The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第十話 狩りの終わりと新たな始まり

 走る。ただ走る。湿った腐葉土に深い足跡が突くほど踏みつけて、折れた枝や朽ちた木の葉を踏みつけながらただ走る。湿った腐葉土が顔に付着しても気にせずに。

 後ろからブオンと風切り音がすれば横っ跳びで、後ろの黒い竜――――ナルガクルガの攻撃を避ける。当たれば一発、たった一発で致命傷となる一撃。

 昨日、ナルガクルガの尻尾をモロにくらった横っ腹から痛みが今頃になってぶり返す。熱のようにじんわりとした痛み。これは昨日、あの時感じた恐怖からの痛みだ。つまりそれは恐怖心より来る痛み。ならばその程度、今は我慢すればいい。そう奮い立て、アインはナルガクルガとの命がけの鬼ごっこに興ずる。

 逃げるという選択肢は今のアインにはありえない。

 逃げたら最後、ずっと向こうにいる人間へと竜の注意はむいてしまう。何で自分が死ぬかもしれないのに、そんなことをしているか。それはアインにも分からない。

 ……ただ一つ言えることを言えば、アインは自分が正しいと思った道を行く。馬鹿だ、偽善者だ、甘ちゃんだ。そんなことは誰に言われずとも分かっている。しかし、たとえ鼻で笑われるような自論であろうとも彼女は絶対にそれだけは曲げることはない。

 鬼は迅竜。逃げるはアイン。身体の大きさも歩幅、スピードも格段に違うアウェイな状況で、とうとうその時はやってきた。この狩りが終わる最後の賭けの時が。

 そして、辺りをさらりと見回すと、アインは徐に走り出した。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「何をやってるんだ……?」

 

 エリア5。朽ちた大きな切り株の近くに転がるエンはポツリと呟いた。

 それは、エンからかなり離れた場所で行われる鬼ごっこのことか、それとも――――未だに動けずにいる自分への知ったなのかは分からない。もしかすると両方とも言えるかもしれない。

 

 アイン。それがあの少女の名前だった。

 そして、いまどういう訳か赤の他人であり、かつ助けに来たはずのエンを『逃がす』と言って前方でナルガクルガと激戦を繰り広げている。

 エンは静かの嫌悪した。この状況でなく、自分に。

 捨てると言って捨てきれず、忘れると言って忘れられず、そして、助けに来たはずが助けられている。これではあの日のことと何も変わらない。

 

(……畜生! 畜生っ、何で俺はこんななんだ!? 何で俺はこんなにも――――)

 

 無力。たったの二文字、しかしその幅は大河より広く千尋の谷よりも深い、彼に心にとっては何よりも深く突き刺さったの言葉である。

 

『人殺し!』

 

『――を返して』

 

『消えてしまえ』

 

『無能のお前なんかが何で生きてんだ!』

 

 エンの脳内に焼き付いた言葉が光景が浮かぶ。額には左肩の痛みとは違う痛みで油汗が浮かぶ。

 そして、奥歯をミシリと言わせるほど噛みしめて、徐に顔を上へあげた時、彼の眼にある光景が飛び込んだ。

 それは、アインという少女が迅竜にとらわれたのではなかった。尻尾で薙がれたり迅翼で切り裂かれたわけでもない。

 

 それは、迅竜が、ナルガクルガが、あの恐るべきスピードがウソのように消え、動きが遅くなっているのだ。

 

 その光景を見たエンは瞬時に脳裏に瞬時にある言葉が浮かぶ。

 疲労。中型以上のモンスターの狩猟中に、モンスターの動きが著しく遅くなる状態だ。証拠として口よりよだれが溢れ出し、大体のモンスターはこの状態を脱するのに他の生き物を襲う。

 そもそもなぜこうなるか。それは中型以上のモンスターはその巨体を動かすのに多大なスタミナを使うからだ。勿論、そんなすぐ動けなくなるほどではないが、力を手に入れる代わりにそれを捨ててしまっているともいえる。

 

 これをアインはナルガクルガに誘発させたのだ。しかもエンが事前に戦っていたことと、スタミナを奪う打撃武器の特性の全てを計算の内に入れた上、足りない時間を自分が囮になるという荒技にも打って出た。

 もしかすると、当初はとっさの思い付きだったのかもしれない。しかし、それを見事に成功させ、今の状況を誘発させた。そのたぐい稀なる直感力、洞察力、判断力、そして行動力にエンは静かに驚いた。もし、彼女が経験を積みその技術を昇華させたならば、大陸中に名が知れ渡るハンターとなっているだろう。

 そして、エンはこれから彼女が狙うものも理解できた。疲労状態とはいえど、ナルガクルガは大型のモンスターだ。ただ攻撃されることに我慢していることはあり得ない。だからこそ狙うこと。

 それはアインが徐に走り出した方向にあった。地面にできた小さな山。エンは知らないが今回のクエストで何度も出てきた物。それはアインがナルガクルガを引きつけている間、エンも気付かない間に、彼女のオトモアイルー、トトが仕掛けた、シビレ罠だった。

 

 そして、そのシビレ罠の上へとアインが辿り着く。シビレ罠は上に乗った物の重さにより作動するため、人間が乗ったぐらいでは作動しないが、大型のモンスターであるナルガクルガが乗れば言わずもがなだ。

 後はナルガクルガがアインを追いかけ、そのシビレ罠の上に乗るだけだった。

 

 しかし――――、

 

(いや……駄目だ。これには決定的な欠陥が……。ナルガクルガには……)

 

 そうナルガクルガには異常な跳躍力を持つ。人間が助走を付けてやっと跳躍できるのが5・6mそこそこ。しかし、ナルガクルガは助走も無しで10mは跳躍することもできるのだ。つまりシビレ罠など苦も無く飛び越えることなど造作もないだろう。いくら疲労状態であるとはいえ、その程度簡単にできるのは間違いない。

 それ故にナルガクルガは罠にかけるのが難しいモンスターともいわれている。

 

 そして、向こうにいるあの少女はまだ気付いていない。危険は今まさに近づいていることに。

 いやそもそもにして、駆け出しのハンターではナルガクルガの生態や戦闘方法などを知っているわけが無いのだ。だからこそ、彼女の瞳からは勝利を確信する光が消えていない。知らないからこそ消えていない。

 このままだったら、ナルガクルガは今にも跳躍しその迅翼で彼女を切り裂くだろう。

 しかし、それを知らせる声もエンの口からは出ず、ただ浅い呼吸が続くだけだった。体力だっていくらかは回復もできているはずなのに、動かない。少し、ほんの少しでも動ければ、転がったままの己の武器である《ボーンホルン改》をつかみ取り駆け出していくはずなのに、指も腕も芋虫のようにピクリとしか動いてくれない。

 そして、ナルガクルガの筋肉が収縮を始めた。ナルガクルガが疲労状態であっても、ほんの数秒もすればアレは爆発し少女の身体を切り裂きに行くだろう。

 少女が何かの違和感に気付いたようなハッとした顔になる。だがもはや遅かった。いや少女の体力も万全ならば避けるために動くこともできただろう。だが、それを行動におこすのに数秒を有してしまうほど疲労しているのであれば、勝機に影が差したことに気付き反応が遅れたのであればその限りでは無い。

 

 結果的にこの状況で動けると言えるのはエンしかいなかった

 

(ふざけんな……。これじゃあ、あの時と変わらねぇじゃねぇか……)

 

 あの時もしも、エンが負傷などせず、吹き飛ばされ死角に落ちなかったら、あの事件は起きなかったのだ。そして、今の光景だってしかり。エンがもしナルガクルガの攻撃など受けず、戦い続けていたのならこうならなかった。

 しかし、もう遅い。起きてしまったことはもう戻らない。ナルガクルガは今にも筋力を爆発させ、あの少女を切り刻むだろう。あの爆砕された仲間のように……。

 

(いいや……違う、アレはもう『過去』なんだろうが……。目の前の状況は『今』だろ……。いい加減起きろよクソったれ。それとも、もう一度、あの痛みを他人にも与えたいのか俺は?)

 

 あの事件の後に泣き崩れた者達。エンを拒絶した人間達。エンに向かった敵意は甚だ八つ当たりとも言える。だがそれは違う。誰にも向けられない痛みと悲しみをぶち当てられる人間がエンだけだったのだ。むしろその痛みを与える原因となった自分が最低なのだ。ならばどうするか、もうそれは決まっている。

 

(本当最低だな俺って奴は……)

 

 何時しか震えも、動きを邪魔する寒気も消えていた。理由は最低だった。あの光景を見たくない。酷く自己中心的で、馬鹿みたいな考えだ。

 だが今は、その考えが、その自己嫌悪が、彼を動かす原動力となる。

 

 グッと足を踏ん張ると、さっきの硬直は嘘のようで、まるで幻覚のようだった。相変わらず肩にはナルガクルガの尾棘が刺さったままで、肩を少し動かすだけでも激痛が走る。だが、それがどうしたとエンは己に叱咤する。もう一度あの光景を見たいのか? もう一度侮蔑の目を向けられたいのか? 嫌ならこの程度へでもないだろう。と。

 転がったままの狩猟笛を手に取る。棘に射抜かれていない腕だけでは重いため、無理やり痛む肩を動かして柄を握る。肩の傷から血が滴り柄が濡れ、取り落としそうになる手に力を込める。

 幸い、まだ移動速度を上げる旋律の効果は消えていない。今にも崩れそうな足で向かうのはどこかはもう決まっている。

 

 そして、エンが走り出した。血で空中に線を引くほどの速度で走ったからなのか、足音は大きかったようでナルガクルガがこちらを一瞬だけ向く。しかし、すぐに少女へ視線を戻した。べつに死にかけが放つ一撃など、蚊が差す程度の痛みでしかないとでもいいたいのであろう。

 そして、エンがナルガクルガまで数メーターまで足を進めた時、ナルガクルガはその巨体を少女に向狩って飛び掛かる。やはりエンはナルガクルガへの攻撃はあたらない。だがエンが行ったのは攻撃ではなかった。

 

 ただ空中で狩猟笛を静止させた。ナルガクルガの進行方向に。

 そして、次の瞬間、ナルガクルガは突如、進行方向に現れた狩猟笛に激突した。ミシリと鳴るエンの腕の骨とボーンホルン改。力も振りかぶったわけでもない一撃はナルガクルガにダメージを与えることはなかったが、進行方向だけは斜め下へと確実に変わっていた。すなわち、すでに作動ずみのシビレ罠の上へ落下するように。

 エンが倒れると同時にナルガクルガがシビレ罠の電気の鎖に絡め取られる。いくらナルガクルガが疲労状態でも持って数十秒。そして、最後に決めるのはあの人間だ。

 

「……今だ! ぶち込め!」

 

 エンはかすむ視線の中で、未だこの状況についていけていないあの少女に吠えた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「……今だ! ぶち込め!」

 

 その声が聞こえた時、アインは一瞬誰の声かは分からなかった。賭けが失敗した。そう思った時のことだった。

 だが、今はまだ賭けは継続していた。狩猟笛を持ったあの男。さっきまで肩をナルガクルガの尾棘で射抜かれ絶対絶命の危機にまで達していた男。自分をただの流れのハンターだと言ったあのエンが飛び掛かってくるナルガクルガの軌道をそらしたのであう。

 結果、ナルガクルガは現在シビレ罠から漏れ出す紫電の蛇の巻き付かれ、その動きを止めていた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。これを逃したらもうナルガクルガをどうにかするという方法は完全に潰えてしまうだろう。だからこそ、アインは疲労で悲鳴を上げる身体に鞭を打ち立ち上った。

 

 これは最後の賭けだ。逃した瞬間、訪れるのは死という敗北。アイン自身だけではなく、逃げずにこのチャンスを作ってくれたエンも、そして、アインの大好きなあの村の人々も。

 

 腕から抜けそうになる荒くれの大剣を、強く、さらに強く握りしめ振りかぶった。狙うは飛竜種共通の弱点、すなわち頭を狙って全身全霊をもって振り下ろす。ザシュッと今までにない音。しかし、それでもまだ浅い。この程度ではナルガクルガはまだ死なない。

 アインは気力の持つ限り荒くれの大剣を振り回し続ける。賭けの勝者となる為に、死なせたくない人々のために荒くれの大剣をふるい続ける。

 腕の筋肉が悲鳴を上げ千切れそうになってもアインは荒くれの大剣を振り続け、そして――――

 

 呆気なくシビレ罠は壊れてしまった。

 

 あまりにも呆気なくシビレ罠が壊れるポンッという音。

 ナルガクルガが斬撃に耐えかね後ろへ飛ぶ音。

 ナルガクルガの潰れた頭部の半分から血が滴り地面をぬらす音。

 そして、酷使され続けた腕から血がふき、荒くれの大剣が大きく欠ける音が絶望を体現したかのようにアインの鼓膜を刺激する。

 もう限界だった。疲れきった体では、顔が半分つぶれてなお生き続けるナルガクルガの攻撃は避けられない。すぐ近くに倒れたままのエンも動けない。自分の愛剣は大きく欠けてしまい使い物にならない。

 全てが限界だった。

 

(くそ……。もう体が…………)

 

 せめてもの意地でアインはナルガクルガを睨みつけた。そして、荒くれの大剣で顔の約半分を抉られ、片目だけとなったナルガクルガの視線と交錯する。 

 数秒、いや数十秒にも思えるたった数瞬、ナルガクルガが動きを見せた。

 止めを刺され喰い殺される死のビジョンが脳内で映し出される。しかし、アインもその近くで転がるエンもナルガクルガから視線を外さない。ハンターとしての意地がそうさせる。

 そして、次のナルガクルガの行動にアインは『へ……?』とあまりにも間抜けな声をもらした。

 ナルガクルガが自分達に止めを刺そうと、跳躍したのでは無い。

 ましてや、棘を飛ばしたわけでもない。

 

 ただ、ナルガクルガはその刃のような翼を広げ空に飛び立った。

 

 風を切る音を聞き呆けた思考を振り切ると、アインはナルガクルガに付けたペイントの匂いを頼りに、向かう先を記憶にある地図と照らし合わせた。そして、また驚く。

 ナルガクルガが飛び立ったのは西の方角だ。しかし、その方向にあるエリア6,7,9のいずれにも降りることはなかった。まるでこの場(渓流)から離れて行くよう、いや間違いなく離れて行っている。

 そして、ペイントの匂いがもう届かなくなるぐらいナルガクルガが離れた時、アインはやっと何が起きているのか気付いた。

 

「撃退……?」

 

 撃退。

 モンスターがその命にかかわるダメージを受けた時、その縄張りを捨て違う土地に逃げ出していくことを言う。しかし、普通ではそれはまずあり得ない。理由は簡単、縄張りを捨て逃げだすという行為をモンスターは何よりも嫌うからだ。己の命が尽きるまで戦い続けるモンスターにとってみれば、そんなものは戦って死ぬより屈辱的である。

 そして、それ以前にそこまで追い込まれてしまったのなら、もはやそのモンスターに他の土地に逃げ出すほどの力も残っていない。唯一例外といえば、古竜種の一部ぐらいでしかないだろう。

 つまりナルガクルガが逃げ出していくというのは、まずあり得ない光景だった。

 

「勝てたの私達……?」

 

 呆然とアインが呟く中、ペイントの臭気が完全に消えナルガクルガがこの渓流から逃げ出したことが決定的なものとなる。

 

 こうして長かったクエストは今、ナルガクルガの逃亡という結果で幕を閉じた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 ツンと鼻に刺すような薬草の匂いでエンは目覚めた。

 

(ここは……?)

 

 ここがどこなのか少しでも情報を得ようと身体を起こそうとしたが動かない。エンは仕方なく身体を起こすことをあきらめ首だけを動かし辺りを見回した。

 エンの視界に最初に映ったのは狩り場では存在しない普通の木造家屋の天井だ。今は夜中なのか辺りは薄暗く明かりとなる物はランタンぐらいしかない。次に肌に触れる麻製の布のザラリとした感触でここがもう狩り場では無いことに気付かせた。

 

(確か、ナルガクルガが渓流から逃げ出して、そのあとは――――)

 

「――――おや、起きたのかね。まだしばらく起きんと思ったのじゃが」

 

 穏やかな老人の声。その声の方に頭を向けると、椅子に座る着物を着た竜人族の男がエンの視界に入った。老人の手元には薬草などをすりつぶすすりこぎがあり、それが彼の職業を物語る。

 そして、彼は他のランタンに火を灯し部屋を明るくした後、また軟らかい口調で語った。

 

「全くハンターという連中は相変わらず無茶をするらしいのぉ。普通ならその左肩、使い物にならなくなるはずじゃぞ。ホント、あの子といい、ハンターは無茶苦茶じゃわい」

 

「アンタは……? いやそれ以前にここは……?」

 

「おや、覚えておらんのかの? ――――ああ、そうかお主、竜車の中で気絶していたらしいからな覚えておらんのもあり得るか。ここはお主が昨日訪れた村、ユクモ村じゃよ。儂はウォロ、この村で医者をしておる。他にも聞きたい事があるじゃろうが、儂に聞かんであの子に聞くといいじゃろう」

 

 『あの子?』とエンがいぶかしむ様に老人を見ていると、ちょうどこの部屋の入口が開いた。

 

「ほれ来おったぞ」

 

 入ってきたのはトレードマークの三度笠を外した黒髪の少女アインと、着物を着たユクモ村の村長の二人だ。

 二人はエンが起きていることを確認すると安堵の表情を浮かべ近づいていき、まず口を開いたのは村長だった。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。今回のクエストのことで、どうしても謝罪と感謝の言葉を伝えさせていただきたかったので……」

 

「いや、別に俺は……」

 

 エンはすぐに謝罪と感謝の言葉を下げさせようとする。あの少女を助けるために向かったのは確かだが、それはエンの遺志でしかない。それにこの肩の怪我だって自分の失敗でしか無く、ナルガクルガが乱入したのだってギルドが察知できなかった異常な事象でしかないのだ。

 だから今回、自分が感謝されることは無いと、エンは付け足した。

 

「いいえ、それでもこの子を助けていただいたうえ、結果的にこの村を救ってもらったことに変わりはありません。村一同に代り深く感謝させていただきます」

 

「…………」 

 

 感謝。エンにとってはこれほど馴染み深くない言葉は無い。彼がいた場所ではハンターはそうして当たり前という認識が強く、彼自身が感謝の言葉を述べられるのはむず痒い物だった。

 

「そして、ここからが経過の話です」

 

 そんなエンの様子に気付いているのか、それとも気付いていないのか彼女はゆっくりとした口調で話しだす。

 

「まず迅竜のことなのですが、アインより聞かされギルドはすぐに迅竜がどこに向かったか、調査をすぐに始めました。今はずっと西の未開の土地まで、飛び去って行ったということだけが分かっています」

 

 撃退されたモンスターはある意味、怪我の無い状態より凶暴といわれる。そのため撃退でそのエリアから離脱したモンスターはギルドが監視し、付近の村を襲わないかということを調べるという話はエンも昔から知っていたため、遠くに逃走したという話は素直に安心した。

 

「それともう一つ、エン様のオトモアイルー、ポップ様のことなのですが……」

 

 ポップの名を聞いた時自然とエンの顔がこわばる。あの迅竜の攻撃を受けどうなったか。もし最悪の結果だというのなら、エンは……。

 

 

「呼ばれて飛び出てニャニャニャニャーンッ!! オイラ、参上ッ!」

 

 

 突如、ドパンという擬音が出るほど開け放たれた戸から、黒猫ポップが今までのシリアスをぶち壊すかのように乱入。バッと大ジャンプを決めようとした(バカ)は、見事エンの腹部へ軽やかに着地した。そして、『うっ……』と呻く怪我人なエンにサムズアップを見せつける。迅竜の攻撃を受け絶体絶命なことになったはずのメラルーは相も変わらずだった。

 ……ちなみにこの後、麻酔のぬけたエンにアイアンクロー(五割増し)と目の前で買い置きのマタタビを全部燃やされたのは別の話である。

 

「あれ、旦那さん。大丈夫かニャ? やっぱり傷が……」

 

 今更ながら悶絶するエンに気付くポップ。そこにいる全員から『いやお前だろ、お前』という視線を受けてなお、気付いていない。

 

 

 

「とにかく、ポップくんもまだ怪我猫だから自分の部屋に戻っててね」

 

 以外にもその混迷極める状況に端を発したのはアインだった。彼女はポップにとりあえず今は帰るように促し自室に戻らせる。

 気付けば時刻は子の刻を回り、日ごろから多忙な生活を送る村長は病室を後にした。そして、医者のウォロもまた仕事は終わったために、その場を後にする。

 残ったのはこの病室の患者であるエンとこの村の元々の居着きハンター、アインだけとなっていた。

 

「怪我してるんだから、お前も戻ったらどうだ」

 

 アインも怪我は残っているはずだ。それに疲労もすさまじく今起きているのもつらいだろうと、エンが声をかける。ぶっきら棒ではあるが彼なりの配慮が見て取れる言葉だ。

 

「私は大丈夫。こう言うのには慣れてるし、もう帰るので。……あの帰る前に一つ二つ話させてもらってもいいですか?」

 

「ああ、別にいいが……」

 

「それじゃあ一つ目、エンさんはこの村に住むんですか?」

 

 まっすぐこっちを見て言うアインの意外な質問にエンは面喰った。今この時に来る質問だとは思わなかったのだ。

 それにロックラックのギルドマスターが決めたこととはいえ、エンにこの村に残る道理は無い。しかし、この村に立ち寄った時の第一印象は別に悪い物では無かったのも確かだった。

 決断はまだ時期尚早だが、エンは少し悩んでから口を開く。自分でもよくわからない衝動に身を任せて。

 

「……そうだな。俺もちょうど旅に疲れていたし、アテができるまでこの村に住ませてもらうよ」

 

 『アテができるまで』そこにはまた旅に出るかもしれないという意味も含まれているが、なによりもエンはもう疲れていた。過去から逃げることに、旅を続けることに。ならば、ここから新しいハンター、エンを作っていこう。それがエンの新たな目的となる

 村に残るという、意味合いの言葉にアインは何故かホッとしたような顔をすると言った。

 

「―――――それじゃあ、私とパーティを組んでくれませんか」

 

 あまりにも意外な言葉だった。エンはさっきの言葉以上に驚く。さすがにそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。かなり時間を置いてからエンは疑問を口にする。

 

「何で俺なんだ? この村ならほかにもハンターは居るんだろう? わざわざ俺じゃなくても……」

 

「この村を守る為に私は強くなりたいんです。それにエンさんはナルガクルガのことを知っているみたいでしたよね? それなら私よりずっと経験を積んでいるハンターなんだと思いました。

 私はまだまだ弱い。だからこそ強いハンターと一緒にいて、戦えば強くなれると思うんです」

 

 黒曜石を思わせる目でアインはエンを見つめる。その眼からは強い意志をうかがわせる光が放たれてろい、今のエンには無い強い目的も窺えた。そして、どういう訳なのか彼女の行く先をエンは見て見たい気がした。

 

「…………言っておくが、俺はお前が思っているほど立派な人間じゃないぞ」

 

「その時はその時です。私、これでも良い人と悪い人を見分けるの得意ですから」

 

 にこやかに答えるアインは『それじゃあ』とつなげて言った。

 

「改めて自己紹介といきましょう。私はアイン。このユクモ村の居着きハンターです」

 

「ああ、俺は――――――――」

 

 

 夜空の星星は美しく瞬いていた。まるでとある男の新しい人生をたたえるかのように。

 

 

「――――ただの流れハンター、エンだ」

 

 

 

 

 

 

第一章 狩人の辿り着いた場所 完

 

 

 




 遅れてすみません。正直に言うと新作を書いていたらこれを書くのを忘れてました。
 とりあえず第一章はこれで終わりです。
 という訳でちょこっとだけキャラ紹介をさせていただきます。別に読み飛ばしてもらってもかまいません。


●エン

男 22歳
茶髪のヘアピン付き 身長170cm台
使用武器:狩猟笛――ボーンホルン改
防具:アロイシリーズ

 『とある街』出身のハンター。そして、そこから逃げ出したハンター。この小説の主人公。
 現在、書類上はただのハンターとなってはいるが、実際はG級の称号を持っていた時期もあ腕はかなり高い。しかし、とある事件により精神面に影響があったうえ、その事件で他に人間達から忌避されていた。そのため街から逃走。
 最初旅人としてユクモ村に訪れたが、その街のギルドマスターからの計らいにより、ユクモ村に新しく派遣されたハンターとされてしまった。
 そして、村長からジンオウガが近くにいるときにクルペッコのクエストを受けてしまったハンターの話を聞き、救出のため渓流に向かうこととなる。


●アイン

女 17歳
黒髪のロング 身長150cm前半
使用武器:大剣――荒くれの大剣
防具:ユクモノシリーズ

 ユクモ村の居着きハンター。駆け出しでまだ経験は浅いが潜在能力は高く、育てばかなり腕を持つハンターとなる可能性がある。
 基本的に猪突猛進な性格だが、戦闘中でも頭の回転は速く柔軟に対処できるようで、クルペッコを仕留めるときにそれが発揮された。
 天然な時もあり持ってきている道具のことを忘れてたり、かなり無茶をすることも多く、その度にオトモアイルーのトトに怒られている。トトの胃削り要因。
 村長からクルペッコの狩猟クエストを受け渓流に行っていたが、乱入してきたナルガクルガに襲われ絶体絶命のピンチとなり、そこをエンに助けられた。


●ポップ

13歳 オス 毛並み:メラルー
使用武器:アロイネコソード
防具:アロイネコシリーズ

 エンのオトモアイルー。元々は野良で砂原で暮らしていた。オトモアイルーには珍しいメラルー種。エンの駆け出しハンター時代からの仲であり、エンにとっても一番心を許せている相手。
 種族的な物なのかおちゃらけな性格で悪戯好き。何かを改造するのが趣味らしくこの章で出てきたUTB(打ち上げタル爆弾)DXは彼が作った。ネーミングセンスが無いことに突っ込んではいけない。
 ここまでだと、アレな性格に見えるがエンの理解猫であり彼のことを心配するそぶりがよく見てとれる。


●トト

8歳 メス 毛並み:アイルー
使用武器:ジャギィネコナイフ
防具:ジャギィネコシリーズ

 アインのオトモアイルー。アインと同じでまだオトモアイルーとなってまだ日が新しいらしく、経験は少ない。
 かなり真面目な性格で言葉遣いも『です、ます』を付けているが舌が回らないのか語尾が『ニャ』ではなく『にゃ』となっており、やはり幼い印象が強い。
 アインの猪突猛進なところに手を焼いており、怒る時は般若の如く怒る。


 アレ、エンよりアインが主人公っぽいような……。
 冗談はさておき今のところはこんな感じになりますね。これからもキャラクターは増えると思いますから、その章終了時にまた書かせてもらいます。それでは、また。
※2014年1月6日:設定に間違いを発見したので修正
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