【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
大勢の影が前に立っている。
遥か頭上から俺を見下ろして、指を指しながら罵声を浴びせてくる。
口汚く罵り、同じ生き物として扱わない。
俺はそんな人間を見つめながら、声も出せずにいた。
『お前は人間じゃない!!』
――うるさい。
『お前には人の心何て分からない!!』
――黙れ。
『人間のフリをするな! この忌々しい――め!!』
――違う。俺は人間だ。
『戦いに喜びを見出して、死ぬまで戦い続けるなんて。そんなの人間じゃない』
――違う。違う違う違う違う違う違うッ!!
耳を塞ぎながら、俺は蹲る。
嫌なモノを見ないようにして、体を無垢な赤子のように丸める。
冷たく暗い空間に味方はいないのか――誰かが俺の頬に触れる。
温かく優しい柔らかさを持ったそれ。
俺はゆっくりと顔を上げて、微笑む顔の見えない誰かをジッと見た。
『貴方はこれから多くの人間を知る。きっと貴方も人間になれるわ』
――母さん?
▽▽▽
遠くの方から声が聞こえる。
泣き声や悲鳴、怒声や罵声――耳障りだ。
俺はゆっくりと瞼を開ける。
すると、ベッドの脇にちょこんと座る女性がいた。
彼女は俺の意識が戻ったことを確認して、ひらひらと手を振っていた。
「おじさーん。大丈夫ー? 起きてますかー?」
「……起きてるよ……此処は?」
「公国領にある街だよ。皆で戦ったところの……残っていた病院の中だね」
ショーコさんは笑みを浮かべながら教えてくれた。
耳を澄ませば、部屋の外から色々な感情の籠った声が聞こえる。
耳障りだと思った音は、住民たちの声の様だ。
俺はオッコやレノアはどうしたのかと聞いた。
すると、二人には先に船へと戻ってもらったと彼女は言ってきた。
「おじさんは今にも死にそうだったからね。緊急事態だったから、此処で治療してから帰投する様にぃって命令だよ」
「……あぁ死んでないのか」
「死ぬわけないじゃん。おじさんなんだから!」
ニコニコと笑いながら、ショーコさんは冗談を言う。
俺は彼女からどう見られているのかと思いつつ、ゆっくりとベッドから体を起き上がらせた。
そうして、さっさと此処から出ようと彼女に言った。
心配そうな目で怪我はもういいのかと彼女は言ってくる。
仮だけど、一応は現世人と同じで薬もすぐに効くのだ。このくらいは何ともない。
掛けてあった制服の上着を着てから、俺は靴を履く。
そうして、彼女と共に部屋の外へと出ていった。
すると、耳障りに感じた声がより鮮明に聞こえてきた。
廊下に出れば、慌ただしく動く看護師の姿が見えた。
白衣を着た先生も必死になって動いていて。
チラリと空いた部屋を見れば、ベッドの傍で泣き崩れる女性が見えた。
「あぁ貴方!! どうして、どうして――あああぁぁぁ!!!」
旦那さんを失ったのか。
俺はその部屋から視線を逸らして進んでいく。
また開いている部屋を見つけて、チラリと見た。
すると、両足に包帯を巻いた子供が車いすに座りながら俺たちを見ていた――その両足は根元から無くなっている。
得体の知れない何かを見たような感情を抱く。
悲しみも怒りでも無く、驚きに似た感情だ。
すれ違う人間たちの顔は悲壮な物で。
目に涙を溜めながら、溢れ出るそれがポロポロと床に落ちていく。
ある者は帝国への怒りを募らせ殺意を漲らせている。
ある者は突然消えた大切な人を追うように命を絶とうとして医者に止められて。
ある者は、ある者は、ある者はある者は者は者は者モノモノモノ――
「――おじさんはどう思う?」
「……え?」
気がつけば、病院の外に出ていた。
奇妙なモノを多く見たせいか、俺の感情は渦を巻くようにめちゃくちゃで。
統一できない感情を胸に抱いたまま外へと出れば、ショーコさんに呼び止められた。
穢れを知らない青い瞳が俺へと向けられている。
彼女が何を思ってその質問を俺にしてきたのか分からない。
しかし、聞かれたのなら答えなくてはならない。
悲しむ人、怒る人、絶望した人、逃避する人、無知な人――沢山見れた。
今までは戦争というものを心の中で遊びのように感じていた。
メリウスという玩具に乗って、相対する人間を倒していくゲームで。
アリア・マクラ-ゲンに言った傭兵としての言葉も、俺にとっては”遊びに対する心構え”であったような気がする。
ゲームではない。
これは立派な戦争で、命を懸けて戦っている。
そう自分に言い聞かせていたが、戦闘になって誰かを殺す時も――俺は"何時も"笑っていた。
分かっていた。自分が周りとズレている事を。
周りの人間が俺を見る目が違う事を理解していた。
分からないフリをして、今まで生きてきた。
死んでいった人間の気持ちを理解できない。
奪われた人間の悲しみに寄り添えない。
復讐する人間の思考を真似することは出来ない。
死という概念を――受け入れることが出来なかった。
「あぁ、そうか……俺は何一つ人間らしくなかったのか」
歯車が合うように、俺の中で理解できたことがあった。
何処までも戦いの中で生きてきて、人間のように振舞っていたつもりだった。
しかし、俺という命は人間とはかけ離れていて。
現実離れした思考に、相手の心を理解しようともしていなかった。
だからこそ、周りから恐怖の目で見られる。
常人と同じ思考が出来ず。貪欲なまでに闘争を求めた結果――出来損ないになっていたのだ。
彼らを見てどう思うか――どう思うのが正解なのか。
悲しいと言うのか、空しいと言うのか。
可哀そうだと思うのか、遣る瀬無いと吐露すればいいのか。
違う。どれもこれも違う。
上辺だけの言葉に意味は無い。
簡単に剥がせるメッキの言葉では、彼女への答えにならない。
ならば、どう答えるのが正解か。
俺は地面を見つめながら、ゆっくりと言葉を吐いた。
「……分からない。何も分からない……俺は彼らに何も思えないから」
「……そっか。そうなんだねぇ……うん、それもおじさんらしいかなぁ」
手を後ろに組みながら、彼女は満足そうな顔で頷く。
しかし、チラリと見えた彼女の横顔は何処か悲しそうで。
俺は今の答えは失敗だったかと思ってしまった。
そんな時に、前の方から走ってくる少年が見えた。
彼は頭に包帯を巻いていて、肩から大きなバックを下げていた。
手には一枚の便せんを持っていて――派手に転んだ。
周りの人間はチラリと彼を見る。
しかし、状況が状況だからか誰一人として手を貸さない。
すぐに目を逸らして、誰も彼もが自分の事で手いっぱいだった。
少年は顔を赤くしてにへらと笑う。
俺は今の街の状況と不釣り合いな少年が気になって傍に寄った。
立ち上がろうとした少年に手を差し伸べて、大丈夫かと尋ねる。
青い瞳に短い金髪の少年。少し煤で汚れた服を身に纏って、そばかすが特徴的な子供だ。
彼は俺に礼を言いながら手を取って、何とか立ち上がって見せた。
体がふらつくほどの大荷物。
俺はそれが気になって中身について尋ねた。
すると彼は、全て配達するための手紙だと言ってきた。
「……何で手紙を? 大人はどうした。君はまだ働くような年じゃないだろ」
「へへ、そう見えるよね。でも大丈夫! 僕はお父さんから仕事を教わってたから! これぜーんぶ届けて見せるよ!」
「……お父さんはどうした?」
俺は好奇心のままに質問した。
すると、少年は困ったような顔をして頬を掻く。
「……死んじゃったよ。他の人を助けに行ってね……」
「……辛くないのか? 何も君が手紙を配達することは……」
辛いのなら泣けばいい。
嫌なら逃げたって良い。
人間は感情で動く生き物だ。
嫌なモノに蓋をして、好きな事に生きるのが人間だ。
彼は大切な人を亡くしている。
それも昨日今日の話で。
子供が泣いていようとも不思議ではない。
非力な子供であるのなら、周りの大人が助けてくれる。
助けてくれなくても、軍人や警官を頼ればいい。
人間はいつでも助けを求めて、それに応えなければならない人間は多く存在する。
現実から逃げて理不尽に恐怖するのが人間だ。
感情のままに泣いて怒る生き物だから。
少なくとも、俺の中の人間はそんな生き物で――彼は笑う。
「お父さんはすごい人なんだよ! 腰が痛くても、寒い日でも、関係なくて! いっつでも、皆の為に手紙を届けていたんだ! 僕はお父さんみたいな人になりたいんだ! だから、お父さんがいなくなっても、僕がお父さんの仕事を守るんだ!」
満面の笑みで、少年は言葉を紡ぐ。
俺は口を小さく開けながら、ゆっくりと言葉を発した。
「……君は、何で……そんなに強いんだ」
「へ? 強い? ううん。僕は強くないよ! ただ、皆の役に立ちたいんだ!」
「――」
言葉が出なかった。
誰も彼もが自分の事で手一杯で。
自分の世界を大切にしている中で、ただ一人の少年だけが他の世界を守ろうとしている。
尊敬されないかもしれない。
誰かから感謝されることもないかもしれない。
でも、彼は最初からそんなものを求めていない。
彼は尊敬する父親のようになりたいと言う一心で、悲しみを乗り越えて手紙を届けている。
煤ぼけた服を身に纏う少年は――誰よりも輝いて見えた。
俺は大きく目を見開いて、彼を見つめる。
彼はそんな俺など気にせずに配達があるからと去っていった。
心臓がドクドクと鼓動する。
冷たい体に血が駆け巡って、じんわりと胸が熱くなる。
少年の笑みが、凍っていた心を溶かしてくれた。
心に宿った"灯"が、俺の道を照らしてくれている。
残された俺は心の中に生まれた”火”を片手で確かめていた。
生まれてきて、本物の人間を見る機会は少なかった。
本来の人間は、手を取り合って助け合う立派な生き物で――あの少年は人間だった。
自然と頬が緩み笑みが零れる。
戦争という悲惨な舞台で咲く一輪の花のような存在。
いたんだ。かつては、あの少年のような人間が、沢山いた。
戦争によって心は荒んで、大勢の人間が自分の世界に閉じこもった。
俺は信じていた。人間の可能性に、人間の心に――答えは得た。
「……ショーコさん。俺は、人間になりたい……彼のような気高い人間に」
「――なれるよ。おじさんは優しいから」
もう立ち止まる事は無い。
重かった足は軽くなって、前へと進む。
俺はショーコさんの手を取って歩いていく。
彼女はそんな俺へと暖かな笑みを向けていて――もう悲しさは感じられなかった。