聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんが嘆いている

 バシャバシャと皆が海で遊んでいる中、設営されたパラソルの下でクーラーボックスの中身の整理をしながらこんにちは、聖です。聖杯です聖杯はありますよろしくお願いします。聖杯が本体です聖杯はあります本体の聖杯はありますよろしくお願いします。どこにも見えなくても聖杯はありますよろしくお願いします。

 

 海、好きなんだけど、泳いだ後の髪のギシギシしてる感じが嫌なんだよね。それも海の醍醐味なのかもしれないけど、足を濡らすくらいが僕的には楽しいと思う。さっきまで伊織お兄ちゃんと一緒に海で浮き輪を使って浮かんでたけど、やっぱり足を濡らす程度がいいや。あと釣り。釣りのあのぼーっとしているだけの時間が好き。

 

「明日花君はもう泳がないの?」

 

 少し休憩、と言ってパラソルの下に入ってきた風花お姉ちゃんが、クーラーボックスから取り出したスポーツドリンクを口にしながら声を掛けてきた。泳ぐというか、浮かんでたが正しい気がするけど。

 

「泳ぐのもいいけど、こうして海を眺めるのもいいなって」

 

「そっか」

 

「ポートアイランドで眺める海と同じはずなのに、こっちの方が綺麗に見えるの何でなんだろうね」

 

「人工物の有無かもしれないな」

 

 サマーベッドに寝そべり、海を眺めていた桐条お姉ちゃんがそう言った。なるほど、確かに人の気配がしない大自然に魅力を感じるというのもあるのかも。毎回、長期休暇シーズンになるとそういう特集が組まれたりするのも、それが理由なのかな。

 

「そういえば……山岸と聖は幼馴染だったか」

 

「うん」

 

「そうですね。幼稚園の頃から一緒だったと思います」

 

「ほう、長い付き合いだな」

 

 言われてみると、風花お姉ちゃんとの付き合いも凄く長い。聖杯さん並みに長い時間を風花お姉ちゃんと過ごしている気がする。次に付き合いが長いのは従姉の夏紀お姉ちゃん。風花お姉ちゃんと夏紀お姉ちゃんが仲良くなったのは小学校の頃。デスティニーランドで友情が深まったみたい。

 

「互いに信頼しているのがよく分かる。気心知れた仲、というやつか」

 

「ずっと一緒にいるしね」

 

『事実、貴様が持つ縁の中で最も強い縁は山岸風花だな』

 

 コープであればMAXまでもうすぐだ、と話す聖杯さん。コープって何……? でも風花お姉ちゃんとの縁が一番強いのはちょっと嬉しいと思う。

 

「そういった関係は中々手に入るものではない。大事にするといい」

 

「うん」

 

「もちろんです」

 

 言われるまでもないことだけど、風花お姉ちゃんとの縁はきっと、手放しちゃいけない縁の一つだ。そういえば、前に聞えた変な声もタロットカードにちなんでるような話をしてくるんだよね。風花お姉ちゃんの時は『運命』、ベルベットルームの時は『愚者』、荒垣お兄ちゃんや末光お兄ちゃんの時は『月』。真田お兄ちゃんの時は『星』で、桐条お姉ちゃんの時は『女帝』。他の人達もたまに変な声が聞こえてきて、タロットカードのどれかの名前が出てくる。タロットカードが人生の歩みを示している、なんて江戸川先生が言っていた気がするけど……まあいいや。

 

「そういえば桐条お姉ちゃん」

 

「どうかしたのか?」

 

「桐条お姉ちゃん達が知ってるペルソナ使いって、僕達だけなの?」

 

「うん? どういうことだ?」

 

「前、タルタロスに行った時────ほら、全滅しかけた時。覚えてるでしょ?」

 

 僕が魔弾の射手を初めて使った満月の日のことを伝えると、苦い顔を浮かべる桐条お姉ちゃん。順調に戦えていたからこそ、あの時の敗北は染み付いているのだろう。

 

「ああ、覚えているとも。それがどうかしたのか?」

 

「あの時、僕が皆のことを連れて帰ったんだけど……その時に会ったんだよ。他のペルソナ使いの人に」

 

「何だって?」

 

 風花お姉ちゃんのペルソナに隠し事はできないから、影時間に一人でうろついていることは話してある。その際に出会った、半裸のお兄さんとメガネのお兄さんとゴスロリのお姉さんについても。聖杯さんからの助言もあって、今まで風花お姉ちゃんにしか話していなかったけど、この辺りで桐条お姉ちゃんにも伝えておくべきだと判断した。

 

「なぜ今まで黙っていた?」

 

「色々あるんだけど……そのペルソナ使いの人達がどうして今になって現れたのか分からないのと、皆を混乱させたくなかったから、かな。ペルソナ使いなのかも分からないし」

 

「桐条先輩、すみません。私もそう思ったので伝えていませんでした」

 

 僕が皆をタルタロスから運び出す時に、風花お姉ちゃんが疲労状態から回復してすぐ、あの三人が現れて、タルタロスから寮に戻るまでを手伝ってくれた……という筋書きだ。あの時、どうやって寮まで帰ったのかが分からないけど、聖杯さんに用意してもらったプランを採用して桐条お姉ちゃんにあの三人の情報を伝える。風花お姉ちゃんにも筋書きは説明しているので、話が食い違うことはないはずだ。

 

「……確かに、不確定な情報は混乱を招く……か。だが、どうして今私に伝えた?」

 

「桐条グループなら何か知ってるんじゃないかなって思ったんだよ。こう言っちゃなんだけど、幾月理事長に伝えても長くなりそうで……」

 

 桐条お姉ちゃんが幾月理事長のことを信頼しているのは承知の上ではあるけど、それでも言わせてもらう。多分だけど、幾月理事長に伝えても「ひとまずこちらで調べておくから、タルタロスと大型シャドウに集中してくれ」と言われてそのままになりそうな予感がするのだ。

 

「なるほどな。理事長も多忙な方だから、そうなる可能性は高いか。分かった。こちらで調べておこう」

 

「「お願いします」」

 

「ただし……こういうことはもう無しにしてくれると嬉しい」

 

「はい、すみませんでした」

 

 時と場合によってはまたやらかすと思います。効果的なタイミングで効果的な情報を投下するのがいいって聖杯さんが言ってた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 海を楽しみつつ、桐条お姉ちゃんにあの三人のことを伝えた日の夜。別邸の応接室に呼び出された僕達は、何で呼び出されたのか分からないので首を傾げつつ、部屋の奥に設置されたスクリーンを眺めつつソファに座っていた。うーん、フカフカ。手入れが大変そうなソファだけど、きっと高いんだろうな。

 

「ねぇ聖君、何の呼び出しだと思う?」

 

 僕の向かいに座っていた汐見お姉ちゃんが声をかけてきた。

 

「多分、影時間とかそこら辺に関することじゃない?」

 

「やっぱり? 桐条グループで何か新発見とかあったのかな?」

 

 そんなことを話していると、重苦しい雰囲気が漂う扉が開かれて、桐条お姉ちゃんのお父さん────桐条武治さんがやってきた。……なんだか、疲れてる? 根拠はないけど、疲れているというか、張り詰めているような雰囲気を感じる。心休まってないというか……やっぱり経営者だから色々と気苦労があるのかな。

 

「美鶴から大体は聞いているな。全ては我々の……大人の罪だ」

 

 前置きもなく語り始めた桐条武治さんの目の奥に、負い目と後悔が見えた。顔には出さないけど、目の奥に何か強い感情を宿すところが、桐条お姉ちゃんのとそっくりだ。桐条お姉ちゃんは顔に出ることもあるけど、やっぱりお父さんに似てるんだね。それに……桐条お姉ちゃんのことを心配しているのが分かった。シャドウを相手にするにはペルソナ使いの力が必要とはいえ、危険から遠ざけたいと思っているんだと思う。

 

「私の命一つで贖えるのなら、とうにそうしていた。だが……今や君達を頼る他に道はない」

 

 そう言ってから、桐条武治さんは桐条グループの先代────桐条鴻悦さんがシャドウの力を使って何をしようとしていたのかを語り始めた。

 

「先代は晩年、耐えがたい人生の虚無感に襲われ、その虚無から解放されるために、シャドウの力を利用する研究を始めた」

 

 虚無感からの脱却かぁ……老後の楽しみがなかったんだね、桐条鴻悦さんって人は。桐条お姉ちゃんみたいにバイクとか乗り回して世界中を旅したりすればよかったのに。……そういう考えに至らずに、シャドウの力に目が行っちゃったんだろうなぁ……

 

「虚無からの脱却……そのために生み出そうとしたもの……それは、“時を操る神器”だ」

 

「時を、操る……」

 

「言葉通り、時の流れを操作し、障害も、例外も、全て起こる前に除ける、神の如き道具だ」

 

『フン、愚かな……そんなものを生み出せたとして、持て余すのが関の山だろう。そして、そんなものを生み出せば、そのカウンターが生まれるはずだ』

 

 心なしか聖杯さんの声に嘲笑と呆れが混ざっているような気がした。僕に対しての厳しさとはまるで違う、まるでその人に対しての失望を感じさせるような、冷たい声だ。

 

「しかしそれは、人が踏み込んではならない領域だった。踏み込んだことで……あの惨劇が引き起こされたのだ」

 

「それが十年前の事故ってことすか……?」

 

 伊織お兄ちゃんの言葉に頷いた桐条武治さんは、テーブルに置いてあったリモコンを操作して、スクリーンに映像を投影する。古いものなのか、それとも元々そうだったのか、映像とは言えないくらいボロボロというか、ノイズが酷い。

 

「君らが全てを知りたいと望むのは、当然のことだ。私にも、伝える義務がある」

 

「あの、これは……?」

 

「現場にいた科学者によって遺された、事故の様子を伝える唯一の映像だ」

 

 桐条武治さんと共に暗くなった部屋で、スクリーンだけが明るく光を灯している。

 

『この記録が……心ある人の目に触れることを、願います』

 

「この声……!?」

 

 男性の声に岳羽お姉ちゃんが反応した。知り合いの声、なのかな。

 

『ご当主は狂ってしまわれた。何か、恐ろしいものに魅入られて、変わってしまった。この研究は、行うべきじゃなかった!』

 

『この忌まわしい実験によって、未曽有の被害が残るのはもう止められない……!!』

 

『この記録を、見ている者よ、誰でもいい。よく聞いてくれ!! 集めたシャドウは、大半が爆発と共に飛び去った!! 悪夢を終わらせるには、それらを全て消し去るしかない!!』

 

「っ……?」

 

 またこの歪んだような音。幾月理事長の言葉といい、この映像といい、なんなんだろうこの変な感じは。

 

『全て……僕の責任だ』

 

「はっ……はっ……」

 

『全てを知っていたのに、成功に目が眩み……結局はご当主に従う道を選んでしまった。全て……僕の責任だ』

 

 歪んでいる音が、気持ち悪い。聞いているだけで体に冷や汗が流れて、頭が痛くなってくる。

 

『この記録を聞いている誰かが』

 

 痛い。気持ち悪い。

 

「ぃ、ぁ……」

 

「明日花君?」

 

『この悪夢を終わらせてくれることを、願っています』

 

 あ、もう無理。

 

「う……ぉぇええええええええええ……っッ!!?」

 

 世界がモノクロになるのと同時に、胃の中にあったものが全て逆流し、僕は耐え切れずにそれらを全て吐き出してしまう。

 

「明日花君!?」

 

「おい聖!? どうした!?」

 

「すぐに医務室へ! 急げ!!」

 

『リソースにしたものがものだからな。さすがに負担が大きすぎたか……いや、暴く力が制御できていないだけか……?』

 

 応接室が騒がしくなるのを遠くに聞きながら、僕は自分で吐き出した吐瀉物に思いっきり気道を潰されたのか意識が朦朧とし────すぐにブラックアウトした。




いつもカッコ可愛いショタが吐瀉物を撒き散らして気絶するのに生を実感する特殊性癖をお持ちの方はいらっしゃいますか。私はそんな性癖は持っていません。
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