イサキの塩焼きの脂乗りが凄かったので大根おろしを追加で大量生産しました聖杯です。汐見お姉ちゃん達がご飯を食べて帰ってきた頃に焼き上がったお蔭で、三人の食欲にダイレクトアタックを仕掛けることができて満足な聖杯ですよろしくお願いします。聖杯です聖杯はあります本体の聖杯はありますよろしくお願いします。
「ほう、今日は魚か」
「あ、真田お兄ちゃん。おかえり」
「ああ。……ん? 今日は山岸の他にも来ているのか」
テーブルに焼き上がった魚を並べていると、トレーニングから帰ってきた真田お兄ちゃんがタオルで汗を拭きながらスポーツドリンクを一口呷った。……冷たくないのに美味しいのかな。
「真田お兄ちゃんは会ったことなかったっけ? 僕の従姉の森山夏紀お姉ちゃんです」
「あ、森山夏紀です。いつも明日花がお世話になってます」
「いや、世話になっているのはお互い様だ。聖、俺の米は────」
「大盛でしょ? それ用のお茶碗買ってきたから、盛っておくね」
「ああ、頼んだ」
「あと、お風呂沸いてるから汗流してきちゃって」
汗でドロドロな状態でご飯は食べたくないでしょ? と僕が促すと、真田お兄ちゃんは少し駆け足で自室に向かった。真田お兄ちゃんは────というか、この寮の皆の服の摩耗が激しいせいで、洗濯用洗剤に気を使わないといけないのがちょっと大変なところだよね。特にお姉ちゃん達の下着。お兄ちゃん達のやつは比較的頑丈なんだけど、お姉ちゃん達の下着は結構繊細だから洗剤とか柔軟剤とか色々買い直している。というか下着くらいは自分達で洗いなよお姉ちゃん達も。
「明日花君、お味噌汁ってこのくらいで大丈夫?」
「ん? んー……うん。大丈夫そうだよ」
「風花、結構手際良くなったじゃん。あと余計なアレンジもしなくなったし」
「うっ……」
夏紀お姉ちゃんもまた、僕と同じ風花お姉ちゃんのアレンジに苦しめられた人である。チョコレートが辛いなんて経験、初めてだったよ。どうしてハバネロを入れようと思ったんですか?
『ムドオンカレーよりはマシだろう』
(ムドオンカレーって何……?)
『ムドオンカレーはムドオンカレーだ』
(待って? 答えになってないよ聖杯さん?)
『それ以外にないのだからこれが答えだ。ムドオンカレーとは、ムドオンカレーである』
料理下手でも作れる料理の代表であるカレー。それに何が起こることでムドオンカレーとなるのかちょっと気になると同時に触れてはならない深淵に手を伸ばしている気がしてならない。試練ってまさかムドオンカレーのこと?
『違う』
あ、そうなんだ。それは安心。でも試練が何なのかが分からないのは心配。皆を巻き込まないような試練であってほしいというのは、僕のエゴだろうか。
『さてな。だが、試練はどう足掻いてもやってくる。備えろ』
(まだカロリーヌとジュスティーヌに一撃すら与えられない僕は大丈夫なんですか)
あれで本気じゃないって嘘でしょ。僕が戦ってきたどんなシャドウよりも強いんだけどあの二人。
『一人一人で相手をしている時点で手加減しているぞ』
(二人で一人ってどこの日朝アニメ)
『あれは本来一個体。精神を二分割している分弱体化している』
つまり……ゴッドリンクしていないヘヴィとメタル……! ゴッドリンクしたら絶対強い。あの二人がゴッドリンクした時、僕は生きていられるだろうか。そこに併せてマーガレットさんもいるという現実から逃げたいけれど、逃げることは許されない。
『まぁ、あの双子のどちらかに一撃でも与えることができれば、今回の試練に挑む資格は得られるだろうな』
(一撃入れるのが資格って、どれだけ強いのが来るの……?)
『それを強いと感じるか、弱いと感じるかは貴様次第だろう』
むむむ……?
「明日花、なんかあった?」
「ん? んーん、何でもない」
「そ。ならいいけど。あ、この漬物ばあちゃんとこのやつじゃん。美味いよね」
「うん。僕が漬けたやつはこうならないのが不思議」
「それが年季ってやつじゃね?」
田舎に住んでいるおばあちゃんが送ってくれる梅干しや漬物各種は本当に美味しい。深みが違う。梅干しは酸っぱいだけではないし、漬物はしょっぱいだけではない。深みとまろやかさを感じるのだ。色合いも綺麗だし、本当にどうすればこの領域に辿り着くのだろう。
「そういえば、夏紀ちゃんと明日花君のおばあちゃんってどんな人なの?」
「んー……一言で言うと……ヤバい人?」
「ううん、否定できない」
おじいちゃんもそうだけど、おばあちゃんもなんか底が知れない雰囲気を纏っているのだ。老いて益々現役というか、とにかく凄いのだ。まぁ、そこまで老いているって感じではないんだけどね?
「若い頃は都会で色々やんちゃしてたって言ってたくらいには結構ファンキー? な人だよ」
「マジで会ったらビビるくらいには活力的すぎるんだよね」
「へぇ、ちょっと会ってみたいかも?」
「じゃあ夏休みに行ってみる?」
会えばすぐにあの二人がどれだけ凄い人なのかを理解するだろう。うん、絶対に理解する。間違いなく理解する。理解できないのは多分ロボットぐらいだ。……いやどうだろう、ロボットすら凄い人だと一瞬で理解するかもしれない。
「お父さんとお母さんが許可してくれたら、そうしようかな?」
「まぁ、許可しなくても僕か夏紀お姉ちゃんが連れていくんだけどね」
「えっ」
「まぁ、いたくないところにいてもつまらないっしょ? だったら田舎でパーッと気晴らししよーよ」
まぁ、僕達に口実を作らせた時点で風花お姉ちゃんの負けだったということで。夏休みは僕達と一緒に田舎に飛ぶことが決定事項となります。拒否権はもちろんありません。拒否しても袋に仕舞って連れていきます。サンタクロースの袋には子供達の夢だけではなく、悪い子になりきれない子供も入ってます。
突然の拉致宣言にグルグルと目を回している風花お姉ちゃんを横目に夕ご飯の準備を終えて、僕達は夕ご飯を食べ始める。あ、混乱から復帰した風花お姉ちゃんもちゃんと食べたよ。初めて成功した味噌汁の味に感動してたよ。レシピ通りに作ればちゃんと作れるんだから、アレンジはまだしないようにしようね風花お姉ちゃん。やらかしたら荒垣お兄ちゃんを探し出して風花お姉ちゃんにスパルタレッスンをしなくてはいけなくなるから。
(そういえば聖杯さん)
『どうした』
(タルタロスにいる刈り取る者? だっけ? あれ、倒せるの?)
少し前に見た、明らかにヤバそうな見た目のシャドウ。聖杯さんが刈り取る者って呼んでいたあれ。血みどろで襤褸切れのようなコートに身を包んでいて、顔は布を被っているせいで見えない。ただ、目が見えるんだけど、あれほど怖いと思った目は後にも先にもあのシャドウぐらいしかいないと思う。あと大きな銃を二丁握ってて、鎖が体の周りにあるせいなのかジャリジャリと鎖の音が聞こえる。
『倒せはするだろうな。ただし、今の貴様では相手にならん』
(だよね。知ってた)
他のシャドウとも敵対しているのか、他のシャドウに襲われて、それを難なく蹴散らしていたのを物陰で隠れて見た時は戦慄したよ。あとあの白と黒の光、絶対メギドラよりも強いメギドラだよね。絶対ヤバイ。
『だが、あれを倒せるほどの力を手にできたのなら、貴様の更生は大きく進むだろうな』
じゃあいつか倒しに行かないとね。そのためにも力を付けなくては。じゃないと、守りたいものも守れない。頑張ろう。死なない程度に。
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風花お姉ちゃんと夏紀お姉ちゃんが巌戸台寮でご飯を食べて帰った日から少し経った頃。学校で変な噂が流れ始めていた。何でも、幽霊が出るとかなんとか。行方不明になっていた高等部の女子生徒が休日の朝に校門前で倒れていたらしい。
噂好きな人達に聞いてみると、その行方不明になった女子生徒は発見されてからすぐに病院に運ばれたって話だったのに、それがいつの間にか月光館学園には怨霊が棲み憑いていて、女子生徒はその怨霊がいる場所に足を踏み入れて神隠しや祟りに遭ったんじゃないかって話になっていたみたい。聖杯さんみたいな存在やタルタロスがある時点でちょっとあり得るかもって思ったけど、シャドウの声を聞いてタルタロスに迷い込んで、気付いたらタルタロスの外にいたんじゃないかな。
(皆噂が好きだよね)
『その噂を流した時、注目されることが多いからな。その注目を浴びた時の感覚が皆好ましく感じるのだろう』
(依存とか中毒みたいなものってこと?)
『そうだな。秘密を握ることに興奮、快楽を感じる人間もいるくらいだ。依存的、中毒的になっていてもおかしくはあるまい』
ワイドショーとかの視聴率が高い理由はそれなのかもしれない、なんて思いながら、自分で淹れてみたコーヒーを飲む。……うん、あんまり美味しくない……砂糖とミルクを追加だ。……うん、まずまずな味。シャガールもいいけど、ルブランのコーヒーの味が忘れられない。味を盗むために通うとなるとお金が……うごごごごご……自分なりに探求するのが……いや、末光お兄ちゃんにちょっと付き合ってもらおう。グルメキングを自称するくらい舌が肥えている末光お兄ちゃんにテイスティングしてもらいながら、美味しいコーヒーを探求する……うん、中々いいんじゃないだろうか。
『あとは……そうだな。少し授業でもしようか』
(む、どんな授業?)
『心理的なものだ。……貴様の学校に二つの噂が流れた。一つは【学則が厳しくなるかもしれない】という噂、もう一つは【学則が緩くなるかもしれない】という噂だ。さて、この二つの噂だが、どちらが多く広がる?』
学則ってことは、校則みたいなものだよね。ううん……厳しくなるかもしれない、緩くなるかもしれない……ううん……
(厳しくなるかもしれないって噂かなぁ)
『ほう。なぜそう思った?』
(生徒会のメンバーを想像するとそうかなって)
小田桐お兄ちゃんと桐条お姉ちゃんがそんな簡単に校則を緩めるかな、って思ったのが一番の理由だ。ちゃんとしたルールがある中での自由はいいけど、そこから離反したらダメってことは当たり前のことだし、もし校則を緩めて滅茶苦茶をやる人が出てくるのなら、絶対に校則を緩めるってことはしないだろう。
『そうか。……貴様の考えた通り、厳しくなるかもしれない、そういった負の面の噂は広がりやすい』
(なんで?)
『情報の不足を補いたい、不安を和らげたいという心理が加わるからだ』
聖杯さん曰く、人は曖昧な状況になると不安に駆られてしまうそうで、その不安を打破するために情報をかき集めようとするんだそう。真偽の分からない情報を知った人が、自分達が持っている情報を交換することで、その合理的な解釈を導き出そうとする────それが噂話なんだって。噂話はただのお喋りじゃなくて、不安を打破したいがための話し合い的なものでもあるんだ。
嘘か本当か分からない情報を手に入れると、人は不安になる。でも周りを見ると平然と暮らしている人達がいる。「不安な自分」と、「その不安を知らずに平然と暮らしている人達」。その状況が不協和音を生み出し、不安を解消したい「不安な自分」が「平然と暮らしている人達」に情報を流す。そうすることで不安を共有して不協和音を解消しようとする……ううん、人間って不思議。でも分かる気がする。
『ゆえに、情報を吟味する必要があるのだ』
(ちゃんと調べたら全く違う、なんてことがあるから?)
『そうだ。そして、情報を吟味した結果、その情報が間違っていたとしても、その情報を流したものを攻撃しては、負の感情が募っていく』
(不安な時こそ助け合いの精神……!)
『そうだ。そして自分が持つ情報が必ず正しいわけではない、ということも覚えておけ』
聖杯さんの授業のお蔭で、また一つ賢くなった気がする……!!
そんなことを考えながらコーヒーのセットを片付けていると、巌戸台寮の玄関口のドアが開いた。今日は土曜日で、高等部の授業が午前中で終わるので、皆午後の時間を有意義に使うと言っていたからまだ帰ってくる人がいるとは思えないんだけど────
「む、いるのは聖だけか」
「あ、桐条お姉ちゃん。おかえり。どうかしたの?」
「ああ。この寮に新人が入ることになった。入って来てくれ」
女の子としては背が高い方であるらしい桐条お姉ちゃんがそう言うと、その影に隠れるように立っていた人が姿を現す。
「こんにちは、明日花君」
「風花お姉ちゃん!?」
え、風花お姉ちゃんが入寮するの!? ここに!? ということは影時間について知ってるの!?
「前々から彼女には目を付けていたが、病弱という噂もあったからな。勧誘していなかったのだが……」
「病、弱……?」
「全然健康なんだけどね」
「教師がいじめを隠蔽していたらしい。嘆かわしいことだ」
ああ、そういうこと。……ううん、腹が立ってきたけど、すぐに落ち着かせることができるくらいだ。ここにいじめをしていた人がいないのに、怒ってどうするんだって話だ。それよりも……
(聖杯さん、風花お姉ちゃんが影時間の適性持ちって知ってたの?)
『ああ。だが、説明する必要はなかっただろう? 貴様は知っていようがいまいが、山岸風花を守ることを選択したはずだ』
(まぁ、うん。それはそう)
『ならば多くを語る必要もない。情報は時に毒となる。それに……時が来れば話していた』
それって、否が応でも風花お姉ちゃんがここに来ていたってことかな? ────────というか、どうして僕も風花お姉ちゃんが適性を持っている人かどうか、聖杯さんに聞かなかったんだろうって話になるんだけど。持っていようといなかろうと、こうして戦うことは変わりなかったと思うけどね。
「これからよろしくね」
「うん、よろしく」
風花お姉ちゃんがこの寮に入ったとしても、僕が戦う理由はこれからも変わらない。風花お姉ちゃんや、僕が大切だと思っているもののために戦う。それだけは絶対にブレさせてはいけないものだと思う。
「では部屋に案内する。山岸、ついてきてくれ。施設の説明は……聖、頼めるな?」
「分かった」
「じゃあ明日花君、また後でね」
「うん。また後で」
桐条お姉ちゃんについていく風花お姉ちゃんを見送り、僕は洗濯機が洗濯を終えたことを確認して籠に詰め込んでいく。
この後、ベランダに運ぶまでに風花お姉ちゃん達に出くわして、下着はさすがに自分達で干そうという風花お姉ちゃんのありがたいお言葉をいただいた。うん、だよね。そうだよね。当たり前だよね。そうなんだよ、当たり前なんだよ。女の子の下着をどうして男の僕が洗濯して干しているのか不思議に思うべきだったんだよ。下心? 無いよそんなもの。どうして下着に対して下心が? どうしてなんだろうね。
『山岸風花の下着でもそう思うか?』
(? 下着は下着だよ? 風花お姉ちゃんとは関係ないよ。どうしたの聖杯さん)
『……まぁ、貴様はそういう人間だったな』
…………本当にどうしたの、聖杯さん。