The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第十五話 水没林

 額に滲みでる汗をぬぐう。比較的温暖ではあるものの過ごし易い気候である渓流とは違い、今いるこの場所はムッとした熱気に包まれていて、それだけで気が滅入りそうだ。

 

(ここが水没林……)

 

 アインは水没林に来るのは初めてだった。怪我で来ることができなかったエンに色々と教えてはもらったのだが、やはり見るのと聞くのでは明らかに違う。

 絶えず降り続く雨は防具をびしょびしょに濡らす。あまつさえ雨水がインナーにまで侵入しているのは酷く気持ちが悪く、気持ちを鬱々とさせる。

 普段のアインならば、多少汚れようがすぐに気を取り直して前向きに考えるようにするだろう。しかしながらそんなアインでも、目の前に立つ双子との対応には疲れてきていたのだ。

 アインの前方を歩く少年と少女の二人組はどこまでもそっくりだった。少年の名はウキ、少女の名はサキと言い、ジャギィの革を使用したジャギィシリーズを纏う二人組である。

 そしてこのサキという少女に対しアインが抱いた印象はすこぶる悪い。何せこの少女は来て早々、アインに掴みかかって来たのだ。だれだって悪い印象を受けるのは当たり前である。

 しかしアインの抱いた印象はそれだけではとどまらない。

 何と言うか性格が合わないのである。この水没林に来る途中でも竜車の上では、最低限のコミュニケーションはとろうと話しかけても、サキは何一つ答えやしない。

 唯一どんなモンスターにあったのかという話には乗ったのだが、結局途中から向こうの自慢が始まってしまった。やれ自分達は水獣を狩っただの、やれこのジャギィシリーズを作るのに狗竜ドスジャギィを何体も狩っただの。そんな話を何度もだ。

 ゲンナリとしつつ溜息を吐いていると、先頭を行くケルビテールのサキが声を張り上げた。

 

「ほら何をやっているんですの? もう狩場に着いてるのですから、少しは気を引き締めてくださいな」

 

 誰の所為だ。適当に返しながら、そんな風にアインは心底思う。

 せめて彼女がああいう態度を取らなければアインだって、普通に接していただろう。

 あの文句だって本当なら無視したいところだが、答えなければ余計にうるさくなるのも必定だ。だからと言って何か釈然としないのも確かだ。

 

「……すみません。サキはその……少しアレな性格で……」

 

 黙り込むアインに双子の片割れであるウキが小声で話しかけてきた。サキとは違い性格はかなり穏やかなようで、サキが何かを言うたびに彼は謝罪をしてくるのだ。

 

「……別に大丈夫だけど、どうしてあなたが謝るんですか?」

 

「……今回の狩りはサキの独断です。それにサキは僕の妹だから、彼女の間違いは僕が謝らなくちゃいけません」

 

 そういうものなのか。なんだか釈然としなかったが、アインは何とか納得した。

 兄弟のいないアインにとって、サキとウキという双子の事情はよくわかりにくい。

 確かに、村で兄弟がいるという者は結構しっかりしているが、ここまで責任を取ろうとするものなのだろうか?

 それとも、そっちのほうが普通なのだろうか?

 

(やっぱり、釈然とできない)

 

「いい加減になさいますの、二人共! これでは日が暮れてしまいますわ」

 

 サキの催促する声に、アインはため息をつく。なにか掴みかけたところで、その答えがどこかに行ってしまったのだ。

 

(とにかく今は、この狩りに集中しないと。考えるのはそれから)

 

 気分を一新。

 意識を狩場のものに切り替えると、アインはサキに追いつくべく走り出した。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 水没林で最も脅威となるのは、肉食竜でも大型モンスターでもない。

 それはこの水没した足場だ。

 なんせ澱んだ水は地面がどうなっているかを分かりづらくする上、いざ移動しようにも水に足を取られてしまう。さらには下手に歩いて、そのまま水中に〝ドボン〟なんてことも普通にありえるのだ。

 そしてもちろん水中にはそこを住処とするモンスターがいて、それらに囲まれそのまま終わりなんていうハンターの話も普通によくある。

 

「…………」

 

 実のことを言うとアインは泳げない。正確にはあまり泳ぐ訓練はしていない。

 なんせユクモ村は山にある村だ。近くに大きな河はあるが、やはり泳ぐ人間というものは少ない。

 だからこそ、その訓練不足が災いした。

 

(今日は確かフロギィの狩猟だったはず……)

 

 注意深くアインは歩きながら、胸を撫で下ろした。もし泳ぐことになっていれば、間違いなく自分は足でまといだ。

 狩りが終わったら近くの川で泳ぐ練習をしよう。小さな決意を抱きつつ、歩いていけばさっさとエリア1に行っていたサキを見つけた。

 樹木の陰に隠れ、しきりに向こうを伺っているのを見て、アインは腰を低くしながら、小声で話しかけた。

 

「……何かいたの?」

 

 サキは声を出す代わりに、顎で指す。

 黄土色の景色の中、目を凝らすと、黄土色の水に溶け込むかのように這い回る影を見つけた。

 大きさは鳥竜種のジャギィの二倍ほどで、小型モンスターとしてはかなり大きい部類に入るだろう。

 

――――ルドロスだ!

 

 水棲獣ルドロスはロアルドロスの雌の個体だ。雄に比べればかなり小さいが、そのぶん非常に気が強く、多数に囲まれれば例え陸であってもただでは済まない。そう図鑑では説明されていたことをアインは思い出す。

 

「……どうするの?」

 

 追いついてきたウキが腰を低くして隠れるのを横目で見ながら、アインは小声でサキに話しかけた。

 ルドロスは基本的に一体では行動しない。していたとしても、すぐに鳴き声で仲間を呼び出すからだ。

 だからこそ厄介なのだ。もし特攻を仕掛けても、それまでに鳴かれてしまえば、多くのルドロスたちがこのエリアに殺到するだろう。

 それにこのまま隠れているというのも無駄である。ルドロスは非常に用心深いモンスターで、もう少しでもすれば、ここを見つけてしまう。

 だからこそ、サキの行動は簡単だった。

 

「ウキ」

 

「了解」

 

 言ってから、ウキは一気に駆け出す。

 突然走ってきたウキに、ルドロスはほんの少し戸惑ったようだったが、やはり野生の生物。すぐさま体勢を整え、迎撃すべく唸り声を上げる。

 

(早いけど……間に合わないッ)

 

 ウキの足はかなり速いようだが、やはり間に合わない。もう数瞬で仲間を呼び始めるだろう。

 そう感じて、アインが臨戦態勢を取った時、軽い発射音に遅れてルドロスの体が大きく揺らぐ。

 

「ビンゴ!」

 

 やったのはサキだった。

 正確にはサキが、黄色い皮が巻きつけられたライトボウガンで、ルドロスを狙撃したのだ。

 体勢を崩したルドロスは、駆けていくウキにとって格好の獲物だ。

 ルドロスに肉薄すると、そのまま腰の片手剣を引き抜いざまに切り裂いた。

 

「――――ッ」

 

 呻くルドロスに仲間を呼ぶ隙を与えないよう、さらに追撃。黄色い片手剣が血しぶき吹き上げさせる。

 しかし、相手はモンスター。その程度で死ぬのならハンターはいらない。

 

――――グォォォォォッ!

 

 唸り声とともに、ルドロスのしっぽがウキに向かって振られる。

 小型とはいえ、モンスターだ。当たり所が悪ければ骨が折れるだろう。

 しかし、それがウキに当たることはなかった。またもやサキのライトボウガンが火を噴き、ルドロスの頭を狙撃したのだ。

 これにより、大きな隙を見せたルドロスにもはや勝機はない。あえなくウキが振るう片手剣に命の灯火を刈り取られた。

 

「すごい……」

 

 思わずアインは呟いていた。なんせたった一言で彼らはあのコンビネーションを見せたのだ。しかもルドロスに一切の反撃も許すことなく。洗練されたハンターでもない限りできない芸当だった。

 

「こんなもの序の口ですわ」

 

 フンと鼻を鳴らしながら、サキは返す。

 実際、彼らにとったらこの程度、造作もないことなのだろう。

 

「――――それにまだ来ますわ」

 

「……えっ!」

 

 サキの言葉の意味に気づいたときには、茂みから新たな影が飛び出していた。

 影は三つ。さっきのルドロスより小さいそれらは、よく見知っているモンスターに似ている。

 

「ジャギィ……?」

 

 いいや、違う。アインはすぐに否定した。

 まったく色が明らかに違うのだ。ジャギィが赤紫色の皮なのに対し、あちらは橙色。

 姿もよく見れば全然違う。ジャギィのように小さなエリマキを持たず、その代わりに毒々しい色の喉袋が喉元にある。

 すぐにあれが何なのか、その答えはすぐに出た。

 

「あれが……フロギィ」

 

 ルドロスが流した血の匂いに寄ってきたフロギィ達の行動は早い。

 真っ先に近場にいるウキに標的を変え、飛びかかった。

 例え機動力のある片手剣であっても、3対1は非常に分が悪い。その危険を察知したアインはすぐさま走り出した。

 

「ハァァァッ!」

 

 思い切り近づいたところで、手短な一体のスラッシュアックスを一線。

 突然、横から襲来してきたアインに一頭のフロギィは対応できず、青熊斧の斧刃に鮮血を散らす。

 

(――――でも、浅いッ……!)

 

 一撃では仕留めきれない。

 しかし、追撃を与えようと斧刃を振るった時には、ほかのフロギィの反撃が始まっていた。

 

「避けてッ! 毒霧です!」

 

 フロギィの標的から外れたウキの声に気付いた時にはもう遅い。

 フロギィの喉袋が大きく膨らんだかと思えば、そこから毒性の強い霧が発射され、視界が紫色に染まる。

 

「ぐッ……!」

 

 とっさに息を止めても無駄だった。

 フロギィの極めて細かい毒霧の粒子は、皮膚の上からでもやすやすと侵入してくるのだ。

 そして、かの愚連隊の持つ毒は、獲物の自由を奪う神経毒であり、哀れな者に激痛を与える。

 次第に体から力が抜け、手から滑り落ちた青熊斧が黄土色の水に沈んだ。

 

(――――体が、動かない。早く解毒剤を!)

 

 必死にアイテムポーチへ手を伸ばす。

 げどく草と苦虫から作られる解毒剤は多くの毒に対して効き目を持つ。水没林では必需品とエンからの忠告で持ってきていたのが幸いだった。

 しかし、狡猾なる水没林の愚連隊――――フロギィ達が、それを許すわけがない。

 さっきの仕返しとも言いたいかのように、切りつけられたフロギィが襲いかかる。

 

「――――何をぼさっとしてますの!?」

 

 サキの叱咤と狙撃され吹き飛ばされていくフロギィを見ながら、何とか解毒剤を口に運ぶ。

 決して飲みやすい味ではないが、この際それを気にする余裕はない。一気に流し込むと、まだ思うように動かない体に鞭を打ちすぐに立ち上がり、沈んだ青熊斧を持ち上げる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 ウキの言葉に小さく頷きながら、アインはもう一度青熊斧を握り直す。

 まだ戦える。それの意思表示だ。

 だが、ウキから返ってきた言葉違うものだ。

 

「……ここで休んでいてください。あとは僕とサキでやります」

 

 もちろん、まだ戦う気のあるアインはすぐに反論する。

 返答はフロギィを惹きつけているサキからだった。

 

「――――邪魔者は黙って帰ってくださいな。足でまといですの」

 

 そのあとに言葉はなかった。

 ただ言えることは、その後の狩りを双子が済ませたということ。ただそれだけである。

 

 

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