【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?   作:オタリオン

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エピローグ:限界まで駆け抜けた結果
0:まだ、終わりじゃない


 虚無――何も存在しない――果て無き虚無。

 

 底の見えない穴の中で、俺は浮いているような気がした。

 

 足も付かない場所で、ただそこに存在する異物。

 

 己という何かを、俺は見る事が出来ないでいた。

 

 

《――》

 

 

 遠くから、声が聞こえる。

 

 誰かの名前を呼んでいる……誰だ?

 

 

《――》

 

 

 何も見えない……何も感じない。

 

 視線を体へ向けようとしても、何も無い。

 

 真っ暗な闇の中には、何も無かった。

 

 

《――ネ――マサ――》

 

 

 マサ、ムネ……?

 

 それは誰だ……誰の名前だ……?

 

 

 暗闇の中で響く声。しかし、恐怖は感じない。

 

 俺はゆっくりと足を動かし始めた。

 

 

 

 脚なんて無いのに、声のする方へ走っていって。

 

 俺は見えない手を必死に伸ばして――――…………

 

 

 

 

 ゆっくりと目に光が灯る。

 何も無い世界から、黒という色だけが存在する世界に来たと本能で理解した。

 雨粒が落ちた水面のように揺れる視界が。

 ゆっくりと形を戻していって、この世界の在り方を俺に認識させる。

 

 此処は何処だ。俺は、何を……?

 

 記憶が所々、抜け落ちているように感じる。

 誰かの名前を呼ぶ声に引き寄せられて此処まで来た事は憶えている。

 手探りで、訳の分からないままに走って、俺はこの場所に立っていた。

 しかし、暗闇の中にいた理由も。自分が何者であったかも覚えていない。

 

 

 

 今まで何をしていた?

 

 俺はどんな人間で、誰と一緒にいた?

 

 誰が名前を呼んでいて、今は何処にいるのか?

 

 俺は一体誰で、何をしていた――突然、目の前に光が集まっていく。

 

 

 

 不思議な空間の中心で、白い光が集まっていって。

 徐々に人の形を成していった。

 輪郭が朧気ながらも、人であることは分かる。

 いや、正確にいうには人の形をしたナニカだ。

 

 俺はそれに視線を向けながら、此処は何処なのかと聞いた。

 少しだけ怯えを孕んだ声であり、自分で自分が情けなく思えて来る。

 しかし、今は恥を考えている余裕はない。

 自分が何者かも分からない中で、良く分からない所で目覚めたのだ。

 多少の事には目を瞑っても、状況くらいは理解しておきたい。

 

 しかし、人の形をしたナニカは答えない。

 全くの無言で。視線と呼べるものすら感じなかった。

 全く此方を見ておらず。生きているのかも怪しくなってきた。

 

 何かのトリックか。

 いや、それともこの状況自体がドッキリなのか。

 そんな間抜けな事を考えながら、俺は辺りをキョロキョロと見ていた。

 

 すると、奴は徐に動き始める。

 ゆっくりと足を動かして数歩前に進んでくる。

 距離が近くなって、俺は思わず後ろへと後退してしまった。

 距離感が可笑しい。パーソナルスペースが無いのか……?

 

 俺が警戒心を持った目で奴を見ていると。

 口も何も見えない能面のような奴は、聞いてもいない事を話し始めた。

 まるで、俺の事を”認識”できていないように勝手に。

 

 

《おはようございます。マサムネ……長い眠りから覚めた感想は?》

 

 

 ……マサムネという名前は、俺の物なのか?

 

 

 分からないが、何故だかしっくりくる。

 馴染むと言っても過言ではなく、恐らくは自分の物だと自然と思えた。

 まぁ理由は分からないが、奴の口から聞いたからというのもある。

 だからこそ、その名前が俺のものだと思いながら奴に話しかけた。

 此処は何処なのか教えて欲しい。そして、お前は何者なのか。

 

 しかし、やはり何を聞いても奴は答えない。

 

 

《……そこにいる事は分かります……ですが、残念ながら貴方の声は誰にも届かない……私も例外ではありません》

 

 

 誰にも俺の声が届かない、奴はそう言った。

 

 

 何故なのか。何故、俺の声が届かないのか。

 最初はただぽかんとそれを聞いていた。

 しかし、ゆっくりとその言葉の意味を理解して。

 大した理由も無いのに、ふつふつと目の前の何かに対する怒りが溢れて来た。

 

 理不尽じゃないか。目覚めてすぐに、自分の声が誰にも聞こえなくなったなんて。

 ふざけるな、元に戻せと俺は怒りながら奴に詰め寄った。

 しかし、俺の”何も無い手”では何も掴めない。

 

 

 そう、俺の体は――何処にも存在しなかった。

 

 

 するりと奴の体をすり抜ける。

 奴は今しがたの俺の暴挙も認識していなかった。

 まるで、空気のように。そこにいるのに見えていないように――別の感情が溢れて来た。

 

 

 焦り、恐怖。

 戸惑いに、激しい困惑。

 怒りや絶望に、殺意に恨み。

 

 溢れる。どんどん心の奥底から溢れてくる。

 呼吸は荒くなったように錯覚して。

 幻聴のように、聞こえる筈の無い心臓の鼓動を感じていた。

 

 何も掴めない手で顔を覆う。

 聞こえない呼吸を速めながら、俺は――っ!

 

 吐き気に襲われる。

 しかし、何も吐くことは出来ない。

 俺は得体の知れない気持ち悪さを抱えながら両手で頭を抑えた。

 

 

 何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――何故だ。

 

 

 自問自答しても答えは出ない。

 悍ましいほどの感情が渦を巻いている。

 吐きたくても体どころか胃も無いのだ。

 俺は必死に恐怖を誤魔化しながら、奴を睨んだ。

 危険な状態の俺が見えていない奴は、俺の状態を淡々と説明し始める。

 

《貴方はオーバードの……”呪い”により、人の形を保てなくなりました……貴方と初めて対面した時は違いましたが。恐らくそれは機械の体だったからでしょう……ですが、最早、機械の体であろうとも貴方をこの世界に顕現させるのは不可能です。この仮想現実世界において、貴方の魂に適合した肉体を作る事は今の私にも出来ません。私たちは呪いを取り除こうとしましたが。それが実を結ぶ事はありませんでした》

 

 奴は淡々と事実らしきことを語る。

 俺は呪いで人の形を保てないと。

 そして、その呪いを解くことは出来なかったと――馬鹿げている。

 

 何が呪いだ。

 何が仮想現実世界か。

 そんなものはこの世に、存在、する、訳――ッ!!?

 

 

 

 瞬間、頭の中に濁流のように知らない筈の”記憶”が流れ込んでくる。

 

 

 

 これは何だ。

 何なんだこれは――お前は―――おま――――ぁ――――マザー?

 

 

 

 蘇って来た記憶。

 そこには色々な人間たちがいた。

 スパナを振り回す女。酒場で酒を飲む髭の男。

 甲板の上でへらへら笑う男。小鹿のように怯える女――まだだ。

 

 

 どんどん溢れてくる。

 湯水のように溢れてきて。

 空っぽの俺を満たしていった。

 

 

 見たことも無い世界で出会った人間たち。

 そして、自らの意思で戻って来た世界。

 

 

 地獄のような記憶の中には、小さな幸せが幾つもある。

 笑って、泣いて――あぁ!

 

 

 渦を巻く感情が、一つになっていく。

 恐怖も怒りも消えて行って――俺は全てを理解した。

 

 

 

「マザー、お前なのか……そこにいるのは……ツバキなのか?」

 

 

 

 見える。見えている。

 何も見えない筈の暗闇の中で。

 朧げに見えている何か。

 輪郭だけのそれは、見間違える筈もなく――ツバキだった。

 

《貴方が眠りについて百年以上もの時が流れました。ツバキや貴方の家族は死にました……ですが、此処で生きています。新たな肉体を得て、この世界で生きる事を”彼女たち”は決めました……見えていますか。彼女たちは今、貴方の前にいます》

 

 あぁ、分かっている。

 彼女は、母は、俺に微笑みかけている。

 

 彼女だけじゃない。

 ライアンや修二。

 ジミーやカーラもいる。

 

 彼女たちは俺を待っていた。

 俺が帰って来るのを今まで待ってくれていた。

 それが嬉しくて、それが悲しくて――俺は見えない涙を流していた。

 

 冷たさも、頬を伝う感触も無い。

 胸が締め付けられるような感覚も、呼吸が苦しくなることも無い。

 でも、俺は今、確かに泣いている。

 両目の部分からとめどなく涙を流して。

 それが地面に落ちて行っていた。

 

 俺は子供のように泣きながら。

 微笑む彼女たちを見ていた。

 変わらない。何一つとして変わっていない。

 そこにるんだ。俺が愛した人たちはそこに……。

 

 

 すると、ツバキが一歩前に出る。

 

 

《マサムネ。貴方の呪いを解けなくてごめんね……でも、貴方が諦めるのはまだ早いわ》

 

 

 どういう事、なのか……?

 

 

 オーバードの呪いは決して解くことは出来ない。

 俺の魂は既に形を変えていて。

 元に戻す事は絶対に出来ない筈だった。

 俺もそうなる事を理解した上で受け入れた。

 例え、仲間たちに再会できなくても、救えるのならばと……。

 

 俺が一番よく理解している。

 大きな力を手にするのだ。何の代償も無い事なんてあり得ない。

 世界を恐怖に陥れた大罪人への呪いを解くなんて――ツバキは笑う。

 

 

《呪いを解くのは私たちでも貴方でも無い――あの世界で、貴方を待っている人がいるわ》

 

 

 ツバキはゆっくりと人差し指を俺の背後に向ける。

 俺は彼女の指し示す方に顔を向けた。

 すると、何も無かった筈の空間に一つの扉が出現する。

 ゆっくりと光が輪郭を作っていき、それを形作っていった。

 

 俺はそれを静かに見つめながら考えた。

 何処へつながっているのか。何の為に出したのか……でも、行かなきゃいけないんだね。

 

 俺が望んだ結末は訪れなかった。

 皆が幸せになっても、俺は幸せになる事は無かった。

 それでもいいと思っていた。

 あの時に、自らの死を覚悟した瞬間に――俺は諦めてしまったのだ。

 

 これでいい。これで十分だと妥協してしまったのだ。

 多くを望むのは罪で、これ以上は望むべきではないと勝手に思い込んだ。

 

 

 

 ――でも、ツバキはそれを許さなかった。

 

 

 

 どんなに長い時間を掛けようとも、どれだけ自分が老いて死へと向かおうとも。

 彼女は最期まで、俺を信じてくれていた。

 

 彼女と俺の道は、この瞬間に繋がった。

 始まりは異なって、歩んできた人生も違うけど。

 この世界で、この瞬間に繋がった気がした。

 

 後は、自分で進めと言いたいんだね……ツバキ。

 

 この扉の先に、誰がいるのかは分からない。

 この扉の先の世界が、俺が愛した世界なのかは分からない。

 不安や恐怖は勿論ある。

 

 でも、それでも――俺はノブを握る。

 

 冷たく硬いそれを握りながら俺は笑う。

 迷う事は無い。怖気づくことも無い。

 大切な家族が道を示してくれているのだ。

 その先には決して後悔も絶望もありはしない。

 

 俺はゆっくりと頷く。

 そうして、扉を開いていった。

 

 扉の開く音が静かに響いていきながら。

 扉の隙間から、光が溢れ出してくる。

 とても温かく、とても心地の良い光で。

 俺はそれを体全体で受けながら、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

 大切な家族たちは俺を見ながら微笑んでいた。

 行ってこい、行って決着をつけろ。

 彼女たちの想いを受けながら、俺はゆっくり届く事の無い言葉を両親に送った。

 

 

 

「父さん、母さん――行ってきます」

《行ってらっしゃい。マサムネ》

 

 

 

 届いていない。それなのに、互いの想いが通じた。

 俺は力強く頷いて、光の先へと飛び込んでいった。

 

 迷うな、進め。

 こんな終わりは家族も俺も望んでいない。

 変えるんだ。例え成功する可能性が一パーセントも無い賭けだろうとも、俺がこの手で――――…………

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