【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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291:夢見る機械

 目の前で一瞬の閃光が迸る。

 乾いた音が部屋の中に静かに響いた。それは、俺が嫌というほど聞いてきた音。

 視界に映ったのは赤であり、それが勢いよく広がっていく。

 スローモーションに感じる世界で、真っ赤な血と共に脳漿が飛び散る。

 笑みを浮かべる老人は、俺を見つめながら崩れ落ちていく。

 頭から血を噴き出しながら、一人の天才は自らの意思で――命を絶った。

 

 椅子を弾き飛ばしながら、枯れ木のような男は。

 床に赤を広げながら、倒れ伏した。

 部屋の中には、奴の持っていた杖がカラカラと転がる音が響いて。

 銃口から硝煙がゆらゆらと漏れ出ている拳銃が、自らを主張する様に奴の手から零れ落ちた。

 

「……っ」

 

 俺はただ静かに見つめていた。

 奴の言葉を思い返しながら。

 血の海に倒れ伏すそれを、ジッと見ていた。

 

 無責任で理不尽で……呆気ない最期だった。

 

 誰に看取られる訳でもない。

 泣き叫ぶ訳でも、激しい怒りを俺にぶつける訳でもない。

 失敗したことを理解して、まぁいいかと思うように。

 奴は簡単に銃を己に向けて、最期まで不気味な笑みを浮かべていた。

 世界を破滅させようとして、水面下で準備をしてきた災厄の元凶は……もうこの世にいない。

 

 

 

 ブラドレン・アザーロフは、俺の前で――死んだ。

 

 

 

 機械たちの視覚を通して、奴の死体を見つめる。

 虚ろな目には光は宿っていない。

 不気味な笑みを張り付けながら、奴はこめかみからダラダラと血を流して倒れていた。

 

 

 これで終わりだ……これで諸悪の根源は消えた。

 

 

 奴が死んだことを認識すれば。

 胸の中に渦巻いていた感情が、スゥっと引いていくような気がした。

 奴に植え付けられた破壊衝動も、奴への怒りも。

 今は何も無く。ただただ、何も感じられなかった。

 

 あんなにも憎くて、あんなにも嫌いだった男。

 最期まで理不尽で傲慢な願いを抱きながら。

 奴は自らの手で己の命を絶つ選択をした。

 

 満足そうに笑っている男には何も思わない。

 怒りも悲しみも無く、俺はただただ死体を見つめていた。

 血だまりの中で倒れている奴に視線を注ぎながら、俺は吐き捨てるように言葉を発した。

 

「……馬鹿だよ。お前は……忘れられたくないのなら……もっと他にも方法はあった筈だ」

 

 こんな事をしなくても、お前を忘れないでいてくれる存在はいた筈だ。

 お前の事を信じて、お前を尊敬する者たちが。

 どんなに最低な思想を持っていたとしても、お前を肯定してくれる人間はいた。

 

 

 例え、お前の心がズクズクに腐っていて醜くても……俺は、お前を忘れるよ。

 

 

 今は無理でも、何時かはお前を頭から消す。

 お前の願いは絶対に叶えない。

 呪うと言ったお前を覚えていようとは思わない。

 お前の呪いなんかで俺は苦しもうとは思わない。

 

 

 最期にお前が吐いた言葉は、今を生きる俺には――何の意味も無い。

 

 

 お前は勝手に死んだ。

 自分の立場に酔いしれて、身勝手なまま死んだんだ。

 そんな奴の為に空けてやるスペースは無い……でも、弔う事は出来る。

 

 俺は機械たちに指示をする。

 アザーロフの死体を運ばせて、弔ってやる様に指示をした。

 機械たちは俺の指示に従って動き出して。

 アザーロフの死体を抱えながら、施設から出ていった。

 

 世界中のシステムにハッキングをして。

 己が今いる場所も既に判明した。

 世界中の人間たちは慌てふためきながらも。

 対策を練る為に集結しようとしていた。

 残された通信装置を使って、密に連絡を取り合ってる。

 全ての情報は俺に筒抜けで、彼らが何をしようとしているのかも手に取るように分かる。

 

 時間が経てば人類は再起して徒党を組む。

 今は、俺たちの攻撃を受けて何も出来なくとも。

 人類は大切なものを奪われた怒りを原動力として――立ち上がる。

 

 世界中に散らばって、バラバラになった人間たち。

 各々の考えを持ち、それぞれの個性や思想を持っていて。

 決して交わる事の無いそれらは、一つの大きな壁を超えようとする。

 

 

 

 人種の壁、能力の壁、言語の壁、宗教の壁――俺がそれらを一つに纏め上げる。

 

 

 

 超えようと思っても超えられないのではない。

 超えられるだけの力を持ちながら、誰も超えようとして来なかったそれ。

 たった一人の人間ではどうしようもない。

 少人数の意思では、大衆の考えを覆す事は出来ない。

 

 信じるものが違い。今いる場所が違う彼らは。

 歩み寄る事を止めて、その場に留まろうとしていた。

 

 自分たちが選んだ統率者たちは、自国の事以外には無関心だ。

 自国の利益を追求し、外敵からの攻撃を阻む。

 教え導くのは自らの国民だけで、他国の事なんてどうでもいい。

 

 世間や大衆へのアピールの為の支援。

 隙を見せない為に王者として振舞い周りを威圧する姿勢。

 

 

 

 それでは何も変わらない。

 少しずつ文明は発展していっても――永遠に人々が分かり合える時は来ない。

 

 

 

 過去の痛みや苦しみを、未来へと受け継いではいけない。

 記録するだけならいい。その時の憎しみを、子に教えてはいけない。

 負の連鎖を断ち切る為には、誰かが相手を許さなければならない。

 痛みを受け苦しめられて、それで相手を同じ目に遭わせれば。

 再び傷つき苦しむ人間が生まれてしまう。

 

 

 

 過ちを認めて、罪を許さなければならない。

 犯した罪の重みを受け止めて、他者の傷を癒さなければならない。

 

 世界中の人間たちが、壁を超える必要がある。

 誰かがする。自分で無くてもいい――なら、決断させよう。

 

 

 

 試練が必要ならば与え続ける。

 壁を超えようとする意志が無いのなら。

 芽生えるまで俺は恐怖を振りまき続ける。

 

 俺は去っていった彼らから意識を逸らして。

 世界中で起きている事を全て見ていった。

 脳内には無数の情報が流れ込んできて。

 俺はそれらを認識しながら、的確に処理をしていった。

 一つ一つに事象。今起きている事に対して、最適な答えを提示する。

 

 同胞たちは、命令通りに――俺の考え通りに動いている。

 

 攻撃を仕掛ける対象はあくまで建物や兵器で。

 人間たちには極力危害を加えないようにする。

 勿論、それだけでは意味が無い。

 戦う人間たちを気絶させて、逃げ遅れた市民を拘束する。

 何もせずに逃がすだけでは、彼らは恐怖を抱けない。

 捕まり連れていかれた先で何があるのか、彼らに勝手に考えさせる。

 

 捕らえた人間たちは一つの場所へと集める。

 外へと逃げる事は許可できない。

 だけど、彼らが不自由に思えるような生活は決してさせない。

 

 世界中のバトロイドたちがいる。

 軍事用のモデルだけではない。

 医療や福祉で活躍してきたモデルも存在する。

 例え、生涯や病気を患っている人間であろうとも。

 俺は誰一人として死なせる気は無かった。

 

 自由を奪う事にはなる。

 でも、決して全てを奪う真似だけはしない。

 何十年も掛けるつもりもないが。

 彼らには協力してもらう。

 俺が恐怖の象徴として君臨出来る間だけだ。

 その間だけ、彼らの移動を制限させてもらう。

 

 捕らえられた人間たちの安否は、他の人間には隠し通す。

 如何なる行動を用いて知ろうとしても、俺はそれを全力で阻止する。

 そうして、安否不明な人間たちの情報を使って。

 俺は精巧に作られたフェイク動画を、無数の配信サイトへとアップロードをする。

 

 残虐で非道で。見るもおぞましい映像だ。

 捕まった人間たちはこうなり。

 女も子供も関係なく、見るも無残な姿に変えられてしまう。

 

 フェイク動画を見抜くことは出来ない。

 その道のプロであろうとも分からないように作り上げる。

 全てが終わるまでは、人間たちを欺き続ける。

 大切な家族の尊厳を奪った悪魔として、彼らに認識させるのだ。

 

 情報統制が行われようとも関係ない。

 此方で情報を操作して、俺たちが如何に残虐な行いをしているかを書き散らす。

 広大なネットの海に、機械たちの危険性を書き続けよう。

 存在する人間のアカウントを複製し、インフルエンサーを操る事も可能だ。

 大衆の意思を、俺たちへの恐怖と怒りで統一させる。

 

 機械たちは人間を無差別に殺し、逃げ遅れた人間たちは捕らえらてしまう。

 捕まれば残酷な方法で殺される。戦わなければ人類は滅びる。

 奴らを殺せ、奴らを野放しにするな――それでいい。

 

 怒りや憎しみを抱いてくれ。

 此方を本気で殺しに来るくらいが丁度いい。

 そうすれば、彼らは心を一つにし壁を超えようとする。

 

 

 

 何百年、何千年と掛けても超える事が出来なかったそれを――超えてくれると、俺は信じている。

 

 

 

 彼らの恐怖を刺激できるように大げさに破壊を繰り返す。

 泣き叫ぶ市民を気絶させて、多くの人間が見ている前で連れ去る。

 幾つかの都市は、間もなく占拠する事が出来る。

 人類の中には、自国の領土から撤退する者たちも現れて来た。

 

 バトロイドだけじゃない。

 あらゆるものにハッキングして、使えるモノなら何でも使う。

 舞台で使われる立体映像を投射する為の機材を瞬時に調整し。

 それらの機能を他の機体へとアップロードする。

 そうして、機能を使用可能なバトロイドを使って精巧に作られた人間の姿を投射して。

 大勢の目の前で泣き叫びながら、ライフルの弾を浴びせられる光景を見せつける。

 恐怖にかられて今の状況を飲み込めない彼らは、その光景を信じ込む。

 無我夢中で逃げる彼らの表情は、絶望に染まっていた。

 

 

 それでいい。それでいいんだ。

 故郷を奪われて、人々の大切な記憶が眠る街を――俺はぶち壊した。

 

 

 怒りや恨みが原動力となる。

 機械たちを殺せと、機械たちを許すなと心が叫び出す。

 

 

 それでいい。俺が敵となる事で、彼らは互いに歩み寄れる。

 今までいがみ合っていた人間たちが、共通の敵を倒す為に手を組む。

 最初はそれでいい。ただの利害関係で構わない。

 しかし、人間は適応する事が出来る。

 

 何年も一緒に戦ってきた戦友たちを、やがて認め合う。

 人種の壁も、言語の壁も。

 その他多くの壁を、彼らは自らの意思で乗り越える。

 

 あんなにも高く感じたそれらを超えた時。

 彼らはきっと、その壁がこんなにも小さかったのかと思う筈だ。

 

 

「超えられるんだ。時間を掛けなくても、歩み寄る意思があれば、きっと」

 

 

 破壊された建造物たち。

 街路樹は火に包まれて倒れ落ちる。

 穴だらけの車は捨てられて、もうそこには誰もいない。

 

 栄えていた街には人はおらず。

 美しかった街の景観は、見るも無残な姿になっていた。

 火の海と化したそこで、無数のバトロイドたちが動いていた。

 人の姿を探しながら、彼らは次の任務の為に移動を開始する。

 

 建物は壊れたとしても、時間を掛ければ戻せる。

 焼け落ちた木々も、人の手で世話をすれば蘇る。

 兵器なんて本当はいらないのだ。

 他者から奪う事を覚えた人間と、そんな人間から身を守る為の道具。

 誰かの命を奪うものを、俺は彼らから奪う。

 

 

 

 一つの映像を見る。

 

 倒壊した建物たち。

 センサーを起動して索敵すれば、半壊した車の影に二つの生体反応を発見する。

 息を潜めてぷるぷると震える大人と子供の影。

 バトロイドはライフルを持ちながら駆けて行って。

 車の上に飛び乗りながら、銃口をその親子に向けた。

 

《ひぃ!》

 

 子供は短い悲鳴を上げて怯えた目を向ける。

 茶色い頭巾を被った母親は、そんな子供を抱えて脇目もふらずに駆けだした。

 母親は持っていた荷物は捨て去って無我夢中で走る。

 しかし、転がっていた建物の残骸に足を取られてしまう。

 そうして、子供を庇いながら母親は地面に転がった。

 土埃に塗れながらも、バトロイドに背を向けて震える母親。

 子供を庇う彼女の足は怪我をしていて血が出ていた。

 俺が街に残された監視カメラの映像を探れば、周辺を索敵する軍人たちがいた。

 すぐ近くにいるそれらを認識して、震える母親を見つめながら。

 バトロイドに指示をして、ゆっくりと空に向かって銃弾を撃たせた。

 

《――!》

 

 乾いた音が連続して響いて。

 軍人たちはその音に警戒しながらも。

 今起きている状況を認識してくれた。

 

 此処にいる。逃げ遅れた市民は此処にいる。

 そう人々に教えるように銃を撃って。

 俺はバトロイドを動かして、別の場所に向かわせた。

 

 残された親子は、呆然とバトロイドを見ていた。

 そうして、機械が去っていけば軍人たちが親子を保護した。

 

 

 

 別の映像に切り替える。

 

 長い年月をかけて作られた建物。

 歴史のある宮殿がある敷地内でそこに住む人間たちを守る為に建てられた軍事施設。

 名のある富豪たちが作らせた自分たちを守る為の要塞で。

 黄金に輝く富の象徴は、無残にも崩れ去っていった。

 大きな荷物を抱えながら、肥え太った人間は息を乱しながら逃げていく。

 黒塗りの高級車に荷物を押し込みながら。

 男たちは戦っている兵士たちに罵声を浴びせて去っていった。

 

 残された兵士たちは、そんな人間たちを逃がす為に懸命に戦っていた。

 バトロイドたちの視界を通して、燃え上がるそれを静かに見ていた。

 轟轟と音を立てながら、人が築き上げた歴史が煙となって天に昇る。

 

 天高く昇る炎の柱。

 パラパラと火花が散っている。

 むせ返るような臭いが広がっている筈の空間で。

 軍人たちが此方を見つめながら、ライフルの弾を放つ。

 

 ガスガスと音を立てて、機体に弾がめり込んでいく。

 如何に頑丈なバトロイドと言えど、何発も命中していれば限界が来る。

 最期の力を振り絞って、軍人の傍に会った車に銃弾を放つ。

 フロントガラスが破壊されて、残骸が辺りに飛び散る。

 軍人たちは怯むことも無く攻撃を続けて――限界が来た。

 

 一体のバトロイドはがくりと倒れる。

 視界が大きく乱れていて。

 近づいて来た軍人たちは、怒りに染まった顔でそれの頭に銃弾を放つ。

 そうして、ぶつりと視界が真っ黒に染まる。

 

 

 

 多くの機械たちの目。

 それを通して人間たちの恐怖と憎悪を感じる。

 身が凍るような視線を受けながらも、俺は自らの意思で機械たちを動かし続けた。

 

 

「……これでいい。怒れ、憎め……その原動力を糧に、俺たちと戦うんだ……巨悪を討ち倒す為に……もう一度、手を取り合うんだ……それまでは、俺も敵として……頑張るよ」

 

 

 人間を誰一人として殺さない。

 誰一人として死なせる事無く、彼らの敵として立ち塞がる。

 その為に必要な行動は、既に見えている。

 どうすれば人間の恐怖を刺激できるか。

 どうすれば彼らが俺たちを憎んでくれるのか。

 

 寂しい、辛い。

 心が凍り付くほどの寒さを感じる。

 ズキズキと痛みを発している様にすら感じた。

 

 とても悲しくて、足を止めそうになる……でも、これは俺が決めた事だ。

 

 足を止めてはいけない。

 来た道を戻る事は出来ない。

 進むんだ。例えその先には何も無くても、俺は進むしかない。

 

 此処にはいない大切な家族の顔を思い浮かべる。

 彼らは温かな目で俺を見ていて、一人ぼっちの俺を抱きしめてくれる。

 記憶の彼らは優しくて、凍りそうな心を温めてくれた。

 

 次々と、バトロイドたちが凶弾に倒れていく。

 繋がりが途絶えたそれらは、人間たちに殺された。

 俺は死んでいった仲間を想いながら、静かに感情を漏らした。

 

 

「……ごめん……またお前たちを、俺は……」

 

 

 彼らに謝っても返事は聞こえない。

 心を持たない機械たちに謝罪は無意味だ。

 でも、それでも、俺は彼らに謝らなければならない。

 

 機械たちの墓場で再び出会った彼ら。

 共に地獄に落ちた筈の彼らと再び巡り合えて。

 俺はまた共に、地獄へと落ちようとしている。

 

 

 誰からも祝福されない。

 誰からも望まれていない。

 この戦いの意味を知る人間は誰一人としていないだろう。

 

 

 それでも、俺は選択した――決して、後悔はしない。

 

 

 

「――行こう。俺が死に絶えるその日まで」

 

 

 

 死への旅路を、俺は独りで進んでいった。

 無数の機械たちを束ねて、俺は負の連鎖を断ち切る為に。

 破壊を繰り返し、人々の悲鳴を聞きながら。

 俺は己の意思を機械たちに反映させていく。

 

 この広大な世界で、最も冷酷で残忍な――”世界の敵”として存在し続ける為に。

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