聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんと話し込んでいる

 目が覚めた聖杯です。気付いたら朝でした聖杯ですよろしくお願いします。本体の聖杯はいます聖杯ですよろしくお願いします。ところでコンクリートの地面はこんなにも柔らかいものだったかと疑ってる聖です。状況を確認したところ、路上ではなく病院っぽいです聖杯はあります、聖杯ですよろしくお願いします。

 

 白い天井、薬品の匂い、電子音、腕に突き立てられた点滴。どう考えてもここは病院です本当にありがとうございます。こうなった原因は……聖杯さんことサマエルを呼び出したことが原因だろう。メギドラなるものを放った後の記憶がないので間違いない……はず。

 

「聖杯さん、僕、どれくらい寝てたのかな」

 

『十日間といったところだな』

 

「十日かぁ」

 

 となれば……今は四月十九日か。授業の遅れを取り戻すことに躍起になるくらいには遠のいていない……と信じたい。

 

「聖杯さん」

 

『なんだ』

 

「あのお化け、誰にやられたのかな」

 

『貴様だが』

 

「そうじゃなくて……ほら、空から降ってきたでしょ?」

 

 こう、突き落とされたかのように落ちてきたお化けを相手にして、メギドラなるものを放って消し去ったわけだけど……あのお化けが誰にやられたのかという疑問が浮かんだ。

 

『他のペルソナ使いだろうな』

 

「ペルソナ使い?」

 

『誰しも心の奥底にもう一人の自分を宿している。もう一人の自分と契約を行い、心の海より、困難に立ち向かうための人格の鎧を呼び出すのだ』

 

 基本的には人型のペルソナが発現するそうで、男性であれば男性、女性であれば女性の姿を持ったペルソナが心の海なる場所から現れるのだそうだ。それらは普遍的無意識に渦巻く悪魔的原型が実体化したものであるため、悪魔やら神話の人物やらの姿を持つことが多いのだという。

 まぁ、ごちゃごちゃと難しいことを言ってきたが、つまるところ自分のもう一つの人格を引っ張り出してるって感じだそうだ。

 

「つまり……僕のもう一人の僕が聖杯さん?」

 

『いや、貴様は例外だ』

 

「あ、そうなんだ」

 

 聖杯さんが言うには、僕はペルソナ能力に目覚めることがない人間だったけど、聖杯さんが宿っていることで聖杯さんの力を少しだけ引き出して使えるんだという。聖杯さんは凄い。

 

『ペルソナが覚醒する条件も人によるが……例外を除き、大きく分けて三つだ』

 

「三つ」

 

『一つは死の恐怖を乗り越える力だ』

 

 死ぬことは怖いこと。誰だって理解している恐怖心を乗り越えることで覚醒するペルソナ使い。こちらは先天的な素質が必要だという。……死ぬことへの恐怖心を先天的素質だけで跳ね除けることができるのかはちょっと不明なところだ。

 

『二つ目は目を背けてきた自分を受け入れることだ』

 

 自分が目を背けてきた自分の側面を受け入れることで、ペルソナ能力が覚醒することもあるのだそう。こちらについては先天的な素質は不要だそうだ。

 

『最後に三つ目……理不尽に対する怒り、叛逆の精神が発露となり覚醒する────貴様は例外であるものの、このタイプに該当する』

 

 自分の中に秘められた義憤、叛逆の心、激情を爆発させることで覚醒するペルソナ使い。こちらも先天的な素質は必要ないそうだ。契約を行う際に立ってられないくらいの頭痛が伴うのは勘弁してほしい。

 

「詳しいね」

 

『ペルソナもまた人間の可能性だ。人間の願望機たる私が知らないわけがないだろう』

 

「それもそうだ」

 

 聖杯さんはずっと人間を見てきたんだし、知っていて当然か。例外というのは聞いたらヤバそうなので聞かないでおく。聖杯さんが話さないということはろくなことじゃない気がする。

 

『それと、あの夜に現れる奴らはお化けではない。シャドウだ』

 

「シャドウ……影?」

 

『人の負の感情の塊と考えておけばいい。授業を始めるぞ』

 

 そんなお化けことシャドウにも弱点があるそうだ。それはペルソナもまた同じだそうで、属性は大きく分けて斬撃、打撃、貫通、火、氷、雷、風、光、闇。そこに念動と核熱、メギドラの万能属性が含められて合計12個。まるでポケ○ン。

 弱点を突いて攻撃し続けることで、戦いを有利に進めることが可能だそうだ。……まぁ、僕が呼び出すサマエルは万能属性の技しか覚えていないから、この弱点属性云々はまだ考えなくていいみたいだけど。あと、ぶっ倒れたのはペルソナを呼び出した時に全部の精神力を使ったのに、前借するようにして精神力をつぎ込んでメギドラをぶっ放したせいなんだって。元気の前借り、良くない。

 

『最初にも言ったが、サマエルは仮の姿だ。使いこなせるようになれば、私の真の姿も顕現させることが叶うだろう』

 

「聖杯さんの真の姿って……聖杯でしょ?」

 

『それもまた私の姿だが、まだ私にはいくつか顔がある。それだけだ』

 

 聖杯さんって凄いや。

 

「ところで真の姿の名前って聞いてもいい?」

 

『まだその時ではない、とでも言っておこうか』

 

「勿体ぶるねぇ」

 

『貴様の旅路と更生は始まったばかりだからな』

 

 だから、理不尽に抗い続けるためにもちゃんと励め。そういうことだね、聖杯さん。

 ナースコールをするのも面倒だからとぼんやり天井を眺めながら聖杯さんの授業を受け続けること数十分。病室のドアが開けられて、見覚えのある人が現れた。

 

「起きていたか」

 

「あ、桐条お姉ちゃん。プロテインお兄ちゃんも一緒?」

 

「ふっ……あいつは少々怪我をしていてな。検査入院中だ」

 

 赤くて綺麗な髪を長く伸ばした気品ある雰囲気を纏っている彼女は桐条美鶴お姉ちゃん。月光館学園の高等部三年生で、生徒会長を務めている人だ。こう……まさにお嬢様って感じで、勉強も運動もできる凄い人だけどそこで満足しない向上心も持っている努力家なお姉ちゃん。プロテインお兄ちゃんこと真田お兄ちゃんとよく一緒に行動しているイメージがある。あと荒垣お兄ちゃん。最近見てないけど。

 

『聖、この女もペルソナ使いだぞ』

 

(えっ)

 

『巌戸台寮にいる人間は、ペルソナ使いで構成されていると見ていいだろうな。もしくは、その存在を知る関係者か』

 

 聖杯さんのカミングアウトに驚きつつも、僕が寝ているベッドの隣に椅子を持ってきて座った桐条お姉ちゃんに顔を向ける。最近は会ってなかったけど、元気そうで良かった。

 

「体調はどうだ?」

 

「全然元気だよ。点滴が包帯から滲んでるのが気になるけど」

 

「それを先に言わないか……」

 

 呆れてる桐条お姉ちゃんが看護師さんを呼んでくれて、すぐに点滴が繋ぎ直された。もう取ってもいいんじゃないかと思うけど、そうもいかないらしい。病院の先生曰く、僕は思いっきり頭を打って脳震盪を起こしただけではなく、疲労も溜まっていたそうだ。だから中々起きられなかったみたい。ご飯もお粥がメインだって。卵粥を所望します。

 なお出てきたのはただのお粥だった。せめて塩をください。

 

「さて……聖。君はあの夜のことを覚えているか?」

 

「夜ってあの緑色の夜のこと? 覚えてるよ。いつも寝てたけど、四月のあれは特別」

 

 聖杯さんのスパルタレッスンで修行することで、シャドウに対抗できるようにと外に出たのだ。そしたら大きなシャドウが出てきて死ぬかと思った。

 

「そうか……よく無事でいてくれた」

 

「んん……無事、無事なのかなあれ……」

 

 頭を撫でられながらあれが無事だと表現するべきなのかを考える。………………まぁ、無事判定でいいのか。

 

「あの夜を知っているのなら分かっているとは思うが……一日は24時間ではない」

 

「普通に考えたら何言ってるのお姉ちゃんってなるだけなんだよね。まぁ知ってるんだけどさ」

 

 桐条お姉ちゃん曰く、あの時間帯のことを影時間と呼び、その時間帯に到達した時点で電子器具は全て動きを止め、生き物は棺桶になる────象徴化という現象を引き起こして停止するそうだ。この時間帯に活動できるのは僕達みたいなペルソナ使いと、その適性を持っている者、あとはシャドウとか、シャドウの声? を聞いた人だけなんだって。不思議な時間だ。象徴化した場合は認識することも傷つくことも無いけど、声を聴いた人は無事にシャドウから切り抜けたとしても出来事を記憶できないそうだ。

 

(聖杯さん、あの時間帯で何かに殺されたらどうなるの?)

 

『統合性を取るために、原因を交通事故や病気などに書き換えられるのだろうな』

 

(うひぃ、つくづく怖い時間帯だね……)

 

 シャドウに食べられたら無気力症、死んだら事故や病死に書き換えられる。誰にも知られることなくいつの間にか死んでいるなんて怖いことだ。

 

「────────ということで、君には巌戸台寮に……聞いているか?」

 

 おっと、しまった。聖杯さんとの会話に集中し過ぎてぼんやりしていると思われたようだ。

 

「五分の一聞き逃しました」

 

「ふむ……まぁいいだろう。とにかく、あの時間帯に一人でいるのは危険だ。退院出来次第、巌戸台寮に入寮してもらう」

 

 中学生になったばかりなのに、生活環境が一変しそうで笑ってしまいますわよ。

 

「ところでどうして桐条お姉ちゃんがそれを説明しに来たの?」

 

「本来なら幾月理事長の役目だが……君はあまりあの人のことを好んでいないだろう? だからだよ」

 

 ああ、そういうことね。うん、それなら納得。僕も聖杯さんもあの人嫌いだもんね。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 こんにちは聖杯です。某銀色の魂を宿した侍の漫画に出てくるツッコミ役の眼鏡が本体であるように、僕の本体は聖杯です。聖杯はあります聖杯です聖杯はありますよろしくお願いします。お粥ばっかりでお腹が空いてる聖です。お腹が空いた聖杯です。聖杯はいつもありますよろしくお願いします。

 

 目覚めてから次の日。ポロニアンモールから歩いてすぐにある巌戸台分寮に入寮が決定した僕は、荷物をまとめて寮の扉の前に立っていた。あの夜、ここのすぐ近くで戦いがあったんだと思うと、ちょっと不思議な感覚だ。

 そんなことを考えながら元はホテルだったらしい寮の重厚な扉を開けて、一階のラウンジに入ると、ホテルのエントランスホールみたいな空間が僕を迎えた。うーむ、生活感の無い感じだな……キッチンも使われていそうにないし。

 

「……お腹空いた。ご飯作っていいと思う?」

 

『荷ほどきをしてからだ』

 

 僕以外の寮生はまだ学校にいるのか、僕以外に人の気配がしない。家でもいつもそんな感じだったし、この静けさは嫌いじゃない。少なくない荷物を詰め込んだ大きなリュックサックを背負って、二階の一番奥に割り当てられた部屋に入ると、備え付けのベッド、机、棚、テレビ、洗面台が僕を迎えてくれた。うーん、快適空間。

 

「あ、今週のディ○イド見てない……! 見逃したぁ……」

 

『そのうちDVDが発売する。それまで待て』

 

 くっ……フェザーマンよりもライダー派なんだ僕は。両親がそうだからそれに引っ張られている。好きなライダーは電○です。ディケ○ドもカッコいい。

 

「えーと、こっちが教科書類で、こっちが漫画とか本とかで……これが乾麺で……」

 

『非常食も持ってきているか?』

 

「防災用でまとめてるよ」

 

『ならいい』

 

 聖杯さんと会話をしながら荷ほどきを続け、整理整頓が終わった頃にはもう夕方だった。ううん……物を持ち込みすぎたかもしれない。でもなぁ……必要最低限に厳選してこれなんだよね……

 

「ううん、何だか急に眠くなってきたけど……まだダメ……」

 

『食事は忘れるな』

 

「分かってるよ……」

 

 持ち込んだ乾麺を抱えて一階に降りて、手が付けられていないキッチンを占拠する。ここを僕の縄張りとする。ここをキャンプ地とする。育ち盛りの僕にとって三食どれかを抜くのは本当に辛いのだ。冷蔵庫を確認……賞味期限間近の卵と鶏肉を発見! 

 

「賞味期限ぎりぎりの牛乳も発見! あとネギ!」

 

『卵焼きだ。お好み焼き風にしてしまえ』

 

「了解しました!」

 

『鶏肉も、卵の量も多い。蕎麦はやめて揚げ物にしろ』

 

 戸棚から小麦粉とパン粉を発見! あ、この炊飯器いいやつだ。風花お姉ちゃんが力説してた。これで炊くことで凄くふっくら仕上がるんだって。気になるから炊こう。米なくば、炊いてしまえホトトギス。外食ばかりだと栄養が偏るし、大人になってからの軍資金が減るからと聖杯さんの指導の下で培ってきた調理技術を見せる時だ。

 

 叩いて伸ばした鶏肉に卵と小麦粉とパン粉をまぶして油に放り込んでいく。この間に……変色し始めていたじゃがいもの緑色の部分を全て取り除いて茹でる……!! やはりマッシュ……マッシュポテトは全てを解決してくれる……あ、味噌汁はさすがに無理なのでインスタント。口惜しや。

 

『聖、分かっているな?』

 

「うん、二度揚げだね」

 

『そうだ。手間を惜しむな……惜しんだ分だけクオリティが下がると思え』

 

「不肖聖、料理に手は抜かないであります」

 

『手を抜くところは抜いていけ』

 

「効率化」

 

『そうだ。家事はどれだけ楽をするかだ』

 

 適度にサボって適度に手を抜かずに行動する……それこそが家事の秘奥なのだという。本当なのだろうか? 

 

 

 

 

我は汝……、汝は我……

汝、家事の道を見出したり……

 

汝、“家事”を行いし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん……

 

 

 

 

「なんか聞こえた!?」

 

『気のせいだろう』

 

 いや本当に何か聞こえたよ今!? え、何? 何なの今の声? ……誰? 誰の声なの? …………誰? ねぇ……!! 誰!? 誰なの? 怖いよぉッ!! 

 

「ただいまー……って、何だか揚げ物のいい匂いが────あれ!?」

 

「あ、本当だ。疲れた体には毒な香ばしい匂いが……って、聖君?」

 

 脳が震えそうになりながら揚げ物とポテトサラダを並行して作っていると、見覚えのあるお姉さんが寮に入ってきた。

 

「あ、前のお姉さんに岳羽お姉ちゃん。おかえり。ご飯できるから手洗ってきて」

 

 今日は久しぶりに賑やかな夕飯になりそう。




慈母神七歩手前の主夫力の前に女子の胃袋は敗北するのだ。これも聖杯さんが悪い。
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