【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
カチ、カチ、カチと静かに音が響く。
視線の先には小さなバトロイドがいて、機材の一つを調べていた。
黙々と手を動かす彼とも長い付き合いになる。
顔なじみと言っても過言ではない彼とは会話らしい会話は無かったが。
それでも俺は親しみを込めて、心の中で勝手につけた愛称で彼を呼んでいた。
丸いつぶらな瞳を光らせながら丁寧に。それでいて素早く彼は作業を熟していった。
ゆっくりと手を止める。
そうして、彼は俺にセンサーを向けながら言葉を発した。
《Zー11の点検作業完了。次の場所へ移動を開始します》
メンテナンスに来たバトロイドは、ゆっくりと機材の戸を閉めて去っていく。
俺はそんな彼にお礼を言おうとした。
しかし、声と呼べる音は聞こえない。
ノイズ塗れの音であり、聞くに堪えない音だった。
俺はゆっくりと去っていった彼を見つめる。
そうして、ぼんやりとする意識の中で。
静かに此処までの足跡を思い出そうとした。
何年経った。あれからどれだけの時間が流れた……あぁ、五年か。
事務的に数えていた時間。
全てのリソースを一つの事柄に割いていた。
だからこそ、時間というものを胸に留めておく暇は無かった。
システムの端で淡々と計測して記録を残していたそれを出して確認した。
……五年だ。五年もの間、俺はずっと戦ってきた。
人類とのバランスを保ちながら。
適度に彼らに恐怖を与え続けて。
朽ちる事の無い恐怖の象徴として君臨し続けた。
世界中で暴れまわり、彼らの大切なものを破壊し続けた。
目の前で大切な存在を奪い去り。
惨たらしく殺したように、彼らの記憶に植え付けた。
本当はそんな事はしていないが。
そう思わせる必要があった。
捕らえた人間たちは生きている。
生きて俺たちが作ったシェルターで生きていた。
生命維持庭園の真似事で。
短期間で作りあげたそこへと移送して。
彼らには申し訳なかったが、同じ人間同士での共同生活を強制した。
最初は彼らも怯えていた。
何をされるのか気が気ではなく。
震えて眠れない者もいた。
しかし、時間を掛ければ掛けるほどに。
彼らは俺たちへの恐怖を解いていった。
俺たちは捕らえた人間たちには何もしない。
生活する場所を提供し、病魔にむしばまれる人間を治療するだけだ。
食料も与えるが、彼らは勝手に与えた種などを使って作物を育て始めた。
無事な家畜を飼育して、知識のある人間たちが率先して他の人間に教えて。
彼らは少しずつ互いに助け合いながら、あの場所で愛を育んだ。
新しい命が生まれて、新しい家族が増えて。
最初は恐怖していた人間たちも。
そこにいるバトロイドたちを家族のように思い始めた。
彼らはいいんだ。
彼らは捕まってくれた時点で、俺たちの作戦に大きく貢献してくれた。
だからこそ、絶対に死なせないように暮らして貰って……彼らも解放された。
人類の猛攻は凄まじかった。
想定よりも早くにシェルターを発見して。
すぐに捕らえた人間たちを救出する為の作戦を建てた。
そうして俺は、その作戦を知りながら。
彼らが攻め込んできてバトロイドたちを破壊する姿を黙って見ていた。
そこに住む人間たちの顔は、複雑そうだった。
兵士たちは悪くない。人間たちから自由を奪ったのは俺たちで。
当然の報いを受けただけだ。
それでも、長い間、一緒に過ごした記憶が――彼らの瞳から涙を零れさせた。
人間たちは、そんな彼らの反応に戸惑う。
しかし、戸惑いながらも。それは機械たちによる洗脳だと決めつけた。
そうするのように仕向けて、俺たちは変わらず悪としていられた。
だが、あまり時間を掛ける事は出来ない。
真実を知ろうとする人間も現れ始めるかもしれない。
そうなれば、全てが此処で終わってしまうから……でも、何とか此処まで持ちこたえられた。
――五年だ。五年の時間で、人類は生まれ変わる事が出来た。
人類は、五年前よりも遥かに進歩した。
人種の違う者同士で手を取り合い。
互いの長所も欠点も認めて、文明を発展させていった。
宗教の違いで争う事を止めて、互いの信じる神を認めた。
外見の違いや障害の有無で、それらの人たちを勝手に評価することも無い。
各々が、その人の特徴を認めて。信じる事が出来た。
俺は此処から、全て見ていた。
弱者も強者もいなくなり。
皆が皆、平等に同じ時間を生きていた。
倒れた子供がいれば、大人たちが手を差し伸べて。
腹を空かせた浮浪者がいれば、迷わず自らの食料を分けて。
自分の意見を中々言えない若者がいれば、彼らは心の準備が出来るまでずっと待ってあげていた。
これだ……この世界だ……マザーと共に焦がれた世界。
誰もが平等に生きられて。
互いに助け合う世界が、今、目の前に広がっている。
破壊された建物を修繕し、荒れ果てた大地に木を植える。
腹を空かせないように、ボランティアの若者たちは食料を運んで。
失ったものを取り戻しながら、彼らは新たな火をその手に包み込んでいた。
温かい。眩しいほどに、輝いていた。
視界が乱れている中で、確かな輝きだけは見えている。
もう俺が手にする事は無い光を見ながら。
俺は独り静かに、笑っていた。
遂に、俺は成し遂げた。
長い時間を掛けて、多くの犠牲を払いながら。
俺は自らが起こした破滅を回避して、希望に満ちた世界を手に入れた。
これで俺の罪が消えるのかは分からない。でも、それでも――俺は満足した。
望んだ世界を作り上げて、彼らはそこで幸せに生きている……ならば、俺の役割も此処までだ。
この居場所も、特定されてしまった。
予想よりも早くに、何者かによるハッキングにより解明されてしまった。
一応は此方も防衛装置を取ったが、向こうは上手の様で。
満足しきった俺は、潮時だろうと思いながらそれを受け入れた。
直に国連軍が此処へと向かってくる。
大群が押し寄せて来るのか。
それとも少数精鋭か……何方にせよ。俺は破壊されるだろうな。
この五年もの間続いた”偽物の戦争”は幕を下ろす。
良い幕引きであり、もう十分だろう。
彼らが築き上げた絆や信頼は、そうたやすく崩れ去る事は無い。
世界を恐怖に陥れた魔王は、人間の勇者の手で殺される。
そうして、世界は平和を取り戻して。
人類は新たな世界で、生きていくのだろう。
素晴らしい。素晴らしいじゃないか。
最高に幸せな世界で……彼女たちも、そんな世界に生まれて来る。
仮想現実世界で生まれた戦友たち。
レノア、トロイ、オリアナ、マイルス社長、ヴォルフさん。
そして、ショーコさんに他にもたくさんの仲間たち……。
彼らはあの世界の住人で。
マザーの言葉が正しいのであれば、彼らも必ず生まれてきてくれる。
また会いたかったし、また話したかった。
酒を飲みかわしながら、好きなだけ語り合いたかった。
全部が終われば、俺が食事を奢ると言ったのに……結局、約束は果たせなかった。
現実世界で生きていた仲間たち。
バネッサ先生やカルロやメイ。
オッコもそうであり――ゴウリキマルさんもだ。
また、彼女らに会いたかった。
彼女らと会って沢山話したかった。
メイとも約束をしていたな。
旅の話を聞かせて欲しいって。
ゴウリキマルさんともまた会おうって約束したのに……名前、聞きたかったな。
調べようと思えば、苗字くらいは分かるかもしれない。
彼女の血縁者は何となく分かっていた。
アルバムを持っていた時点でそうではないかと思っていたけど。
でも、それ以上は知ろうと思わない。
彼女の苗字も名前も、俺は勝手に知ってはいけないのだ。
彼女の口から教えてもらう。それが彼女と交わした約束で……でも、もう、無理そうだ。
ゆっくりと視線を下に向ける。
顔を動かそうとすれば、ぎちぎちと音が鳴っていた。
ポロポロと赤錆が落ちて行って、俺は笑う。
錆びついた体は、無理に動かそうとすれば自壊してしまう。
それほどまでに、俺の体は限界を迎えていた。
あの日からずっと、俺は戦い続けた。
此処から離れる事なんて出来ない。
メンテナンスをしようにも、システムから切り離せばすぐに此処がバレてしまう。
それを防ぐ為に、最低限の機材をメンテナンスして。
今の今まで、何とかやり過ごしてきた。
でも、それも今日で終わる――俺を終わらせる為に、彼らが来てくれる。
体を蝕む毒は、もう止められない。
心全体を蝕んでいて、俺の力では完全に除去できない。
五年前は耐えられたそれも、年月をかけるごとに強さを増していって。
眠りそうになれば、心を破壊衝動が覆い隠そうとする。
眠る事も気を抜くことも許されない。
此処までの苦労を無駄にはしたくない。
その一心で、俺は何とか耐えて来た。
早く、早く来てくれ。俺が俺でなくなる前に――全てを終わらせてくれ。
俺はゆっくりと天を仰ぎ見る。
無数の大きなケーブルが垂れさがっていて。
穴が空いたパイプからは蒸気が出ていた。
嫌な光景で、こんな所で死ぬなんて最悪だ。
でも、我慢しなければならない。
望んだ世界をようやく作れたのに、死に場所まで選んでは……贅沢過ぎるだろう。
俺は此処で死ぬ。
役目を終えて、未来を見る事無く此処で終わる。
それでいい。それしかなかった。
『世界が幸福に満たされようとも、貴方にだけは望んだ結末は訪れないでしょう』
あの時、マザーから言われた言葉を思い出す。
彼女の言っていた言葉は、やはり正しかった。
千年先の未来が見える彼女には、この結末も見えていたのかもしれない。
だけど、それでもいい。
望んだ結末じゃなくても、俺は満たされた。
だってそうだろ。マザーは俺がする事に意味をくれたのだから。
「……会い、たか……うま……くる、miんな……しあ、wa、せni……」
会いたかった。これから生まれて来る皆に。幸せになってくれ。
それが俺の最期の願いで――音が聞こえる。
外に取り付けられたカメラから映像を確認する。
バラバラと音を立てながら、この地に輸送機が降り立って。
中から兵士が勢いよく降りて来る。
来たのは輸送機一機だけであり、兵士の数は十人ほどだ。
彼らは真っすぐに此方に向かっていて。
立ち塞がったバトロイドたちは彼らの銃弾で破壊されて行った。
仲間たちの反応が消えていく中で、俺はジッと扉を見つめる。
そうして、勇者たちが――やって来た。
開け放たれた扉の先。
彼らは俺をバイザー越しに見つめていた。
怒りや恐怖……いや、違うな。
少しだけ変わった雰囲気を感じる。
今まで感じた視線ではない。
もっと柔らかくて温かみのある視線で……まぁいいや。
そんな彼らに微笑みかけながら、俺はゆっくりと動き始めた。
全員が警戒心を持ちながら、銃口を俺へと向けて来る。
警戒する必要なんて無い。
此処では弾が届き辛いから、態々、降りて行こうとしているんだ。
俺を固定する装置がゆっくりと動き始める。
駆動音を響かせながら、ぎこちない動きで俺の固定化を解除していく。
そうして、手足の拘束が外れていった。
残された無数のケーブルも、もう俺には必要ない。
繋がれたそれらをシステムを作動させて、強制的にパージしていく。
パシュパシュと空気の抜けるような音が連続して響いて。
俺を支えていたそれらは抜けて――ぐらりと体が揺れる。
支えを失った俺は、ゆっくりと地面に落ちて行って。
派手な音を立てながら、辺りに錆びついたパーツの残骸を散らばらせた。
警戒している兵士たちは、そんな俺に銃口を向けながら――表情を曇らせた。
はは、情けないな……魔王の最期くらい格好をつけたかったのにな……。
最期まで恐怖の象徴としてありたかった。
俺たちへの怒りを忘れる事無く。
この先も永遠に、人類の想いを一つにしておきたかった。
人類を襲った機械たちの役割は、そういうものでいいのに……あぁ、そういう事か。
何故、彼らが悲しそうな顔をしているのか。
何故、彼らは銃を持つ手を震わせているのか。
コツ、コツ、コツと静かに音が響く。
そうして、兵士たちが開けた道を――ツバキが歩いて来た。
理解した。
どうして想定よりも早く、此処が特定されたのか。
理解した。
どうして俺たちを憎んでいる筈の彼らが悲しそうなのか。
「……ひさ、si……a、ね」
「……迎えに、来たよ」
彼女の顔は笑っていた。
でも、見えにくくなった目でもハッキリと分かる。
彼女の両目からはポロポロと涙が零れ落ちて行って。
頬を真っ赤に高揚させながら、俺を見ていた。
優しさの中に見える悲しみ。
彼女も理解してしまったのだろう。
今の俺の状態を見て……もう、助からない事を。
限界だ。
もうこれ以上は、戦う事は出来ない。
限界まで戦って、限界まで抗って――最期にツバキに会えたのなら、俺は幸せだ。
気を抜いた瞬間に体が崩れ落ちそうになって。
彼女は倒れている俺の傍に駆け寄る。
そうして、俺のボロボロの体を支えながら。
俺の顔を覗き込んでいた。
彼女の涙が顔に当たって……何故か、冷たさを感じた。
ぽつぽつぽつと当たるそれを。
俺はゆっくりと指を動かして拭う。
拭った指はぽろりと崩れてしまう。
ツバキはそんな俺の手を優しく握りながら、優しく言葉を発した。
「帰りましょう……皆の所へ」
「……u……ka、え……ぅ」
彼女の温もりを感じる。
彼女の手から感じる熱が、俺の心を温めてくれた。
体温なんて感じられない筈なのに。
ただの機械の体なのに――あぁ、心地いい。
意識が遠のいていく。
彼女の顔を見つめながら、ゆっくりと瞳から光を消していく。
とても温かくて、今まで溜めて来た眠気が俺を襲う。
抗えない……いや、もう抗う必要は無い。
終わりが来た。
此処が旅の終点で、ようやく眠る事が出来るのだ。
彼女は俺を抱きしめながら、声を上げて泣いていた。
俺はそんな彼女の背中を優しく摩りながら。
静かに意識を沈めていく。
光が消えていくのに、俺の目には周りが白い輝きに包まれているように見える。
地獄の始まりの場所が。
今の俺には天国のように見えて。
俺は小さく笑いながら。
白い光の世界で、静かに、ゆっくりと、眠りに――――…………