夏休みもそろそろ終わる頃、まだまだ日差しが強くて日焼け止めが手放せない聖杯です。本体の聖杯はありますよろしくお願いします。こうも暑いと冷たい料理が増えそうですが、部屋を涼しく保って温かい料理を出して体を必要以上に冷やさないように頑張っています聖です。聖杯が本体です聖杯はありますよろしくお願いします。
夏休み後半の8月24日の夕方。僕は速達便で田舎に送った手紙について書かれたおじいちゃんとおばあちゃんの返事の手紙を読んでいた。陸軍の地下施設があった場所に置いてあったボロボロの手紙は封筒が頑丈だったからか、中身は綺麗に残っていたらしい。
「……やっぱりご先祖様宛てだったんだ」
『貴様の先祖……曾祖父の代か?』
(うん)
おじいちゃんとおばあちゃんから送られてきた手紙曰く、大正時代に生まれたご先祖様宛てに書かれた手紙だったそうだ。内容はその人への感謝とか、伝えそびれたこととか、戦争に対する自分の思いとか……そういうもの。本当に、他愛のない、ただの思い出話だったりが綴られていたそうだ。帰ってきたらお酒を一緒に呑もうとか、そういうことも書いてあったみたい。
(……なんか、悲しいね)
『それが戦争だ。命を容易く消し去る、エゴとエゴの激突。どれだけの血を流しても終わらぬこともある戦いだ』
とても悲しいことだと思う。戦争から帰ったらしたいこと、なりたいもの、たくさんの願いがあったと思うから。そもそも戦争がなければ失われなかった命もたくさんあると思うから。……だからこそ、戦争を経験した人達が平和を訴え続けているんだけど。
『しかし、葛葉ライドウ、だったか』
(うん。僕のご先祖様の名前なんだって)
大正時代の探偵見習いとして書生をしていて、その後名探偵となって色んな事件を解決に導いた────なんて凄い人らしい。手紙を書いた人も、僕のご先祖様に助けてもらった人みたいで、ライドウ先生ありがとう、みたいなことを書いていたらしい。ちなみに猫を飼ってたみたい。田舎のおじいちゃんとおばあちゃんの家にいる猫と同じ黒い猫だそうだ。
『葛葉……どこかで聞いた名だが、どこだったか……』
(聖杯さんの知り合いだったりするの?)
『いや、私は会ったことがない。ベルベットルームの住人なら面識があるやもしれんがな』
なんでも知っている聖杯さんだけど、交友関係がどんなものかは分からない。ベルベットルームの人達とは知り合いみたいだから、もしかしたらベルベットルームに入れる人達とも交流があったのかもしれない。その中に僕のご先祖様がいた、ということもあり得たりするかも?
(そもそもベルベットルームって僕と汐見お姉ちゃん以外で入ったことある人いるの?)
『無論だ。ベラドンナとナナシにでも聞いてみるがいい』
(ナナシ?)
『グランドピアノを弾いている存在だ。貴様の問いかけであれば喜んで答えてくれるはずだ』
独りでにピアノが動いているとは思っていたけど、人がいたらしい。ナナシさんっていう人がピアノを弾いているんだね……お話できるのかは分からないけど、話ができるなら話を聞いてみようかな。
「あ、聖君」
「ん、汐見お姉ちゃん。どうかしたの? 夕ご飯はまだだよ」
「あ、私のこと食いしん坊キャラだと思ってる?」
「うん」
「即答!?」
だっておかわり最低三回はするじゃん、汐見お姉ちゃん。隣でご飯食べてる岳羽お姉ちゃんの「なんで太らないんだろ」って呟きをお忘れか。でもね岳羽お姉ちゃん。正直なところ、巌戸台寮のお姉ちゃん達は細すぎるのでもっと食べるべきだと僕は思います。中学生一年生の僕が簡単に持ち上げられるくらいって、軽すぎると思います。
「何読んでたの?」
「おじいちゃんとおばあちゃんからの手紙だよ」
「あ、前に野菜送ってくれた人?」
「うん」
汐見お姉ちゃんは手紙の内容が気になるわけではなく、僕が何を読んでいたのかだけが気になっていただけのようで、いそいそと脇に抱えていた教科書とノートをテーブルに広げ始めた。部屋で勉強するのに飽きちゃったのかな。
「コーヒー飲む?」
「飲む! 甘めでお願いね!」
汐見お姉ちゃんのコーヒーの好みは甘めで、ミルクなし。ミルクを追加することでどっしりとしちゃうのが嫌なんだって。
「でも、いいなぁって思っちゃうな」
コーヒー豆をゴリゴリ削っていると、汐見お姉ちゃんが呟いた。
「何が?」
「おじいちゃんとおばあちゃんのこと。私、そういうのに縁がないから」
「そうなんだ?」
「うん。私、ここに来るまで親戚の家をたらい回しにされてたからね」
突然放り込まれたお話にコーヒーミルを落としそうになった。危ない危ない……これも少々背伸びして買ったものだから壊したりしたら一大事だったよ。それにしても、汐見お姉ちゃんって結構苦学生な人なの……?
暇な時はバイトをして、勉強は常に上位を維持して、交友関係を増やしてってやっているのをよく見るけど、もしかして、将来一人で生きるしかないから色々準備しているってこと……なのかな。
「あ、全然辛いとかは思ったことないよ! 皆、優しかったし!」
汐見お姉ちゃんは笑っているけど、言葉は歪んでいる。嘘にも色々な質があるみたいで、幾月理事長の言葉みたいに黒板を引っ掻いた時や、金属が強く擦れる音みたいな気持ち悪い歪み方をするものもあれば、荒垣お兄ちゃんや汐見お姉ちゃんの言葉みたいに、水の中で声を出している時のような歪み方をする時もある。
どういうものなのかはっきりとは分からないけれど、荒垣お兄ちゃんや汐見お姉ちゃんの嘘は、誰かを傷付けるための嘘ではないのは確かだ。代わりに、自分のことを傷付けている気がするけれど。
ううん、ここで僕が何を言っても持っている人の言葉だから、汐見お姉ちゃんには響かない気がする。僕は色んな人達に恵まれている側の人間だ。お父さんとお母さんがいて、近所の人がいて、仲がいい友達がいて、カッコいいお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、聖杯さんがいる。無くしちゃった人に響くような言葉を言える気がしないや。かと言って、この話を打ち切る話題があるとは言えない。……そういえば。
「汐見お姉ちゃんは学校卒業したらどうするの?」
「え? うーん、就職かな? 大学はちょっと難しい気がするし」
成績が、っていう意味ではなく、親戚の家をたらい回しにされていたから、ということなのかな?
「なら桐条お姉ちゃんにお願いしてみたら?」
「美鶴先輩に?」
「うん。タルタロスと影時間を消すことに成功したら、その報酬に大学進学の手伝いしてほしいって」
それくらいの我が儘なら聞いてくれると思うんだよね。タルタロスと影時間の消滅が昔大人がやらかしたことの尻拭いだってことなら、その報酬くらいは用意してくれると思う。もちろん裏口入学みたいなことはさせないだろうけど、大学進学の費用を一部負担とかはしてくれる……気がする。
「ううん……そうかなぁ……」
「できると思うよ? ……とはいえ、もう少し時間がある話だから、色々考えた方がいいんじゃないかな?」
「…………そう、だね」
まぁ、まだ汐見お姉ちゃんは二年生だからもっと時間をかけて色々と考えるのがいいかもね。僕もまだまだ進路が決まってないし。とりあえず大学は行っておきたいなって考えてはいるけど、しっかりとした進路は全く。
「あ、話は変わるんだけど、天田君、9月に入寮するって」
「そうなんだ。どんなペルソナなのかな?」
『ギリシャ神話に関するペルソナなのは間違いないだろうな。この寮の人間は貴様以外そうだ』
前にも皆で話をしたことがあるけれど、オルフェウス、ヘルメス、イオ、ルキア、ペンテシレア、ポリデュークス、ケルベロス、パラディオン……全員ペルソナがギリシャ神話に関する名前だ。天田君はどんなペルソナなのかな? 最初に話をした時は特撮が子供っぽいからと言って興味なさげにしてたけど、結局ハマっていたし、ヒーロー系のペルソナだったりして。ペルセウスとか、アキレウスとか。……案外バイクみたいなペルソナだったりしてね。
『バイク型のペルソナか。やろうと思えば作れるが、どうする』
(うーん……いいや。フェルグスでも結構振り回されてるし。魔弾の射手のこともあるしさ)
『ふむ……いいだろう。使いこなしてみせろ』
実際、フェルグスは凄く強力なペルソナだ。物理特化型────魔弾の射手のマックスとは違うタイプの物理特化ペルソナで、しかも凄く頑丈。さらに前回のシャドウ撃破時に取り込んだリソースで月の満ち欠けで威力が上下する残影と月影っていうスキルを獲得している。ベルベットルームでカロリーヌとジュスティーヌと戦った際に使ったけど、とんでもない威力だった。その分負担も凄くて、息切れも早いが。聖杯さんがそのうちアッパー調整をかけてくれるらしい。アッパー調整って何?
「天田君も加入するとなると、考えること増えるね」
「と言うと?」
「手札が増えるってことは、その分考えることが増えるでしょ?」
だからこそ、タルタロス探索でも4~5人体制で動いているのだ。大人数で動くのが悪いわけじゃないし、風花お姉ちゃんがバックアップをしているからやれなくはないけど、主な指示を出しているのは汐見お姉ちゃん。5人を超えて動くと考えることも増えるし、立ち位置を意識しないと渋滞事故を起こしかねない。人が増えると戦略の幅は広がるけど、誰と誰を組み合わせてどういう連携をするかを考えないといけなくなってくる。難しいところだよね。
「リーダーだからって全部丸投げするわけじゃないけど、頑張ってね」
「うがあああ……全部ミックスレイドでゴリ押しできたらいいのになぁ……」
「それができたら苦労しないけどね」
頭を抱えて突っ伏した汐見お姉ちゃんの横にコーヒーを置きつつ、自分用に淹れたアイスコーヒーを飲む。
ちなみにミックスレイドというのは、汐見お姉ちゃんが複数のペルソナを使って行う必殺技みたいなものだ。僕達で言うところのテウルギアに相当するものなんだけど、数が豊富。攻撃からサポートまで揃っており、一人で何役熟せるんだろうと気になることがたまにある。
「聖君もミックスレイドできないの? ペルソナ三体もいるのに」
「無理じゃない? 僕のペルソナ、出自がバラバラじゃん」
「……確かに」
サマエル、魔弾の射手ことマックス、アガーテ、ザミエル、フェルグス……作ったのは聖杯さんだけど、共通点が全く存在しないペルソナ達では多分ミックスレイドは使えないと思う。
「仮にできたとしても、テウルギアで良くない? ってなりそうだし」
「言われてみれば……」
魔弾の射手なんてミックスレイドしたら何が飛び出すか分からないの典型例でしょ。使ってる僕でも制御できてないどころか、聖杯さん自身がランダム設定しているペルソナがミックスレイドしたら本当に誰が出てくるのさ。
聖杯なんてもんが入ってる人間の血筋がおかしくないわけないだろ