The hunters story―狩人の奏でる旋律― 作:真っ黒セキセイインコ
夜空を見上げながら、湯気の海の中でグッと腕を伸ばす。
ほどよく筋肉のついた二の腕は、小さなかすり傷などはあるものの、綺麗な白い肌でスベスベだ。
しかし、剣を振り回す手のひらを見てみれば、さっきまでの白い肌が嘘のように、タコだらけで傷も多い。それでもそれは、何度も何度も繰り返したすぶりと、今までの戦いの勲章だった。
「――――足でまとい、かぁ……」
思わずアインは呟いていた。
今はどっぷりと日が暮れているため、いつもは賑わうユクモ村の大浴場も人はほとんどいない。だからこその独り言だ。アインは誰にもそれを聞いて欲しくない。
『足でまとい』――――その言葉を言われるのは、実に二回目だ。
一度目はあのクエスト。ナルガクルガの襲撃で、それを助けてくれたハンターから言われた。
ナルガクルガをどうにかしなければならないと言う状況で、あのハンターが下した判断は正しいことなのだ。なんせナルガクルガはそれだけ危険だ。新人ハンターのアインなど、簡単にやられるだろう。
そして、二度目はあの双子に言われた。
ウキを援護しようとフロギィに斬りかかり、その毒に侵された時だ。
「ハァ……」
ため息。
言われたことに対する反抗心と、弱い自分に対する怒り。
そして、此度の狩りでは何もできなかった自分への呆れ。
そんな色々なものが混ざった、ため息は温泉の湯気に消えていく。
「……なんだか、自己嫌悪」
呟いてから、もう一度ため息をつく。
誰か愚痴でも聞いてくれれば、気も楽になるかもしれないが、この時間帯に湯治客は滅多に来ない。来るとすれば村の人間ぐらいだが、アインはできるだけ村人に心配をかけるようなことが嫌だった。
そうして諦めて、家で武具の整備でもしようと考えた時だった。
「――――先客がいると思ってたら、帰ってたんだな」
目を向けてみると、見知った顔がそこにあった。『一度目』のハンター、エンだ。
さっきの雰囲気をかなぐり捨てて、なんとか柔和な表情を浮かべて返す。
「今さっき帰ってきたばかりです。それよりエンさんも、こんな時間にどうしたんですか?」
「ポップのバカがやらかしてくれてな。そんでさっきまでその片付けてをしてたら、汚れてこの有様だ」
それだけ言うと、エンは溜息を吐いて湯に浸かる。よく見れば確かにボロボロだ。何をやったのかアインは激しく気になったが、エンの様子を見て諦めた。聞かない方がいいこともあるのだ。
視線を流すと左肩の怪我は既に完治しているのか、もう痛々しい包帯はなされていなかった。
「怪我、もう治ったんですね」
「ああ、次の狩りは俺もでれる」
肩を回して傷が完治したことをエンは見せると、アインは少し安心した。ハンターの中には怪我を原因に引退してしまう者もいるのだ。傷に自分が少なからず関わっているだけにアインは気が気でなかったのである。
『よかった』と心の中で呟いていると、今度はエンが話しかけてきた。
「そういえば、クエスト中に何かあったのか? 例えば、あの双子と何かあったとか」
「へ?」
さっきまで、一番悩んでいた話題を他人に振られるとは思わなかった。思わず漏らした言葉にエンが怪訝な視線を向ける。
「何かあったのか?」
「いや、そのー……」
適当に言葉を濁しながら目線をずらす。下手に目を合わせたら、全て話してしまいそうだった。さっきまでは愚痴の相手が欲しかったと思ったが、この時は何故か悩んだ。できればエンにこんな話題をあまり話したくはなかったのだ。
しかし、そんな僅かな変化にも気づいたらしいエンは、話をそらそうとするアインを見てため息を吐いた。
「別に話したくないなら、話さなくてもいい。ただ、うだうだ悩むぐらいなら言っちまったほうが楽になるぞ」
「…………それ、エンさんも言えないんじゃ――――」
言ってしまってから、『しまった』と感じた。確かに言われたことは正しいのだが、出会った当初から隠し事の多いエンの言葉に若干、ムッとしてしまったのだ。初めて会った時もこんなことを言って場の空気を悪くしていた。
「…………」
「えっと……その――――」
黙るエンに慌てたアインが弁解しようと、声をかけようとした時だった。
「――――知りたいか?」
「え……?」
「お前は本当に――――
探るような目線。それと同時に様々な感情も混じりあった目だった。
ぞわりとして、思わず言いよどんだアインは首を横に振る。
「まぁ、いつか言えるときが来ればいいんだけどな」
そう言って、エンは話を締めくくると、小さく息を吐いて夜空を眺めた。
アインもつられて空を見る。紺碧の夜空には無数の星々がきらめき、ときおり流れ星も見える。空気が澄んでいるユクモ村のだから見える夜空だ。
(『いつか』、か……)
その、『いつか』は一体いつの来るのだろう、とアインは思う。明日なのか、数ヶ月後なのか、数年後なのか、はたまた数十年後になるのか、それすらもわからない。それはきっと、このエンというハンターがアインに心を許した時になるだろう。その間は、どうしようもなく苦しいだろう。
――――ならば、自分もこのまま言いたいことを放置していていいのだろうか?
決心を決めたアインはもう一度、エンに向き直って言った。
「――――少し愚痴のような話になるんですが、聞いてもらえますか?」
エンは少しだけ黙り込むと、小さく笑って首を縦にふった。
◇ ◆ ◇
「本っ当になんなのでしょうっ!? あの程度のハンターが、迅竜に打ち勝っただなんて信じられませんわっ」
甲高い少女の声が、宿の一室に響く。
ヒステリック気味に叫ぶストロベリーブロンドの少女に、椅子に座る緑髪の少年は諌めるように話しかけた。
「サキ、今は夜中なんだ。少し静かにしようよ」
「それはわかります。けれど、ウキは不思議になりませんの? あの程度のハンターが迅竜を撃退したなんて」
「それは僕も思うけど、今は落ち着こう。他の人たちに迷惑をかけるのはよすべきだよ」
「…………ッ」
諭すような言葉に、サキは渋々荒げていた声を下げていく。確かに今は夜中だ。それに宿には他の客もいる。それに迷惑をかけるほど、サキもそこまで図々しくない。
「それに『約束の日』は確かに近いけど、今荒れてたら、出来ることもできない」
「でもッ……」
約束の日が来たら、自分たちは
黙り込んだままなんとか言葉を紡ごうとした時、部屋の扉から乾いた音が響いた。
「誰か、来たみたいだね。僕が出るから、サキは休んでて」
そう言ってウキは椅子から立つと、扉の方へ歩いていく。
サキは項垂れながら、備え付けの窓から夜空を見上げた。悔しいほどに空は広々と広がり、まるでそれが決して届かない場所だと、ひどく予感させる。
「――――
それを聞いて、肩が大きくはねた。声も、その単語も、この場所では絶対に聞かないはずだった。
温かみのある声のはずなのに、
『期限』という言葉を頭にちらつかせながら振り返る。入口で立っていたのは青年だった。
傍らではウキが表情を凍りつかせ、無言で立っている。かなりの長身に真っ赤な髪の毛、それはサキの記憶ではたった一人しかいない。
「――――――――お兄様」
真夜中の訪問者にして自分たちの兄――――アルマ=ハッカートがそこにいた。
更新遅れてすみませんでした。
実は作者、一度話を溜め込んでから投稿しようと思ったのですが、私生活の影響もあり手間取ってしまいまして、今の章だけはすこし切れ切れに投稿することになります。
次章になり次第、溜め込んでからの投稿になりますので、もう少しの間ご辛抱ください。