聖杯さんが囁いてくる   作:エヴォルヴ

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聖杯さんがボヤいている

 タコスを貪るタコスパーティーはたまの贅沢の極みだと思います聖杯です。雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫な体を持ち、慾はあるものの、些細なことでは決して怒らず、いつも誰かと一緒に笑っている。一日に三食ちゃんと食べて、あらゆることを勘定に入れつつ、様々な視点でよく見聞き分かり、そして忘れず、巌戸台寮に住み、シャドウを倒し。学校が始まれば授業を受けて、日照りの時は辛い物を食べて、寒い時は鍋を囲み、皆に慕われ、けれど過度に慕われず、苦にはされず、そういう者に僕はなりたい。

 

 タコスフェスティバル開催から大体一週間が経過して、今日は5月9日。満月だね。つまりシャドウが活性化するね。月ってそういう力があるんだろうか。今日は豚汁です。豚汁とおにぎり。美味しいよね。パパっと食べられて、体が温まる最強コンボだ。そこに田舎のおばあちゃんが送ってくれたたくあんを加えればあら不思議……史上最高の夕ご飯の完成である。

 

「うまー!!」

 

「お、こっちはおかか! いっくらでも食えるわ。聖、おにぎりってまだある?」

 

「あるよー。でも腹八分目にしておいてね」

 

 はぐはぐと豚汁を食べ続けている汐見お姉ちゃんの隣には、おにぎりを詰め込んでいる伊織お兄ちゃん。今日のおにぎりは色んな具を入れている。大量に作ったせいでどこに何があるかは分からないけど、奇跡的に皆が味を被らせずに食べられているみたい。用意したのは梅、おかか、昆布、ツナマヨ、明太子、たらこ、鮭、肉そぼろ。野菜は豚汁にたくさん入れたから、それで摂取してもらう。うーん、味噌の香り。

 

「いっつも思うけど、聖君の料理の腕が中学生じゃないのよね……冷蔵庫に昆布浸かってたし」

 

「まぁ、両親が共働きの出稼ぎだとどうしても。外食ばっかりだとお金が足りないんだ」

 

 聖杯さんがいなかったら外食メインになっていたかもしれないけど、僕には聖杯さんがいたし、放っておくと大変な料理を生み出してしまう風花お姉ちゃんの家に泊まりに行ったり、逆に風花お姉ちゃんが泊まりに来たりしてたから、料理の腕を磨く時間はいくらでもあった。あと荒垣お兄ちゃんの指導とか。

 

「あとはそうだなぁ……自分が食べたい物を自分で作れるって素敵なことだと思うんですよ、僕」

 

「なるほど、そういう考え方もあるのか」

 

「うん、プロテインから手を離そうか真田お兄ちゃん。燃えるゴミの日にプロテイン全部捨てるよ?」

 

「待て、俺が悪かったからその笑みを止めてくれ」

 

 なんでもかんでもプロテインを入れるんじゃあないよプロテインお兄ちゃん。今度やったら燃えるゴミの日にプロテインを全て捨ててやろう。

 

「そういえば岳羽お姉ちゃん、桐条お姉ちゃん」

 

「「ん?」」

 

「口元に米粒付いてるよ」

 

「「あっ……」」

 

 さっき黙々と食べてたから、その時についたんだろう。どこか抜けているところがあるよね、この二人。

 

『……ふむ』

 

(聖杯さん?)

 

 伊織お兄ちゃんと真田お兄ちゃんが岳羽お姉ちゃんと桐条お姉ちゃんを揶揄い、その結果シバかれているのを眺めていると、聖杯さんが意味ありげに言葉を発した。

 

『聖よ、今宵のシャドウは大物だぞ』

 

 むむ、活性化すると大物────つまり、あの腕がいっぱいあったシャドウみたいな存在が現れるってこと? 結構な高スパン? で出てくるんだね、大物。タルタロスの探索も行き詰っていたけど、あの大物シャドウと何か関係があったりするのかな。あと、どうして一般人はタルタロスに迷い込んでしまうのか。シャドウの声を聞いて迷い込むらしいけど、どうしてタルタロスに? やっぱりタルタロスがシャドウの巣だからなのかな? 

 

『大物を討てば、破滅の塔の階層が開かれる』

 

(ううん……それ、開かれていいやつなの?)

 

『ほう? どうしてそう考えた?』

 

(だって、ゲームじゃないんだよ? 大物を倒したら新しい階に行けるって、都合が良すぎない?)

 

 まるで人間側には倒すことを推奨し、シャドウ側としては倒されることを望んでいるかのような関連性。あんまりにも都合がいいように見えて仕方がないのは僕だけ? タルタロスを無闇矢鱈と突き進むのはいかがなものかと疑ってしまう。上るしかないのかもしれないけど、その先で何が待っているのかが分からない状態というのは怖い。

 

(もちろん、何が待っているのか分からないのはどんなことでもそうだけどさ……)

 

『与えられた情報を鵜呑みにしない。良い傾向だ。その心がけを忘れるな』

 

(いっつも言われてることだもんね。江戸川先生とのお話でもそこは大事)

 

 江戸川先生の授業、意外と好きなんだよね。用事があって高等部の保健室に行くとよく分からない薬を飲まされるけど。……お陰様で薬物への耐性ができている気がします。何だろうね、あのズモモモモ……って凄い存在感を放つヤバそうな薬品。でもあれを飲んだ後に目が覚めると凄く思考が冴え渡っている気がする。何だろうね、本当に。

 

(江戸川先生と言えば……タロットカードの授業の話……影時間に見たあの腕いっぱいシャドウみたいだよね)

 

『ほう』

 

(こう……手足の使い方をまだ完全に理解しきっていない子供みたいだったというか……)

 

 遊んでいるように見えて、もしかしたらあれが全力の速度だったのかもしれない。多分遊んでいただけだろうけど……それでも、今思うと幼稚というか……ううむ、いや、そうでもないかも。でもちょっと重ねられる気がちょっとだけした。あのシャドウをタロットのアルカナで例えるなら────

 

(多分、魔術師?)

 

『ふむ……創造と積極性、しかして未熟か』

 

(僕みたいだね)

 

『貴様を含めた人間の多くは未熟だろう』

 

 ううん、手厳しい。人間って難しい。あ、難しいと言えば。

 

「そういえば、現場指揮って汐見お姉ちゃんで固定?」

 

「む? どういうことだ?」

 

「そうなってくると、汐見お姉ちゃんばっかりに負担がかかりそうだなって」

 

 現場指揮を務めるということは、つまるところ工事現場のリーダーみたいなことなわけで。例えば工事現場で事故が起きたとしたら、事故を起こした人のせいかもしれない。けど……その場で指揮を執ってた人のミスでその人が事故を起こしちゃったら、事故を起こした人だけではなく、指揮を執っていた人も責任を負わないといけない。いつでも先頭に立って、現場にいる人達を指揮しながら、自分の身を守って……普通の現場指揮とは違うかもしれないけど、違うからこそ汐見お姉ちゃんの負担が大きいように感じる。でも指揮を執る人は絶対に欲しい。難しい問題だ。

 

「確かにそうだな……だが、今のメンバーの中で最も現場指揮に適しているのは汐見だ」

 

「真田お兄ちゃんは?」

 

「怪我がまだ治り切っていないし、明彦は脳筋過ぎる」

 

 いきなり刺すね。見てよ「嘘だろ美鶴」って顔をしてるよ真田お兄ちゃんが。

 

「岳羽お姉ちゃん」

 

「貴重な回復技持ちだ。無理に前線指揮をさせたくはない」

 

 うん、確かに。汐見お姉ちゃんも回復技を持ってるけど、岳羽お姉ちゃんが回復をした方が傷の治りが早い気がする。

 

「伊織お兄ちゃん」

 

「前線で大剣を振り回し、ペルソナと共にシャドウを打破する方が伊織の持ち味が活きる」

 

 切り込み隊長みたいな動きしてるもんね、伊織お兄ちゃん。あんまり考えることを増やし過ぎると、伊織お兄ちゃんの持ち味が死んじゃうかもしれない。

 

「桐条お姉ちゃん」

 

「私が後方支援から離れたら誰が機材を動かすんだ」

 

 それはそう。

 

「僕は?」

 

「聖こそ自由にやらせた方がいい典型だろう」

 

 仮面を引っぺがさなくても召喚できると知ったことで、ペルソナを使わせてもらえるようになったけど、ペルソナの攻撃火力が強すぎるからということで物理主体の戦闘が多い僕は、ナイフと銃という装備の影響でシャドウの周りをピョンピョン跳ね回って攪乱することが多い。あ、それと影時間であればモデルガンから実弾が飛び出すみたい。聖杯さんの力って凄い。今度桐条の人が凄くリアルなモデルガンを用意してくれるって。デザートイーグルを所望します。それかコルトパイソン。

 

「こうなってくると指揮をできるのが汐見となる」

 

「むむむ……」

 

 仕方ない……仕方ないとはなりたくはないけど、今のところ汐見お姉ちゃん以外で指揮を任せることができる人材がいないとなると、こうなってしまうのか。

 

「大丈夫だよ聖君。私、皆のこと信じてるし!」

 

「んん……? それと大丈夫って何か繋がる?」

 

「うん。だって、皆が頑張ってくれれば、私が無理することもないでしょ?」

 

 ああ、そういうこと。汐見お姉ちゃんが無理に頑張らないように僕達も頑張ればいいと、汐見お姉ちゃんは言いたいようだ。まぁ、正論。……正論か? これ正論なのか? まぁ、とにかく汐見お姉ちゃんとしては、無理をさせたくないなら皆も頑張ってくれといったところだろうか。……うん、まぁもちろん頑張りますとも。頑張らないと僕が守りたいと思うものも守れないから。

 

「しょうがねぇ。男として、オレももっと頑張っちゃいますかね」

 

「調子乗って自分のペルソナの攻撃に巻き込まれないでよ?」

 

「ッスゥー……あれは忘れてくれませんかね……?」

 

「まぁ、ミスは誰にでもある。これからも期待してるぞ、順平」

 

 同じ男で運動部────伊織お兄ちゃんは元野球部らしい────だからっていうのもあるのか、真田お兄ちゃんは伊織お兄ちゃんとたまに走り込みに行ったりしているそうだ。僕? コロマルと遊んでるよ。コロマルの体力に合わせて遊んでるとね、凄く疲れるんだよ。だから体力は結構ある方だ。

 

「あ、聖君、豚汁おかわり」

 

「まだ食べるの!?」

 

 その細い体のどこに九杯分の豚汁が入っているんだろう。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 影時間になってすぐ……寮の緊急警報が鳴り響いた。何だなんだと部屋を飛び出して、真田お兄ちゃんや伊織お兄ちゃんの後を追う形で四階の作戦室に入ると、桐条お姉ちゃんがモニターを睨んでいた。

 

「何かあったの?」

 

「ああ。シャドウが外に現れた。しかもデカいぞ」

 

 聖杯さんの言う通り、大物シャドウが現れた。やっぱり満月が関係しているのかな? 満潮とか引き潮って月の影響って聞くけど、シャドウも月によって力を得て活性化しているのかも。だとしたら影時間に現れるあの月って何なのって話になるんだけど……あれ全部がシャドウの塊じゃないよね? シャドウが実は宇宙人でしたとか無いよね? 

 

『ふむ、出現位置はモノレールの付近か。シャドウがモノレールを動かせるのなら、不味いだろうな』

 

 聖杯さんからちょっと想像したくない可能性が提示された。

 

「不味いな……町中でシャドウが暴れたら、矛盾が生じる」

 

「矛盾って……何もしてないはずなのに壊れた、みたいな?」

 

「そうだ。それだけならいい。物だけなら老朽化が進んでいたということで終わる。しかし……もしシャドウが暴れ、その結果人間に被害が出たとしたら……」

 

 大量の人がいきなり死んだら間違いなく大変なことになる。だからすぐにでも現場に向かって倒さないといけないわけだ。

 

「出撃だ。メンバーは……汐見、岳羽、伊織、聖。頼めるな?」

 

「待て美鶴。俺も行くぞ」

 

「怪我が完治していない状態で向かっても四人を危険に晒すだけだぞ」

 

 桐条お姉ちゃんの言葉に真田お兄ちゃんが詰まる。チラリと僕のことを見てから折れた。……本当に、誰と重ねているんだろう? 

 

「悔しいが、現場指揮を頼むぞ、汐見」

 

「分かりました! 三人共、頑張ろうね!」

 

「んじゃあ見せちゃいますか、伊織順平の実力ってやつを!」

 

「うん、頑張らなくちゃね」

 

「大物……どんなのだろうね?」

 

 本当にどんな姿をしているのかちょっと想像がつかない。腕がたくさんあったシャドウは剣を持っていたけど……あ、もしかしてあれって脱出ショーとかで使ってる剣? 魔術師って魔法を使う人のことじゃなくてマジシャンの方? …………やっぱり想像できないや。

 

「汐見達は先行して出発だ。美鶴は外でのバックアップのための準備が必要だからな」

 

「ああ。では、四人共、駅前に向かってくれ。すぐに追いつく」

 

 桐条お姉ちゃんの言葉に頷いて、ぞろぞろと作戦室から出ていき、駅へと向かう準備を整える。駅内での戦闘になるのか、線路の上の戦闘になるのか、それとも……モノレールの中での戦闘になるのか。どうなったとしても嫌な予感がするんだよね。

 

 

 

 

 

 そんなことをずっと考えながら辿り着いた駅前。いつその大型シャドウが現れるのか分からないので、交代制で周囲の警戒を行う中、緑がかった満月を眺める。ううん、不気味。見られているとか、そういうわけじゃないんだけど、凄く不気味な満月だ。

 

「今夜は満月か……なんか、影時間に見ると不気味ね……」

 

「うん……あ、ココア飲む?」

 

「貰う。ありがと」

 

 魔法瓶に入れて持ってきたココアを岳羽お姉ちゃんに手渡し、桐条お姉ちゃんの到着を待つこと数分。凄く大きなエンジン音が駅前に響く。

 

「なんだぁ!?」

 

「ば、バイク!?」

 

「わぁ」

 

 猛スピードで駅前広場に突っ込んできたバイクは僕達の目と鼻の先に停まり、乗っていた人が慣れた手つきでヘルメットを脱いだ。……桐条お姉ちゃん、バイク乗れるんだね。

 

「遅れてすまない。状況が状況だ。要点だけを言うぞ。情報のバックアップを、今日はここで行う」

 

「ここで!?」

 

「ああ。君らの勝手はこれまで通りだ」

 

 そこからは桐条お姉ちゃんが色々な情報をくれた。シャドウの位置は変わっていないものの、駅から少し行った辺りにある列車の内部に入り込まれたらしい。つまり、そこまで線路の上を歩いていくことになるわけだ。……昔風花お姉ちゃんと一緒に見た映画にあったなぁ、そういうシーン。

 

「あの、線路歩くってそれ、危険なんじゃ……」

 

「心配ない。影時間には機械は止まる。無論、列車もだ」

 

「あれ? 桐条お姉ちゃん、じゃあそのバイクは?」

 

「これは少々特別製でな。それに、状況に変化があれば私が逐一伝える」

 

 桐条お姉ちゃんの話が終わったところで、色んな準備が終わったのか桐条お姉ちゃんが乗ってきたバイクから軽快な機械音が鳴る。

 

「時間だ。始めるぞ!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 皆で返事をして駅の階段を駆け上がる。……あれ? 

 

(聖杯さん)

 

『なんだ』

 

(汐見お姉ちゃんの近く、今何か変なのいなかった?)

 

『気のせいだろう』

 

(そうかな……そうかも……どうだろう……)

 

 でもさっき、なんか棺桶が見えたような気がしたんだよね。……何だったんだろう。




宮沢賢治の作品より、『雨ニモ負ケズ』
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