僕が白河通りに行ったことがあるという事実になぜか微妙な空気が漂っていた満月の日、棺桶になった皆様はどうお過ごしでしょうか。お過ごしもへったくれもないですね。まぁそれはそれとして聖杯です。聖杯はあります。本体は聖杯だと思うので聖杯はありますよろしくお願いします。挨拶は大事だって聖杯さんも言ってたのでこんばんは、聖です。何だかんだ言われてもパフェとかケーキはこのお店が一番美味しいと思います聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。
昔、ネオン街ってどんなものなのかと気になってドラマや実物を見たことがあったけど、あんなに目がチカチカする場所だったとは思いもしなかった。────そんなネオン街になる白河通り。夜間はネオンサインに彩られた賑やかな場所、昼間は落ち着いた感じのお洒落なスイーツがたくさん売っているお店が立ち並ぶ場所だ。
けど、電気が通らなくなる影時間では、とても静か。象徴化して棺桶になっている人達はまぁまぁいるけど……全部二人一組で象徴化している。うーん……伊織お兄ちゃんの言っていたホテル街っていう言葉と結びつけると、出張で宿泊場所を目指すサラリーマンとかが多いのかな?
『貴様は昼間にこの区画で何を見ていた?』
(え? うーん……そういえば男女一組が多かったような気がする?)
『それが答えだ』
………………やっぱりここ、レジャー施設が併設されたホテル街ってやつなのでは?
「────着いたな」
僕が聖杯さんと話をしている間に、目的地へと到着したようで、皆が足を止める。……いわゆるアミューズメントホテル、というやつだと幾月理事長は言っていたけど……予想通りというか、やっぱりそうかっていう予想が的中した。シャン・ド・フルール……ここは確か────
「ここ、パンケーキ美味しいよ」
「「「え゛っ」」」
スフレパンケーキっていうのかな、あれ。フワフワのパンケーキにたっぷりのクリーム、山盛りのフルーツが花畑の様に添えられているパンケーキ。お値段1500円。たまの贅沢というやつで食べるならいいんじゃないかなという値段だ。
『ちなみに店名を直訳すると”花畑”となる。中々愉快な名前だな』
(へー……)
『そして貴様が選ばないローズマカロンは自家製の薔薇を使ったものだそうだぞ』
(そうなんだ。今度買おうかな)
「と、とりあえず行こうか」
また微妙な空気が漂ってしまった。今日のお兄ちゃんとお姉ちゃん変だなぁ……何か変なものを食べたってわけでもないだろうし……本当にどうしたんだろう。
僕は首を傾げつつも、斥候として先行して小粒なシャドウを蹴散らしていく。タルタロスから離れているから、ということもあるのか、ナイフで二~四回ほど切り裂いてやれば倒れて消えていく。
しかもこの通路自体が少々狭いということもあって、シャドウが将棋倒しになって倒しやすいったらない。タルタロスにあった真っ赤な部屋にいたシャドウとは大違いだ。
「皆、こっち大丈夫だよ」
「お、おお……聖、何か強くなったな?」
「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんの後ろを付いていくだけじゃダメだからね」
「こりゃ負けられねぇな! ……とはいえ、こんな狭いとこだと邪魔しちゃいそうだぜ……」
この辺りは長物を使っている人の難点だよねぇ。僕はナイフと銃で戦っているけど、伊織お兄ちゃんは大剣だ。ペルソナを呼び出せば狭い空間でも戦えるだろうけど、大型シャドウの前にペルソナを何度も呼び出して消耗するのは良くない。
「剣は斬るだけではない……とはいえ、すぐにそれを実践するのは難しいだろうな」
「閉所の戦いはタルタロスでは起こりにくいものだからな」
……それにしても、さっきから汐見お姉ちゃんと岳羽お姉ちゃんの口数が少ない。閉所恐怖症……というわけではないと思うんだけど、どうしたんだろう? そわそわしてるというか、なんというか……よく分からないけど、なんか緊張してる?
『皆さんから見て右側の奥にある部屋から、大きなシャドウの反応があります。気を付けてください!』
しばらくの間、シャドウを倒したり話をしつつ階段を上って三階に到着した僕達の耳に、風花お姉ちゃんの声が入る。案内を見るに……大型シャドウがいるのは、スイートルーム? そういえばスイートルームってたまに聞くけど、どういう意味なんだろう? 普通の部屋とはランクが違うからそう表現しているだけなのかな。
(それにしてもあれだね。通路がピンク色というか紫色だ)
『この手のホテルは大体そうだな』
(詳しいね)
『ここもまた、人間の欲望が集う場所だからな。私が知らぬわけがない』
さすが欲望の願望機たる聖杯さん。僕が知らないことを何でも知っている。
『貴様が無知であるだけだ。ソドムとゴモラとまではいかんが、もっと色欲についての知識も得るがいい』
(色欲……性欲とか、そういうところってこと? 保健体育で習ってるよ? 原理とか)
『それもまた間違いではないが、そうではない』
どういうこと……? 聖杯さんの言葉は難しくて分からないや。
僕は疑問符を頭に浮かべつつも、先行してシャドウがいないかを確認して皆を誘導する。皆、程よく緊張感を保っている引き締まった表情を浮かべているので、何か重大なミスをしてしまうなんてことはきっとないだろう。
「汐見お姉ちゃん」
「うん。……行こう」
リーダーである汐見お姉ちゃんが『法王の間』という名前の部屋のドアノブに手をかけ、力強く扉を開けて突入する。部屋の中央には、ふくよかを通り越したふくよかさである巨体を小さな椅子に無理矢理押し込めているような姿のシャドウがいた。……大型シャドウって、こんな変な見た目のやつらしかいないのかな……?
それはそれとして、大型シャドウの横には十字架っぽいものが二体、後方にサンゴ頭と女性の体、というよく分からない見た目の怪物がいる。法王の間、ということは……こいつ、タロットカードで言うところの法王なの? ハイエロファント? え、あれが? エメラルドなスプラッシュもできそうにないあれが? うーん………………あれ?
「風花お姉ちゃん、こいつの他に何かいない?」
『え? ……………………微弱な反応だけど、もう一体大型シャドウいる!?』
「何!? 山岸、どこにいる!?」
『すみません……建物の中にいること以外は……』
やっぱりいるんだ。こいつと対面した時の違和感で風花お姉ちゃんに声をかけたけど、大正解だったみたい。でも、大型シャドウの反応が弱いのか風花お姉ちゃんのペルソナでもはっきりとは探知できないみたいだ。
『よく気付いたものだ』
(何か変だなって思っただけだよ。あと、あの双子のコンビネーションがトラウマ過ぎて……)
『ふむ……修行の成果は出ているようだな』
あれを修行と言っていいのかちょっと微妙なラインな気がするけど、修行の成果と言っておこう。言っておかないとカロリーヌとジュスティーヌがあとで怖い。
「しかし、一体しかいない今が好機と言えるかもしれん。まずはこいつを片付けるぞ!」
「ですね! 風花、解析お願い!」
『うん、任せて!』
真田お兄ちゃんの言葉に頷いた全員が戦闘態勢となり、大型シャドウに向き直る。見つからない大型シャドウのことは気がかりだけど、これはこれで好都合だろう。
「前衛は真田先輩と順平! 桐条先輩は私と一緒に中衛で遠距離攻撃を! ゆかりはサポートお願い!」
「純粋な回復役が岳羽お姉ちゃんしかいないの、そろそろどうにかした方がいいよね」
「確かに! でもそれは後! 聖君は────魔弾の射手使える!?」
「うーん……多分、行けると思うよ」
聖杯さんが調整を終えたって言っていたし、使えるはず。聖杯さんが嘘を吐いていないのであれば、ではあるけど。
「じゃあ魔弾の射手で攪乱!」
「はーい。…………来い、魔弾の射手!!」
黒い仮面から炎が溢れ、その中からペルソナが現れる。だが、あの時の不完全な見た目の魔弾の射手ではなく、今回現れたのは────華やかな衣装に身を包んだ、魔弾とは無縁そうな綺麗な女性だった。
「「「誰ぇ!!?」」」
「あ、今回の魔弾の射手はアガーテみたい。えーと……アガーテは援護タイプだから……」
『使えるのはランダマイザ、タルカジャ、マカジャマ、メパトラだ』
わぁ、本当に援護特化。攻撃に使えるものが一個もないや。
「とりあえずマカジャマ!」
僕が叫ぶと、アガーテが微笑みを湛えて美しい歌声を響かせる。どこか不安にさせるような音色は形を成していき、赤黒い鎖となって大型シャドウの首を縛り上げた。喉を縛るから魔法が使えなくなるってことなのかな? 結構えぐいやり方するね。大型シャドウが鎖を解こうとしてジタバタと藻掻いている。
「すぐに破られるかもしれないけど、あいつ、今魔法使えないよ!」
「よし、ナイスだ聖!」
「今のうちに畳みかけろ!」
左右に展開した真田お兄ちゃんと伊織お兄ちゃんが、十字架のようなものを掻い潜って攻撃を叩き込む。最近スパーリングというやつを真田お兄ちゃんと一緒にやっているらしい伊織お兄ちゃんの斬撃がいつもより鋭い。真田お兄ちゃんの拳もキレが増している。
『主軸はあの二人だな。次はどうする?』
「ランダマイザ!!」
『なるほどな。それもまた正解の一つだ』
再びアガーテが歌声を披露し、大型シャドウの体から力を奪う。サポート特化状態の魔弾の射手、どんなものかと思っていたけど、凄く強いぞ!? ただ、精神力がガリガリ削られていく感じがするので、定期的にソウルドロップを口に放り込んで精神力を回復させる。
「来い、ペンテシレア!」
真田お兄ちゃんと伊織お兄ちゃんが下がったのを確認した桐条お姉ちゃんがペルソナを召喚。アマゾネスの女王にして戦士、アキレウスとの戦いも最後まで誇り高い戦士として戦ったと謳われている女王と同じ名前のペルソナから放たれた氷塊が大型シャドウの顔面に突き刺さる。
苦悶の声を上げた大型シャドウが力ずくに鎖を引き千切り、周囲の空気を帯電させる。これは────雷の魔法?
『ゆかりちゃん、気を付けて!』
「クッ……!」
汐見お姉ちゃんが用意した雷対策装備が岳羽お姉ちゃんを雷の脅威から守る。けど、完全に無効化できるというわけではないみたいで、岳羽お姉ちゃんの体に雷がピリピリと帯電している。今のところ回復が必要な人はいないけど、回復力の高い魔法を使える岳羽お姉ちゃんが動けないのは痛手だ。だけど、あの雷をものともせず猛攻を仕掛ける人がいた。
「ポリデュークスッ!!」
セントエルモの火とも呼ばれる星、その神話に登場する片割れ、双子の一人ポリデュークス。アルゴノーツの冒険にも登場する英雄の名を冠するペルソナを召喚した真田お兄ちゃんが、大型シャドウに強烈な打撃を叩き込み続ける。
「真田お兄ちゃんにタルカジャ!!」
アガーテの歌声が変化する。不安にさせるようなメロディーが、心を鼓舞するような力強い歌に切り替わり、アガーテがステップを踏み始めた。出典がインドじゃないのにインドみたい。インド神話ヤバい人しかいないんだよね。ドゥルガーとか。
「……ははっ、こいつはいいな! うおおおおッ!!」
『────明日花君、テウルギア発動可能だよ!』
戦闘服が怪盗服になっているけれど、戦闘服の機能は変わっていないみたい。なんで魔弾の射手がテウルギア発動枠に収まっているのかはよく分からないや。普通サマエルじゃないの? 僕が初めて呼び出したペルソナ、サマエルなんだけど?
「汐見お姉ちゃん、テウルギア使ってもいい?」
「いいよ! ぶちかましちゃって!!」
「分かった。────行くよ」
ペルソナを一度戻し、目を閉じる。心臓の鼓動が聞える。それ以外の音が聞えなくなっている。
────ふと、心臓の鼓動の中に鎖の音が混ざり始めた。まるで僕のことを雁字搦めにして縛り付けるような鎖の音がする。そんなものに縛られ続けるなんて、絶対に嫌だ。こんな鎖に縛り付けられて、動けないまま、大切なものが奪われるような理不尽に負けたくない。
『ならば今一度、再認識せよ』
『貴様がなぜこの場所にいるのか。貴様がなぜ戦うのか』
『これもまた更生だ。己が双眸見開き、眼前の敵を撃ち抜くがいい!!』
カッ、と目を見開き、仮面を力一杯引き剥がしてペルソナを召喚する。三位一体のペルソナである魔弾の射手は姿を変え、鎖に縛られた状態の────あの時呼び出した時と似ている姿の魔弾の射手が現れる。
『飽くなき七つの欲望。その一つは既に解き放たれた!!』
「撃ち抜け!! 『
魔弾の射手が放った弾丸が二発、大型シャドウの体に潜り込む。使った瞬間、その弾丸が何を成すのか理解できたけど、酷いものだ。暴食と節食。相反する二つのものが同時に撃ち込まれることによって、撃ち込まれた対象の中で矛盾のようなものが発生する。
「!!!!!!!?????」
大型シャドウが苦しみ始めた。撃ち込まれた対象、その全てを食い荒らす暴食を付与された弾丸が体内を喰い荒らし、その食い荒らされた部位を節制が付与された弾丸が復元する。喰われ、治され、喰われ治され。その繰り返しが続く中、次第に暴食と節制が喧嘩を始める。その喧嘩によって暴食は食べたものを吐き出し、節制は与えたものを取り込んでいく。
膨張と爆縮が瞬く間に行われているであろう大型シャドウはのたうち回り────────黒い靄すら残さずに消滅した。
「……俺、二度と聖を怒らせねぇ」
「奇遇だな、俺もだ」
「ふむ……」
「うわえっぐ……」
「あはは……怒らせないようにしないとね」
「聞えてるよお兄ちゃんお姉ちゃん」
まさかテウルギアで原罪の銀弾を撃てるとは思ってもいなかったけど、使いこなせるようになればテウルギア無しでも……いけるのかな?
『いや、補助機能が無い限り使わない方がいいだろうな』
(そうなの?)
『負担が大きすぎる。原罪の銀弾を一つの大罪に固定して使っているからこそ運用ができているだけだ』
(そっかぁ)
『貴様はそもそもサマエルも使いこなせているとは言えん。一つ極めてみせろ』
(はーい)
まぁとにかく、法王の大型シャドウ撃破だ。リソースも確保みたいだし……あとはもう一体の大型シャドウを探すだけ。
「風花お姉ちゃん、もう一体ってこの建物にいるんだよね?」
『う、うん。ごめんね、それくらいしか分からないんだ……』
「んー……仕方ないと思うよ? 僕も違和感くらいしか感じなかったし……」
聖杯さんなら分かるのかもしれないけど、積極的に手伝ってくれるってわけじゃないからね、聖杯さんは。これは多分、僕が聖杯さんに依存しないようにするためなんだろう。
「とりあえず、部屋に怪しいものがないか探してみよう」
汐見お姉ちゃんの指示に従って、部屋に何か怪しいものがないか探す作業に入る僕達。うーん……特にこれと言って怪しいようなものはないような気がするけど……あるとすれば……あの大きな鏡かなぁ? ホテルにあんな大きな鏡って必要? あれを叩き割ったら出てくるとか────そう思った矢先。鏡の近くにいた岳羽お姉ちゃんが呟く。
「あれ、この鏡……何か変じゃない?」
瞬間、鏡から強い光が放たれた。
「何の光ィ!!?」
『……ああ、あのアニメのセリフか』