聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんがケジメを見てる

 伊織お兄ちゃんが忘れていた宿題がギリギリ終わった始業式の翌日、お休み気分が抜けない皆と話をしたりしている聖杯です。聖杯が本体です本体の聖杯はありますよろしくお願いします。簡単に終わる宿題だからこそ忘れていたらしいというのがちょっと抜けてると思ってしまった聖です。全身全霊で聖杯はありますよろしくお願いします。

 

 夏休み最終週、月光館学園初等部の天田乾君が加入したことでタルタロス探索がさらに加速していく気がしてならない今日この頃。高等部にアイギスお姉ちゃんが編入することになった。これはアイギスお姉ちゃん本人の希望と、幾月理事長の提案があってのことだけど……ちょっと気になっていることがある。どうしてアイギスお姉ちゃんの編入を幾月理事長が許可したのか、ということだ。

 

「どう思う、天田君」

 

「何がですか……? 主語が無いんですけど」

 

「あ、ごめん。アイギスお姉ちゃんのこと」

 

「……ああ、そういうことですか」

 

 中等部と初等部は午前授業だったので、僕と天田君は早めに寮に戻ってきている。コロマルは神主さんのところに行っているから今はいないので、二人でお昼ご飯を食べているところだ。

 

「確かに不思議ですよね。機密の中の機密みたいなアイギスさんをどうして幾月理事長は学園に……?」

 

「そう、それ。アイギスお姉ちゃんが学園に行くのが悪いってわけじゃないけど、変だなって思って」

 

 お昼ご飯のカレーを食べながら、アイギスお姉ちゃんが学園に行くことをどうして許可したのかと首をかしげてみる僕達。アイギスお姉ちゃんは学園で冬服を着ているからロボットみたいな体だということがバレていないけど、万が一があればすぐにバレてしまう。年がら年中長袖……なんて絶対に怪しまれてしまうだろう。

 

 いや、それ以上にアイギスお姉ちゃんの会話の引き出しとか色々足りないところが多い。授業中とかテスト中はデータベースにアクセスすることを禁止されるらしくて、どこかでボロが出る可能性が高すぎる。汐見お姉ちゃん達と同じクラスらしいけど、いつも皆がフォローしてくれるわけでもないのに。

 

「僕達ペルソナ使い以外の人と会話させることで成長を促している、とか?」

 

「だったら商店街で買い物すればいいんじゃない?」

 

「ううん、確かにそうですね。……あ! 買い物とか行って、アイギスさんのことを近隣の人達が知ったからとかですかね? 世間体的な……」

 

「あー……」

 

 言われてみれば、確かに。外見が高校生くらいのアイギスお姉ちゃんのことを商店街の人達が見たら、学園に通っている、もしくは夏休み明けから学園に通う転入生だと思われてもおかしくないのか。そんな状態で他の生徒に話が出回ると面倒事がある……のかも? そんなこと言ったら荒垣お兄ちゃんはどうなんだって話だけどねぇ。……あ、荒垣お兄ちゃんと言えば。

 

「天田君、今日の夜、ちょっとはがくれに行かない?」

 

「へ? ご飯……ってわけじゃない、ですよね? 聖さんって、そういうとこ厳しいですし」

 

「夕ご飯にはがくれ丼を持ち帰りしてもいいんだけどね……今回は違うよ。影時間に荒垣お兄ちゃんに会いに行こうって話」

 

「!!」

 

 目を大きく開いた天田君が立ち上がろうとして、口の中にカレーを入れていたのを忘れていたのか座り直してカレーを飲み込む。食べながら話すとか、立ち歩いたりしない辺り、行儀いいよね天田君。……当たり前のことなんだけどさ。

 

「いるんですか」

 

「多分……? 荒垣お兄ちゃんって学校サボってラーメン食べたりするから」

 

「そうですか……」

 

 天田君は荒垣お兄ちゃんに用があるらしく、ずっと探していたらしい。その用というのがちょっと物騒な話だけど……一発ぶん殴りたい、っていう用事。なんでぶん殴りたいのかは聞いていないけど、結構前からそういう話をしてボクシングの練習をしてたりしていたから本当にぶん殴りたいんだなぁってことで、機会があれば一緒に荒垣お兄ちゃんを探しに行こうって思っていたんだけど……色々忙しくて後回しになっていた。でも、今日はいい機会だし荒垣お兄ちゃんを探しに行こう。

 

『果たして殴るだけで終わるのかは疑問だがな』

 

(どうして?)

 

『天田乾のペルソナ……ネメシスは復讐の女神だ。復讐の対象が荒垣真次郎だとすれば……どうなるだろうな』

 

(大丈夫だと思うよ)

 

『その根拠はどこにある?』

 

(僕が見てた。天田君は必要以上に荒垣お兄ちゃんを傷付けるつもりはないと思う)

 

 天田君が荒垣お兄ちゃんを一発ぶん殴るためにどれだけ努力を重ねていたのかは、僕がよく知っている。真田お兄ちゃん級とはいかないけど、ボクシングで小学生の部があるならチャンプになれるくらいにはパンチ力を鍛えていたからね。でも背丈が低いっていうこともあってなのか、タルタロス探索中に使っている武器は槍。でもたまに拳が出るので、真田お兄ちゃんが「ほう……?」と呟いて目を光らせてたのは記憶に新しい。戦闘服のグローブに金属仕込んでる辺り徹底してるよね天田君。

 

 そんな天田君だけど、荒垣お兄ちゃんをぶん殴りはしても、重傷を負わせるまではしないと思う。というか、そんなことをしたら天田君のお母さんが怒るでしょ。寮に入るのだって結構時間かけて話し合った結果みたいだしさ。

 

『天田乾の母は現在入院中だったか?』

 

(うん。なんだっけ……交通事故とかなんとか。家に車突っ込んできたんだって)

 

 天田君の話を聞く限り突っ込んできたのは車じゃなくて、シャドウみたいだけどね。結構な重傷で、意識を取り戻したのは去年の春。それで今は凄く辛いリハビリを頑張ってる状況だ。足どころか体が全く言うこと聞いてくれないらしくて、凄く辛そうだった。

 

 天田君と一緒に何度かお見舞いに行った時に、天田君から皆車って言ってるけどあれは車じゃなかったんだって聞いたし…………あれ? じゃあどうして天田君は荒垣お兄ちゃんのことをぶん殴りたいんだろう?

 

 ……まぁ、荒垣お兄ちゃんが何かよくないことをしたのかもしれない。荒垣お兄ちゃんって優しいけど、不器用だし、友達少ないせいか口数も言い方もちょっとアレな時あるし。

 

「ということで、行こうよ」

 

「そういうことでしたらご一緒します」

 

「うん、行こう。……ところで敬語止めない? 去年はそうじゃなかったじゃん」

 

「いえ、これでお願いします。上下関係は大事ですから」

 

 硬いなぁ……

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 夕ご飯を食べ終えて、影時間が始まる前の運動と言わんばかりに勇み足で巌戸台商店街の美味しいお店の代表格、はがくれの前にやってきた僕達は荒垣お兄ちゃんがはがくれに入っていくのを目撃したので、出てくるのを待つことにした。……ううむ、美味しそうな匂いがする。今日の夕ご飯はカレーうどんと決めていたけれど、カレーそばもいいかもしれない……コロッケ作らなきゃ……

 

『ポテトサラダにしておけ』

 

「明日の夕飯がコロッケ……!」

 

「いきなりどうしました?」

 

「明日はコロッケにします。僕がそう決めました」

 

「いや、それはいいんですけど……聖さんの料理全部美味しいですし」

 

 嬉しいことを言ってくれる人が増えて僕はいつでも幸福です。明日のコロッケはひき肉を入れて野菜と肉が6:4の比率になるようにしよう。……これはもうコロッケというよりもなんちゃってメンチカツなのでは??? ……まあいいや。副菜どうしようかな? 脂っこい料理だし、さっぱり系にしたいな。キャベツとツナのレモン和え……いや、キャベツともやしの梅しそ和えにして、味噌汁にキャベツとツナを入れよう。それだけで味噌汁はご馳走となるのです。

 

「ところで天田君の歓迎会やってないから今度やろうよ。何食べたい?」

 

「え、じゃあハンバーグとか唐揚げを…………って、あ! 出てきましたよ!」

 

「あ、本当だ」

 

 明日の夕飯と天田君の歓迎会の献立を考えていると、はがくれから荒垣お兄ちゃんが出てきた。9月になって涼しくはなったけど、まだまだロングコートに手袋と帽子の時期じゃないのに、いつもの恰好な荒垣お兄ちゃんは背格好が大きいこともあって結構目立つ。……なんか、今日はこう……いつも以上に近付くなオーラが凄いね? でも残念。僕達はその程度で怯む人間じゃないのだ。

 

「荒垣お兄ちゃん」

 

「…………お前」

 

 今天田君の方に目が動いて、一瞬驚いたような空気を纏ったけど、すぐにいつも通りになった。やっぱり天田君のこと知ってるじゃん。荒垣お兄ちゃん酷いと思うなあ……なんであの時そんな嘘吐いたの? 悲しいじゃん……知り合いのこと、知らないって言うのは悲しいよ……そんなことされたら僕はもう荒垣お兄ちゃんに天田君のことを紹介するしかなくなっちゃったよ。

 

「あ、こちら僕の友達の天田乾君です」

 

「……天田乾です。…………お久しぶりですね、荒垣さん」

 

「……初対面だろ、お前とは

 

 どうしてそんな簡単にバレちゃう嘘吐いちゃうの、荒垣お兄ちゃん。

 

「いえ、会ってますよ。2年前の10月……その夜に」

 

「………………」

 

「ちょっと行きたいところがあるんです。ついてきてくれますよね?」

 

 おお……なんか天田君の全身を漆黒のオーラが覆い尽くしているような……天田君の空気がアメイジングマイティのクウガみたいになってる。

 

「…………分かった」

 

 さすがの荒垣お兄ちゃんも気圧されたのか、天田君についていくらしい。……僕ってここから先見てていいのかな? ケジメ的な感じの話が始まりそうな空気なんだけど────

 

「聖さん、見届けてください」

 

 あ、ついてきていいみたい。というか僕が見届け人になることは確定みたいだね。信用されているってことでいいのかな? 信用されているっていうことにしておこう。有無を言わさぬ感じがカロリーヌとジュスティーヌに似ている。……天田君に失礼かもしれない。

 

『『次の特訓、覚悟しておくように』』

 

「!!??」

 

 え、何!? 何今の!? また声聞こえた!! 誰!? 誰なの!? ねぇ……!! 誰!? 誰なの!?

 

「こっちです」

 

「ああ……」

 

 僕が混乱している中でも時間は進む。天田君と荒垣お兄ちゃんが剣呑な空気を纏って、歩き出していた。

 謎の声への恐怖心を拭い去りつつ慌てて追いかけていくこと10分と少し。影時間に突入した直後に荒垣お兄ちゃんがよくたむろしている路地裏に到着した。……今日は不良の皆さんがいないんだね。

 

「……分かってますよね」

 

「ああ」

 

「ここで何が起きて、荒垣さんが何をしたのかも」

 

「…………ああ……忘れたことはねぇさ」

 

 荒垣お兄ちゃんの表情も、声も、凄く苦しそうだ。天田君も、同じく。

 

「2年前の10月4日。僕の母さんが事故で入院しました。意識不明の重体で運ばれて……交通事故として処理されましたが、あれは違います」

 

 事実を確認するように、天田君が呟く。路地裏に誰もいなくて声が響きやすいせいもあってか、呟きだけでも大きく聞こえる。

 

「あの時、あなたと怪物────シャドウの戦いに巻き込まれた」

 

「…………ああ。お前の母親がそうなったのは、俺のせいだ」

 

 まるで裁判で被告人が罪を認めるかのように、淡々と口にした荒垣お兄ちゃんが何かしようとしたその時であった。

 

 

「歯ぁ食い縛れぇッッ!!!!」

 

「ガァッッ……!!?」

 

 

 天田君の拳────ではなく、助走を付けた渾身のドロップキックが荒垣お兄ちゃんの鳩尾に炸裂した。

 

「ふざけるなよ!」

 

 天田君が馬乗りになって荒垣お兄ちゃんのことを打つ。拳ではなく、手のひらで、荒垣お兄ちゃんの頬と同じくらい天田君の手も真っ赤になるくらい思いっきり。

 

「なんで母さんがあんな目に遭わなくちゃならなかったんだ!!」

 

 もう一発、荒垣お兄ちゃんの頬に渾身のビンタが炸裂した。凄い音がしたから、絶対に痛い。

 

「お前のせいだ! お前が!! 母さんを!!」

 

「…………」

 

 荒垣お兄ちゃんは全く抵抗せず、天田君の攻撃を甘んじて受け入れている。……あ、いや違う。あれドロップキック喰らったから次は殴られると思ったらビンタされてびっくりしてるんだ。うわぁ、凄い真っ赤になってる……あれ冷やしてもしばらく腫れそう……

 

「お前が! お前のせいで……! 母さんが……!! ──────―でも……!!」

 

 ぐい、と荒垣お兄ちゃんの胸ぐらを持ち上げた天田君の目からは、大粒の涙が流れ続けていた。怒りも、悲しみもぐちゃぐちゃに混ざり合って、なのに、どこか感謝しているような感情が込められた表情で天田君が叫ぶ。

 

「あなたのお蔭で、母さんは怪物に殺されなかった!!」

 

「……!!」

 

「あなたのお蔭で、僕も、こうして生きてる!!」

 

 あ……そっか。天田君はペルソナ使いで、2年前はペルソナに目覚めていなかったとしても僕みたいに影時間に活動するくらいはできたはずだ。そんな中でシャドウに襲われたとしたら……きっと何もできずに殺されてしまうだろう。

 

「なのにあなたは!! 自分は人殺しですみたいな加害者面して!! 勝手に人を殺して悲劇のヒーローとかヒールぶってるんじゃないぞ馬鹿野郎!!」

 

「……」

 

「さっきも、今もそうだ!! 僕に殺されたいですみたいな顔をしてるくせに僕を見てない!! なんなんだよあなたは!!」

 

 そう言いつつ頭突きをかます天田君の勢いが止まらない。荒垣お兄ちゃんの唯一赤くなってない部分だった額が赤くなった。あれ、青あざになるんじゃないかな。

 

「そんなに罪を背負いたいなら、ちゃんと向き合え!! 僕を見ろ!! あの時あなたが助けた僕を!!」

 

 その言葉に、荒垣お兄ちゃんが今日一番目を見開いた。

 

「罪を死んで償うなんて絶対許さない!! 生きて、生きて、生きて……這ってでも生きて、背負い続けろよ!! あなたが傷付いて、あなたが傷付けて、それでも助けた人がいるってことに目を逸らすな!!」

 

 もう何が何だか、自分で言ってても分かってないんじゃないかな天田君。もうボロボロ泣いてるし。真田お兄ちゃんのことを知った時の僕みたいに、何を伝えたいのかも分からない状態で叫んでいる気がする。

 

「だから……! だから……!! う、あああああああああッ!!」

 

 もう限界だったのか、天田君が声を上げて泣き出した。今までずっと堪えてきたものが、抱え続けてきたものが決壊したかのように、僕や荒垣お兄ちゃんの目を気にすることなく泣く天田君は、本当に、ずうっと泣き続けて────ふらりと倒れてしまった。

 

「天田!?」

 

 慌てて起き上がった荒垣お兄ちゃんが天田君を抱き留めた。……息はしている。

 

『感情の爆発による反動だな。抱えたものを全てとは言わんかもしれんが吐き出したのだ。疲れて眠ってしまったのだろう』

 

 聖杯さんのお墨付きもいただいたので、天田君は疲れて眠っているだけだ。荒垣お兄ちゃんもそれを理解したのか、ホッとしたように息を吐いた。

 

「…………聖」

 

「なぁに?」

 

「お前も、俺に生きて償えって言うか?」

 

「うん」

 

「即答かよ……」

 

「だってそっちの方がいいでしょ?」

 

 死んだら、そこで終わりだもん。それに、荒垣お兄ちゃんのこと僕は好きだし、生きててほしいって思うから。きっと、真田お兄ちゃんも、桐条お姉ちゃんもそうだと思う。荒垣お兄ちゃんにずっと生きててほしいって思っているはずだ。

 

「……厳しいな」

 

「向き合うって、そういうことでしょ?」

 

「………………ああ、そうだな。そうだったな」

 

 荒垣お兄ちゃんが天田君のことを背負い、歩き出す。

 

「聖、寮の空き部屋だが……」

 

「あそこ? ちゃんと掃除してあるよ。荒垣お兄ちゃんの部屋なんでしょ?」

 

「ああ。…………行くぞ」

 

「戻ってくるの?」

 

「ああも発破かけられちゃあ、な。………………限界まで、足掻いてやるよ」

 

 なんか覚悟を決めたような声をしているけどね、荒垣お兄ちゃん……真っ赤に腫れ上がった顔で何言われてもギャグにしか聞こえないんだよね……




というわけで天田君と荒垣先輩の話はこんな感じになりました。雑ですまんの。どうしても天田君に荒垣先輩の土手っ腹をドロップキックさせたかったんだ……!!修正パンチならぬ修正ドロップキックを…!!んでもってビンタされて真っ赤に腫れ上がった状態でカッコつけさせたかったんだ、荒垣先輩に。

天田君のお母様は生きてます。ただ、重傷負って入院って感じに。これもサイコロの女神の思し召し。








「ようやく向き合う気になったか?」
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