どんな未来が訪れようと、きっと風花お姉ちゃんには勝てない聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。聖杯が本体です。ずっと平坦な声でお話されるのがすごく怖いです聖杯が本体です本体の聖杯はありますよろしくお願いします。風花お姉ちゃんとお話している間、ずっと頭の中でシューベルトの魔王が流れてました聖です。刈り取る者よりも風花お姉ちゃんが怖かった聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。
影時間が終わって、無事に大型シャドウと槍持ちシャドウを撃破した僕達は巌戸台寮に戻って、汗を流してからいざ就寝────というわけでもなく。僕のお説教が始まった。なお、皆は風花お姉ちゃんの圧に耐えられず、蜘蛛の子を散らすように退散してしまったので、お説教をしたのは風花お姉ちゃんだけだったのが救い……救いでもないけど、救いだったかもしれない。……いや、どうだろう。本当に救いだったかな? せめて荒垣お兄ちゃんとかアイギスお姉ちゃんがいたら僕は救われたかもしれないのに、皆薄情なことだよ……
『役得だろう』
(お説教は得することじゃないよ?)
『はぁ……貴様、山岸風花と床を共にしただろう』
(……? うん。小学生の頃から一緒に寝てるよ?)
風花お姉ちゃんの家に遊びに行った時はいつもそうだった。さすがにお風呂は一緒じゃないけど、寝る時はいつも一緒だったはず。ちなみに風花お姉ちゃんは相当疲れたのか、今も寝てる。一回だけ起きたけど、二度寝しちゃった。
『そういうところだぞ貴様』
そうして聖杯さんにも怒られる始末。悲しいや……寝る時なんて風花お姉ちゃんの腕が首に強く絡まったせいで寝苦しかったし。
(ところで、聖杯さん)
『なんだ』
(変な夢見たんだけど、どう思う?)
『ああ、あれか』
槍持ちシャドウを倒して帰ってきた後、風花お姉ちゃんにぎゅうってされながら寝たのだけれど……なんか変な夢を見た。機械人形の夢ではなくて、変な靄に口があって……妙なことを僕に向けて言ってくる夢。
『なぜいつも邪魔をする、葛葉ライドウ……だったか』
(僕は葛葉ライドウじゃないのにね)
葛葉ライドウは僕のご先祖様だけど、僕じゃない。そもそもどうして槍持ちシャドウを倒してリソースをゲットした後、あんな夢を見たんだろう。変な夢を見るのは今日に限ったことじゃないけど、変な夢だなぁって思わざるを得ないよね。
『ふむ……そしてその後靄を焼き尽くすように現れた太陽……あれは貴様の血縁者が起因しているのだろう』
(太陽かあ……あ、お父さんとお母さんの友達かな? 僕は一回だけしか会ったことないんだけどね)
『…………あの男か』
僕がまだ幼稚園児だった頃、一回だけ会ったことがある男の人。僕がおじいちゃんおばあちゃんの家の近くでぼんやり空を眺めていた時に出会った、お父さんとお母さんの友達は太陽のような人だったような気がする。微かに鉄の匂いもしたような気がしたけど、一番印象に残ったのは太陽のような暖かい感じ。
赤と黒の……ライダースーツっていう服なのかな。あれを着ていた男の人はお父さんとお母さんに会いに来たって言ってたのに、お父さんとお母さんに会うことなくどこかに行ってしまった。お父さんとお母さんにそのことを話したら、なんだか悲しそうな、嬉しそうな……凄く複雑な感情がぐちゃぐちゃになった表情をしていた。
『今思えばあの男、位相が違う存在だったな』
(いそうが違う?)
『盆……先祖の魂を迎える日ゆえに一時的に繋がったのだろう。何億分の一の確率だろうがな』
お父さんとお母さんの友達は異世界の住人だったってこと? ……まぁ、影時間とか、聖杯さんみたいな不思議なものがある時点で何があってもおかしくはないかぁ。
『それはそうと今回のリソースはどうする』
(ペルソナ強化に回そうかな? 強化は聖杯さんに任せるよ)
『そうか。……それはそうと聖よ、視線の件だが、隠しカメラがあるかもしれん』
(隠しカメラ? 誰かが盗撮してるってこと?)
何のために? 僕のことを盗撮して、何か意味があるのかな? そもそも誰が盗撮するの? 盗撮した映像は何のために使われてるのかな?
『何かを監視するため……という可能性が高いが、貴様らが気付かぬうちに何者かが侵入している可能性もある。用心するに越したことはないだろう』
(じゃあ聖杯さんと話をするなら外の方がいいかな?)
『この寮であれば声に出すのは避けろ』
寮の中だったら、いつものように声に出さずに聖杯さんと会話をして、外の人目がないところであれば声に出してもいいって感じかな。さすがに僕の家にまで監視カメラはないだろうから、たまに僕の家の掃除って言って家に戻ってもいいかも。実際、掃除もしたいし、たまには家でゆっくりしたいって気持ちもあるから。巌戸台寮の部屋もいいんだけど、やっぱり家が落ち着くのは事実だし。
聖杯さんと今後のことについて話をしていると、巌戸台寮の玄関の扉が開く。ちょっとだけ重苦しい音を立てながら扉の向こうから入ってきたのは、暗い表情を浮かべた伊織お兄ちゃんだった。
「あっ、おかえり、伊織お兄ちゃん」
「……あ、おう、ただいま……」
朝一に桐条お姉ちゃんと真田お兄ちゃん、あと荒垣お兄ちゃんと一緒に病院に行っていた伊織お兄ちゃんが帰ってきたのはお昼時。いつものような明るい空気ではなく、暗くて重い空気を纏っている伊織お兄ちゃんの目は、どこか迷いがあるというか、どうすればいいのか分からないって思いが込められている。
「お昼何か食べた? 食べてないなら軽いものくらいはすぐ作っちゃうよ?」
「ああ、その……今はなんか食べる気になれないっていうか……悪いな」
「んーん。あ、飲み物は飲んでね! 今日も暑いから汗かいたでしょ?」
ううん、どうしたんだろう伊織お兄ちゃん。風花お姉ちゃんのお説教が待っているってこともあって寮に帰るまで色々考え事していたけど、あの夜に何かあったのかな……?
とにかくソファに座った伊織お兄ちゃんに冷やしていた飲み物を渡しつつ、対面に座る。会話はない。ただちびちびと飲み物で喉を潤しながら、リビングの中に広がる沈黙を感じていると、伊織お兄ちゃんが口を開いた。
「あのさ、聖」
「なぁに?」
「生きてるって感じがするのって、どういう時だ?」
「ええ?」
凄く深い質問をされてしまった。暗い、いつもの伊織お兄ちゃんとは違う表情で、何か答えを探しているような声音で聞かれたものは、凄く深くて難しい質問だ。生きているって感じる時、かあ……
「色んな時があるよ」
「例えば?」
「ご飯食べてる時とか、友達と話してる時とか……とにかく色んな時」
ご飯を食べて、ああ、今日も美味しく作れたなぁって感じた時とか、皆にご飯を作って美味しいって言ってくれた時とか……好きな特撮ヒーロー作品を見たり、アニメを見たりして楽しいって思えた時とか。僕が生きてるって思える時って結構ある気がする。無意識に感じて、そのまま実感せずに終わっちゃうことが多いだろうけど。
「なんかとにかく漠然としているけど、色んな時に感じるかなあ」
「そっか……」
「病院で何かあったの?」
「やっぱ分かっちゃうか?」
「うん。桐条お姉ちゃんと真田お兄ちゃんと荒垣お兄ちゃんが病院行ってたけど、どうしたの?」
「あー……そういや、あの時の聖はマジで上の空だったっけ……」
僕が上の空で寮に帰ってきたあの日、大型シャドウを倒した後にストレガのチドリお姉さんが接触してきたらしい。なんか凄く攻撃的で何を言っているのか分からない……自暴自棄な感じだったみたいで、伊織お兄ちゃんがどうにか拘束? してから荒垣お兄ちゃんの助言もあって病院に放り込まれたらしい。
そんでもって、三年生組のお姉ちゃんお兄ちゃんが今日は朝から病院に放り込まれたチドリお姉さんの尋問に行っているんだとか。そこに伊織お兄ちゃんが付いて行って……チドリお姉さんに「どんな時に生きてるって感じるか」を聞かれたみたい。
「えっと、さ……芸術に興味が出たのも、昼にチドリと会ってからでさ……ほら、前に聞いただろ? 芸術云々」
「うん、覚えてるよ。そっか、チドリお姉さんって絵が描けるんだ」
抽象画なんて凄く難しい絵をチドリお姉さんは描けるみたいだ。あの後から伊織お兄ちゃんもスケッチブックと絵の本を買ってきて、抽象画について勉強しながら色々試行錯誤してたっけ。僕もやってみたけど、全然上手くならなくて一緒に首を傾げつつ笑ったなあ。
「チドリお姉さんとはどんな話をしてきたの? 尋問だけしたわけじゃないんでしょ?」
「ああ、おう。ただ……なんか、一緒に絵を描きながらポツポツと打ち切り漫画みたいな会話だったっつうか……」
「そうなんだ……絵についてとか?」
「なんつうか……やっぱり熱中できるものがあるっていいよなみたいな話したよ」
ま、ただの落書きだって言われちゃったんだけどなぁ、と苦笑する伊織お兄ちゃんは続ける。
「んで、会話の中で生きているって感じる時ってやっぱり、何かに熱中している時じゃねえかって思って……でも、他の皆はどうなんだろって思ってさ」
「なるほどねえ……」
確かに何か好きなことに熱中できている時は生きてるなあ、って感じるかもしれない。それも人それぞれかもしれないけど、僕もそうかもしれないや。
「で、ふと思ったんだよ。俺って、何か熱中できるものがあったっけかって」
「うーん……今なら芸術の勉強とか凄く熱中してると思うけど、どう?」
「ああ……確かに。なんかさ、いざ勉強してみるとどこまでも潜っていくような感じがして、結構面白いんだよな」
それよりも前に伊織お兄ちゃんが熱中しているものって、考えてみると見たことない気がする。もちろん何かに熱中してないと悪いってわけじゃないけど、伊織お兄ちゃんが何かに夢中になっているのは……うん、寮に入る前も見たことないかも。
「聖は何か熱中してること、あるか?」
「料理とか、コーヒーとか?」
日に日に上達してるって感じるのが凄く楽しいって思えるんだよね、あれ。コーヒーを淹れるのも、喫茶店のマスター達にちょっとだけ褒められるくらいには上達してきたし。ベルベットルームの皆の辛口評価もある程度角が取れてきたし、本当に上手くなってきてる。……ただ、シャガールのマスターさんとか、ルブランのマスターさん、そしてイゴールさんが淹れるコーヒーには全く届いていない。奥深いや、コーヒー。
「恋愛はどうよ? 茶化すわけじゃないけどさ、風花とイイ感じじゃんか」
「んん……どうだろ?」
「いやあ、傍から見たらめっちゃイイ感じだぜ?」
「うーん……なんか、風花お姉ちゃんは僕のこと弟として見てる節がある気がするんだよね」
「あー……確かにそんな感じもするわ」
僕は……うん。風花お姉ちゃんのことが好き。女の子としても、友達としても、お姉ちゃんとしても好き。多分、大人になっても風花お姉ちゃんが隣にいるのが当たり前に思ってる。けど、風花お姉ちゃんは……どうなんだろう? 血が繋がってないだけの可愛い弟、みたいな感じで見ているような気がする……
『そうだとすればあのホテルでの反応と発言はおかしいがな』
(何か言ってたっけ……? そもそもあの時のあれは事故だよ)
『だから貴様は色欲を学ばんといかんのだ』
?? 何言ってるのか分からないよ聖杯さん。
「まあ、僕のことは置いておいて。伊織お兄ちゃん、ちょっとは元気になった?」
「おう。話聞いてくれてありがとな」
「全然。……あ、元気になった今ならお腹空いてるんじゃない?」
飲み物が入っていたコップを下げた頃、僕がちょっと遅めのお昼ご飯を提案すると、思い出したように伊織お兄ちゃんが立ち上がる。
「確かに! もうなんかいきなり腹減ってきたわ! 俺も手伝うから昼飯食おうぜ!」
「うん。……あ、風花お姉ちゃん起こしてくるね」
「風花がこんな時間まで寝てるって珍しいな? ……まあ、昨日は結構ハードだったし、うちの後方支援担当、めっちゃ頑張ってたもんな」
それは多分聖杯さんのイセカイナビアーリーアクセス版のせいだと思うんだけど……え? チドリお姉さんがジャミングとかハッキングができるペルソナを使って風花お姉ちゃんの妨害をしてた? …………なんか、そんなことがあったのにお説教させちゃったの凄く申し訳なくなってきたなあ……
多分次回は文化祭かと思います
謎の赤黒ライダースーツお兄さん
「元気でやってるならいいんだ。遠目にでも会えてよかった」