文化祭ってナンパをあしらって出し物をするものだったのだろうかと思う今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか聖杯です。聖杯はありますよろしくお願いします。現在の売れ筋はオムライスセットとサンドイッチセットです聖です、本体が聖杯です。本体の聖杯はありますよろしくお願いします。パラパラチキンライスの上に乗せられたオムレツを割ると半熟の中身が流れ出すオムライスと、シンプルなのに食べる手が止まらない卵サンドとBLTサンドイッチが人気です聖杯はありますよろしくお願いします。
どうして女装をしているだけの僕のことを女の子と勘違いしてナンパしてくるのか、そして男であると伝えたらさらに興奮した様子でナンパしてくる人が男女問わず一定数いるのが分からない……僕には分からないよ聖杯さん……
『貴様がそれだけ魅力的に見えているということだろう』
(それが分からないよ……ナンパしてくる人達のことも、知らないうちに生まれてる防衛隊のことも……)
女装は楽しいものだと思っていたのに、今この瞬間女装が面白くないと思いそうになるくらいには、よく分からないことに対面し続けている。
「はっ、随分と人気じゃないか、虜囚!」
「人間とは面白い文化を生み出しますね、虜囚」
「二割くらいは二人が原因だと思うなぁ……」
荒垣お兄ちゃん達に休憩時間にするから好きに歩き回ってこいと言われ、校内を歩き回っていた時に出くわしたベルベットルームの住人二人に、思わず苦言を口にする。朝に依頼で文化祭というものを見せろって言われていたけど、まさかナンパされているところを目撃することになるとは思いもしなかった。……ベルベットルームの住人にナンパするとか、なんて命知らずなんだろう。
「しかし虜囚、文化祭というのはあれだな。夏祭りとは似て非なるものだな」
「まぁ、あれは大人主体のもので、文化祭は学生……子供が主体でやってることだし」
「屋台の許可などは大人がやっているのであれば、大人が主体では?」
「でも運営は子供がやってるんだ」
「なるほど。であれば子供が主体も間違いではありませんね」
ちなみに他のベルベットルームの住人も来ているらしいけど、大丈夫かな……主に声をかけようとする人達が。マーガレットさんは凄く強いし、エリザベスさん? とテオドアさん? も凄く強いって聞くし、ベラドンナさんとナナシさんも言わずもがな。イゴールさんは……どうなんだろう? 間違いなく強いんだろうけど、戦っている姿が想像できないというか……
『イゴールは造物主に近しい力を与えられている。実力で言えば【アヴァターラ】、【希望と絶望】、【宇宙】、【幾万の真言】、【真のトリックスター】……それらに匹敵するか、それ以上だ』
(イゴールさんが強いこと以外、全く意味が分からないよ聖杯さん)
『分からなくてもいいだろう。貴様がそこに至るのか、それともまた別の何かに至るのかは……更生次第だ』
聖杯さんが期待しているのは強くなることだけど、強くなるというのは多分、肉体的なところだけではなくて、精神的なところも言っているんだと思う。たまに難しいことを言ってくる聖杯さんだけど、時間をかけて噛み砕いていくと、「完璧、完全でなくとも、迷いながら前に進め」ということを言っているんだろうなって言葉ばかりだから。あと、他人に流されず、自分の意思を持てとか。
「随分と虜囚に肩入れしているじゃないか、聖杯」
「虜囚、怠惰に沈めば聖杯はあなたを飲み込むでしょう。努々忘れぬように」
「? うん」
『この男は物心つく前から私の囁きを受けてもなお、これだがな』
物心つく前から僕に声かけて来てたんだ、聖杯さんって……物心ついた時からずっと聖杯さんの声が聞こえていたから、その頃に聖杯さんが僕の中にやってきたと思っていたけど、もしかすると生まれる前から一緒にいたのかもしれない。お母さんのお腹の中にいた時からずっと。……まあ、何か害があったわけでは────うーん、睡眠妨害をされたことがあったから害があったりしたけど、それはそれ。それ以上にお世話になってるし。
「あれ、聖君だ」
「あ、汐見お姉ちゃん」
高等部の二年生がいる階まで来ていたから会えるかもって思っていたけど、ここに来てすぐに会うとは思ってなかった。それにしても……
「その服装、どうしたの?」
汐見お姉ちゃんが着ているのは月光館学園の制服ではなくて、セーラー服……別の学校の制服だ。穴が開かないように紐で腕に固定するタイプの腕章には、貸出制服という文字がある。
「これ? 生徒会の出し物……になるのかな? 他校の制服の展覧会的なやつ」
「小田桐お兄ちゃんがよく許可したね?」
「ああ、これは僕も賛成した企画だからね」
そう言って奥からやってきたのは、月光館学園の制服を着た小田桐秀利お兄ちゃん。彼が生徒会で色々と頑張ってくれてるお蔭で、ちょっとやんちゃな人がいたりする月光館学園の秩序がある程度守られているルールに厳しい人だ。ただ厳しいだけじゃなくて、自分もルールをしっかり守ることで社会のルールを守ることの重要さとか、ルールを守ることで生まれる秩序を背中で示している。
「月光館学園は基本的にエレベーター式なのは聖君も知っているね?」
「うん」
「だが、もちろん自分の進路のために月光館学園を離れる生徒も少なくない」
初等部から中等部に上がらず、別の中学校に受験していなくなった人は僕のクラスにもいたし、月光館学園の高等部に上がらずに、工業高校とか農業高校に行った人もいる。自分の夢を叶えるために外へと飛び出していった人達が、少なからずいるのだ。
「そういった生徒達は自分の夢を、確固たる意思を持っている。だけど、そうじゃない人もいる」
「色々考えることもせずにとりあえず高等部に行く人ってこと?」
「そう。そういう生徒に道を示すのも、僕達生徒会の役目というわけさ」
小田桐お兄ちゃんはニコリと笑って、脇に抱えていたクリアファイルを開いて僕達に見せてくれた。入っているのは……この教室に飾られていたり、生徒会の皆が着ている制服の学校がどんなことを教えているのかなどを細かく記載した資料。多分飾られている制服の前に置かれている資料と同じものだろう。
「こうして学校の制服と情報を置いてあげることで、進路を決める助けにもなるってことで、生徒会で出し物をしてるんだ」
「へー……」
「僕には理解できないけれど、制服がカッコイイ、可愛いという理由でその学校に行く人間も少なくないらしいからね」
「でも、そういうファッションでやる気を出す人ってデザイナーさんに向いてそうだよね」
「いい着眼点だね。実際、学校側から制服の改造を許可────というか、改造を授業の一環にしている被服系の学校もあるんだ」
そういう学校もあるんだ……面白いなぁ。
「それはそうと、さっきの二人はお友達かな?」
「え? あ、うん────ってあれぇ!?」
カロリーヌとジュスティーヌどこ行ったの!? 目を離した隙にどこか行くのってあの二人の十八番だったりするの? それともベルベットルームの住人ってそういうところがあるの?
「さっき教室を出てったね。……というか聖君、あの二人の服もしかして……」
「あ、その話はまた今度! 探しに行ってくる!」
まさか文化祭であの二人を探す羽目になるとは思いもしなかった。というか、あの二人が僕と一緒に来てたのって、文化祭というものを見せろっていう依頼のためだった気がするんだけどなぁ……!
* * *
楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るもので、明日花がカロリーヌとジュスティーヌを探し出して、どういうわけかベルベットルームの住人達と文化祭を回ることになった月光館学園文化祭も、残るは後夜祭のみとなった。
どこの学校でも文化祭の後夜祭というものには何やら迷信が宿るらしく、この月光館学園でもとある迷信の類が信じられている。その迷信とは────校庭で行われるキャンプファイアーの周囲で男女がフォークダンスを踊ると結ばれるという迷信である。気になる異性がいる者や、そういったものに興味はないが、後夜祭まで楽しみたい者など……様々な考えを持つ人間が轟々と燃え盛るキャンプファイヤーを囲んでワイワイと盛り上がっている。
「遠くからでも結構綺麗だね」
「そうだね」
近くから見れば猛々しい炎に見えるが、遠くから見れば、ゆらゆらと揺らめくロウソクの火のようなどこか不思議な美しさを感じさせるキャンプファイヤーを屋上から眺めているのは、女装から普段通りの服装に着替えた明日花と、出し物の片づけを早めに終わらせてきた風花だ。
「後夜祭まで残るって、今まではなかったけど、見てるだけでも結構面白いかも」
「そういえば明日花君はいつも文化祭が終わったら帰ってたもんね」
後夜祭を楽しむ人は楽しめばいいが、それはそれとして自分は買い物と夕飯作りがあるので帰ります、というスタンスだった明日花にとって、後夜祭に参加するのはこれが初めての経験となる。今回は夕飯を軽めで簡単なものにする予定なので、後夜祭まで残っていた。
「長くいると、片付けのことも考えちゃうからちゃんと楽しめないからね」
「確かに。ふと思っちゃうもんね」
「皆でワイワイ片付けるのも悪くはないんだけどねぇ」
だが、片付けのことを考えて憂鬱になってしまうと、後夜祭をちゃんと楽しんでいる者に悪い気がするので、文化祭が終わったら荷物を纏めてさっさと帰っていた明日花。もちろん夕飯作りと買い物についても事実ではあるが、それ以上に周囲の空気を悪いものにしないようにと明日花なりに気遣った結果でもある。
そんな明日花が屋上でキャンプファイヤーを眺めていると、風花が思い出したように彼に問いかけた。
「そういえば明日花君、文化祭で一緒にいた双子って友達?」
「友達というか……僕の先生?」
「先生? あの子達も明日花君くらいの歳だよね?」
「どうなんだろう? ベルベットルームの人達って年齢ない気がする……」
「ベルベットルーム?」
首をかしげて何かを考える明日花に対し、ベルベットルームが何なのか分からず首をかしげる風花。当然だろう。ベルベットルームとは夢と現実、精神と物質の狭間にあるとされる不思議な部屋。その存在を知っているのは現在、汐見琴音と聖明日花の二人だけ。資格を持たない人間には入ることができない青い部屋……ベルベットルームの住人に説明はされているが、それについてどう伝えればいいのか分からない明日花は何度も唸った後、口を開く。
「分かんないけど、僕に協力してくれてる人がいるんだよ」
「分からない……? 確かに何だか不思議な感じがしたけど……本当に大丈夫なの?」
「うん。僕が頑張ってる間は僕に協力してくれるって言ってたし」
明日花が努力し続ける限り、ベルベットルームの住人は明日花に力を貸し続けるだろう。彼の内に宿る聖杯と同じように、ベルベットルームの住人もまたより良い未来を目指す人間へ力を貸すのだから。
「戦い方とかも教えてもらったけど、他にも色んな事を教えてくれるんだ。ほら、これとか」
「……ギター?」
明日花が取り出したのは、調律を既に終わらせているらしいアコースティックギター。整えられた、正しい音を響かせるギターを手にした明日花はふわふわしたいつもの笑みを浮かべる。
「ベルベットルームの皆に教わりながら練習したんだ。楽器って、あんまりやったことないから」
そう言って音を奏で始める明日花。アコースティックギターから流れてくるのは、テンポを上げればダンスフロアで流れていてもおかしくはないような、ジャズに近い旋律。きっと、ギターだけではなく、ベース、ドラムやバイオリン、サックスなどが入れば間違いなくまた別の曲に聞こえてくるような、そんな旋律だ。
「Look like don't care,Walking the dust off……」
ゆったりと、アコースティックギターで語り弾きするように歌い出した明日花の歌声は夜風と共に涼やかに、しかしどこか熱を感じる。ゆっくりとした歌声で、心に訴えかけてくるような歌に風花は心に熱が灯るような感覚に襲われた。
ギターの旋律は早くも、遅くもなっていない。だが、少しずつサビに入るような、そんな気配を感じさせるようになっていき────遂にサビへと突入する。サビに入った頃から、歌声もどこかさらに熱が込められ、力強いものへと変わっていく。優しく、力強く、心に火を灯すような歌声。「自分で選んで進んだ人生はきっと楽しいものだ!」、そう言われているような歌に耳を傾けていると、不意に、目を閉じていた明日花の瞳が開かれ、風花と視線が交わった。
「I will always be right here.Nowhere faw off」
白金のように輝く瞳が優しく細められ、口元には笑みが浮かんでいる明日花から放たれる感情は強い親愛や、想い。どんな時でも一緒にいるという想いが込められた瞳と、歌声は間違いなく風花の心に強く刻み込まれる。
歌声と旋律がゆっくりと消えていき、歌が終わったことを告げる。時間にして三分にも満たない、そんな時間であったが、長い時間を共有したような感覚が二人の間に生まれていた。
「────これで終わり。皆に英語も教えてもらいながら頑張ったんだ」
「……これ、どれくらい時間がかかったの?」
「ううん……結構前から歌自体は作ってたんだ。歌っていうよりも、ただの文章なんだけどね」
小さい頃から聖杯の助言を受けながらあれこれとたくさんのものを学び続けていた明日花は、はにかむような笑みを浮かべて、どこか恥ずかしそうに言葉を口にする。
「僕ね、風花お姉ちゃんが好き。真田お兄ちゃんとか、伊織お兄ちゃんも……皆が好きなんだ」
「……うん、知ってるよ」
ずっと近くで見てきたのだ。誰よりも近くで、たくさんの人と関わっていく明日花の姿を。どれだけ閉じこもろうとしても、手を差し伸べてくれる光を見てきた風花は知っている。
「皆凄く強くて、カッコいい。皆、頑張ってる。苦しくても、それでも頑張ってる。そんな皆を応援できるような歌を作りたいって思って……これができたの」
風花は軽い英会話くらいならできるし、趣味でPCを組んだりする時にプログラミングで英語をたくさん使うからこそ、明日花が歌った歌詞が人を応援するような、自分が歩いてきた道は間違っていなかったのだと勇気づけて、力を与えてくれるような歌だと理解できた。誰かのことを心から応援できる、明日花らしい歌であると。
「それでね……僕が一番大好きで、凄いなって思ってる風花お姉ちゃんに、真っ先に聞いて欲しかったんだ」
噓偽りの一切が存在しない、紛れもない本音を告げた明日花の顔はよく見ると薄っすら赤い。それは何か恥ずかしがることがあったのか、それとも熱があるのか────なんて、そんな愚鈍なことを考えるほど、風花は鈍感ではなかった。
「あのね、僕────?」
明日花が想いを込め、何かを伝えようとしたその時であった。何か物音がしたことに気付いた明日花が屋上から校舎に繋がる扉を見る。
「お! いたいた! 聖! 風花!」
「伊織お兄ちゃん?」
現れたのは、屋台で買ったのであろう焼きそばやたこ焼きなどを詰め込んだレジ袋を両手に持った順平であった。
「どうしたの?」
「俺含めて寮の皆ちょっと早めに上がるらしいからさ、寮の皆で文化祭お疲れ様会的なのやろうぜって話になったのよ!」
「そうなんだ?」
「でさ、いざ帰ろうってなった時に二人共いないじゃんってなってよ、俺が探しに来たってワケ」
電話とか来てんじゃねえの? と順平に言われて携帯を見ると、二人の携帯にいくつかの不在着信が入っていた。どうやら何度か電話させてしまっていたのに明日花と風花は気付かなかったらしい。
「いやー、真田先輩がお前らが屋上行くのを見かけたって伝えてくれなきゃ、ずっと片付け終わって静かな教室グルグル回ってたぜ……」
「キャンプファイヤーの近くにいるとか思わなかったの?」
「いやそれが全く。騒がしいとこにいるよりかは、静かなとこにいるかなって思った」
順平もまた、人のことを結構良く見ている人間の一人だ。普段のおどけた姿からは想像できないという人間も少なからずいるが、多くを学んできたことで、空気を読むということに関して中々の強みをこの男は持っている。ゆえに────自分が何かやらかしたかもしれない、ということも何となく察していた。
「あー……なんつうかその……何か、結構やらかした? 俺」
「んーん。大丈夫だよ! ね、風花お姉ちゃん」
「…………そう、だね」
普段通りに笑う明日花に比べて、どこか雲がかかったような答え方をする風花。悲しいかな、順平はタイミングが少々悪かった。
「あー……うん……その……とりあえず、寮に戻ろうぜ」
「うん。行こ、風花お姉ちゃん」
雲を晴らすように笑いかけた明日花は、ギターを背負って風花の手を引く。これだけで心の雲が晴れ渡るわけではないが、ほんの少しだけ日差しが差し込むように気持ちが前向きになっていく。
「明日花君」
「なあに?」
「今度はちゃんと教えてね? 歌だけじゃなくて」
「……うん」
ダメ押しと言わんばかりに伝えた言葉に、ほんのり赤くなった明日花を見て、風花の心は前を向く。そうかそうか、この子はちゃんと自分に魅力を感じてくれているのか。雛鳥の刷り込みとか、家族のお姉ちゃんとか、そういうものではなく、ちゃんと自分のことを女の子として意識はしてくれているのかと。
元々薄っすらと確信めいたものはあったが、それがはっきりとしたとなれば思わず心が踊りそうになるというもの。タイミングが悪かった順平の乱入などすっかり忘れてしまう程に、風花の心は晴れ渡っていた。なら自分から想いを告げればいいのだが、自分からよりも、懸想にしている男の子から想いを告げられるというシチュエーションを体験してみたいと思うのも女の子というものである。
「伊織お兄ちゃんって焼きそばは普通に食べる人? それともトッピングもする人?」
「んー、俺はやっぱプレーンよりもマヨネーズとかかけたくなるんだよな。あとあれ! オムそばとか神だろ」
「美味しいよね! 僕も好きだなあ、オムそば」
楽しそうに笑う明日花の横顔を見て、風花は笑う。キャンプファイヤーの迷信を信じてはいないし、そもそもフォークダンスを踊ってもいないが、何だかキャンプファイヤーに感謝をしてみたい……そんな気分であった。
聖杯さん
『遅いわ戯け。……まぁ、言おうとしただけ及第点ではあるか』
使用楽曲名:ペルソナ5Xより、『Ambitions and Visions』