【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で? 作:オタリオン
意識が急速に覚醒していく。
目を開ければ、目の前に不気味な黒いマスクを付けた告死天使が座っていた。
俺も椅子に座っており、そこは最後に見た建造物の中であった。
ティーカップには温かい飲み物が注がれていて、どう見ても違和感しかない。
あの少女は何処に行ったのか。
辺りを見ても、それらしき人間は見当たらない。
一言も喋ることなく座っている告死天使。
やがて奴は大きくため息を吐きながら、指をぱちりと鳴らした。
すると、周りの景色が勢いよく流れていく。
高速移動する乗り物の中から景色を眺めているような感じで。
先ほどまでの綺麗な丘から、今度はみすぼらしい工場の中に雰囲気が変わる。
鉄骨が置かれていて、土管が転がっている。
上を見れば、何かの滑車がぶら下がっていた。
薄暗い空間には、小さな電球が幾つかぶら下がっている。
告死天使は全く動揺せずに、悠然と座っていた。
俺は奴に対して、この空間は何だと聞いた。
しかし、奴は俺の質問には答えない。
次に俺をどうやって此処に連れてきたのか聞いた。
やはり、奴は何も答えなかった。
告死天使はただ座っているだけで何も言わない。
ジッと俺を見つめていて、それが溜まらなく不気味であった。
その時に、空間内に複数人の気配を感じた。
暗闇に紛れて、遠くから俺の事を観察している。
気が付いたのは殺気を放っている奴がいたからで。
他に人間がいたと思ったのは、ただの勘であった。
確実に一人はこの空間内にいる。
俺は冷や汗を流しながら、見ている人間に何の目的があるのかと問いを投げた。
暫く、沈黙が場を支配した。
刻々と時が流れていって、コツコツという靴の音が聞こえた。
闇の中から一人の人間が姿を現した。
老人のように真っ白な髪を短く切り揃えていて。
身長は百八十を超える凹凸のある体つきをした女。
黒いブーツを履いて、黒いジャケットと黒い長ズボンを履いている。
服の上からでは判断は出来ないものの、纏う空気からかなりの手練れだと分かった。
何よりも特徴的なのはその瞳で。
黒い瞳は闇よりも底が知れず。濁り切ったそれを見ていれば吐き気がしてくるほどだった。
頬に大きな傷跡がある女は、俺の前で止まった。
何の警戒心も抱かずに俺の前に立って、女はゆっくりと指を指した。
「……アルフォンスは誰とも口を利かない」
「……アルフォンス?」
「ん」
アルフォンスとは誰かと聞けば、女は告死天使を指さす。
初めてこの男の本名を知った。
そんなに簡単に教えて良いものかと聞けば、どうでもいいと女は言う。
「……あの、じゃ此処は何処ですか?」
「不可侵領域を使った隠れ家。誰も入れない」
「……俺を連れてきた理由は?」
「命令されたから」
「……誰に?」
「あの女」
俺の質問に簡潔ではあるものの答えてくれる女の人。
あの女とは、白髪の少女かと尋ねれば彼女は頷く。
つまり、あの少女の命令で俺は連れてこられて、告死天使はその命令に従っただけだというのか。
あの女の子は彼らにとって上官のようなものなのか?
良く分からないものの、俺は女の人に何故連れてきたのかと尋ねた。
「狙われているから。危険を知らせる為」
「……狙われている? それってゴースト・ラインにですか?」
「そう。君を世界の敵にしようとしている」
「世界の、敵に……貴方たちは、俺の味方なんですか?」
「知らない」
「し、知らないって……で、でも危機は教えてくれましたよね?」
「命令されたから」
命令されれば何でもするのか。
自分の意思を持たない人形のような人だと俺は思った。
まぁ、それは今はどうでもいいか。
兎に角、俺はゴースト・ラインから狙われている。
その狙いは世界の敵に仕立て上げる事で。
現状から考えれば、その狙いは上手くいきつつあると言えた。
国一つを滅ぼして、世界中から疑惑の目を向けられている。
このままでは、世界の敵と認定されるのも時間の問題だ。
「……危機を教えて、俺に何をさせたいんですか。理由も無く、教える筈はないでしょう」
「仲間になって。そうすれば助ける」
「……嫌だと言ったら?」
「何もしない」
断っても殺される事は無いらしい。
そういえば、縄で縛りつけられてもいないな。
どうして、敵である俺をこんな状態で放置しているのか。
俺は興味本位で彼女に尋ねた。
すると、彼女は腰の拳銃を引き抜いて弾丸を放った。
一瞬での出来事であり、俺は何の対処も出来ずに弾丸を受けて――何ともなかった。
体をペタペタと触れるが弾痕は無い。
いや、一瞬だけ見えたが弾が体をすり抜けていったような……俺は後ろの方に目を向けた。
すると、告死天使の近くに弾痕がくっきりと出ていた。
弾は確かに発射されて、俺の体をすり抜けていった。
つまり、今の俺は実体を持っていないことになる。
となると――
「……意識だけが、此処にあるのか?」
「ん」
俺の呟きに肯定の意を示す女の人。
メールを見た時に意識を失ったのは、意識が此処に引っ張られたからか。
つまり、意識だけが此処に存在して体は未だに船の中にあるのか。
考えて納得はするものの、常人には真似できない芸当だ。
不可侵領域と呼ばれる空間の生成に、意識だけを連れてくる技術。
想像以上にあの少女は力を持った存在なのか。
俺は白髪の女性に、何故、あの少女は俺を兄と呼んだのか尋ねた。
「知らない」
「……あの少女の事で知っている事は?」
「興味ない」
「……そ、そうですか」
興味ないの一言で片づけられてしまった。
彼女たちはどういう目的があって集まっているのか。
それも聞いて見ようかと思ったが、彼女から納得できる答えが返って来るとは思えない。
俺は此処にどれだけいられるのかを考えて、今、一番聞きたいことを聞くことにした。
「……ゴースト・ライン……今まであった数字のコードネームを持っていた奴ら。アイツ等はもしかして」
「――本当の幹部。ボスである男の命令に従っている」
「……本当の幹部? 偽物がいるんですか?」
「金や権力を持った人間が幹部をしている。でも、本当の幹部は八人の人間が務めている」
「……俺を世界の敵にして、その先は何を?」
「この世界の支配者になろうとしている」
この世界の支配者となろうとしている。
それはバネッサ先生が言っていた選別とも関係している気がした。
誰を生かし誰を殺すか。それが出来るのは支配者だけだろう。
つまり、ゴースト・ラインはこの世界の支配権を手に入れようとしているのか。
しかし、そんな事が本当に可能なのか?
この世界はマザーによって管理されている。
バクなどを見つければ、マザーはすぐにでも修正する。
間違いを正し、世界を正しい方向に導いていくのがマザーだ。
だが、実際にあの神薬の効果をこの目で見た。
モルノバの住人たちの魂を改ざんして、操り人形にしてしまったのだ。
あんな事が出来るのはマザー以外にいない筈だった。
しかし、ゴースト・ラインはマザーの権限を一部であっても使う事に成功した。
それが表す意味とは、時間を掛ければ全ての権限を掌握できる可能性もあるということだ。
奴らがこの世界の支配者になればどうなるのか。
その未来に関しては、全く想像が出来ない。
世界中の人間を自らの傀儡にして、自分たちだけの理想郷を作るのか。
それとも、もっと単純な世界に作り替えるのか――告死天使が動く。
「答えろ。仲間になるか、否か」
奴は俺の前に立ちながら、問いかけてきた。
俺は考えてみた。奴らの仲間になればどうなるのかを。
不可侵領域という空間を持つ奴等ならば、世界中からの追手も関係ないだろう。
逃走を選ぶのであれば、この空間は魅力的だ。
そして何よりも、告死天使たちが仲間になるのならかなりの戦力になる。
ゴースト・ラインと戦う上で、仲間はどれだけいてもいいくらいだ。
俺は一瞬だけだが、奴らの仲間になるのは利になると思ってしまった。
しかし、ほんの一瞬であり、俺はすぐにその考えを否定した。
ニヤリと笑いながら、俺は自らの考えを話す。
「お前たちは強い。仲間になるのなら頼もしいだろうな……でも、俺にも仲間はいる。彼らを裏切る事は出来ない」
俺がそう言ってやれば、告死天使はくつくつと笑う。
「お前は理解していない。お前に選択肢などない。お前の小さな希望は、すぐに消えてなくなる……寄る辺を失くし、進むべき道が崩れ去った時……お前は我らの元に来るだろう」
「おい、それはどういう――っ!?」
意識が消えていく。
酩酊しながら、視界が大きく揺れていた。
俺は必死になって告死天使に手を伸ばした。
しかし、奴の体に触れることは出来ない。
俺は椅子から崩れ落ちて、奴を見上げた。
奴は俺を視界に入れることなく去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、俺の意識は完全に闇の中へと消えていった。
「……戻って来たのか」
目を開ければ、ベッドの上だった。
時計を確認すれば、時間はそれほど経過していない。
先ほどまでの出来事を克明に覚えている。
だからこそ、ただの夢ではないと確信を持っていた。
ゴースト・ラインの狙い。
そして、幹部の存在を知った。
これから俺は奴らからの策略を打破しなければならない。
モルノバの事は絶対に言えない。
だからこそ、それ以外の方法で現状を打破しなければいけないだろう。
どうすれば、信用を取り戻せるのか。
そんな事を考えていれば、扉からロックを解除する音が聞こえた。
俺は体を起き上がらせながら、開いていく扉を見つめた。
すると、数名の職員を伴ったヴォルフさんがそこに立っている。
俺は立ち上がってから、彼に頭を下げた。そうして、何の用なのか彼に尋ねた。
彼は俺の前に立ってから、職員からある物を受け取った。
「……明日より、お前の艦内での自由行動を許す……ただし、首にこれを装着してもらう」
「……この首輪は何ですか?」
「お前が不審な行動を取った場合に、強力な電流が流れるようになっている……すまない」
「……分かりました」
首輪を受け取ってそれを装着した。
少しだけ窮屈で居心地が悪いが我慢しよう。
ヴォルフさんは申し訳なさそうな顔をしてから要件はそれだけだと言った。
体に変化はないかと尋ねられて、俺は問題ない事を伝えた。
彼はそのまま部屋から出ていこうとして――俺は彼に声を掛ける。
「……どうした?」
「あ、いや、その……な、なんでもないです! ははは」
「……そうか。ゆっくり休め。ではな」
去っていったヴォルフさん達。
俺はゆっくりと手を下げながら、罰の悪い顔をした。
ゴースト・ラインの情報を手に入れた。
しかし、今ここでそれを伝えるのは危険だ。
ただでさせ立場が悪い状況で、出所が不明な情報を渡せばどうなるか。
益々、俺の立場は危うくなり、バネッサ先生たちのようにスパイ容疑を掛けられてしまう恐れもあった。
そうなれば、ゴースト・ラインは手を下すことなく俺を消せてしまう。
奴らの企み通りに事を運ばせては駄目だ。
今は我慢して、機を伺って信頼できる人間に情報を渡そう。
俺はそう考えながら、ゆっくりとベッドに戻る。
そうして目を閉じながら、そのまま眠りにつこうとした。
あの少女の顔が頭から離れない。
あの瞳に映っていたのは確かに俺だった。
しかし、彼女は俺を通して何かを見ているような気がして――底知れない不気味さを、俺は感じていた。