空間であり、この空間全体が一つの装置として存在する。

 上には無数のコードが束になった巨大なそれが天井を這っていて。

 俺の視界には空中に投影された世界の至る所を映し出す窓が幾つも存在していた。

 

 俺の体から伸びる無数のコードが、周りに設置された機械に繋がれていて。

 絶え間なく機械の駆動音が小さく聞こえて来る中で、俺はただただ不気味に笑う奴を睨む。

 

 此処には人の気配はまるでない。

 いや、姿を現した時から薄々は気づいていた。

 奴は自分が作ったロボット。

 それもバトロイドに似たそれを作り、護衛などにしている。

 奴は最初から、国からの支援など期待していなかった。

 

 もしも、ソビラトがアザーロフの計画を知っていれば。

 奴を拘束するなりして計画を止める事も出来ただろう。

 奴は今まで、誰にも気取られる事無く着々と準備を進めていた。

 全てはこの瞬間の為であり、誰にも頼る事無く秘密を守り続けた結果だ。

 

 今、奴の計画の一部として俺は取り込まれようとしている。

 このまま行けば、遅かれ早かれ、俺は奴のシナリオ通りに各国のバトロイドの統制システムにハッキングを開始してしまう。

 そうなれば、ソビラトだけではなく。

 全世界に甚大な被害を齎して。

 疑心暗鬼に陥った各国の首脳たちは、核戦争への扉を開いてしまう。

 

 全ての始まりはアザーロフでも。

 要因と成り得るものは既に揃っていた。

 マザーという奇跡にも等しい技術が正にそれだ。

 

 世界中の人間がアレを欲していた。

 戦争を起こそうと考えている人間もいる中で。

 都合の良い理由を与えてしまったのが、破滅の始まりだった。

 

 未来ではソビラトからのバトロイドによる侵攻が起きた。

 如何に優れたプログラムによって、俺を戦闘用に最適化したとしても。

 あの時の俺では、ソビラトの統制システムを乗っ取るのが精一杯だったのだろう。

 しかし、それでも十分だった。

 時間が掛かったとしても、俺は確実に世界を滅ぼせるだけの力を持っていた。

 

 統率の取れた軍隊。人間よりも遥かに優れた部隊で。

 人間のように数発の弾丸で倒れる事もなければ。

 恐怖に足を止めて、情にかられて判断を誤る事も無い。

 

 瞬く間に、俺たちは世界を恐怖に陥れて。

 追い詰められたアラルカはソビラトによる宣戦布告であると勝手に解釈をし、誤った選択をしてしまった。

 核の使用が一度でも発生すれば、後は連鎖反応のように他の国も使用する。

 アレは強力無比で、最後の切り札に等しい力だ。

 誰しもがアレを使う事を躊躇う中で、誰かが使ってしまえば……誰も止める事は出来なくなってしまう。

 

 殺された人間たちの怒りや憎悪。

 それさえあれば、人間はどんな狂気的な行動も出来てしまう。

 例えそれで、自分と同じように苦しむ人間が出たとしてもだ。

 自分たちが苦しんだのなら、相手も同じだけの苦しみを……過去も未来も同じだ。

 

 

 そんな未来は、二度と起きさせてはいけない。

 

 

 ソビラトもアラルカにも、核を使用させはしない。

 その為に俺は此処に自らの意思で来た。

 マザーからの切り札の話を聞き、それを信じて――アザーロフは笑う。

 

 俺は何故、笑っているのかと奴に聞いた。

 すると、奴は「面白いからだよ」と言う。

 

 何が楽しい、何が面白い。

 これから多くの罪の無い人間たちを俺を使って殺させようとしているのに。

 奴はこの状況を大いに楽しんでいた。

 まるで、遊園地に行く時の子供のような笑みで。

 俺は本能から奴に強い危機感と嫌悪感を覚えていた。

 

 そんな俺の視線など気にせずに。

 奴はゆっくりと俺を指さす。

 

「君。まだ、抵抗しようとしているだろう。バレバレだよ」

「……だったら何だ。どうせ、俺の意思はお前のプログラムで上書きするんだろう。それとも、合意がなきゃ嫌なのか。案外、みみっちい性格だな」

「ふふふ、良く口が回るねぇ……まるで、切り札でも持っているようだね」

「さぁ、どうだろうな。調べてみればいいさ」

 

 俺は奴を挑発する様に言う。

 どうせ、システムでスキャンしたとしてもバレる事は無い。

 マザーから渡されたチップは、俺の内部に入れられているが。

 精密スキャンであろうとも、これがバレる事は無い。

 見かけはただのチップで、スキャンにも引っかからないように隠されている。

 

 大丈夫だ。このままのらりくらりと時間を稼ぐ。

 目覚めてからどれだけ時間が経っているかも分からない今。

 少しでも時間を稼いで、ツバキたちの作戦が無事に終わるのを待つ。

 あまり多くの時間は稼げないかもしれないが、今の俺の言葉でこの男も慎重になるかもしれない。

 精密スキャンに掛け直して、場合によっては俺を解体する可能性もある。

 態々、全てを分解する事は無いだろう。

 そうすれば、設計図も無い中で再び俺を組み立てる事になってしまうから。

 

 こいつはバトロイドの権威であるが。

 俺に関しては素人もいいところだ。

 こいつですら組み立てられない様なら、誰でも手は付けられない。

 そうタカを括っているからこそ、俺は大きく出る事が出来る。

 

「ふむ」

 

 奴は片手を顎に添えて考えるような素振りを見せた。

 俺はそんな奴を見ながら、手応えを感じた。

 悩む素振りを見せるという事は、やはり俺が切り札を持っている事への懸念が捨てきれていない証拠だ。

 調べればいい。無駄な時間を使って、精々、時間を浪費――は?

 

 

 

 奴は、ゆっくりとポケットに手を伸ばす。

 

 そうして、その中から一つの”チップ”を取り出した。

 

 それは見間違う筈もなく、俺がマザーから受け取ったチップだった。

 

 何故、奴が持っている……いや、何で、それを、知って……っ。

 

 

 

 俺が恐怖に染まった目で奴を見ていれば。

 奴は片手で顔を押させながらくつくつと笑いだした。

 そうして、次第に我慢の限界を迎えて天を仰ぎ見て大笑した。

 

 嘲り侮蔑。そして、歓喜の声。

 悪戯が成功し、俺の切り札を容易に潰して。

 絶望した顔で奴を見る俺を、奴は盛大に嘲笑っていた。

 

「――はぁ。やはり、楽しいな。優れた存在を欺いて、種明かしをする時は」

「……何で、それを……」

 

 俺は声を震わせながら問いかけた。

 すると、奴は人差し指と親指でそれをいじくりながら。

 ゆっくりと種を明かし始めた。

 

「簡単だよ。私は君のファンで……ずっと前から、君を通して全ての情報を盗み取っていた」

「……何を、言って……俺は一度も、お前となんて」

「いやいや、会わなくてもいいだろう? 今の時代はネットなどが普及している。君がそこに繋げさえすれば、幾らでも君の意識をトレースする事は可能だ……最も、それほど精度は高くないが……君がマザーからそれを受け取った時の会話は聞いているよ」

 

 奴はゆっくりとチップを地面に捨てる。

 そうして、床に転がったそれを勢いよく足で踏みつぶした。

 バキリと音が響いて、チップが粉々になったのを確認した。

 切り札は最初からバレていた。バレている事を悟られないように、奴は演技をしていた。

 最初から俺がこれを使って奴の計画を妨害する事を理解していて。

 敢えて罠に飛び込んだふりをして……やっぱりだ。

 

 奴は気が済んだように笑みを浮かべるのを止めた。

 そうして、真顔のまま俺を見つめながら、静かに言葉を吐いた。

 

「さ、もう会話はいいだろう……今から君に、私の最高傑作をインストールする。君は生まれ変わる。進化するんだ! そうして、私と共に歴史に名を刻むことになる――史上最悪の大罪人としてねぇ」

 

 奴は三日月のように口を歪ませる。

 そうして、くつくつと笑いながら踵を返して去っていった。

 奴の近くには移動用のボードが待機していて。

 奴はそれに乗ってから、別の場所へ向かって行った。

 

 もう間もなく、俺は奴のウィルスに侵される。

 自分が自分でなくなっていき。

 人を殺す為だけのマシーンに変えられていく。

 強い吐き気を覚えるような感覚で二度と御免だと思った体験をもう一度する羽目になる。

 

 

 

 俺は静かに、砕けてバラバラになった――”偽の”切り札を見つめる。

 

 

 

 マザーの言う通りだ。

 アザーロフは俺たちの会話を盗み聞きしていた。

 何処からも侵入する事が出来ないあの場所で。

 奴が会話を聞く方法は、俺という機械を使う他ない。

 

 だからこそ、マザーは態々、俺とケーブルを繋いで対話した。

 

 奴が認識できるのは、現実世界での会話だけで。

 俺とマザーが電脳空間で話した事はまるで理解していなかった。

 先程の会話でそれを確信した。

 奴はチップの存在しか知らない。

 本当の切り札が何で、俺という存在を使うだけで――それが機能する事も。

 

 ゴースト・ラインのボスはシナリオの通りに事を進めていた。

 多少のズレはあったとしても、大筋はその通りだったのだろう。

 だからこそ、何百年以上にも及ぶ膨大な時間の中で。

 彼は俺を此処に導くという壮大な計画を果たす事が出来た。

 

 

 カルドもマザーも未来がハッキリと見えていた。

 アザーロフには見えていない。

 比べられる筈も無い。

 どんなに優れた天才であろうとも――”本物”に敵う筈なんて無いのだ。

 

 

 

 俺は笑う。

 これから起こる未来を想像して笑った。

 

 

 

 人類の幸福の為、大切な彼女たちの可能性を守る為。

 俺は再び――”世界の敵”となる。

 

 

 

「母さん、父さん……ありがとう……俺は、幸せだったよ」

 

 

 

 此処にはいない家族を想う。

 結局、未来から過去に戻って来てから。

 一度も父や母と呼ぶことは出来なかった。

 

 恥ずかしさを感じていたのもある。

 でも、結局の所は……別れる時に、寂しくなると思ったからだ。

 

 死ぬ間際でしか言えなかった。

 もう俺の言葉を聞いてくる人間は此処にはいない。

 でも、それでも良い。

 家族は一人も欠ける事無く生きていて――幸せになってくれるのだから。

 

 

「――ッ!!」

 

 

 どくりと体が跳ねたような感覚。

 それと同時に、不快な何かが体の中に流れ込んでくる。

 汚水のような何かのように感じるそれが、俺の体や心を満たそうとしてきた。

 

 全身を駆け巡るそれが。

 俺の内で暴れまわっていて。

 心も何もかもを、ぐちゃぐちゃに引き裂いていく。

 

 

 痛い、痛い痛い痛い痛い――苦しいッ!!

 

 熱い、熱い熱い熱い熱い熱い――吐きそうだッ!!

 

 

 想像を絶する痛みに。

 機械なのに強い吐き気を感じて。

 自我が崩壊しそうになりながら。

 俺は必死にそれに耐えていた。

 

 久しぶりに感じる痛みだ。

 忘れかけていた感覚をこんな時に思い出した。

 そうして、自分を塗り替えようとする悪魔の手を感じながら――俺は笑う。

 

 

「しょう、ぶ、だ――お前、は――おれ、を――し、はi――でki、なi!」

 

 

 視界が大きく乱れていく。

 危険を知らせる警告音が頭の中で響いていた。

 

 

「――ッ!!!」

 

 

 ノイズ交じりの声で叫ぶ。

 視界には夥しいほどの警告が広がっていて。

 危険なウィルスに侵されている事を知らせてくれていた。

 真っ赤に染まっていく視界の中で、俺は心を熱く燃やす。

 

 

 大丈夫だ。問題ない――俺はもう、あの時の弱いだけの俺じゃないッ!!

 

 

 不快感が満ちていく。

 心が作り替えられていく中で。

 俺は最後まで声を出し続けた。

 

 何も見えなくなっても。

 心が破壊衝動に呑まれようとしても、俺は――――…………

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