【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
そよ風が吹いて、葉がカサカサと擦れる音が聞こえた。
窓から見える木が揺れて、枯葉がさらさらと宙を舞う。
秋の景色が私の目にはハッキリと見えていて。
少しだけ肌寒さを感じながら、私は目に映る景色を楽しんでいた。
ちゅんちゅんと小鳥たちの囀りが優しく聞こえて来る。
窓の木枠に止まりながら、首を傾げて私たちを見ている。
可愛らしい小さな命たちは、私たちに朝の到来を教えてくれる。
アルタイルはそんな雀の真似をして首を傾げていた。
朝の暖かな陽光が、すっと差し込んできて眠っている彼を優しく照らす。
停滞した人類は進みだし、街はお祭りのように活気づいていた。
嬉しいのだ、楽しいのだ……真実なんて知らなくても。
長い間、続いていた戦争が終わって。真の平和が訪れたから。
奪われた領土を奪還し、殺された筈の家族が帰って来て。
ニュースでは連日、終戦を祝うようなニュースが続いていた。
一部のメディアは、この戦争に懐疑的な目を向けていて。
もう少しで真実に辿りそうな人間もいた。
でも、今のこのムードを壊したくないが為に、多くの政治家はそんな話に耳を貸さなかった。
機械たちは悪で、どんなに言い逃れしようとも人類に牙を剥いた事実は変わらないと。
その通りだ。どんなに言い訳をしようとも、理由があろうとも。
彼もマザーも。私たちも悪い事をしてしまった。
人々が築き上げた歴史的価値のある遺産。
時価にして数億円はあるような価値あるものを破壊して。
彼らの大切な記憶が眠っている街を蹂躙した。
罪は罪かもしれない……でも、彼はこの世界を作ってくれた。
破壊を繰り返しながらも、人類にとって価値あるものを作ってくれた。
今のこの世界を見れば、誰であれ分かる。
いがみ合う人間も、差別を繰り返す人間もいない。
完璧とは呼べずとも、彼らは互いを認め合って共生している。
長い間、成し遂げられなかった偉業を。
眠っているこの子が成し遂げたのだ。
誰も、この子の努力を理解できない。
この子の苦しみや痛みを分かる事は出来ないだろう。
でも、私たちは。家族だけは分かってあげたい。
この子がボロボロになるまで頑張った事を、私はずっとずっと覚え続ける。
そうして、子孫に伝えていきたい。
マサムネを見つめながら、私は静かに息を吐く。
人々は今という時間を最高のものにする為に、周りの人間と共に大きく喝さいをあげていた。
街から少しだけ離れたこの場所まで、その声が聞こえてきている気がする。
騒がしくも、悪くはない音。
人々の声が、小さいながらも此処まで響いてくるようで。
空に昇る色とりどりのアドバルーンも、彼らの今の心情を表しているようだった。
雲一つない綺麗な青空には、真っ赤に輝く太陽がそんな人々を平等に照らしている。
「……貴方たちが作った世界で。彼らは生きているわ……貴方は、自慢の息子よ。マサムネ」
機械の駆動音が小さく聞こえる中で。
ベッドに横たわる息子。
体から細長いケーブルを伸ばして、そこから出る情報を解析している。
静かに眠っている彼から、今にも声が聞こえそうな気がして。
私はキュッと胸を締め上げる感覚を覚えながら、笑みを浮かべていた。
今、貴方は何を想っているの。
今、貴方はどんな夢を見ているの。
もしも、目覚めてくれるのなら聞かせて欲しい。
貴方が見た夢の話を。
貴方が想っていた事を。
私はずっと傍にいる。
貴方の話を、貴方が飽きるまで聞いてあげたい。
可愛くて愛おしくて、大事な息子の寝顔を見つめる。
呼吸も、鼓動も感じない。
それでも、息子が生きていると私にはわかる。
今まで頑張っていたのだ。
疲れたから、眠っているだけだ。
今はただ眠らせてあげたい。
疲れた分だけ傷が癒えるまで――貴方の邪魔はしないわ。
「……バイタルは正常……何処にも異常はない」
「……何で目覚めないんだ。マサムネ……もう一度、俺たちにお前の声を聞かせてくれ」
修二君とライアンの呟きが聞こえる。
彼らも必至だ。マサムネの為に、出来る限りの事をしている。
私はそんな彼らをチラリと見てから、マサムネに視線を向けた。
大蔵研究所の一室。
ベッドの上には、大切な息子が横たわっていた。
体中の錆を取り、破損したパーツを取り換えて。
消えかけていた彼の命の火を、何とかこの世界に留めようとした。
アルタイルもマサムネの為に必死に動いていた。
寝る間も惜しんで、彼の体を磨いてあげて。
ピカピカに磨き上げられたその体を見て、アルタイルは満足そうにしていたのを覚えている。
ライアンや修二君は、パソコンをカタカタと叩きながら。
マサムネのバイタルを常にチェックしていた。
カーラとジミーはマサムネの為に花を買いに行ってくれた。
私は静かに眠っているマサムネの頬を撫でた。
「……よく眠っているのね……夢の中にも、私たちはいるのかな」
瞳からは完全に光は失われている。
侵されたシステムを何とか復元し。
彼のデータも守る事が出来た筈なのに。
それでもこの子は、眠りから覚めようとしない。
何処にも異常はない。
体も新品同様に直してあげた。
それでも、マサムネは身動き一つせずに眠っていた。
夢の中がそれほど居心地がいいのか。
それとも、まだ何かが足りていないのか。
私はマザーを頼って、彼女にも解析を手伝ってもらった。
マサムネの事は他の人間には秘密で。
彼を迎えに行ったのも、私が心から信頼する仲間とだけだった。
外部には漏れておらず。マザーも協力をしてくれた。
ただ一つ。バトロイドたちの制御権が戻った事によって。
この長い戦争は終わりを迎えたのだと、国連の人間がこの世界の住人たちに知らせていた。
唐突に終わった大戦争。
それを祝うように、人々は連日お祭りを開催していた。
賑やかな声が止む事は無く。
訪れた平和を噛みしめるように、彼らは喉が枯れるまで喜びを口から出していた。
そんな彼らの声を聞きながら、私はマザーの解析の結果を暫く待った。
すると、二,三日で解析の結果が送られてきた。
それによると、今のマサムネの”魂”はまだ不完全だと言っていた。
彼女の計画によって、マサムネの魂は通常の魂とは異なる構造へと進化した。
それによって、普通の魂でも膨大な情報量を持つのに。
それ以上の複雑さを持つそれを、私たちが修復しようとしても不可能らしい。
あの男が作り上げた悪趣味なプログラムは除去した。
しかし、アレの所為でマサムネの一部が書き換えられてしまっていた。
緻密で繊細な魂を、中途半端に作り変えてしまったせいで。
この子は目覚めようと思っても目覚められなくなっている。
魂を解析し、完全な状態に戻す事は不可能に近いとマザーは言っていた。
例えあの男でも、私であっても……諦めたくはない。
折角、ここまで来たんだ。
この子の居場所を見つけ出して、何とか救う事が出来た。
後は、この子の魂を元の形に戻すだけだ。
それだけで、私たちは本当に幸せを手に入れられる。
誰もが願った結末を得られるかもしれないのに……映画の世界じゃない事は理解している。
物語の世界のように、そう都合よく行くことは絶対に無い。
お姫様のキスで、彼が呪いから解けることも無いのだ。
理解している。理解しているから――歯がゆいのよ。
知らない人間たちが幸せになって。
見たことも無い誰かが笑っていて。
目の前で眠っている息子だけが幸せじゃない。
それが堪らなく嫌で、世界を呪いそうになってしまう。
「……ごめんね……私は大人になりきれていない」
「……ツバキ」
私が弱音を吐けば、アルタイルが心配そうな目を向けて来る。
私はアルタイルに微笑みかけながら。
何でもない事を伝えて、心の中でマサムネに謝った。
マザーであろうとも、今の技術でこの子の魂の完全な復元は出来ない。
時間を掛ける事によって少しずつは修復は出来る。
時間を掛けなければいけないほどに繊細な作業で。
もしも、一つでも間違えれば彼の心はガラスのように崩れ去ってしまう。
……でも、それを待っている間にも、私たちの体は老いていく。
私たちは人間で、どんなに技術が発展した時代であろうとも。
寿命というもの、死という概念には抗えない。
生きている間に会えるかは……彼女も分からないと言っていた。
確かに、私たちの目に見えている情報では修復が出来ていた。
でも、それはほんの一部分に過ぎないのだろう。
マサムネの毒を抜き取って、彼は苦しみを和らげて眠っている。
私たちが出来るのは此処までで。
マザーは後は自分が手を施すと言っていた……責任を感じているのね。
あの子は優しい子だ。
例え、マサムネが人間じゃなくても。
あの子にとっては家族に変わりはない。
家族であるこの子を巻き込んで、責任を感じない筈がない。
私はそっとマサムネの頬から手を離す。
ほんのりと冷たい彼の肌は光沢を発していて。
傍にいたアルタイルは私の手をギュッと握りながら。
悲しそうな声で兄の名を呼んでいた。
私は、そんな可愛い娘の頭をそっと撫でる。
「大丈夫よ。お兄ちゃんは疲れて眠っているだけ……マサムネは強い子よ」
「……うん! 私、ずっと待ってる! ツバキも一緒に!」
「……ふふ。そうね。生きている間も……肉体が消えた後も」
約束のあの場所で、家族を待つ。
例え、何年何十年……何百年という時間が流れようとも。
私はこの子の母親だ。
息子の帰りを待ち続ける。
この子が目覚めた時に、誰もいないなんて寂しいじゃないか。
こんなにも頑張って、こんなにも誰かを想った優しい子を――独りにはさせない。
世界は今、こうしている間にも回っている。
時間は止まる事無く進んでいって。
この広い世界で生きる人間たちは、希望を胸に明日を生きる。
”彼ら”が願った世界を当たり前のように享受して。
この五年間の記憶も、次第に薄れていくかもしれない。
でも、彼らは確かに生きていた。
――この世界で、別の世界で必死に生きていた。
長く険しい道のりを、理解できる人間は誰一人としていない。
彼らの歩んできた道を、他の誰かが歩むことは出来ない。
過去は過去で、未来は未来だ。
今を生きる私たちには、それらの可能性を見つける事は難しい。
でも、それでも――私は憶えていたい。
彼らが歩んできた道を。
彼らが成し遂げた奇跡を。
マサムネやマザー。そして彼の友人たちを――私は語り継いでいく。
あの日、貴方から聞いた話を今度は私が子供たちに聞かせる。
貴方が会いたい人に、貴方が幸せになって欲しいと願った人に。
貴方の事を思い出してくれるように、私は貴方の記憶を伝えていく。
ゆっくりと私は窓へと近づいていった。
そうして、ロックを解除してゆっくりと窓を開けた。
新鮮な空気が部屋の中へと入って来て。
私の髪をさらさらと風が撫でていく。
窓辺に止まっていた小鳥たちは羽ばたいていって。
大空へと羽ばたいていったそれを見つめながら、私は笑みを浮かべる。
世界を包み込む青い空を見上げながら。
私はそれへと手を伸ばして静かに言葉を送った。
「貴方が作った世界で人々は生きていく。私たちも生きていく……だから、また、会いましょう――貴方が”愛した世界”で」
木々のざわめきを聞きながら。
私は澄み渡る青を見続けた。
青空には真っすぐに伸びていく飛行機雲が見えていて。
何処までも続いているそれへと想いを馳せた。
道は繋がっている。
どんなに遠くても――また、会えるわ。