【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
船へと、俺は戻って来た。
手には手錠を嵌められて、仲間たちは怯えた目で俺を見ていた。
カモメが鳴き、さざ波が聞こえる甲板の上を歩きながら、俺は周囲に目を向けていた。
誰もが口を閉ざしながら、連行される俺を見ていたのだ。
怯え、戸惑い、怒り、不安、悲しみ――皆が浮かべていた表情はそれら全てだ。
冷たい手錠を嵌められながら、カメラが取り付けられた部屋で硬い椅子に座る。
対面に座るのは険しい表情をしたヴォルフさんであった。
俺は真っすぐ彼を見ながら、何の感情も表に出すことはしなかった。
何度も何度もヴォルフさんや社長に取り調べを受けさせられて。
それでも俺は何も言わなかった。
神薬の情報はオッコが渡している。実験の事も知っていただろう。
モルノバで起きた悲劇。あの国が既に死人で溢れかえっていたなんて言えない。
オリアナが最期まで信じて、彼女が愛した国の結末を話そうとは思えなかった。
もしも、あの国の事を話したらその話はすぐに広まる。
そうなれば、彼女が愛した国が汚名を着せられてしまう。
それだけは、絶対に起こってはいけないのだ。
彼女の愛した国を綺麗なままでいさせたい。
それが死んでいった彼女への、最後の手向けになると俺は信じていた。
しかし、その結果、俺は世界中で名を広げてしまった。
魔神を倒した英雄が、今度は中立国家であるモルノバを滅ぼした。
住民たちを虐殺して、国一つを消滅させたのだ。
仲間たちからから感じた恐怖心。
理解できないものを目の前にして、誰も彼もが怯えていた。
それでも、俺が話すことは何一つない。
世界中の人間が、俺を危険視する。
このまま放置してれば、自国にも被害が出ると思っているのだろう。
過激な思想を持つ人間たちは、俺を見つけて殺そうとしているらしい。
義憤にかられて、立ち上がった人間たちもいたと聞かされた。
新聞を部屋で見させられて、話しを聞きに来たオッコから情報を得た。
完全に俺は英雄から一変して、大悪党になってしまったようだ。
公国軍部に属する一部の人間からも、俺を裁判にかけさせるべきだと話が上がっているらしい。
軍人でも無い俺を、軍法会議にでもかけるつもりか……いや、それでもいい。
ゴウリキマリさんやショーコさん。
オッコやレノアやトロイたちは何かの間違いだと言っていた。
俺に話を聞きに来て、どうしてこんな事になったのかと聞いてくる。
俺は彼らを騙すようで忍びなかったが、国を滅ぼした事実だけを認めた。
信じられないものを見るような目で見られたが、仲間たちは何か訳がある筈だと言っていたようだ。
しかし、俺は彼らにも絶対に理由を話さなかった。
これからは外を出歩こうとすれば、背後からいきなり刺される恐れもある。
不幸中の幸いとでも言うべきは、此処が海の上に浮かぶ船の中と言う事で。
簡単には暗殺者も忍び込めない場所というのが唯一の安心だった。
何も話さない俺を見て、ヴォルフさんは仲間に俺を連行する様に命じた。
連れていかれた場所は船内にある自分の部屋で。
懲罰では無いのは、ヴォルフさんなりの優しさだったのだろう。
俺はそこへと押し込められてから、ずっと絵を描いていた。
やる事が無いから、これしかする事が無い。
好きな音楽を聴きながら、ただただ絵を描き続けた。
オリアナが笑っている絵、オッコたちが楽しそうに笑っている絵。
一枚一枚、丁寧に描いていきながら俺は思い出に浸っていた。
目を閉じれば、楽しい毎日が蘇ってくる。
戦場で戦い、笑い合って酒を飲みかわして……仲間が減っていった。
絵を教えてくれた仲間も、俺の不安を取り除いてくれた人も。
大切なものを送ってくれた人も――俺の前から姿を消した。
楽しかった日々に欠かせない仲間たち。
大切なものを失っていく度に、自分自身が弱くなっていくように感じた。
何故、仲間たちがいなくなって俺だけが此処にいるのか。
自問自答を繰り返しても、答えは出てこない。
俺はゆっくりと息を吐きながら、筆を机に置いた。
書きかけの絵には顔の無い人間が座っている。
思い出の中に存在する大切だった人の記憶。
顔が朧気でありながらも、女性であったことは覚えている。
優しくて、誠実で、温かくて――そんな女性だった気がした。
「……貴方は誰なんですか」
絵の中の彼女に質問をする。
返って来る筈の無い返事を待ちながら、カチカチという時計の音を聞く。
俺はゆっくりと立ち上がってから、返却された端末を見た。
端末を押収されて調べられたらしいが、怪しいものは無かったからと戻された。
俺はその言葉を聞いて可笑しいと思った。
だって、俺の端末の中には告死天使からのメールが存在している。
そんなものを見つければ、真っ先に調べるだろうと思っていた。
だけど、誰もその話をしてこない。
俺はベッドの縁に腰を掛けながら、ゆっくりと端末を操作した。
開けたいと思う気持ちと、開けたくないと思う気持ちがある。
得体の知れないメールを送り付けられて、俺は判断を迷っていた。
しかし、このまま放置するのは危険な気がした。
時間を掛ければ掛けるほど、取り返しのつかない事になる気がした。
それもこれも、あの時に相対した告死天使からの言葉が胸に刺さっているからだ。
目の前の現実も見えていない……確かに、俺はそうだった。
目の前の現実すら見えていなかったから、俺はオリアナたちを失った。
もっと早くに気が付いて、別の行動をしていれば彼女たちを救えたかもしれない。
後悔ばかりが積もっていき、気持ちが沈んでいきそうになる。
胸から下げた指輪を手に取れば、綺麗なまま輝いていた。
俺は微笑みながら、ゆっくりと指輪から手を離す。
そうして、端末を操作してメールフォルダーを開いた。
その一番上には――何も無かった。
新着のメールは入っていない。
可笑しい。あの時に確かに通知が――ゆっくりと画面に変化が現れた。
ジャミングのように画面が揺れる。
そうして、一番上に新しいメールが表示された。
まさか、俺が開けなければ表示されないようになっていたのか?
分からないものの、そこにはメールが存在している。
件名も何もないメール。
俺は喉を鳴らしてから、ゆっくりとメールをタップした。
するとメールが表示されて……これは。
「……」
見つめる先には、真っ白な画面があった。
文面もアドレスも何もない無で。
俺はこれを送った告死天使の狙いを考えた。
暫くそのメールを見つめていた。
すると、徐々に体に変化が起き始めた。
強い眠気に襲われて、酩酊しているかのように視界が揺れた。
俺は襲い掛かる何かに怯えながら、成すがまま睡魔に似た何かに体を侵食されていった。
麻酔でも流したかのように、一呼吸すれば半分ほど視界が暗くなる。
もう一呼吸すれば、完全に視界は闇に染まった。
意識を失った。しかし、何故だが知らないが闇の中で動ける気がした。
見えない何かを探るように手を動かす。
ゆっくりと前へと進もうとして――辺りに光が満ちていった。
奥から光がやって来て、暗闇に包まれた空間を照らす。
眩しくなった視界を覆いながら、俺はゆっくりと目を開けた。
周囲を見れば、そこは色とりどりの花が咲き誇る場所であった。
何処かの丘の上なのか。
鼻を鳴らせば、大地の香りがとても心地が良い。
そよ風が吹き草花が踊り、木々が揺れて木の葉が舞う音がした。
自分の姿を見れば、部屋の中にいた時と同じ制服のままで。
俺は行き成りの状況の変化に戸惑いながらも、ゆっくりと足を動かした。
何処へ行けばいいのか分からない。
その筈なのに、何故だか前へと進めと言われているような気がした。
だからこそ、俺は黙々と前へと足を進める。
草を踏みしめながら、俺は前を見て歩いて行った。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて――綺麗な湖が見えてきた。
雲一つない綺麗な青空の上で輝く太陽。
その光に反射して、水面がキラキラと輝いている。
白い羽の鳥たちが優雅に泳いでいて、水を飲んでいる小動物たちが見えた。
美しい自然の光景に感嘆の息を漏らして、チラリと近くを見た。
すると、白い屋根と柱で出来た小さな建造物がそこにあった。
警戒心を抱きながら、その傍に近寄る。
足を進めて、近くによればまるで新品のように綺麗で。
傷一つないそれの柱を撫でながら、中を伺った。
吹きさらしのそこには白いテーブルが一つと白い椅子が二脚用意されていた。
誰かがお茶会でも開くつもりなのか。
テーブルの上にはポッドとカップが置かれている。
好奇心に負けてポッドに軽く触れた。すると、まだ温かい。
入れてから時間は経っていないようであり、俺は近くに人がいるんじゃないかと思った。
周囲に目を向けようとして――背後から気配を感じた。
ジッと俺の背中を見つめている。
殺意も敵意も無く、ただただ観察しているだけの視線。
それを感じた俺はゆっくりと後ろを振り返った。
そこには白い髪を腰まで伸ばして、白い肌をした金色の目をした少女が立っていた。
綺麗な純白の服に袖を通して、花束を持ちながら俺に微笑みかけている。
慈愛に満ちた目であり、その目には俺しか映っていない。
彼女はゆっくりと俺へと近づいてきた。
そうして、眼の前で止まったかと思うと、手に持った綺麗な花束を俺に渡してきた。
俺はそれを戸惑いながら、受け取って彼女を見つめていた。
彼女はゆっくりと言葉を発した。
「――おかえりなさい。兄様」
その言葉を聞いて頭痛がした。
刺すような痛みに襲われて、俺は頭を押さえた。
頭の中に何かが入り込んでくる。
まるで、脳みそをかき混ぜられるような不快感に襲われた。
俺は口を押えながら、その場に跪いた。
何かが、流れ込んでくる。
これは、誰かの記憶か――っ!
俺を兄だと呼んだ彼女の記憶。
全てにノイズが掛かっていてよく見えない。
だけど、同じ声をした少女が楽しそうに笑いながら兄を呼んでいた。
兄様、兄様、兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様兄様――吐き気が込みあげてきた。
胃の中からせりあがって来る何かを我慢する。
すると、少女は俺の前に立って頬に手を当ててきた。
冷たい。まるで死人のように手が冷たかった。
俺は顔を上げて少女を見た。
すると、彼女はにこりと笑う。
そうして、ゆっくりと言葉を囁いた。
「ずっと待ってた。約束を守っていた……早く会いたいな」
「何を、言って――っ」
また、視界が揺れる。
今度は時間も掛けることなく一瞬で闇へと誘われた。
一瞬だけ見えた彼女の顔は笑っていて――その瞳に危険な光が宿っていた気がした。