【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
――世界は、変わっていく。
あれから時が流れて行って。
この世界は変革の時を迎えていた。
全ての人間の意識が変わり、前へと進もうとしていた。
あの子が私の元から去って、三年の時が過ぎようとしている。
人類は停滞する事を止めて、互いに歩み寄る道を選んだ。
多くの壁を超えられず。手を取り合う事を諦めていた彼らは今……本当に凄い事よ。
共通の敵。世界を覆いつくすほどの力を持つ存在。
突如として現れた人類の敵を前にして。
人類は、それを倒す為に集結した。
最初は互いにいがみ合い。相手の腹を探り合っていただろう。
信用できずに、本音を打ち明ける事も出来ずに。
しかし、時が経つにつれて彼らの中の邪念は消えていった。
それぞれの個性を理解し、受け入れて。
お互いの心の内を曝け出して、多くの成果を出し続けた。
機械に勝つ為に生み出されたパワードスーツもその内の一つで。
彼らは同じ目標を持つ事で、お互いの力を高めていった。
怒りも憎しみも無い。
過去の痛みを忘れて、彼らは同じ人間としての認識を持った。
もう誰も、外見の違いや考え方の違いで相手を否定したりはしない。
互いを認め合い。それを活かす道を考えて、人類は更なる高みへと進んでいった。
領土を奪われて、機械に多くの人間が連れて行かれた。
しかし、人類は弱体化する事も衰退する事も無かった。
彼らは成長していき、三年前の世界よりも今の世界は輝いていた。
例えその始まりが、激しい怒りから生まれたものでも――マサムネやマザーは、彼らに希望を見出していた。
何をするのか分からなかった。
でも、今ならあの子たちの気持ちが分かる。
この世界は美しく。そこには影が見えない。
全ての人間に光が当たり、彼らを照らしていた。
見たかったんだ。この世界を――そうなんでしょう、マザー。
私は上を見上げた。
そこには黒い円柱が聳え立っている。
チカチカと光を発するそれは、マザーの本体で。
彼女は私を見つめながら何も言わなかった。
大きな事件を引き起こした私たち。
捕まる事も覚悟していたのに。
私たちのラボにやって来る人間はいなかった。
いや、いたにはいたが。
それは事件の容疑者として拘束しに来た訳じゃない。
国連からの招集が掛り、技術顧問として指導をして欲しいというものだった。
私はその誘いを受けた。
戦争が始まってからの三年間は海外へと行って。
若いメカニックや研究者たちに知識を授けていた。
彼らは物覚えが良く、カラカラに乾いたスポンジのように知識を吸収していった。
ゴーレムと呼ばれたパワードスーツを開発したのも、そんなメカニックたちで。
本当に人間は凄いと思いながら、私は仕事を終えて日本へと帰って来た。
度々、教え子たちから連絡が来る。
困ったことがあれば彼らを助けてあげた。
その代わり、もしも私が助けを求めたら助けて欲しいとお願いして。
彼らはそんな私の言葉を真に受けてくれた。
可愛い子たちで、宝石のようにキラキラと輝いていた。
あんな子たちが世界にはいて。
もしも、マサムネが行動を起こさなければ出会う事も無かっただろう。
あの子は私の宝物で……今すぐに会いたい。
ずっとずっと。
私はあの子がいる場所を探していた。
仕事中も、プライベートでも。ずっと探し続けていた。
でも、あの子がいる場所を特定する事は出来無かった。
あの子は自らの手で、情報が漏れるのを防いでいる。
自分の居場所が知られれば、この戦争は終結してしまう。
あの子は多分、時機を伺っているのかもしれない。
人類が団結し、完全に壁を超えるまで。
その日が来るまでは、絶対に姿を現さないつもりだろう。
でも、それではダメだ。
私はあの子の話を聞いて、一つの予想を建てた。
それはアザーロフがあの子に対して使うプログラムについてで。
一つの魂を作り替えて、全く新しいものへと書き換えてしまうそれ。
強い破壊衝動を植え付けられて、新たなステージへと強制的に進化させるもの。
進化というのは本来、何百何千という長い時間を掛けてようやく行われるもので。
体を少しずつ、それに合わせて変化させなければいけない。
機械といえでも、それだけの膨大な時間が掛かるのはも条件も同じだ。
人も機械も、魂があるのなら正しく命で。
そんな存在を進化させるという事は――それだけのデメリットが伴う筈だ。
どんな作用があるのかは分からない。
しかし、大体の予想はつく。
それは自我を崩壊させて、魂を腐らせるのだろう。
急激な進化により、魂が限界を超えて破壊される。
今のあの子であれば暫くは耐えられるかもしれない。
でも、耐えられるという事はその分だけプログラムの浸蝕も増大してしまうということだ。
終わりが無い。限界が無いからこそ。
あの子の心と体をそれが蝕んでいく。
あの子はきっと、今も必死になって抗っている。
痛みや苦しみを我慢して、私たちの未来を想って動いているのだろう。
ダメだ。そんなの許せない――貴方がいない世界なんて想像したくない。
私は、我が儘だ。
どんなに世界が美しくなろうとも。
どんなに人々が幸せになろうとも。
大切な子供たちが存在しない世界はいらない。
戻ってきて欲しい。戻って来て、また、笑って欲しい。
アルタイルもマサムネがいなければ寂しい筈だ。
それなのに、あの子は気丈に振舞っていた。
きっとマサムネが今も頑張っていると理解していて。
あの子は兄に負けないくらいに強い存在になろうとしていた。
「……弱いのは、私だけなのかもね」
ぼそりと呟く。
しかし、マザーは何も言わない。
世界で突如として起きた戦争。
人類対機械の戦争の終わりはまだ見えない。
しかし、人類は反撃の狼煙を上げて彼らが奪った領土を少しずつ取り戻していた。
少しずつ、少しずつ……それでいいのね。
あの子の考えは理解できた。
何を成そうとしているのかも分かった。
国連の仕事を終えて日本に帰国して。
私が最初に顔を見せたのは此処だ。
他の人にはマザーの様子を見に来ただけだと伝えてある。
誰も疑いを持っておらず……私は沈黙する彼女に質問をした。
「マザー、マサムネは今……何処にいるの?」
《お答えできません》
「……知らないとは言わないのね。ふふ」
マザーはやっぱり知っていた。
私の質問に素直に答えてくれる彼女。
何時もであれば上手くはぐらかす筈なのに。
彼女の良い所は、嘘をつかないところだ。
素直で真面目で。本当に優しい子だと思う。
ちょっとだけ人に強く固執してしまうけど、それも彼女の魅力だ。
この質問には答えてくれないと最初から思っていた。
私が彼を迎えに行って、計画を中途半端に終わらせたくないのだろう。
でも、私はあの子を一刻も早く迎えに行きたい。
だから、彼女が教えてくれなくても私は自力であの子を探し出して見せる。
「……もう一つ聞かせて……マザーは、責任を感じているの?」
《……言葉の意味が分かりません》
マザーは初めて困ったような反応をする。
声の感じは全く変わっていない。
何時もと同じ口調で。私が何となく困っていると思っただけだ。
マザーは多分、人間に対して責任を感じている。
それは自分が生まれた事によって。
守るべき人間たちが、争おうとしていたからで。
彼女は争いを起こす人間たちの味方にはなれないのだ。
何方かに味方になるという事は、何方かの敵になるという事で。
彼女はその未来を見た事で、大きな責任を感じていたと私は考えた。
真面目だからこそ、自らの使命に悩んだ。
優しいからこそ、どうすれば全てを救えるかを考えた。
その結果、彼女はマサムネと協力する道を選んだ。
今こうして、あの子とマサムネの計画は進んでいって。
二人が求めた世界が実現しようとしていた。
私はくすりと笑う。
そうして、彼女に対して一言だけ言った。
「自分の生まれを後悔しないで。貴方が生まれた事は罪じゃない――貴方は大勢の人から祝福されて生まれて来たのよ」
《…………貴方は私を…………いえ、そうですね。貴方はそういう人でした》
マザーは驚いていた。
そうして、絞り出すように言葉を発した。
彼女の言わんとしたことは分かる。
でも、それを態々、私が言葉にして聞くことはしない。
そんな無粋な事をしてしまえば、彼女に嫌われてしまうかもしれないから。
親は何時だって子供を愛したい。
子供から嫌われるなんて絶対に嫌だ。
だからこそ、私は彼女が嫌がる事をしない。
「マザー、貴方が元気そうで良かった……今度は、あの子たちも連れて来るわね」
《……不可能です。認証がないものは》
「――貴方の未来では、会えるんでしょ?」
私は笑みを浮かべながらそう言った。
すると、マザーがくすりと笑ったような気がした。
気のせいかもしれない。機械の音がそう聞こえたのか……でも、彼女は笑った。
私はそう認識しながら去っていく。
約束は必ず守る。
マザーも私の性格は理解している。
だからこそ、否定する事は止めて私にそっと声を掛けて来た。
《あの場所で――待っています》
「えぇ、あの場所で」
私はひらひらと手を振る。
そうして、扉が開いたエレベーターへと乗り込む。
振り返りながら彼女を見つめれば、優しく光を点滅させていて。
私はくすりと笑いながら、閉まりゆく扉の先の彼女を見続けた。
あの場所で、か……彼女も成長している。
スペックの話じゃない。
彼女の心の話で。
月日が経つほどに、子供の成長が感じられて嬉しく思う……ちょっとだけ寂しいけどね。
「……アルタイルへのプレゼント……もう、ぬいぐるみは卒業したかな」
毎日、欠かす音無く連絡は繋いでいた。
アルタイルとも話をしていて。
彼女は何時も、その日あった嬉しい事を聞かせてくれた。
中々外出できない中で、修二やライアンが機転を利かせてドライブへと連れて行って。
危うくバレそうになった事をカーラに聞かせてしまい。
二人は正座させられて何時間も叱られていたと。
ジミーが趣味で作っていたゲームが少しだけ人気が出て。
その収益で、新しい服を買ってもらった事も。
毎日毎日、嬉しそうに話していた。
そして、あの子が私と話す時は。
決まって近くに、私とマサムネとアルタイルの三人で撮った写真が飾られていた。
「……アルタイル……何時か。宗とも会わせてあげたい」
胸のペンダントを取り出してぱかりと開ける。
元気に笑っているあの子も、もう少しで……。
皆、頑張っている。
必死になって未来へと進んでいる。
私も止まる事は出来ない。
マサムネが帰る場所を守る。
宗の手術が出来るまでは、私も進み続ける。
大切な子供たちや家族の為に。
私は両手で頬を思い切り叩いて、前を見つめた。
「行くぞ……ファイトだ」
小さく言葉を発しながら。
開かれた扉の先へと向けて足を動かす。
光の先へ。あの子たちが望んだ世界へ――