最近蒸し暑い日が続く今日この頃。夏は夜なんて言ってられない聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。節約のためにエアコンを消す時代はもう遅く、エアコンをつけて涼しい部屋で過ごすことこそが夏の節約術の一つとなっていると思う聖です。エアコンが無いならショッピングモールとかに行きましょう涼しくていいです聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。
屋久島で僕が気絶するという事件があったわけですが、僕は元気です。でも朝の検温で37.8度の発熱があって外出を禁止されてしまった。もう一回くらいは海に行きたいなって思ってたけど、それは叶わなかった。屋久杉も見て回りたかったけど……大人になってからまた来ることにしよう。
『宿題は順調か?』
「うん。もう少しで終わるくらいかな」
まだ夏休みは始まっていないけれど、早めに夏休みの宿題として出されていたものはほとんど片付けている。夏休み期間を思う存分楽しむための行動だ。
『それでいい。宿題は言い換えるなら長期休暇を得るための負債。膨らむ前の最初期に片付けるのが最善だ』
「借金……」
『ローンは自分なりにプランを立てた後、専門家と話し合って使うべきものだ』
ちょっとだけ残念な気分を抱えつつ帰ってきた巌戸台寮。本当は分寮、っていうのが正式な名前らしいんだけれど、巌戸台寮っていう名前で覚えちゃったから今更言い換えるのもちょっとなぁ……なんてくだらないことを考えつつ、一日休んでいたお蔭で回復した体を動かして屋久島土産の屋久島茶のためのお湯を沸かす。
「……あれ? これ玉露なのかな?」
天然の玉露って呼ばれてる品種のお茶を買ったわけだけど、これが玉露ならお湯の温度を変えなくちゃいけない。玉露は50度から60度くらいが適温なんだっけ。でも見た感じは普通のお茶の葉なんだけれど……ちょっとお高いお茶だったから、美味しい淹れ方で飲みたい。
「ううん……?」
「どうかなさいましたか?」
「わっ……」
僕が首をかしげて唸っていると、正面から声がかけられた。音も気配もしなかったからなのか、それとも僕が周りを見ていなかったからなのか、はたまたどちらもか。正面に立っていたお姉ちゃんに気付けなくてびっくりしてしまった。
「申し訳ございません。驚かせるつもりはなかったのであります」
「んーん。僕が気付かなかっただけだから大丈夫だよ、アイギスお姉ちゃん」
キッチンに立っている僕の向かいに立っていたのは、屋久島旅行で僕達が出会った不思議なロボット────アイギスお姉ちゃん。金髪碧眼で、赤いリボンがトレードマークなお姉ちゃんだ。ロボットにお姉ちゃん呼びはどうなの、って岳羽お姉ちゃんに聞かれたけど、アイギスお姉ちゃんが生まれたのは2000年らしいから、僕より年上であることは間違いないからお姉ちゃんだ。アイギスお姉ちゃんからも許可は貰っているから大丈夫。初対面でいきなり、「あなたは、何でありますか?」って聞かれた時はちょっとムムム、ってなったけど……僕って聖杯さんがいたり、召喚器要らずのペルソナ使いだったりで色々と特殊だから、返答に困ってしまった。
汐見お姉ちゃんが話題を出して有耶無耶になったけれど、アイギスお姉ちゃんは僕に何を見出したんだろう? 夢で見た機械の人にそっくりなのも気になる。
ちなみに僕が屋久島の海で落ちた落とし穴は、アイギスお姉ちゃんが稼働テストで掘ったものだったみたい。穴を掘るのが稼働テストの一つってどういうこと? とは思ったけど、色々あるんだろうなぁ、大人の世界って。
「何かお悩みですか?」
「あ、うん。このお茶を淹れるお湯の温度が気になって。これ玉露なのかな?」
「………………こちらは玉露ではなく、屋久島茶というお茶ですね。80度程度で淹れることが推奨されているであります」
「あ、そうなんだ」
「沸騰したお湯ではカテキンが多く抽出されてしまい、苦くなってしまうようです」
「ほえ~」
コーヒーを淹れる時や紅茶を淹れる時にも温度には気を付けていたけれど、緑茶を淹れる時にも温度を気にしてみると、また違ったお茶を楽しめるかも。
そう思いつつ、ケトルのお湯の温度を確認。……80度ぴったり。急須に茶葉を入れて、お湯を注ぐ。……おお、いい香りがする。普段の緑茶とはまた違った香りがする……気がする。気がするだけかもしれない。
「はい」
蒸らしたお茶を湯呑に注いで、アイギスお姉ちゃんに差し出す。
「……?」
「アイギスお姉ちゃんの分だよ」
「私は食事を必要としないであります」
…………あ、そういうことか。アイギスお姉ちゃんはご飯を食べなくても動けるロボットだから、食事をする必要がない。だから自分の分はいらない、と言いたいのだろう。……でも。
「味は分かるんでしょ?」
「はい。食事から多少のエネルギーを確保することは可能ですが、非効率的です」
なんだかロボットらしい返答が返ってきた。屋久島で着ていたワンピースは現在洗濯中で、今はジャージ姿のアイギスお姉ちゃんは、機械的な部分を隠すと本当に普通の女の子に見えるのだから、これを作った人は相当に頑張ったのだろうなと思う。多分、人の姿をしてる方がペルソナを発現させやすいとか、そういう観点なのかもしれないけれど。
「栄養補給のために渡してるわけじゃないよ。お礼」
「お礼、でありますか?」
「うん。アイギスお姉ちゃんがこのお茶のことを教えてくれなかったら、僕はしばらくキッチンで困ってたと思うから」
聖杯さんが助言してくれたかもしれないけど、こうしてアイギスお姉ちゃんが教えてくれた。だったら、教えてくれた彼女にもこのお茶を飲む権利があるに決まっている。……もちろん、明日の夕ご飯の献立が焼き魚定食だから、食後に皆へ振舞う予定ではあったけどね。味見って大事だと思うんだよね。
「だから、そのお礼。ありがとう、アイギスお姉ちゃん」
「…………どう、いたしまして?」
「うん」
ありがとうって言われることに慣れていないのか、疑問形で声を発したアイギスお姉ちゃん。ロボットではあるけど、ちゃんとどう思っているのか、何を感じているのかを言葉にできるんだから人間と大差ないんじゃないかな?
……まぁ、それはそれとして。屋久島茶、その味は如何ほどか……
「…………あ、美味しい」
一口飲むだけで分かる、普段飲んでいる緑茶とは違った味わい。渋みはあんまり感じず、旨味っていうやつが強いお茶だ。お茶が喉を通ってから、後味で遠くから甘味も歩いてくる感じもする。まろやかで上品で、凄く万人受けするお茶と言った感じ。香りもすっきりしていて、冷やして飲んでもきっと美味しいのだろうという確信がある。これで冷やし出汁茶漬けなんかを作ったら贅沢過ぎるかな?
『貴様の舌も随分と成長したものだ。少し前までコーヒーを一舐めしただけで泣いていたというのにな』
(まだまだ子供舌だけどね。砂糖とミルク万歳)
『久しく入れて飲んではいないだろうに』
それはきっとケーキみたいな甘いものとか、カレーみたいなコーヒーに合う食べ物と合わせているからだと思うよ、聖杯さん。僕個人としては、単品で飲むにはまだまだ勇気がいると思います。ルブランとかシャガールでもまだまだブラックを単品で頼むのは難しい。
「アイギスお姉ちゃん、どう? 美味しい?」
「……少し温度が低いように感じます」
「あ、急須に入れた時に下がっちゃったかな。今度は気をつけるね」
「ですが、何か温かいものを感じます。これが、美味しいというものなのでしょうか?」
そう言って首をかしげるアイギスお姉ちゃん。心なしか、アイギスお姉ちゃんの纏っている空気が機械的なものではなく、ほわほわとしたものに変わっているような気がしないでもないような……そうでもないような……? ううん、でも、アイギスお姉ちゃんが感じている温かいもの、というのは多分……
「多分美味しい、じゃなくて楽しい、じゃないかな?」
「楽しい」
「誰かと一緒に食べるご飯とか、誰かと一緒に飲むお茶とかコーヒーって、いつもより美味しく感じるんだよ」
そういう実験結果も出ているっていうのは、気になって聖杯さんと一緒に調べたから知っている。一人暮らしの人であっても、ご飯を食べる時に向かいに鏡を置いておくとご飯が美味しく感じるというちょっと不思議な成果も出ていることを。聖杯さん曰く、認知の力も影響しているかも……とのこと。ちょくちょく聞くけれど、認知の力とは一体……?
「いつもよりも美味しく感じるのは、誰かと一緒にご飯を食べたり、お茶を飲んだりするっていう行動に楽しさとか、和やかさを感じるからなんだって」
「和やかさ」
「だから、アイギスお姉ちゃんが感じてる温かいものっていうのは、楽しい、とか和やかさ、じゃないかなぁ」
そうだったら嬉しい、という僕の考えも混ざっているけどね。これからこの寮で暮らしていくのなら、アイギスお姉ちゃんと関わる時間は間違いなく増える。アイギスお姉ちゃんが僕のことを嫌うのは、嫌だと思うから。
「……なるほどなー」
お茶を飲んでいると、しばらく黙り込んでいたアイギスお姉ちゃんが呟いた。なんだか機械的な、棒読みチックな言い方だけれど、アイギスお姉ちゃん自身は何かに納得したらしい。
「聖さん、お茶ごちそうさまでした」
「うん、お粗末様」
「それと一点、お願いしたいことがあります」
「何? 僕にできることならやるよ」
「わたしに人間を教えてください」
………………どういうこと?
「人間を学ぶことが、私の一番の大切を守ることに繋がると判断しました」
「一番の大切って、汐見お姉ちゃんのこと?」
「はい。彼女の傍にいることが私の一番の大切であります」
初対面の時から汐見お姉ちゃんのことを一番の大切って言っていたらしいけど、どういうことなんだろう? 汐見お姉ちゃんはアイギスお姉ちゃんに会ったことがないって言っていたけど……アイギスお姉ちゃんは汐見お姉ちゃんを知ってるのかな?
んん……でも、人間を教えるってどうすればいいんだろう? 僕だって人間というのはこういうものだっていう確固たるものがあるわけではないし……あ、聖杯さんに聞けばいいのかな? 聖杯さん、人間ってどういうもの?
『貴様なりの答えを見つけるべきだ。教えることで見えるものもあるだろう』
あ、これも更生の一環なんだね……人間ってどういうものっていうのを考えて、自分なりに答えを出すというのは、聖杯さん的に凄く大事なことみたい。
「僕が教えられることがあるなら……うん、頑張ってみるね」
「はい、よろしくお願いするであります」
(久しぶりになんか聞えた!?)
『気のせいだ』
(いややっぱりなんか聞えたよ!? 我は汝、汝は我って!!)
『疲れているのだろう。洗い物を終えたら寝るべきだな』
本当に何なの、このどこからともなく聞こえてくるこの声……!?
* * *
天田君の入寮までもう少し時間がかかるらしいという話を聞いた、夏休みに入ってすぐの影時間。本日はタルタロス探索には行かず、パトロール的な感じのことをすることになっていた。夏休み期間だからって立て続けにタルタロス探索は疲れるし、タルタロスの外に出たシャドウが象徴化している人を襲っているかもしれない、という考えからの行動だ。
もちろんこれは僕の独断なので、皆が皆パトロールに出ているというわけではない。リハビリついでのパトロールなので、風花お姉ちゃんにはちゃんと伝えてある。伝えないと後が怖いし……あ、あと真田お兄ちゃんもランニングに出ているから、そっちにも連絡済みだ。
『明日花君、そろそろ影時間になるから気を付けて』
「うん」
モニタリングをしてくれている風花お姉ちゃんからの通信が来た直後、周囲の色が緑色に染まった。影時間が始まって、街灯が消え、様々なものが動きを止めて象徴化する。それと同時に僕の服も動きやすいジャージから怪盗服へと変化した。
『あっ! 明日花君、神社の方にシャドウの反応!』
「分かった!」
影時間に突入した瞬間に現れたシャドウの反応に風花お姉ちゃんが叫ぶ。タルタロスの外に現れるシャドウはイレギュラーと呼ばれており、タルタロスのシャドウよりもちょっと強いシャドウだ。前に戦ったホテルのシャドウみたいな感じで、普通よりも間違いなく強い。
いつものように屋根を跳ねるように移動して、数分で辿り着いた長鳴神社。鳥居の前には風花お姉ちゃんが発見したシャドウと────シャドウに威嚇しているコロマルがいた。
「グルル……!! ガウッ!! ガウッ!!」
まるで神社には行かせないと言わんばかりに、力強く、怒りを示すような吠え方でシャドウを威嚇するコロマル。入院している住職さんが帰ってきた時に悲しませないためなのか、コロマルは一歩も退こうとしない。
『えっ!? コロちゃん!?』
あ、そっか。風花お姉ちゃんはコロマルが象徴化しないの知らないんだっけ。僕はうろついていたから知っているけど、そのことを話したら絶対に怒られるから言わないようにしよう。……どこかでポロッと口に出しちゃうかもしれないけど。
ドロドロのゲルっぽい体を持ったシャドウが数匹、じりじりとコロマルに近付いていくが、コロマルは一切退こうとせずに強い力を宿した瞳でシャドウを睨んでいる。
「試運転、っていうわけじゃないけど……お披露目しようか!」
真っ黒な仮面が切り替わり、魔弾の射手の仮面とはまた違ったデザインの仮面が僕の顔に張り付く。意識を集中させて、僕の心の奥にあるものを、聖杯さんが用意してくれたペルソナを呼び出す。
「奪え! フェルグス!!」
仮面が青い炎となって、鎖でグルグル巻きにされている何かが僕の背後に現れる。
新たに生まれたペルソナは、サマエルのような蛇の姿でも、魔弾の射手のように姿が不安定だったり姿がランダムだったりしない、はっきりと人の姿をしているペルソナだ。自分を縛り付けていた鎖を引き千切って現れたのは、大胆不敵に、剛毅に笑い、大きな剣を肩に担いでいるケルトの大英雄の名前を冠したペルソナ────フェルグス。
『新しいペルソナ!? 凄く強い反応……!』
「手伝うよ、コロマル!」
「! ワンッ!!」
コロマルに迫っていたシャドウにフェルグスが突撃する。肩に担いだ大剣を振り回してシャドウを切り裂くことで、シャドウの初動を潰した。しかもシャドウの中には混乱してオロオロしている個体もいる。
(凄いや、これ)
『ニューロクランチは全体斬撃属性。低確率で混乱を招くが……運がいいな』
ラッキーだったみたい。でも本当に凄い、このペルソナ……消耗が激しいけど、間違いなく消耗分以上の仕事をしてくれる。
「今だよ、コロマル!」
「ワオーンッ!!」
シャドウの動きが止まったことで生まれた隙を見逃さず、コロマルが空に向かって咆哮する。青い光と共に現れたのは三つ首の、巨大な猟犬。コロマルとは対照的な黒い毛皮に包まれている、ギリシャ神話でも屈指の知名度を誇っているんじゃないかと思う獣、ケルベロスがペルソナとして現れた。
『コロちゃんもペルソナを!?』
「「「「────ッッッ!!」」」」
コロマルとケルベロスが凄まじい咆哮を上げると、地面から空まで届くんじゃないかと思うような炎の柱が立ち上り、動きを止めていたシャドウを飲み込んだ。
ひょっとしたら────いや、間違いなく汐見お姉ちゃんのオルフェウスや、伊織お兄ちゃんのヘルメスの炎よりも強い炎がシャドウを焼き焦がしていく。炎の中でゲル状の体をジタバタと動かしている辺り、火が弱点のシャドウだったのかな?
『窮鼠猫を嚙むとも言う。油断はするなよ』
「じゃあ、これでトドメだ! ニューロクランチ!」
フェルグスが大剣を振るい、炎に包まれたシャドウを全て切り裂く。悲鳴を上げることもせず、シャドウは黒い霧となって消えていった。
『シャドウの反応、完全に消失。お疲れ様』
「ワンッ!」
「こんばんは、コロマル。カッコよかったよ」
「ワフッ」
さっきまで厳しい表情を浮かべていたコロマルだけど、今は穏やかな空気を纏っている。……それにしても、コロマルのペルソナ、凄い力だったなぁ。
『まさかコロちゃんがペルソナを使うなんて……』
「アイギスお姉ちゃんもペルソナを使えるんだから、犬も使えるんじゃない?」
もしかしたら熊とか猫もペルソナを使えるかもしれないし。動物であってもちゃんとした何かがあればペルソナ使いになれると思う。聖杯さん曰く、動物でもペルソナ使いになれるみたいだし。
『そうかな……そうかも……?』
「とりあえずコロマル、寮に来る? 今日暑いし」
「ワンッ!」
あ、ついてくるみたい。やっぱり暑いのは苦手なんだね。……そりゃそうか、凄く暑そうな毛皮を纏ってるし。
というわけでようやくコロマル加入です。ちなみに新たなペルソナのフェルグスはマジの物理特化です。他の属性は一切覚えません。