聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんが語りかけてくる

 真夏の夜、寝苦しい日が続いてエアコン掃除が苦行と化した時でも、いつもいつでもどこにでもやってくる聖杯はあります。聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。夏期講習で皆がうつらうつらと船を漕いでいたとしても、聖杯が本体です聖です。聖杯は絶対にありますよろしくお願いします。

 

 正義タイプと戦車タイプの大型シャドウを撃破した満月の夜から少し経った8月11日。自主登校、という形になっている夏期講習の午前授業、参加者が一人しかいないちょっと寂しい教室で、僕の真正面にある教卓に立っているのは江戸川先生。教卓にはタロットカードの束が置かれている。

 

「さて、参加者一名、というのは少々寂しいところではありますが始めましょうかねぇ」

 

「よろしくお願いします」

 

「はい、よろしくお願いします。……では、今回のテーマはタロットカードです」

 

 にっこりと笑った江戸川先生がカードの束を僕に見えるように一枚一枚見せてくれた。

 

「まずは聖君、君も知っているとは思いますが、こちらが大アルカナと呼ばれるものです」

 

 見せてくれたのは愚者から始まって、世界まで描かれているタロットカード。たまにテレビでも見たりするし、漫画作品のキャラクターモチーフとして取り扱うことが多いものだ。

 

「大アルカナは類似したものがありません。一つ一つが唯一無二なんですねぇ」

 

「大があるなら小もあるんですか?」

 

「おお、鋭いですね。そう、小アルカナというものがあります。こちらは類似したものが多いです。剣、杖、杯、金貨……そのカードに書かれた数字が違います」

 

 そう言って江戸川先生が次に見せてくれたのは、小アルカナと呼ばれるカード。……大アルカナよりも多くて、似通っているものが多い。……あれ? これ、どこかで見たことある気がする。カードに書かれている番号とか、これって……

 

「トランプカード?」

 

「そうですね。小アルカナはトランプカードに類似していますね。剣がスペード、杖がクラブ、杯がハート、金貨がダイヤ……そして、数字はエースからキングまで」

 

 ナイト、っていうトランプカードでは見たことがないようなものがあるけど、なるほど、だからベルベットルームの人達とポーカーゲームをした時に小アルカナみたいな絵柄のものが出てきたんだ。……というか、あれは小アルカナのカードだったのでは? あとイゴールさんってディーラー似合うよね。

 

「まぁ、今回の授業では大アルカナをメインに取り扱いますから、こういうのもあるよ、程度で結構ですよ」

 

「分かりました」

 

 江戸川先生が小アルカナのカードを懐に仕舞って、教卓に残ったのは大アルカナのカードだけ。22枚の、僕達のペルソナや、大型シャドウが持っているアルカナ達だ。

 

「大アルカナは愚者から始まり、世界で終わるカードです。物によっては世界が宇宙であったり、力が剛毅であったりと違いますがねぇ」

 

「へー……」

 

「さて、そんな大アルカナですが、これは人生という名の旅人を描いていると言われることもあります」

 

 前にも少し話をしましたねぇ、と江戸川先生が教卓から取り出した紙芝居のようなものを捲りながら続ける。

 

「知恵の実を食べた人間が、人生を歩き出す────誕生したことが0番目。まだ見ぬ希望を夢見る旅人です」

 

 タロットの0番目、愚者。この世界に誕生した人間が歩き出した瞬間。自由だからこそ、どんなものにも染まることができる。定型がないから、どんな姿にもなれる。…………汐見お姉ちゃんみたい。

 

「がむしゃらに旅を続ける中で、旅人は魔術師に出会い、教えを受けます。強い意志と努力を重ねることが、夢を掴むことに繋がると気付くのです」

 

 タロットの1番目、魔術師。右も左も分からない中で、がむしゃらに色々なことを見たりする中で、自分の夢を叶えるためには自分の意志と、努力を積み重ねることが必要なんだと学んだ旅人が歩く。…………これは、伊織お兄ちゃんみたい。

 

「夢を掴むために努力を重ねる旅人は続いて女教皇に出会い、学びました。自分の奥底にある声に気付き、その声と向き合うことの重要性を学びます」

 

 タロットの2番目、女教皇。旅人が心の奥底に閉じ込めていた気持ちと向き合って悩んでいる。向き合って、悩んで、まだ決めきれずにいるけど、考えながら旅を再開した。風花お姉ちゃんっぽいかも?

 

「さて、一度紙芝居から意識をこちらに戻してもらいまして。聖君、汝にクエスチョン」

 

「あ、はい」

 

「この紙芝居を見た時、君は誰かを重ねましたか? それとも自分を重ねましたか?」

 

「えーと……僕の知り合いを重ねてました。愚者、魔術師、女教皇、それぞれに」

 

「ええ、それも正解です。ですが、不正解でもあります。これは人生。つまり、君は旅人であったり、誰かという旅人にとっての愚者、魔術師、女教皇であったりするのです」

 

 この紙芝居は自分の人生の話でもあるし、自分が他の誰かの指針になっているかもしれない、という話でもあったようだ。ううん……まだ難しい。タロットカードを誰かに例えるのは何となくできるんだけどな……

 

「聖君、君はまだ若い。だからこそ、誰かの背中を見ることが多いでしょう」

 

「そう、ですね」

 

「そして君はとても優しい。誰かを都合のいい神にしようとせず、誰とでも偏見無く接することができます。……だからこそ、君はこの先、多くのことを悩むでしょう」

 

 そうかな……そうかも……? ……うん、確かに悩むこと、結構ある。ストレガの三人のこと、満月のシャドウのこと、幾月理事長の嘘のこと……荒垣お兄ちゃんのこと、聖杯さんが言っている更生のこと、ベルベットルームの人達が言う試練のことに、タルタロスのこと。色んな悩みがある。

 

「悩み、どうしようもない壁に直面した時。自分が見てきた誰かならどうするかを考えなさい。それと同時に────」

 

「自分ならどうするかも、ちゃんと考える、ですよね?」

 

「その通り。君は私の授業を真剣に聞いている生徒の一人ですから、言うまでもありませんがねぇ……」

 

 満足そうに頷いた江戸川先生はさて、と言って授業のまとめに入る。……早くない?

 

「今回の教訓は人生の道は自分だけのもの、そして悩むことこそが人生そのもの。……では、余った時間は自由時間にしましょうか。君が気になっているテーマがあれば、それを議論しましょう」

 

「気になっているもの……あ、ロボットが人間の心を持てるか、とかですかね?」

 

「ほほう、中々面白いテーマですね。聖君はどう考えていますか?」

 

「ううん……僕は持ってもおかしくないかなって思ってます。そっちの方が面白いし」

 

 アイギスお姉ちゃんみたいに、心を持ったロボットがこれから先の未来で生まれたとして、何を思ったりするのだろう? どんなものを見て、どんなことを考えて、どんな生き方をするんだろう。そして、そのロボットと、僕は仲良くできるのだろうか。仲良くできたのならきっと楽しい。前、大型シャドウの力を取り込んだ時に見えた黒い機械人形と、白い機械人形がアイギスお姉ちゃんみたいな存在だとしたら、僕は仲良くなりたいと思う。

 

「あと、心を持ったロボットって錬金術で出てきそうじゃないですか?」

 

「聖君が言いたいのは、ホムンクルスでしょうかねぇ? パラケルススの著書、ものの本性について、にも記載がありますね」

 

「あれ? ムーンチャイルドじゃないんですか?」

 

「よく知っていますねぇ。しかしそれはアレイスター・クロウリーの著書です。作り方もまるきり違うのですよ」

 

 ルネサンス期の錬金術師であるパラケルススによると、蒸留器に数種類のハーブと人間の精を入れて40日間密閉して腐敗させると生まれるものに、毎日人間の血液を与えつつ、馬のお腹の中と同じ温度で40週間保存すると生まれるそうだ。何をどう考えたらそんなことを思い付くのかは分からないけれど、錬金術ってそういうものなのかな?

 

『分からないからこそ生まれ、分かってきたからこそ廃れ、姿形を変えたのが錬金術だ』

 

(科学ってこと?)

 

『その中でも原始的なものが多い』

 

 そういう積み重ねがあったからこそ、今の科学というものがあると考えるとロマンがあるような、ないような……

 そんなことを考えつつ、江戸川先生との会話を続ける。どこからそんな知識を身に付けてくるんだろう、と思う歴史とか哲学とか……今の生活でも役立ちそうな豆知識なんかも飛び出してくるのがちょっと楽しい。疑問が浮かんだ時に聞けば答えが返ってくるし、僕自身の考察を江戸川先生は否定することなく、「そういった視点から見るのも面白いですねぇ」と笑って別角度から話をしてくれるのだ。だからこそ、江戸川先生の授業は僕のクラス限定かもしれないけど、密かな人気があったりする。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 夏期講習が終わった帰り、商店街で今日の晩ご飯と日用品を買い込んでいく。ううむ……お姉ちゃん達が買い込んでいるとはいえ、この生理用品達は何をどう選んで買えばいいんだろうか……今は買わないけど、お姉ちゃん達が揃ってインフルエンザでダウンしましたって時に生理用品が無くて困るという可能性も無きにしも非ず……

 

『貴様のパソコンは何のためにある』

 

(あ、そっか。調べればいいんだね)

 

『不測の事態に備えろ。何があるか分からないのが人生でもあり、更生でもある』

 

 とりあえず寮に戻ったら調べるとして、とりあえずは日用品をメインに買い込んでいく。えーと、歯磨き粉、歯ブラシ、トイレットペーパー、ティッシュ……あと洗濯用洗剤と食器用洗剤に風呂用ハイター。あ、今日は洗濯用洗剤がポイント5倍だからちょっと多めに買っておこうかな。

 

 ……うん、これくらいで日用品はいいでしょう! 次は買い足しておく乾物と、缶詰と……卵と牛乳と……

 

「あ、丸鶏安い」

 

『冷凍庫には空きがある。だが、使い勝手は部位ごとの方がいい』

 

「どっちにしようかな…………って、あれ?」

 

 夏だというのに凄く暑苦しい服装をしている大きな背中はもしや────

 

「荒垣お兄ちゃん?」

 

「……お前か」

 

「久しぶり……ってわけでもないか。夏休み前に会ってるもんね」

 

「あれを会ったって言っていいのか……?」

 

 やっぱり荒垣お兄ちゃんだった。比較的涼しいとはいえ、夏なのに見ているだけで熱中症になりそうな服装をしている人なんて、荒垣お兄ちゃん以外にいないもんね。タカヤお兄さんと荒垣お兄ちゃんの服装を足して2で割ったら丁度いいんじゃないかな?

 

「ああでもしないとお土産受け取らないじゃん。荒垣お兄ちゃんとの付き合い方はゴリ押しが正解だもんね」

 

「好き勝手言いやがる…………まぁ、土産は悪くなかった。あんがとな」

 

 最初からそうやって素直にお土産を受け取ってくれたのなら、押し付けて逃走することなんてなかったのだ。まぁ、最終手段で泣き落としもしてやろうかと思ってたけどね。そうならなくてよかったよ。

 

「にしても……多いな。一人分じゃねぇな」

 

「寮の皆の分だよ。皆買い物の仕方あんまり上手く────結構雑なのです」

 

 一部を除いて、だけど。

 

「アキは」

 

「安売りばっかり手に取っちゃう」

 

 あとプロテイン。

 

「桐条は」

 

「金銭感覚お嬢様」

 

 予算を決めれば大丈夫なんだけどね。

 

「二年の連中は」

 

「比較的バランス良し。でもね、あれもこれもって買っちゃうのです。高校生っぽいね」

 

 買い食いして帰ってくるのはいいけど、ご飯食べられない状態で帰ってきた時は思わず天を仰いだよね。

 そんなことを考えていると、荒垣お兄ちゃんはこめかみを抑えて溜め息を吐いた。

 

「最年少のやつに買い物させて恥ずかしくねぇのかあいつら……」

 

「残念ながら僕が最年少じゃないんだよね」

 

「あん?」

 

「天田君って子が入寮する予定なんだ。知ってる? 天田乾君って子なんだけど」

 

「…………………………いや、知らねえな

 

 ……歪んだ? なんで?

 

「お前が最年少じゃなくなったのはともかくとしてだ。それでも年下のやつに買い物を全部任せるってのはどうなんだ」

 

「風花お姉ちゃんとかも手伝ってくれるよ?」

 

「メインがお前ってのがダメだろうが。……チッ、仕方ねえ」

 

 ぐい、と僕が押していたカートを奪い取るように動いた荒垣お兄ちゃんが、つかつかと今日買う予定だったものを手際よく、しかもより綺麗な状態で籠に詰め込んでいく。

 

「気は進まねぇが、事が事だ。一度説教でもしてやらねぇとな」

 

「えっと……? 荒垣お兄ちゃん、それって……」

 

「馬鹿共の説教ついでに飯でも作ってやるよ」

 

 荒垣お兄ちゃんの料理……!! ということは、僕も一緒にキッチンに立てば、前みたいに荒垣お兄ちゃんの料理教室が受けられる……てこと!?

 

「久しぶりに料理教室受けたいです!」

 

「んなことしなくてもお前は問題ねぇだろ。あくまで説教がメインで、飯はついでだ。今日だけの気まぐれだからな」

 

「うんうん! あ、今日のご飯ね、ガッツリ系にしようと思ってたんだ! トンカツとか!」

 

「はしゃぐな。他の客に迷惑だろうが。……ったく、変わらねぇな、お前は」

 

 うおお、楽しくなってきたぞ……! お祭り前にこんなに楽しいことがあるなんて、更生の道ちゃんと歩いてよかった。




荒垣先輩のお説教とか受けたくねぇ…
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