【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
作戦の決行日を迎えて、俺は皆が寝静まった時間に王宮の前に来た。
人工の明かりに照らされながら、門前には複数人の兵士が徘徊している。
眉一つ動かさずに規律正しく動いている兵士たち。
それを一瞥してから、俺は王宮から少し離れた位置にある建物の壁に身を寄せた。
オリアナの話によれば、王宮に入る方法は一つしかないらしい。
宮殿内部に通じている秘密の通路だ。
壁に触れながら、俺は教えられたとおりに窪みを探した。
白い土壁の窪みを探って……あった。
窪みの中に指を入れる。
そうして、上の方に付けられた突起物を軽く押した。
すると、カチャリと音がして砂に埋もれた地面が少しだけ浮き上がる。
俺は兵士の視線を警戒しながら、ゆっくりと盛り上がったそれに手を掛ける。
石で出来た板であり、重いそれを横へとずらす。
何とかずらせば、人一人が入れるスペースが出来た。
そこへと身を滑り込ませて、俺はゆっくりと石板を元の位置へと戻した。
完全に石板を戻せば、辺りは暗闇に包まれた。
俺はポケットからペンライトを取り出して明かりをつける。
奥へと向ければ、穴が奥へ奥へと続いていた。
俺はライトを口に加えて身を地面につける。
そうして、匍匐前進をしながら進んでいった。
ずりずりと体が地面と擦れる音が響く。
前へ前へと進んでいく。
急いで、急いで、急いで、急いで――
穴の中を進んでいけば、行き止まりに当たった。
俺はゆっくりと上を向きながら、天井に手をつく。
すると、蓋をしていた何かが取れて持ち上げられた。
蓋をずらしていけば、月明かりが差し込んできた。
しげみの中の様であり、俺は草をかき分けながら外へと出た。
見れば、白いタイルのようなもので蓋がされていたようだ。
俺はそれを静かに戻してから、茂みの中から周りの様子を伺った。
此処が、宮殿内に作られた庭園と呼ばれる場所だろうか。
オリアナは庭園にはあまり兵士は寄り付かないと言っていた。
エリックの情報によれば、宮殿内で見回りをする人間は大体が二組のペアを組んでいるようだ。
二組で決められた時間に、決められた場所を順番に回っていくらしい。
当てになるのかは分からないが、今はそれを信じるしかないだろう。
俺はライトの明かりを消してから、ゆっくりと茂みの中を移動する。
なるべく音を立てないように移動しながら、宮殿内に作られた廊下に行きつく。
柵を飛び越えて、携帯したナイフを手に持つ。
極力、これは使いたくないところだけど……。
身を屈ませながら、ゆっくりと移動を始める。
王宮内の構造は入り組んでいて。
偉い人間ほど、上の階層に部屋が作られている。
上へと行くほどに警備は厳重になっていき、イスラールの部屋の周辺には多くの兵士が巡回している筈だ。
見つからないように部屋に侵入するのは困難を極めるだろう。
しかし、絶対にレシピを見つけて破棄しなければならない。
何の成果も得ずに帰るなんて、それはただのバカだ。
廊下を進んでいき、最初の階段に着く。
この場所に兵士が巡回しに来るのは……十分後か。
腕時計で時刻を確認しながら、上から来る人間を警戒する。
ゆっくりゆっくりと階段を上がっていった。
螺旋状の階段を上がっていき、俺は途中の小窓を開けた。
丸い小窓を開ければ、風が吹いてくる。
それなりの高さではあるが、落ちても死ぬことはないだろう。
エリックの情報では、上層から兵士が降りてくる時間だ。
俺は小窓から器用に体を出してから、宮殿の出っ張りに指を掛ける。
窓をゆっくり閉めてから、下の出っ張りに足を掛けた。
そうして、指に力を集中しながら横へと移動を始めた。
横へ、横へと進んで。
勢いを付けて上へと飛ぶ。
別の出っ張りに掴まって、ゆっくりと体を持ちあがらせた。
そうして、設置された窓に上がる。
呼吸を安定させながら、俺は窓から中の様子を伺った。
すると、兵士の後ろ姿がチラリと見えた。
どうやらタイミングよく来られた様だ。
俺はポーチから道具を取り出す。
窓ガラスに小さな穴を空けて鍵を開けるための道具だ。
ゴウリキマルさんは俺が単独で潜入すると聞いてこれらの道具をすぐに作ってくれた。
あり合わせの物で作ったから大したものではないと言っていたけど……十分すぎるだろう。
小型のロボットアームで鍵を開ける。
それを見届けてから、道具をポーチに戻して窓を開けた。
俺は中へと入ってから下に目を向けた。
すると、案の定、鍵の開けられた窓を兵士が見ていた。
王宮内を巡回する兵士たちは勘が鋭いとエリックの情報に書かれていた。
もしも、あの場で身を潜めていたら気づかれていただろう。
俺は音を立てないように再び上へと上がっていった。
そうして、二階へとたどり着く。
木の扉を開ければ、小さく音が鳴る。
木の扉を支える金具がきしむ音であり、俺は冷や汗を流した。
しかし、誰かがやって来る気配はしない。
俺は心の中で胸を撫でおろしながら、扉をするりと抜ける。
そうして、細心の注意を払って扉を閉めた。
イスラールの部屋へ行くためには、あと二つの階段を上らなければいけない。
奴の部屋があるのは最上階の四階だ。
俺は腕で汗を拭いながら、呼吸を整えて進んでいく――
三階を突破して、四階へとたどり着く。
今のところはエリックの情報が役に立っている。
兵士の巡回する経路や兵士一人一人の癖。
詳しく記載されたそれが、ここまで機能するとは思わなかった。
だからこそ、俺は不気味に思ってしまう。
何故、エリックはこれほどの情報を手に入れたのか。
王宮内に内通者がいたとしても、此処まで詳しい警備体制を知り得る筈がない。
本当に内通者がいるのだとしたら、それはイスラールと同じかそれ以上の力を持つ人間で……足を止める。
廊下の角から、チラリと様子を伺う。
すると、三名の兵士がイスラールの部屋の前に立っていた。
二名は扉の両脇にいて、一名はその内の一人と何か話していた。
此処からでは会話の内容は分からない。
しかし、笑みを浮かべていることから他愛の無い雑談だろうと思えた。
暫く様子を伺っていれば、男は片手を上げてその場を去ろうとした。
此方へと足を向けており、俺は咄嗟に別の道具をポーチから出した。
鍵を開けるための自動ピッキングツールで、それを木の扉に差し込めば数秒で扉のロックが解除された。
俺は扉を開けて中へと入る。
音を立てないようにしながら、男が近づいてくるのを感じた。
コツ、コツ、コツと靴の音が近づいてくる。
やがて音が止まって、扉の先から訝しむような声が聞こえた。
気づかれたのか、俺が何かへまをしたのか。
目を鋭くさせながら、ナイフを握りしめる。
扉が開けられそうになっているのを感じながら、俺は殺す覚悟を決めて――声が聞こえた。
「よぉ。何してるんだ?」
「し、シックス様……いえ、少し気になっただけで……し、失礼します」
「おぅ。サボるなよぉ……うぅ、冷えるな。部屋で飲みなおすとするかなぁ」
渋みのある声の男だ。
わざとらしい声で男は大きな独り言を零していた。
俺はどくどくと鼓動する心臓を押さえながら、助けられたのかと考えた。
二人の足音は遠ざかっていって、やがて完全に聞こえなくなった。
「……まさか、アレが内通者か?」
シックスと呼ばれていた男。
恐らくは本名ではなくコードネームか何かだろう。
兵士からは恐れられていたが、かなりの力を持っているのか。
分からない事ではあったものの、俺は部屋から出る。
そうして、もう一度チラリと扉の前に立つ兵士たちを見た。
何方も眠そうな顔をしていて、欠伸を掻いていた。
注意力を失っている様子であり、俺はオリアナから貰ったものを取り出した。
ピンを抜いて、それを放り投げる。
ゴトゴトと鈍い音を立てながら転がったそれは二人の前で止まった。
兵士たちは寝ぼけ眼でそれを見つめて――瞬間、中から強力な睡眠ガスが噴出した。
驚きながらライフルを握ろうとした兵士たち。
しかし、元々あった眠気もあってかものの数秒で意識を失った。
バタリと倒れて動かなくなった兵士たち。
俺はガスマスクを付けてから、ゆっくりとその中を歩いた。
イスラールの部屋の前に立ち、ピッキングツールを当てる。
流石にイスラールの部屋の鍵はそれなりに高度なものだった。
暫くの間待って、ようやく扉のロックが解除された。
俺は道具を仕舞ってから、眠っている兵士たちの体を動かして壁にもたれかけさせる。
そうして、転がっている空の缶を回収してから中へと侵入した。
豪勢なベッドが一つに、赤い絨毯が敷かれていて。
調度品らしき悪趣味な黄金のツボなどが飾られていた。
俺はガスマスクを外しながら、周りに視線を向ける。
すると、部屋の隅にデスクとパソコンが置かれていた。
俺はパソコンに駆け寄ってから、ポーチの中を探る。
そうして、中からUSBメモリーの形状をしたハッキングツールをパソコンに差し込む。
「頼むぞ」
パソコンの電源が勝手について、パチパチとウィンドウが開く。
そうして、アルファベットと数字の羅列が勢いよく流れていった。
イスラールのIDの特定とレシピらしきものの判別。
それを同時進行でしており、これには暫く時間を使いそうだった。
「……待っている間に、紙に記録されたものを調べよう」
本当にあるのかは分からない。
しかし、オッコも俺の考えには同意してくれた。
何年経とうとも、人間は大事な資料は紙と電子の両方で管理をする。
だからこそ、必ずレシピがこの部屋に隠されているだろうと言っていた。
あまりべたべたと触れることは出来ない。
証拠を残せば、勘付かれる恐れがある。
俺は慎重に周囲に目を配りながら、怪しい箇所を探した……アレは?
見れば、悪趣味な調度品の中には分厚い本が置かれていた。
台座のような物の上に載せられていて。
黒い装丁のそれは、不思議な空気を放っていた。
近くによって注意深く観察する。
すると、埃が少しだけ被っているものの――綺麗な部分があった。
真ん中部分から下へとズレた右側。
薄っすらと埃を被っている本の一か所だけ埃が無い。
丁度、指先ほどの大きさで……試してみるしか、ないな。
罠である可能性が高い。
ここまでして、俺を罠に嵌めるための作戦か。
それとも単に埃に気が付かなかっただけなのか。
ゆっくりと心臓の鼓動が早まっていく。
凍り付いた手で握りしめられたような不快な感覚。
それを多分に感じながら、俺はゆっくりと指を伸ばした。
ゆっくり、ゆっくりと伸ばして――そこに触れた。
何の変哲もないそこに力を加える。
すると、本だと思っていたそれが沈んでいった。
小さな四角形のスイッチと思われるものを押してしまった。
何が起きるのかと不安に思っていれば、壁の一部が浮き出てきた。
警戒しながら回り込んで中を見る。
すると、幾つかの紙束がそこに押し込まれていた。
一枚だけではなく何枚もそこにあって……ダメだ。此処では燃やせない。
俺は異空間を出現させてその中に紙束を全て詰め込んだ。
後で燃やすことにしよう。その方が安全だ。
これで一つは事が済んで、残るは電子の中の記録だけだ。
出現したボックスを戻してから、俺はパソコンを見に行く。
すると、IDは取得できたようでファイルを探していた。
残りのフォルダーが二十で……完了した。
全てを閲覧し終わって、該当するファイルが三十二件出てきた。
もしもの為にコピーをすることも考えたが、その時間は無いだろう。
紙束を回収できただけでも上々だ。
俺はデリートを押しそうとして……一つの動画ファイルを見つけた。
俺は好奇心を刺激されて、そのファイルを開いた。
すると、椅子に縛られた男に注射器を持った白衣の男が何かをしている映像だった。
注射器の中にあった液体を注入された男は激しく身を揺さぶる。
やがて泡を吹いたかと思えば、スッと前を見て固まった。
ファイル名は被検体231番と書かれている。
俺は本能でそのファイルの映像を自分の端末に転送させた。
そして、残ったファイルは確認することなく。
完全に削除するフェーズに移行させた。
「完全削除まで、残り……二分三十秒か」
それなりに容量の大きいファイルの様だ。
俺はカチカチと音が鳴る古時計に怯える。
一分一秒が永遠に感じた。
まだか、まだかと見守っていて――外から声が聞こえた。
怒鳴りつけるような声であり、間違いでなければイスラール本人である可能性が高い。
残り時間を見れば、十五秒で――入ってくる。
ゆっくりと開かれていく扉。
スローモーションのように流れていく時間の中で――残り時間はゼロになる。
俺はUSBを引き抜いて、咄嗟にベッドの下に身を滑り込ませた。
バクバクと痛いほど鼓動する心臓。
口を片手で塞ぎながら、俺はベッドの隙間から奴の足を見ていた。
「全く。使えない奴らだ……あぁ! 申し訳ありません! 此方の話です……えぇ、えぇ。薬の方は問題ありません……はい、はい……分かりました。そのように致します。はい、では……くそ、何故私がアイツらにぺこぺこしないといけないのだ。余興を終えれば、すぐにでも……ん? 電源がついているな」
誰かと話をしていたイスラール。
パソコンの電源を消すのが間に合わなかった。
気づかれたかと思って、俺は大いに焦っていた。
イスラールはパソコンの前で足を止めていた。
一言も喋ることなく、奴はパソコンを見ていた。
その間にも心臓は激しく音を立てていて――誰かが部屋の中に入ってくる。
「イスラール様! 西地区の生産工場がレジスタンスの襲撃を受けました!」
「何? どうやって……いや、いい。兵士を向かわせろ。残された痕跡を調べて、レジスタンスの根城を突き止めろ」
「ハッ!」
部屋の中に入って来た兵士は去っていく。
イスラールはパソコンの電源を落としてから、足を動かして部屋の外に出ていった。
何処へ向かったのかは分からないが、暫くは戻ってこないだろう。
俺は少し時間を空けてからベッドの下から出た。
暑くも無いのに汗がだらだらと出ている。
俺は呼吸を再開しながら、汗を拭って足を動かした。
もう、此処には用は無い。
少し遅れたが脱出しよう。
居心地の悪い部屋を一瞥してから、俺は部屋から出る。
そうして、バタバタという足音が聞こえる宮殿内に注意を向けながら。
俺は足早に走っていった――