The hunters story―狩人の奏でる旋律― 作:真っ黒セキセイインコ
そのハンターの話を聞いた時、胸の内にある怒りが湧きあがった。歳もそう変わらない下手をすれば、自分よりハンター歴も少ないであろうそのハンターの少女が、あの迅竜ナルガクルガを撃退したというからだ。
自分達はある人間とある約束をしたうえで、さらに絶え間ない努力をしてきたのに、その少女ハンターはそれを成し遂げた。自分達はこんなにも壁ばかりで前に進めもしないのに、なぜこうまで差があるのか。
酷く人間的で自己中心的で屑のような願いだというのは分かっていた。だがそれでも納得ならない。何故何も制限の無い人間が、何故何も約束事の無い自由な人間が、なぜ制限ばかりで下手をすればハンターを続けることができなくなるかもしれない自分達よりも恵まれているのだ。
期限は迫っていた。もう少し経ってあの約束が果たされなければ自分は、何も言わずついてきてくれた兄はまた籠の中の鳥となる。せっかく手にした自由が消える。あの息の詰まる場所で生きて行かねばならなくなる。
それだけは絶対に嫌だ。
自分はまだハンターを続けたい。この世界を見て回りたい。友達というものも欲しい。
なのに、たった一体のモンスターを倒せないというだけで、その望みは消えうせる。
だからこそ、腹立たしかったのだ。
縛る鎖もなにも無い人間が、自分達より優秀なのかもしれないということが……。認めてしまう自分が……。
そして、自分達は飛び乗った。その者がいる村に行く竜車へと。その時の拠点を捨てて。
……全ては、結論を得るために。自分達が悲劇を受けない方法を見つける手がかりとするために。
そして、その熱もさがらぬ間に夜は明けた。
◇ ◆ ◇
まず最初に目に飛び込んだのは、天高く蒼穹へと上る白い蒸気の竜だった。そして、つい最近まで自分達がいた村とはケタ違いも良い所の規模。道行く人間。全てが今まで見てきた物とは違う。
「……
鼻をスンとならしながらストベリーブロンドをケルビテールにした少女が、村を見上げて呟く。ここが目指した村、ユクモ村だという実感が遅れてやってきているのだ。彼女は今まで自分達が乗っていた竜車から荷物を入れた袋を取り出し、未だに竜車から降りれずにいる相棒に言った。
「何時まで酔ってるんですの。もうユクモ村に着いたんですのよ。さっさと起きなさいな」
「……待ってよ、僕やっぱり竜車って言うのがどうしても苦手で……」
「四の五の言ってないで、さっさと降りなさいな」
少女が竜車に腕を突っ込んで、言葉の主を引きずりだす。袋が落ちて中身が飛び出したが、少女は気にしていない。
出てきたのは少女とそっくりな少年だ。驚くことにその身長もほとんど変わらない。唯一、違うとすればその髪の色が軟らかい緑色であることだけだ。あとは背格好も少女とほぼ変わらず、下手をすれば少女と言われてもおかしくない。
そして、そのそっくりな二人を見て、荷物の出し入れをしていた男が物珍しげに口を開いた。
「おや、アンタら双子なのか」
「ええ、よくおわかりで」
上品に少女が微笑みながら返すと、未だに目を回したままの少年に水の入っている水筒を渡す。もし髪色と髪型が同じなら、きっと絶対にどっちがどっちなのか分からなくなるだろう。
「本当にそっくりだな、嬢ちゃんら。それにその荷物、ハンターなのかい? それジャギィの防具だろ」
男が先程落ちた袋から飛び出す赤紫の動物性の皮が漏れ出しているのを見て言った。比較的ジャギィの素材はハンター以外でも馴染み深い物だが、加工された防具などを持っている者はハンターぐらいである。少女は袋を拾い、出てしまったものを放り込むと苦笑いをしながら言った。
「ええ、まあ、そうですわ。……ほら、そろそろ立ちなさい」
笑いながら去っていく男を見送ると、水を飲んで一息つく少年を小突く。彼女達の目的は観光に来たわけではない。それに急がなければ期限が来ていしまうかもしれない恐怖が少女にあったのだ。
しかし、今度こそ、酔いが覚めた少年は少女の手も借りず立ち上がると『大丈夫』と少女に囁いた。
「――――絶対に自由にしてみせるから」
「…………。馬鹿なことを言ってないでさっさと集会所に行くんですの」
少女がほんのり赤くなった顔を背けると少年は笑い、やがて彼女達は階段をのぼりはじめた。
◇ ◆ ◇
少し歩いてユクモ村はかなり活気のある村だというのがよくわかった。彼女達がつい最近まで居たアルカ村は規模は小さくも活気のあった村だが、ここはそれ以上のようである。
「大きい村だね」
「でも、ハンターは少ないようですわね」
実際、道をいきかう人々の中にハンターらしき人間は見当たらない。ユクモ村はあるモンスターのせいでハンターが減っていることは聞いていた二人だったが、ここまでまばらだと拍子抜けだ。
「《ジンオウガ》なるモンスターがどれほど強いのか存じませんが、世の中には情けないハンターばかりで困りますわ」
「ははは……。でもさ、ある意味、僕たちもそういうハンターなのかもしれないよ」
「そんなの絶対あり得ません! わたくし達は二人で最強なんですの」
「うん……、そうだね。そうなりたいよね……」
苦笑する少年の顔に影が差すが、生憎少女は先に行っていたためにそのことに気付いていない。すでに階段を登り切り、一番高い所にある建物――集会浴場の玄関口に辿り着いている。
「ほら、早く早く」
「……ごめん、今行くよ」
「まったく、少しはしゃんとしてくださいな。貴方はわたくしの兄なのですのよ」
石畳を駆け上がり少女のもとに辿り着くと、彼女はケルビテールの尻尾を揺らしながら少年を睨んだ。高飛車といえばそれで終わるだろう。しかし、どちらかといえばそれは心細さからくる眼なんだと、知っている少年にとってみれば単なる妹のわがままような物でしかない。確かに双子ではあるが、『兄』でもある彼は、妹の前では絶対に兄でいたいのだ。件の少女はそういう気弱な少年なりの優しさには気付けていないようだが。
「まずはここで情報収集ですわ」
「いや、その前にここでハンター登録でしょ」
彼女のせっかちなところを
さすが温泉でも有名なユクモ村。集会所と温泉施設が一体しているとは……、なんて少年が驚きながら辺りを見回すと少女がまたもや彼を小突いた。
「何見回してるんですの。そんなんじゃ田舎者と思われますわ」
「……実際田舎だと思うんだけど……」
「生まれは別ですわ」
フンとまたもや鼻を鳴らしながら、勇み足で歩いて行く。少女が向かうのはさっき少年に指摘された通り、ギルドのカウンターだ。カウンターといっても、そこで受付嬢達は正座しており、どちらかといえば番台と言った方が良いのかもしれない。
鮮やかな青の衣装と、これまた鮮やかな紫の衣装に身を包む受付嬢達は、このユクモ村の雰囲気にマッチしている。
「ここの村でハンター登録したいんですの」
少女の言葉に彼女達は一瞬だけ目を白黒させた。無理もないかもしれないあの人形じみた少女が、そんなことを言えば少しは驚く物だろう。しかし、意外にもすぐにすました表情に戻った。まるで同じような人間を何度も見たことがあるかのようである。やがて、人懐っこい笑みを浮かべた紫色の受付嬢が問いかけた。
「ハンター登録ですね、わかりました。……あっ、そちらの方もハンター登録ですか?」
「う、うん、そうだけど……、驚かないんだ」
意外な反応というのもあった。あの少女は初めて初対面の相手にはいつも嘗めてかかられるというのに、それがあの受付嬢には無いのだ。
そして、妹以外の相手にはどうしてもしどろもどろになるらしく、少年の言葉は途切れ途切れだったが、受付嬢はまた微笑みながら答える。
「あー、それはですね、この村のハンターさんもそんな感じなんですよ。それにちょうど歳も同じぐらいでしょうし」
へー、そんなハンターがいるのか、なんて少年が考え込んでいると、そんな少年に少女から叱責が飛んだため、思考するのはまた後に置いた。
「では、ハンターカードのお見せくださいな。あと、これに名前とハンターランクも書いてください」
ハンターカードを受付嬢に渡すと差し出された木の板と羽ペンを受けとり、もはや慣れた自分の名を書いて行く。少女の方は先に書き終えたようで、もう情報収集に乗り出し始めていた。
あんまり遅れると、また怒られるなと少年が羽ペンを走らせるのを速めていると、快活そうな受付嬢は少年に言った。
「そういえば、双子なんですね。男女でここまでそっくりなのは珍しいです」
受付嬢が言いながら可憐に小首を傾けるしぐさに、どうやらそういうものに免疫の無い少年は少し赤くなって、小さく『うん』と頷くしかできない。そして、できるだけ手早く登録書に書き終え逃げるようにその場所を離れた。
離れてすぐさま少女に追いつくと、またもや睨まれる。どうやらさっき赤くなった所を見ていたらしく、機嫌が悪い様だ。
「ごめん、遅くなった」
「本当ですの。わたくし達がどうしてこんなところに来たのか、分かっておいででしょうっ! なのに……」
「本当ごめん。今日は奢るよ、ちょうど昼時だしさ」
「それで、ご機嫌取りのつもりですの?」
「腹が減ったら何もできないからね、今のうちに昼食を取っておいた方がいいと思ったんだ」
蒼色の瞳が冷たい光を放ちながら、少年を射抜く。とはいっても少女は少年に本気で怒っているわけでは無いようだ。この少女はこういう元来の性格だからこそ、こういう行動をすることが多い。それを知っている少年にとってみればいつものことだった。
そして、やはりのことながら、少女も空腹となっているらしく、その少年の提案を却下することはない。
「まあ、悪くはないですわね。……ただし、あまり楽しむのは禁物ですわ。さっきも言った通りわたくし達には時間がございませんの」
「うん、分かってるって。じゃあ行こう」
集会所には酒場もあるらしく、そこで食事もできるそうだ。本当にいろいろ揃った場所だと、素直に少年は感心する。さすがに隣を歩く少女もこれは物珍しいのか、珍しく子供のように辺りを見回していた。
手短な席に座ると、少女が口火を切る。
「ここで食事を終えたら、当初の目的通り探しに行きますわよ。この村の居着きハンター、アインっていう方を」
「うん、わかっ――――」
少女が言って少年が返そうとした時、ちょうど後ろにある席にいた長い黒髪の少女が声を上げた。
「えっ、私の名前……?」
探しに行くまでもなく、自分達が会いに来た件のハンターの少女、アインが料理の入った皿を片手にそこに座っていた。