聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんが祭囃子してる

 最近、海で長い棘を持ったウニを見るようになった聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。調べてみたらガンガゼっていう毒を持っているウニだそうです聖です。聖杯が本体です。本体の聖杯はありますよろしくお願いします。漁師さんに聞いたら、食べられるけど、あんまり美味しくないと聞いてちょっとだけ残念な気持ちになりました聖杯ですよろしくお願いします。でも釣りが趣味の人達がクロダイ? ブダイ? だかの餌として使うそうです。釣りは田舎の川でしかしたことありません聖です。聖杯はありますよろしくお願いします。

 

 巌戸台の夏祭りが始まる8月16日。いつも通りの時間に起きて朝ご飯を作っていた僕は、久しぶりの料理教室の帰り際に荒垣お兄ちゃんが言っていたことを思い出していた。

 

「危なっかしいペルソナって、どういうことなのかな?」

 

 夏紀お姉ちゃんが先に帰って、その後に荒垣お兄ちゃんが帰ったんだけど、その時に皆が荒垣お兄ちゃんのことを引き留めた。真田お兄ちゃんと桐条お姉ちゃんが太鼓判を押すくらい凄く強力なペルソナ使いなら、是非とも協力してほしいということで。なお、コロマルは胃袋を掴まれたという意味で引き留めていた気がしないでもない。かく言う僕も料理教室を定期開催してほしいという意味あいで引き留めたけど。

 

 そんな僕達のお願いに対して、荒垣お兄ちゃんは自分が戻ったところで役には立たないし、それどころかペルソナが危なっかしいせいで迷惑をかけてしまうと言って拒絶してしまった。自分のことを抑え込んでいるせいで危なっかしいペルソナになっているんじゃないのかな、それ。荒垣お兄ちゃんって、変に大人になろうとするというか、自分が背負うんだって感じで抱え込み続けるからね。路地裏の溜まり場で話ができる人達が荒垣お兄ちゃんの背中をカッコいいって思っているのは、腕っぷしだけじゃなくて、そういう性格も起因してる気がする。

 

『ペルソナが本人以上に強大だということは稀にある。ゆえに、制御から離れて暴走してしまう可能性も、無きにしも非ずだ。だからこそ、抑えつけるための何かがある』

 

(だからって抑えつけたらもっと暴れようとするんじゃないの? ペルソナって、もう一人の自分なんでしょ?)

 

『そういう見方もあるか。だが、手っ取り早く制御を安定させる方法があれば、飛びつくのが人間というものだ』

 

 そう言われてしまうと確かに、となってしまう。僕もゲームの裏技とか、そういう楽してゴールに近付く方法があったらちょっと試してみたいと思っちゃうもん。

 

『しかしペルソナの抑制など、リスクがあるはず……ふむ。聖よ』

 

(何?)

 

『荒垣真次郎の体温はどうなっていた』

 

(へ?)

 

 荒垣お兄ちゃんの体温……昨日、洗い物とかで手に触れたことがあったけど………………あれ? 洗い物にお湯を使ってたのに、凄く冷たかった気がする。あんなに厚着をしているのに、凄く冷たくて、氷みたいって思ったというか……あの厚着でそんなことある?

 

『あの厚着で、体温が恐ろしく低いなど、あり得んことだ。冷え性であっても、だ』

 

(だよね?)

 

『いつからあの姿だったか、記憶しているか?』

 

(確か……二年前?)

 

 あの時は極度の冷え性かな? って思ったけど、違ったかもしれない。あの時にはもう、自分のことを抑えつけて、ああなっていたのかも。……今思えば、あの頃から荒垣お兄ちゃんは冷たいものを飲み食いしなくなった。冷たいものを食べると、さらに体を冷やしちゃうから?

 

『ペルソナを抑えつけることで体温調整ができなくなっているのかもしれん。危ういな』

 

(危ういってレベルじゃないよね? どうにかできるものかな?)

 

『体温調整ができなくなっているのであれば、体温を高める食生活や生活に切り替えれば、しばらくは持つかもしれんな』

 

「始めよう温活……って、こと?」

 

 本格的な治療をすることはできないけど、それをやれば荒垣お兄ちゃんが健康になる可能性が高まるかもしれない。となれば、ますます荒垣お兄ちゃんを巌戸台寮に引き込む理由ができてしまった。どうすればここに住んでくれるかな? ペルソナは使わなくてもいいから、ここに住んでもらうためには……やはり寮監?

 

「ううん…………ん?」

 

 そろそろ皆が起きてくる時間なので朝ご飯を盛りつけながら頭を悩ませていると、電話が鳴った。こんな時間に電話してくる知り合いは、間違いなくベルベットルームの人達。

 

「もしもし?」

 

『相も変わらず早起きだな、虜囚!』

 

『おはようございます、ジュスティーヌです。規則正しい生活をしているようですね、虜囚』

 

「うん、おはようなんだけど、虜囚はやめて?」

 

『私達にかすり傷程度しか与えられん貴様はまだ虜囚だ!』

 

 言い方酷くない? いやまぁ、事実なんだけどさ。しかもそのかすり傷だって、メギドラの直撃だったり、テウルギア命中での話だし。どれだけ強いんだ、ベルベットルームの人達。イゴールさんなんて、ボロボロになったベルベットルームの空間を指パッチン一つで直してたし、姿が見えないけどピアノを弾いてる人は余波を喰らっても無傷だし、歌を歌っているベラドンナさんに飛んでいったテウルギアの流れ弾はよく分からない障壁で弾かれるし、マーガレットさんは後ろから突然見たこともない火力のジオを叩き込んでくるし。あれは本当にジオ?

 

『あれはジオダインだ。ガルダインも混ざっていたが』

 

(……酷くない?)

 

『それだけのポテンシャルを貴様に見出したというだけだろう』

 

 そうかな……そうかも……どうだろう?

 

『さて本題ですが、本日は夏祭り、なるものがあるそうですね』

 

「あ、うん。あるよ、夏祭り」

 

『では、そちらを案内していただけますか?』

 

『今月の依頼、その一つがこれだ』

 

 あ、それでもいいんだ、依頼って。でも夏祭りの案内かあ……案内するようなものかな、夏祭りって。好きに見て回るのが楽しいものじゃないかな、お祭りって。……まぁ、いいか。

 

「いいよ。待ち合わせ時間どうしようか?」

 

『では、17時頃に合流しましょう』

 

「その時間にはお祭りは始まっているけど……早いね?」

 

『貴様にも付き合いというものがあるだろう。気遣いに感謝しろ!』

 

 いつもの不敵な笑みを浮かべているであろうカロリーヌがそう言った直後。

 

『こうは言っていますが、あーでもない、こうでもないと時間について悩んでいました。見栄っ張りの気にしいなので』

 

『おいジュスティーヌ、余計なことを言うんじゃない!』

 

 ジュスティーヌによってカロリーヌが本当に色々考えて気遣いをしてくれたことを暴露してきた。何だかんだでベルベットルームで戦った後、僕のこと回復してくれるのもカロリーヌがメインだしね。何となく分かっていたけど、カロリーヌは言い方が強いだけで凄く優しい人だと思う。

 

『ククク……あれが優しいと思えるならば、やつは相当猫を被っているな』

 

『『それをあなたが言いますか?』』

 

「!?」

 

 え、今の声誰? カロリーヌとジュスティーヌ?

 

『というわけで、本日の17時にいつもの場所でお待ちしております』

 

『遅刻するなよ、虜囚!』

 

 プツンと通話が切れた音が聞えた後、ツー、ツー、と携帯が鳴る。今日の予定が決まった。いや、元々皆で夏祭りに行くことは決まってはいたから、その予定の前にも予定が入ったと言うべきなのかな?

 

「はよーっと、オレが一番乗り?」

 

「おはよう、伊織お兄ちゃん。ご飯できてるよ」

 

「お、今日は何か変わったのがあるな……なんだこれ、パン?」

 

「フォカッチャって言うんだって」

 

 昨日、夜中にゴソゴソと生地を捏ねて作ったけど、意外と簡単だった。初心者ならパンを作るよりもフォカッチャを作る方が簡単なんじゃないかな? 加水率の高いピザ生地って感じで触ってて面白いし。

 

「そんでもってコーヒーっていう超シャレオツな朝食だよな……っと、聖ちょっと聞いてもいいか?」

 

 配膳するのを手伝ってくれている伊織お兄ちゃんが僕に質問を投げかけてきた。

 

「ん、なぁに?」

 

「柄じゃないってのは分かってるんだけどさ……芸術って、どこを見ればいいんだ?」

 

「むむむ、難しいこと聞くね」

 

 伊織お兄ちゃんの表情はいつも通りだけど、声にちょっと真剣さがある。何か芸術に触れて、思うところがあったのかな?

 

「うーん……芸術って、僕もあんまり分かってないからあれだけど……どんなものかによるよね。色々あるじゃん」

 

「えーっとだな……こう、なんかよく分からないけど、ぐちゃぐちゃなんだけど、何か伝わってくるっていう感じのやつを見てさ、ちょっと気になったんだよ」

 

「ぐちゃぐちゃで、伝わって…………あ、抽象画のこと?」

 

「あ、それかもしんねぇ」

 

 抽象画かぁ……聖杯さんから感性を育むのも更生の一環だって言われて見たことはあるけど、どこをどう見ればいいのか分からなくて首を傾げた記憶しかないや。

 

「ううん……分からないけど、やっぱり、見た時に感じたこととか、視覚情報で楽しむものじゃないかなぁ」

 

「……確かにインパクトあったな」

 

「美術館とか行ってきたの?」

 

「ああいや……ちょっとポートランド駅で、そういうのを描いてる子に会ってさ」

 

 へぇ……芸術家を目指してる人なのかな、その人。抽象画って表現も難しいものだから────そもそも絵を描くって難しいけど────描けるのが凄いって思う。

 

「その子はただの落書きって言ってたんだけどさ、なーんか気になっちゃってよ」

 

「そっか。じゃあやっぱり、自分が感じたことをちゃんと伝えるのがいいんじゃないかな?」

 

 やっぱり、自分が作ったものに対して感想を貰えるのは嬉しいことだと思うし。そう言うと伊織お兄ちゃんは少し考えてから、いつものように笑う。

 

「そうしてみるわ。ありがとな、聖! なんかスッキリしたわ」

 

「うん」

 

「でさ、話は変わるんだけど夏祭り、皆で行かねぇかって思ってるんだけど、どうよ?」

 

 皆で浴衣着てさ、と提案してくる伊織お兄ちゃん。やっぱりイベントを考えたりするのが上手いよね。前にあんまり服を買わない真田お兄ちゃんも連れて、お姉ちゃん達に頭を下げて浴衣買いに行ってたのは、この時のためだったみたい。ついでにいくつかコーディネートされたみたいだけど。

 

 僕? その時は、最近信用できるフードライターとしてネットで少しずつ話題になっているらしいグルメキング? なるものになった末光お兄ちゃんと新しくできたご飯屋さんに行ってた。ご飯屋さんというか、スイーツバイキング系のケーキ屋さんだったけど、エクレア美味しかった。帰りに皆と会って、皆からズルいって言われたけど、末光お兄ちゃんと仲良くなった僕の特権なのです。今度は皆で行こうね。

 

「あ、うん。それはいいんだけど、僕はちょっと早めに出るよ」

 

「お? なんか予定あんの?」

 

「うん。友達と少し回るつもり」

 

 カロリーヌとジュスティーヌを友達って呼んでいいのか分からないけど、多分こういう伝え方で大丈夫だと思う。

 

「なら、その後合流って感じになりそうだな。どうする? 会場で合流するか? それか一回寮に戻ってくるか?」

 

「んー……お祭りの会場で合流にしよ」

 

「あいよ。へへ、皆で祭り行くって、なんか青春って感じがすんな!」

 

「そうだね」

 

 皆で集まって何かする、っていうのはいつもやっていることだけど、こういう何でもない平和なイベントに皆で参加するというのは屋久島旅行以来だから楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

「ほう、中々賑わっているな」

 

「ええ、予想以上の人込みですね」

 

 夕方の17時。強い日差しもなくて過ごしやすい時間帯、提灯でぼんやりとした光が包み込むお祭りの会場にて、カロリーヌとジュスティーヌを連れた僕はどこから案内しようかと考えていた。

 ベルベットルームの人達って、聖杯さんが言っていた通りちょっと世間離れしているというか、僕達とはまた違った感性をしているから、気になる部分が違っているかもしれない。どうしようかな……

 

「それにしても、ここに来るまでに見た通行人や虜囚もそうだが、変わった服を着ているな」

 

 カロリーヌが最初に気になったのは、僕やお祭りの会場にいる人達が着ている服だったようだ。確かに、現代社会だとあんまり見ない服だから気になるよね。

 

「浴衣って言って、夏の伝統的な服だよ」

 

「浴衣……随分緩くまとまっているようですが、無防備極まりない服装ですね」

 

「それに、履物も小石で怪我をしそうなものだな」

 

「案外とそうならないんだよね。慣れるまではちょっと大変だけど」

 

 言われてみれば浴衣っていつも着ている洋服と比べてみるとこう……防御力が低いというか、無防備というか……風通しがいい作りになっているせいなのかスース―するのが結構違和感。僕は田舎のお祭りなんかでも着ていたから気にならないけど……普段着にするにはちょっとあれかも?

 

『そもそも浴衣は風呂上りに着る部屋着だ。外出用として親しまれるようになったのは随分最近の話だ』

 

「あ、そうなんだ」

 

「文化の推移、というものですか」

 

「だからこそ、女物は中々趣向を凝らしたものが多いわけだな」

 

 あ、ベルベットルームの中じゃなくてもやっぱり聖杯さんの声が聞こえるんだね、カロリーヌとジュスティーヌって。

 

「ふむ……私達も浴衣を着るべきだったでしょうか?」

 

「それは……どう、なんだ?」

 

「うーん……まぁ、気分を味わうなら浴衣、ありかもね」

 

 最近は浴衣のレンタルなんかもあるから、浴衣を持っていないのならそういうのを利用すればいいし。ああでも、ベルベットルームの人達ならすぐに用意できそうだね。……もしカロリーヌとジュスティーヌが浴衣を着るとしたら、あれかな? ベルベットルームの人達の青い浴衣にとかんざしと……あ、あと団扇。そんな感じになりそうだね。

 

「では来年、機会があれば浴衣を着てみましょう」

 

「ああ、そうだな。来年があればそうしよう。虜囚、その時も案内は任せるぞ」

 

「ん、分かった。……じゃ、そろそろ何か食べよっか」

 

 何食べる? とカロリーヌとジュスティーヌに問いかけると、二人は周囲を見渡して、ほとんど同時に同じ場所を指さした。

 

「では、まずはあれを」

 

「虜囚、あれはなんだ?」

 

「えーっと……あれは確か……飴屋だね」

 

 二人が指を差した方向にある屋台にあるのは、飴でコーティングされてツヤツヤとした光沢を放っている果物飴の姿が。

 

「飴? ドロップ缶に入っているあれか?」

 

「んーん。まぁ、食べれば分かるよ。おじさん、りんご飴二つください!」

 

「お、聖君じゃねぇか! そっちは友達かい?」

 

 りんご飴を作っている最中の果物飴屋台の店主であり、普段は八百屋さんをしているおじさんが気持ちのいい笑顔を浮かべて問いかけてくる。

 

「うん。こっちに遊びに来てるから、せっかくだしってことで」

 

「へぇ、そうかい! ならうんと楽しんでいきな! ほれ、りんご飴」

 

 お金を手渡して、りんご飴を二つ貰う。……あれ? 三つ入ってる。

 

「いつも御贔屓にしてくれてるからな、サービスだ!」

 

「ありがとう!」

 

 なんか凄くラッキー。小さいりんご────姫りんごだっけ? それを飴でコーティングしたりんご飴は、提灯の明かりで宝石のように輝いていた。

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

「ほう、中々────って、存外硬いな」

 

「思いっきり齧ると割れるよ」

 

 バキッ、と飴のコーティングが砕けてべっこう飴のように甘くて香ばしい香りと、姫りんごの強い酸味が舌の上で弾ける。八百屋さんの野菜や果物はいつも美味しいけど、お祭りの雰囲気も相まってもっと美味しく感じる。

 

「お祭りの時にしか食べないから特別感があって美味しいんだよね」

 

「祭日にのみ食される、趣向を凝らした甘い菓子、ということですね」

 

「砂糖でコーティングすることで保存性も高めているわけだな。中々理に適っているじゃないか」

 

 ガリガリ、シャクシャク、とりんご飴を食べ進めていく二人。なんだか僕達とは違った観点から物事を見ている。方向性は違うけど、アイギスお姉ちゃんに色々お話している時みたい。

 

「さて、次だ虜囚! あれはなんだ?」

 

「あれは焼きそばだね」

 

「焼きそば……前に食べた蕎麦を焼いているのですか?」

 

「ううん。焼きそばは中華麺だよ。中華そばってあるでしょ? あれを焼いてるんだ」

 

 鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てて焼き上がる焼きそばは、醤油の香りが食欲をそそる香りを放っている。もやしやキャベツが入っているのに、水っぽくならないのには何か秘密があるのだろうか?

 

「では次はあれを食べるぞ!」

 

「その後はどうしましょうか……全て食べてみたいですが、それは無粋というものです」

 

 全部食べられるくらいお腹に余裕あるんだ……凄いなぁ、ベルベットルームの人達。外見は僕達人間そっくりなのに、本当に別の存在なんだ。……いや、この子達が健啖家なだけであって、他の人達は違うという可能性がある。

 

「言っておくがな、虜囚。エリザベス姉様はもっと食うぞ」

 

「へ?」

 

「その気になればポロニアンモールの飲食店を全てはしごできるくらいの胃袋の持ち主ですから」

 

「ええ……ということはテオドアさんっていう人も?」

 

「「あれは優秀な防波堤」」

 

「あ、そうなんだ……」

 

 なんか、大変なんだなってことがよくよく理解できたよ……テオドアさん、会ったことはないけど話す機会があったらコーヒーくらいは差し入れしておこうかな。

 

 そんなベルベットルームの人達の話を聞きながら、カロリーヌとジュスティーヌが気になった場所を巡っていく。焼きそばを食べながら型抜きをしてみたり、たこ焼きを食べながらくじ引きをしてみたり……うん、なんか食べてばっかりだねこの二人。

 

 

 

「まぁ、こんなものだろう! 虜囚、今日はご苦労だったな!」

 

「ご案内、ありがとうございました。依頼の遂行、お疲れ様です」

 

 ベルベットルームの人達って普段ご飯食べたりするのかなとか、変なことを考えつつ案内を続けること大体一時間。十分堪能したのか、カロリーヌとジュスティーヌは満足気に笑って依頼達成を伝えてきた。手にはお土産の綿飴とくじ引きの景品。凄い満喫したねぇ、二人共。

 

「帰るまでがお祭りだし、帰りまで送るよ」

 

「ワイルドを含めた皆様との交流もあるのでは?」

 

「あるけど、それはそれ。女の子だけで帰らせちゃいけないっておじいちゃんが言ってた」

 

「殊勝な心掛けじゃないか。更生の道を進んでいるだけあるな!」

 

 というわけで延長戦です。夏祭りの会場となっている神社の長い階段を、人込みを掻き分けるようにして下りていく。これからがお祭りのピーク時間だからなのか、凄い人込みだ。カロリーヌとジュスティーヌが逸れないか心配しそうになるけど、普通についてきてるのが分かる。

 

「……ふぅ、凄い人だかりだった……」

 

 人込みを抜けて、階段を下りきると人込み特有の熱気から解放された。風が吹いていることもあって、汗ばんでいてもあまり気にならない。でもちゃんと汗を拭かないと後々の洗濯とかで苦労するのは僕なのです。

 

「おーい! 聖君!」

 

「? あ、汐見お姉ちゃん」

 

 言い方はあれだけど、ぞろぞろと、集団で神社にやってきた一団の影が僕達に近付いてくる。汐見お姉ちゃんを含めた巌戸台寮に住んでいる皆だ。全員が自分で選んだ浴衣を着ている。花柄、伝統的な模様、色も様々でお祭りって感じ。

 

「順平から友達と一緒って聞いてたんだけど……もう帰っちゃった?」

 

「え?」

 

 振り向くとカロリーヌとジュスティーヌはそこにはおらず、僕の手にはくじ引きで引いた万華鏡があるだけ。いつの間に帰ったんだろう、あの二人。

 

「ああ、うん。なんか、用事があるんだって」

 

「そっかぁ。会ってみたかったけど、残念」

 

 多分、その気になれば汐見お姉ちゃんは会えると思うよ、なんてことは心の中に留めておきつつ、皆のことを見て一言。

 

「皆凄く似合ってるね」

 

「ちょっとスース―して気になるけどな……」

 

「何度か着てれば慣れるよ」

 

 毎年着ていれば、嫌でも慣れると思う。……あれ、そういえば。

 

「風花お姉ちゃんの浴衣、去年と違うね?」

 

「うん。と言っても、染め直ししてもらっただけなんだけどね」

 

 僕の記憶が正しければ、風花お姉ちゃんの浴衣は去年まで濃い青色の浴衣だったはず。だが、今年は薄い緑に花の柄が入った浴衣となっていた。去年までの浴衣も似合っていたけど、今年の浴衣も凄く似合っている。夏紀お姉ちゃんがいればそう言っていると思う。

 

「んじゃ、そろそろ行こうぜ! 時間は有限ってな!」

 

「あんまりはしゃぎすぎないでよね、順平。……まぁ、こういうのも悪くないけどさ」

 

「なるほど、タイムアタック、というやつですね」

 

 伊織お兄ちゃんが言う通り、お祭りの時間は有限だ。アイギスお姉ちゃんの言うタイムアタックとは違うけど、時間一杯楽しむのがお祭りのルールである。カロリーヌとジュスティーヌに案内をした時に一通り回ったけど、皆でお祭りを楽しむのはまた違った楽しさというものがあるのだ。




来年も皆で行けますように。
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