10月4日の満月の日。僕の心は凄くブレにブレていた。ブレているせいでいつもの聖杯はありますよろしくお願いします。が出来なくなっているくらいには心がブレている。
いや、別に大型シャドウ相手に緊張しているとか、試練の時が来たせいで緊張しているとかではなくて……まぁ、試練は来てたんだけどね? でもずた袋じゃなかった。ずた袋は現れたけど、試練はそこじゃなかった。大型シャドウが二体現れたけど、今の僕達の敵ではないレベルだったし、試練で現れるずた袋も僕の心がブレている理由によって倒され────倒されたというか、轢かれてしまったし。
試練として現れた存在は、その……何と言いますか……汐見お姉ちゃんが合体事故? で生まれたという凄く強いペルソナなわけなのですが……なんでか分からないけど、汐見お姉ちゃんの制御を離れて? 離れてるのかな? 汐見お姉ちゃんの負担にはなってないし、むしろ汐見お姉ちゃんは白目を剥きかけながら今の状況を把握しようと頑張ってる。皆も卒倒しそうになりながら、現在の状況を少しでも収拾しようと頭をこねくり回しているのだ。
「全く……断片とはいえ、ワシを呼び出すなど、中々に御立派なモノを持っていると思っておったのだがな……まさか愛の何たるかすら分からぬ女子とはな!」
そう言いながらグワッハッハーッ、と笑う緑色の禍々しい気配を放つペルソナ……ペルソナ? あれ本当にペルソナなの? 汐見お姉ちゃんのペルソナだとしたらなんで喋ってるの? 確かにペルソナって召喚された時に喋るって聞いてたけど、そんな感じじゃないんだけど。
『気を付けろ聖。やつめ、ペルソナの皮を被って一時的に顕現した煩悩の魔王そのものだ』
? …………確かに、何か、薄い皮膜みたいなの見えるけど……あれがペルソナの皮?
「誰が皮被りだ! 見よ、このご立派なモノを!! バッキバキに────」
「『色々と不味いからやめろ!!』」
巨大で天高く聳え立つ何とも勇ましい……うん、その……男の人の象徴の姿をしている何だか色々と不味いような気がしてならない、そんなペルソナ……の、皮を被って一時的に顕現しているらしい煩悩の魔王様。確かに聖杯さんと一緒に図書館で色々調べた時に、仏教の修行で妨げになる色んな煩悩を全て象徴する者として、
「うん? 何を疑問に思うことがある、羅漢の器よ。ワシは煩悩の化身。人間の頭の中を読み、誘惑するなど容易いことよ」
「……あ、そっか。お釈迦様!」
「おうよ! 煩悩の象徴であると同時に、試す者でもあるのがこのワシ、自在天にして天魔、波旬────煩悩の魔王マーラである!」
な、なるほど。だから僕の頭の中で考えていることが分かったのか……あ、どうにか正気を保った状態で解析をしてくれてた風花お姉ちゃんからマーラ様────なんか呼び捨てするのは気が引ける────の情報を送ってくれた。
「…………ねえ、汐見お姉ちゃんのペルソナの皮を被った状態なんだよね、マーラ様って」
「おうさ。少々事故があったゆえに裏道ができておってな。修験者共の気配を感じて、わざわざこうして顕現しているわけだ」
「じゃあこのレベル100って何!? 僕達まだ最高でも53くらいなんだけど!?」
「ワシの断片であれば、71か80くらいだろうなぁ。だが、ワシは本体に近い分霊のようなものよ。格が違うわい」
『明日花君、ちょっと映像切ってもいいかな? ちょっと眩暈がするよ……』
「あ、それは全然いいよ!? 皆が復活しないのが凄く心配だけどね!!」
格上過ぎるマーラ様を解析していたということもあってか、風花お姉ちゃんは凄く疲弊しているらしい。通信で聞えてきた声からして、イセカイナビのアーリーアクセス版とどっこいどっこいなくらいの疲労度だろう。
「ふうむ、中々なテクニシャンもいたものよ。断片的にとはいえ、ワシの情報を抜き取ってみせるとは」
「ひ、聖君……もう君にこの緑色のアレの対応任せてもいいかな……?」
「開口一番がそれ!? 怒るよ!?」
「いや、だって……ね? 確かに強いペルソナだからいいかなーってそのままにしてた私も大概だけど……」
他の皆も頷かないでくれるかな!? マーラ様言ってたでしょ、修験者共って! 共ってことは、僕だけがマーラ様の相手をするわけにはいかないんだよ。というか、僕だけでマーラ様の相手をするってなったら聖杯さんと一緒に禅問答だよ。
「グワッハッハーッ! 何、ワシとの会話を嫌厭するのは人間として当然の反応よ。ワシは煩悩の象徴、三毒の化身ゆえな」
「よし、聖君。君に────」
「煩悩……艱難辛苦と向き合うことから逃げるのが人間よ。悔やむことも改めることもない。楽な道を選びたがり、苦を誰かに押し付けたがるのが人間の本性ゆえな」
ニタニタと、僕達────じゃない。僕を除いた皆をおちょくるような声音と笑い声を放つマーラ様を前にして、皆の空気が軋んだ。
「おん? どうした、人の子よ。ワシは事実を言ったまで。何を苛立つ必要がある?」
「私達が歩いてきた道は、楽な道だけじゃない」
「然り! 幾度も茨の道を歩んだであろうな。だが……それでも己の苦と向き合おうとはしておらん。己の影を見てみぬふりをする」
言われてみれば、自分自身との対話ってペルソナ使いならできてもおかしくない気がする。表裏があるのが人間なんだから、僕の中でも自覚していないだけで負の側面を持っている自分がいるのかもしれない。だとしたら……僕の負の面はどんなことを考えているんだろう? 聖杯さんの囁きに負けてしまった自分だったりするのかな?
『貴様の場合はほとんど変わらんだろうな。少々欲に忠実かもしれんが、その程度だ。そも、日常において抑圧し目をそらしている感情など、貴様にはないだろうが』
……確かに。僕は言いたいことはちゃんと口にするし、欲しいと思ったものは色々と吟味してから買うか買わないかを考える。趣味だって誰かに笑われたり、否定されたりしても続けているし、最近は趣味もいくつか増えて結構楽しい。何かを抑えつけるっていうこと自体が僕にとって苦手な事だから抑えつけるなんてことはしていないのだ。
「現にワシという苦を前にして羅漢の器に押し付けんとした。結局貴様らの本質はそれよ。どれだけ取り繕うたとしてもなあ」
聖杯さんと話をしつつ考え事をしている間にも、マーラ様と皆の討論は熱を帯びていた。余裕そうな声音のマーラ様と、今にも爆発しそうな皆の熱量の差は凄まじい。その熱量がマーラ様ではなく、仲間のはずの皆にぶつけられそうになっているようにも感じる。なんか、これは嫌だな。
「ねえ、皆瞳孔開いてるよ。一回落ち着こう?」
「聖……」
「えーっとコーヒー……はちょっとダメか。紅茶でいい? クッキーもあるよ」
色々とぐちゃぐちゃになった感情をリセットして、落ち着いた状態で考えるのが討論には大事だって小田桐お兄ちゃんも言ってたし、お腹が空くとイライラするって末光お兄ちゃんも言ってた。一旦小休止を挟むことで流れを少しだけでもこちらに向ける。横やりも入れ方次第だって聖杯さんが言っていた。
「一旦皆は休憩で、次は僕が話すでもいいよね?」
「構わんよ。ワシに面と向かって話ができるのであれば、誰であろうがな」
試す者、という側面が強く出ているのか、マーラ様の声にはどこか期待と誘惑が滲んでいる。それに対して皆は凄く苛立っている。荒垣お兄ちゃんも含めて、あと少し強めに刺激されたら爆発してしまうかもしれないくらいに、皆の心が荒波立っていた。なるほど、確かに煩悩の魔王。
聖杯さん曰く、煩悩は西洋で言うところの七つの大罪と似たような側面を持っているそうだ。その大罪の一つである、憤怒……それがマーラ様との会話で剥き出しになっていた……のかも? でも、僕はあんまり怒ってはいない。いや、怒ってはいる。僕が尊敬している人達を馬鹿にするような物言いには色々言いたいことがあるけど、激昂するくらいじゃない。……なんか不思議だ。どうして?
「それは貴様が三毒を超克した羅漢の器たるがゆえよ」
「全然煩悩まみれだけどね、僕。あと僕羅漢って名前じゃなくて聖。聖明日花っていうただの人間です」
「ふうむ……ならば聖明日花、阿羅漢、無学位に至る器たる御身よ、問いに答えよ。迷える修験者共に道を示すが如く」
苛立っている皆とバトンタッチした僕相手に難しいことを言っているけど、マーラ様が言いたいのはつまるところ、僕の考えを皆の前で言えっていうことでしょ。今のところは汐見お姉ちゃんの負担にはなっていないようだけど、この後もそうだという確証はないし、マーラ様の問いかけに答えて満足────はできないかもだけど、今日はお暇してもらおう。
「汝が思う人の本質とは」
「分かんない!」
「「「分からない!?」」」
いやだって分からないでしょ。皆が皆、同じ方向を見ているわけでもないんだし。イゴールさんとも話したけど、色んな人がいて、色んな考えがあるからこそ、社会って回っているんだと思う。
「人の本質が全部共通するなんて絶対あり得ないでしょ? だからわかんない。そういうものじゃない? 人間って」
「グハハハ! であれば、分からぬことこそが人間であると?」
「本質は分からないよ。でも……分からないから知りたい。知りたいから誰かと関わる。関わりたいから分かろうとする……あ、こうして考えると欲望が人間の本質かもね」
聖杯さんが言っていたことはきっと間違っていない。欲望だって色んな側面がある。いい面もあれば、悪い面もある。欲しがって、望んで、手に入れたら新しい何かが欲しくなって。そういう欲しがりな生き物だからこそ、人間はこうして文明を発展してきたのだと思う。
「貪慾こそ人の本質と言うか! ならば三毒を極めることこそが人間の正しきか? 混沌の渦に立つのが人であると?」
「三毒が何なのかはあんまり理解してないけど、悩んで悩んで歩いていくのが人生でしょ? で、答えが出たり、出なかったりする」
「然り。なればこそ、ワシは煩悩として汝らに欲を囁きかけるのだが、これを如何に跳ね除ける?」
「跳ね除けなくたっていいでしょ」
は、とマーラ様も含めて皆が驚いたように息を吐いたのが感じ取れた。というかマーラ様って紅茶とかクッキー食べるんだね。所作も凄く綺麗だ。
「そうやって欲として認めてくれるっていうのは、悩んでいる人にとって凄く安心することだと思うから」
だって、男の子なのに女の子の服を着たい、女の子なのに男の子の服を着たいって思っている人は少なくない。案外着飾るのが楽しいって、文化祭で知った僕にとって女装は楽しいものだった。けど、自分の周りに同じ趣味の人や好きなものが同じ人がいないから、周囲の人達が「それはおかしい」と言ってくるから自分はおかしいんだって思ってしまうことだってある。
「マーラ様がそうやって囁くってことは、肯定してくれる人がどこかに絶対いるってことでしょ?」
「肯定されたとて、生きにくさは変わらず、俗世を捨てる道すら見えるかもしれないのに?」
「自分が進む道は自分で見つけられるよ。だって────マーラ様って、塔のペルソナでしょ?」
「グワッハッハッハー!! これは一本取られたわ! そうとも! ワシは塔! 破滅、破綻、崩壊、衝撃を象徴するアルカナを持つ
だからこそ、とマーラ様はゲラゲラと、凄く楽しそうに大きな声を上げて笑う。
「新たな道、新たな可能性の暗示の象徴でもある。破壊なくして創造は無し!」
「ちなみに僕は楽な道大歓迎派です。時短レシピ万歳。文明の利器最高」
手の込んだ料理もいいけれど、簡単で美味しい料理だって大正義だ。手洗いしないといけない服とか、洗い方に難アリなものはクリーニング屋さんにお願いすることができるし、オシャレ着洗濯コースなんてものがある洗濯機があったりもする。知らないことがあったらパソコンや図書館に行けば大体分かるし、周りの人を頼るのも大正解だ。
「一人でいるのが苦しい道だとしたら、僕は独りじゃ生きていけない自信があります! 楽な道大歓迎!」
「グハハハ!! 正直だな、聖明日花よ! いやはや、この時代にこうして顕現するなどないと思っていたが、中々面白いものよ。どれ、楽しませてもらって礼だ。少々講釈を垂れさせてもらおう」
そう言って、マーラ様は落ち着いてきて、冷静さが戻ってきている皆の方を見た。……見たって言ったけど、マーラ様って目がないよね。見えてるみたいだけど、どこに目があるんだろう? 実はこの緑色の体や車輪を操っている存在がいるとかなのかな?
「修験者共よ、貴様らはもっと慾と向き合い、互いに本音を語り合う時間を設けよ。でなければ、破滅を前にして、貴様らは死神に刈り取られるであろうよ。それこそ、崩れ去る塔のようにな」
「マーラ様、僕は?」
「貴様はもっと11の欲を学ぶといい。愛欲に関してはカーマ・スートラなんかがおすすめだ」
「へー……今度調べてみるね」
読んだことがない本だし、調べてみるとしよう。あと、マーラ様の言葉が凄く的確で思わず頷きたくなる。皆が言い争いそうになった時に嫌な感じがしたけど、皆が本気になって本音で語り合うところを見たことが無い気がする。僕が見ていないだけってこともあるかもしれないけど、僕も皆がどんな出自なのかとか一部を除いて断片的にしか知らないし、何をどう感じたとか、この影時間のことを本当はどう思っているのかとか……全然知らないや。ストレガの皆のことも、全然知らないし。……知らないことばっかりだ。
「まあ、自覚はあるだろうからこれ以上は無粋というものか。……さて、そろそろこの裏技の時間も来るな。だが……ふうむ……」
「ね、ねえ……なんか嫌な予感がするんだけど……」
「奇遇だな、岳羽。私もだ」
「私もなんか寒気が……」
「……機器に何かエラーが発生しているであります」
『皆さん、備えてください。そのペルソナ? から凄いエネルギー反応があります!』
なんかお姉ちゃん達に鳥肌出てる。まぁ、なんか嫌な予感がするのは僕達もなんだけどね。
「せっかくだ! ワシのご立派な力を受け止めてみよ!! なあに、勝とうが負けようがワシが傷を癒して報酬もくれてやろう!」
(あ、カロリーヌとジュスティーヌよりも良心的って思っちゃった)
『『次の特訓は覚えておくように』』
なんか変な声が聞えたけど絶対気のせいだ! そんな幻聴よりもマーラ様との戦闘が始まることに集中しないと!
「というか私のペルソナだよねあなた!?」
「そっちはもう返しておるぞ。今のワシは分霊に分霊を重ねたレベル90のマーラじゃ! そおれ、マララギダイン!!」
「「「おわあああああああああああああ!!?」」」
なんか色々とヤバいし馬鹿みたいな火力がヤバいんだけど!!? え、何!? マーラ様ってもしかしてペルソナの中でも火力馬鹿なペルソナだったりするの!? いや、今のマーラ様ってペルソナじゃなくて分霊……分霊って何?
「ああ、もう! 汐見お姉ちゃん、次からは合体事故? 起こったら色々考えてね!! サマエル!!」
「本当にごめん!! オルフェウス!!」
「あ、ちなみに今のワシは火炎吸収ゆえ、火は効かんぞ。物理か氷で巧く責め立ててみせよ!」
どうしよう、本当に化け物過ぎるぞこの魔王様!?
この後しっかり敗北しました。残念だが、10月4日の大型シャドウはカットだ。ストレガ?多分この戦いを目撃した結果意味わからなさ過ぎて深呼吸してから帰ったと思います。
報酬:経験値&マーラヘッド
このイベントの発生条件?多分ゲーム本編であれば聖明日花のコミュランクが一定以上ある場合でしょう。