どれだけ遠く穢れても、私は聖杯を探すのです。というか僕が聖杯です。こんにちはこんばんは。聖杯です聖杯はありますよろしくお願いします。雨には負けない聖杯です。夏のジメジメした暑さには負けてしまいたい聖杯ですよろしくお願いします。聖杯はあります。聖杯はきっとありますよろしくお願いします。
大型シャドウ二体を討伐してから四日後の夜。なんか気まずさを三日間くらい抱えていた僕達は、幾月理事長に呼ばれて作戦室に集まっていた。なんか影時間についての新発見? 進捗? 朗報? があったそうだ。本当かな……何か、胡散臭くて信用ならないんだけど。大型シャドウの撃破の報告をした時も、大型シャドウの撃破を純粋に喜んでいるわけではないような違和感があった。
「皆、いつもご苦労様。ロビーでさっきも言ったけど、朗報があってね」
朗報……シャドウを消す方法が見つかったとかなのかな? でも、聖杯さん曰く、人間がいる限りシャドウは消えないだろうって言ってたけど。人間の欲望とかそういったものの具現みたいなものらしいし。
「あの、待ってください」
幾月理事長がその朗報について話をしようとした時、岳羽お姉ちゃんがそれを遮った。ちょっと前からピリピリしていたけど、どうしたのかな。
「桐条先輩、ずばり聞きますけど……私達に何か隠してますよね? 影時間とか、タルタロスとか……十年前の事故に関係してるんじゃないですか?」
「十年前の事故?」
「あ、そっか。明日花君は知らないよね」
僕の隣に座っていた風花お姉ちゃんが、十年前の事故について軽く教えてくれた。
1999年のある日、桐条グループの研究所で大爆発を伴う事故が起こったというものだそうで、当時は凄いニュースになったそうだ。その時の報道は、あたかも研究所の主任であった岳羽お姉ちゃんのお父さん、岳羽詠一郎さんが事故の原因のように語られていたらしい。研究は一人でやるものじゃないんだから、原因は岳羽詠一郎さん一人じゃないと思うんだけどなぁ。でも、その方が都合が良かったのかな。岳羽詠一郎さんはその時に事故に巻き込まれて亡くなっているみたいだし。死人に口無しってレベルじゃない気がする。
そんな事故が起きた当時、月光館学園の生徒が一度に何十人も不登校になる事件もあったそうで、岳羽お姉ちゃんは十年前の事故と何か関係があったのでは、と推測。風花お姉ちゃんに裏付けを頼んでいたみたい。結果、事故との因果関係は分からないけど、不登校になった生徒は皆影人間になっていたそう。
(研究ってもしかして……シャドウに関すること?)
『なぜそう考える?』
(事故が起きた時に影人間も発生したのなら、そうじゃないのかなって。確証は、ないけど)
「ちゃんと説明してください! あの日、本当は何があったんですか!?」
桐条お姉ちゃんに向かって大声を上げる岳羽お姉ちゃんの顔は、怒っているような、不安を感じているような、よく分からない表情だった。お父さんが関わった何かが隠されているともなれば、そうなるのは無理もない……のかな。僕の両親はどっちも元気で、国内外飛び回って仕事をしているから親が死んでしまったことへの悲しさが分からない。だから、岳羽お姉ちゃんにどんな言葉をかけるべきなのかも、僕は分からない。
……でも。
「桐条お姉ちゃん」
多分、だけど。誰かが納得できないままでは、きっと、どうしようもないことになってしまう……気がする。
「僕ね、世界のためとか、街の平和のためとか、どうでもいいんだ」
「何?」
「見たこともない人のために自分の命を懸けられないもん」
この部屋にいる皆が────風花お姉ちゃんは何か納得してるけど────驚いた顔をしていた。そんなに僕って、世界平和とかに興味があるような人に見えてるのかな。目先のこととか、手元のことしか考えられないよ、僕は。
「聖、ならなぜお前はここにいる?」
「僕が抱えているもの、全部取りこぼさないために」
「抱えているもの……」
「友達だったり、お兄ちゃん、お姉ちゃん達。お父さん、お母さん……僕が知り合った人達にいなくなってほしくないから」
見ず知らずの誰かのために僕は動けない。僕の大事な人がいなくなってほしくないから。僕の手の中にあるものが零れ落ちないようにしたいから、ここにいる。あの不審者のお兄さんお姉さんに言ったように────
「僕は特別課外活動部にいる理由は、それだけ。そんな単純なことでここにいる僕からすれば、何を隠しているのかはあんまり興味ないけど……」
「……」
「でも、他の人はそうじゃないでしょ? モヤモヤを抱えて、ずっと戦うわけにもいかないし」
僕は手の中にあるものを守るので精一杯だから、あれもこれもと考えている暇はない。でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんは違うと思う。納得したい、自分達がどうして戦っているのか、何のために戦っているのか……きっと、納得したいんだと思う。だから、隠し事をされていることが気に入らないんだろう。
「そう、だな。君達の言う通りだ。命懸けのことをさせているというのに、隠し事をするというのは……あまりにも不義理だ」
そう言って桐条お姉ちゃんは隠していたことを話し始めた。最初は、研究によって発見されたシャドウの能力について。時間とか、空間に干渉する力があるとか何とか。
(どうなんだろうね、そこら辺)
『影時間がその例だろう』
(あ、そっか。シャドウの縄張りみたいなものなんだもんね、あれって)
そう考えてみれば、確かに。時間とか空間を止めたりする力があってもおかしくはないか。
それで、そんなシャドウの力を利用して何かをしようとしていた人が、桐条お姉ちゃんのお爺ちゃんに当たる人、らしい。シャドウの力を利用して何をしようとしたのかは分からないみたいだけれど、とにかく桐条お姉ちゃんのお爺ちゃんはシャドウを大量に集めて、雇った研究者の人達にシャドウの能力を研究させていたみたい。その研究の中で見つかった黄昏の羽? とかが影時間でも動ける機械に使われているものだそう。
……だけど、十年前、計画の最終段階の際にシャドウが暴走して大事故が起きた。その時の爪痕こそが影時間とタルタロス……らしい。そして、集められたシャドウは飛散して姿を消した。その数は会わせて十二体。満月の度に現れるシャドウは、その時逃げ出したシャドウなんだって。
じゃあタルタロスは? って話になってくるんだけど、実験場となった場所が月光館学園だから、月光館学園にタルタロスが現れるのだとか。
「あれ? じゃあ、この部の活動って、もしかして……」
「無関係の私達を使って、その時の後始末……?」
ってことだよね? 僕も、岳羽お姉ちゃんも────皆、昔誰かがやらかしたことの後始末をやらされていることになる。……まぁ、僕がここにいる理由が理由だから、別に後始末だろうがなんだろうがどうでもいいんだけど。それよりもカロリーヌとジュスティーヌの依頼でパフェが食べたいって言ってきたから、テイクアウトしてきたら怒られたの解せない。怒られながら戦闘訓練になったのも解せない。僕はいつになったらあの二人に一撃を与えることができるんだろう。
『やつらはお前が成長したことに合わせてギアを上げている。まだ遠いだろうな』
(手加減って知ってるのかな、あの二人)
『あれでもまだ三割にも満たん。やつらとの戦いもまた、更生への道だ。励め』
(はーい)
でもカロリーヌとジュスティーヌに一撃でも当てられたら、次はマーガレットさんが相手するって言ってたんだよね。僕、生きてられるのかな。
僕がベルベットルームの人達との戦いを想像して携帯みたいに震えている中、岳羽お姉ちゃんはどんどんヒートアップしている。うん、気持ちは分からなくもない。騙されていたともなれば、怒るよね。そう思った矢先、幾月理事長が口を開いた。
「岳羽君。罪は過去の大人達にあるんだ。そして彼らは、皆……自らの行いによって命を落とした」
……あれ?
「今はもう、当事者はいないんだ。謂れのない後始末……確かにそうだけれど、それは皆同じなんだ」
なんか……幾月理事長の言葉が、歪んで聞こえるような……? 疲れてるのかな?
「事故から十年。シャドウ達がどうして今になって目覚めたのか、それは分からない」
「っ……?」
「けれど、目覚めたということは、見つけて倒せるってことでもある。これ、どういうことか分かるかい?」
ヒートアップしていた岳羽お姉ちゃんが落ち着きを取り戻し、幾月理事長は僕達をここに集めた理由を話し始めた。
「あの十二体こそ、全ての始まりなんだ……と言ったら、分かるかな?」
「やつらを倒せば、影時間やタルタロスも消える……ということか?」
沈黙の中、真田お兄ちゃんがそう口にし、目を見開く。
「その通り! 」
なんだ、これ。聖杯さんの力、なのかな? それとも、ペルソナの力? 風花お姉ちゃんみたいな、分析に長けたペルソナなんて、僕は持っていないはずなんだけど。
「事情はどうであれ、人を守るためなのは変わらない。シャドウ達は、段々と力を増しているし、待っているだけでは勝てない。……分かるかな?」
「……はい」
岳羽お姉ちゃんは頷いたけれど、納得しているような感じでは無さそうだ。それよりも、幾月理事長の言葉が歪んで聞こえているのが凄く気持ち悪い。何だか、本当のことを話していないと言わんばかりの歪み方だ。
「明日花君、大丈夫?」
「……へ?」
不意に、風花お姉ちゃんが心配そうな表情を浮かべて僕の顔を覗き込んできた。
「凄く辛そうな顔してるよ?」
風花お姉ちゃんの言葉を聞いた皆が、僕のことを心配そうな表情を浮かべて見てくる。大型シャドウを全部倒せば云々で盛り上がっていたとは思えないほど、皆心配そうだ。
「え? あー、うーんと……多分、疲れたのかも。ほら、最近動きっぱなしだったでしょ?」
「確かになぁ。聖、俺達以上に四方八方動き回ってたしな」
「うーん……聖君ばっかりに斥候役を任せちゃってるもんね……ごめんね、聖君」
「んーん。ちょっと休めば平気だよ」
多分、だけど。
「いい時間だから、今日はもう解散にしようか。影時間やタルタロスについては、また後日頑張ればいいさ」
幾月理事長の言葉で、この集まりは解散となった。作戦会議室を出る時に、桐条お姉ちゃんと岳羽お姉ちゃんがちょっと微妙な感じになっていたけれど、大丈夫かなぁ……これからがちょっとだけ心配になってしまう。
汐見お姉ちゃんや伊織お兄ちゃんは作戦室でさっきの話について自分達なりの解釈をするために、どこがどうなのかとかを言い合っていた。真田お兄ちゃんは「ちょっと走ってくる」とか言って出ていった。僕は風花お姉ちゃんに付き添ってもらって部屋に戻った。
(聖杯さん。シャドウって、ペルソナと同じ……なんだよね?)
『そうだな。制御下にあるシャドウがペルソナとなる。そして、影時間とタルタロスが生まれる前から存在する』
無意識の中に、抑圧された精神があって、それが制御されることで現れるのがペルソナで、制御を離れて現れるのがシャドウ……って感じらしい。
『毒を以って毒を制す……というわけではないが。影時間とタルタロスを消し去ったとしても、シャドウは消えん』
(人間がいるから?)
『そうだ。光が強くなれば、闇もまた強くなる。だが、その闇を打破するのが人間の可能性であり────』
(更生?)
『その通りだ』
どれだけシャドウが現れたとしても、僕達みたいなペルソナ使いが現れて、シャドウが世界を飲み込んでしまうことはないそうだ。犯罪を犯す人もいれば、犯罪を取り締まる人もいる……みたいなことなのかもしれない。
「明日花君、入るね」
僕がタオルケットを被って聖杯さんと話していると、冷蔵庫から水を取ってくると言っていた風花お姉ちゃんが戻ってきた。体温計とかも持ってきているのは、僕が病気になってしまったのではないかと思っているのかな。
「一応、熱計ってから寝ようね」
「なんか懐かしいね、そういうの」
「ふふ、確かに。懐かしいね」
昔、僕が疲れか何かで倒れてしまった時、風花お姉ちゃんと夏紀お姉ちゃんがあれこれと世話をしてくれた。本当に、ずっと昔のことだ。聖杯さんとしっかり話すようになった頃だったと思う。それまでは一方的に声が聞えるだけだったんだけどね。
風花お姉ちゃんが持ってきてくれた水を飲みながら、体温計で熱を測っていると、体温測定が凄く早い体温計がピピピッ、と音を鳴らす。さて、何度だろう?
「………………37.9度」
『ほぼ38度だな』
自分の体なのに、気付かなかった。
「明日は絶対安静。分かった?」
「うん。大人しく休むよ」
「抜け出しちゃダメだからね?」
「流石にしません」
本当かなぁ、と呟いた風花お姉ちゃん。僕のこと、言うこと聞かない犬か何かだと思ってる? あ、前科があるからだよね、知ってます。ごめんなさい。でも強くなりたいから……自分ができる範囲で無茶するのは大目に見てください……