The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第十七話 双子とアルマ

 

 籠の中とは存外に狭い世界だった。

 

 生まれた時から自分の人生は決められていて、それが正しいことのように育てられたのだ。

 だから何も知らなかった自分は、それが一番正しいことなのだと、そう思っていた。

 だが、それは単に世界を見ていなかっただけにすぎなかった。

 

『――――もう大丈夫だよ』

 

 自分たちの乗る船がモンスターに襲われ、濃密な死を覚悟したとき、その人はそう言った。

 そうして、暁のような紅の鎧に身を包む彼は、襲ってきたモンスターを追い払い、乗客を救ったのだ。

 初めて見た光景だった。鮮やかに舞う刃がモンスターを切り伏せていき、踊るように吐き出される弾丸が体表に穴を開けていく。

 位の高い人々は、そんな光景に悲鳴を上げたり、白々しく野蛮だと言ったが自分と兄は違った。

 仲間と共に、強大なものに立ち向かうその姿。そんな目新しい光景に目を奪われたのだ。

 

『ねえ、アナタたちは一体何者なんですの?』

 

 全てが終わって思わず出たその言葉に、その二人はニコリと笑ってこう言った。

 

『僕たちは――――』

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえ始める。

 日はやっと山あいから顔を出し始め、夜の暗闇は青い空に変わり始めていた。

 オトモアイルーのトトは、いつものように朝食の用意をすると、未だ二階で熟睡中だと思われる少女を大声で呼んだ。

 

「旦にゃさーん! ご飯を作ったからすぐ降りてくるのにゃー!」

 

 日頃から狩りに出ている少女は、溜まった疲れのせいで中々起きてこないのだ。

 いつもあの少女が朝早く起きて農場での日課を過ごせることのも、実はトトのおかげだったりする。

 とくに昨夜は狩りから帰ってきたので、かなり疲労がたまっているはず。だからこそ、朝食を作ってから呼ぶのはトトなりの優しさだ。

 

(まぁ、一度呼んだくらいで起きてくるほど、寝起きはよくにゃいですけどにゃ……)

 

 仕方ない、起こしに行こう。溜息をついたトトが席を立った時だった。

 

「――――おはよう、トトちゃん」

 

 珍しいこともあるものだ。トトは思わず目を疑った。

 いつもは呼ぶまで寝ているのに、今日は起きている。しかも、いつもボサボサになっている長い黒髪がキチンと整えられていて、ちゃんと防具まで付けている始末だ。

 一瞬、『今日は雪が降るでしょう』なんて予報が頭をよぎった。

 

「旦にゃさんが呼ばなくても起きてるにゃんて、とっても珍しいですにゃ」

 

「私だって、たまには早く起きるよ。それに今日は狩りに出ようかなと思ってて」

 

「昨日、狩りから帰ってきたばかりなのににゃ?」

 

「うん」

 

 正確には帰ってきたのは深夜だ。しかも、昨夜見たときはひどく疲れた様子で顔も青ざめており、さらには溜息をひっきりなしに吐いていたほどである。いつもなら、絶対に想像のつかない状態だ。

 もちろん、訳を聞こうとは思っていたトトだったが、彼女はすぐに温泉に行ってしまったので聞きそびれ、結局は今日に至っていた。

 だからこそ、今日は血色の良い顔をしたアインを見て、トトは内心安心していたのだ。

 

「……どうしたの?」

 

「にゃ? にゃんでもないですにゃ。そういえば旦にゃさん、武器はやっぱりそれで行くんですかにゃ?」

 

 壁に立てかけられている無骨な剣斧をトトは指さした。

 ついこないだまでは、アインは大剣使いのハンターだ。だからこそ、急な武器の変更に戸惑い、あまつさえ上手く扱えてないと聞いていたトトは少し心配だったのである。

 そんな問いに、アインは頬張っていた歯ごたえ抜群の頑固パンを飲み込むとにっかり笑った。

 

「そうよ。それで行く気」

 

「大丈夫なのにゃ?」

 

「大丈夫。もう足でまといとか言われても、へこたれないって決めたし。それに自分で決めたことは、もう曲げる気はないから」

 

 少し気になる言葉が見え隠れしたが、トトは聞かなかったことにした。主人は笑っているのだ。昨日とは打って変わって本心からの笑みだ。ならば、大丈夫。

 

「なにかあったら、今度はボクにも相談してくださいにゃ」

 

「わかった。その時はお願いするね」

 

 言いながら、パンの最後のひとかけらを水で流し込むとアインは席を立った。手にはアイテムポーチがあって、もう出発の準備ができているということを表していた。

 

「もう行くんですかにゃ?」

 

「エンさんと約束してるしね」

 

 アインが扉に手をかける。少し力を入れるだけで、少女は外へと飛び出していくだろう。

 だからこそ、最大限の笑顔をトトは浮かべた。迷いがなくなったのなら最高の笑顔で送り出そう。

 

「いってらっしゃいにゃ! 旦にゃさん!」

 

 トトの笑顔にアインもまた最高の笑顔で返した。

 

「いってきます!」

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 さて、どうしたものか。

 

 早朝であるはずなのに、何故か物々しい空気の集会場でエンは大きくため息をついた。

 この場にいるのは、番台に座る受付嬢とギルドマネージャーを除いて四人。見知った赤い頭と、同じく見知った桃色の頭と柔らかい緑色の頭。それが入ってすぐ近くのテーブルについている。そして一人で少女を待っているエン。まだ、この時間では集会場も食事処としては機能していないので、意外とこんなに人がにいるのは珍しかった。

 けれどこの場を支配するのは、朝の爽やかな雰囲気ではなくどろりとした何とも言えない空気だ。言うまでもなく発生源は三人が座るテーブル。五月蝿いわけではなく、痛いほどの静寂が余計重苦しい。

 

(外に出るか)

 

 基本的に悲観的なことを考えることの多いエンだが、流石にここまで重い空気は苦手である。いろいろ耐えられなくなって、入口の方ゆっくりと向きを反転させると、受付嬢の一人が目が合う。無言でもなんとなくどう思われているか分かった。

 

『この状況どうにかしてください』

 

――――ごめん、無理。

 

 戦況を読んで動くことが前提の狩猟笛が武器のエンだが、残念ながらこの重苦しい空気を払うようなユーモアセンスは持っていない。それがあったらもっと変わってるはずだ。

 心の中で受付嬢に謝りながらもう一度外に出る。アインとの待ち合わせは集会場だが、外待っていても問題はないだろう。とにかく、一刻も早くこの場を出たかった。

 

「――――エン殿」

 

 思わずぎくりと肩を震わせた。

 赤髪の大男――――アルマ=ハッカートがエンを呼んでいるのだ。

 なんとか大人の対応として、咳払いをしてから出来るだけにこやかな笑みを浮かべる。

 

「……何だ?」

 

「この度の件について、エン殿にもお詫びを入れたかったので」

 

 言葉の意味がわからない。お詫びと言われても、何に対してのものなのか判別がつかない。

 気になるのは、あれだけ気の強かった双子の片割れがありえないくらいにおとなしいことぐらいだ。

 

「何のことかいまいちわからないんだが?」

 

「この二人がやった事についてです。本当ならば、アイン殿も居ればよかったのですが」

 

 アインに関係することとわかって、なんとなくどういう意味なのか理解ができた。事の顛末は昨夜にアインから聞いているので、それのことなのだろう。

 アルマが双子の知り合いなのも前に聞いていたし、だから彼も事を知っているのも理解できる。

 だが不可解なのは、あの双子の顔色だ。たとえ怒られたくらいで、あの二人があのような表情になるのか、それがとにかく不可解だ。

 そして、ちょうどその時だった。

 

「――――エンさん、おはようございます!」

 

 快活で透き通る声。言うまでもない、ユクモ村のハンターアインである。

 

「ああ、おはよう」

 

「ちょっと遅れてしまったみたいですね、すみません。あの、それでその方は?」 

 

 目を向けながらアインが問う。なんせアインにとってアルマは初対面の人間であり、全く素性の知らない人間だ。聞きたくなるのもよくわかる。それにこの状況をすぐに理解できるわけもない。

 仕方なしに、エンが軽く紹介しようとすると、アルマが遮った。

 

「初めまして、アイン殿。オレはアルマ=ハッカートと申します。今日はお会いしたく馳せ参じました」

 

「えっと、なんで私の名前を?」

 

「貴女の勇猛の噂は兼ねて聞いております。そして此度は、オレの弟達がご迷惑をかけたようで、そのお詫びをしたく」

 

 エンは、アルマと最初に出会った時の違和感にやっと気づいた。どうりで何か似ていると思っていたが、兄妹だったのなら納得はいく。

 つまりアルマは兄として双子のした事を謝ろうとしているのである。

 

「いや、でも、そんなことをしてもらうほど、私はなんとも……」

 

「いいえ、そういうわけにはいきいません。この二人が言ったことは決して許されることではないのです。むしろ、この二人こそ、ハンターである資格がない」

 

 そこまで言われて、さらにテーブルに座ったままの双子の顔色が悪くなった。双子はアルマの言葉に何もいうことはない。代わりに肩を震わせただけだ。

 

「おい、そこまで言わなくても」

 

 ハンターである資格がない。それを他人に言われることが、どれほど苦しいことなのかはエンでもわかる。しかも、それが身内から言われたのであれば尚更だ。

 けれど帰ってきたのは、さらに鋭く冷たい言葉だった。

 

「そうですね、言葉を変えましょうか。

――――この二人は、そもそもハンターになれるわけないのです。戯れも戯れ、我が父との賭けによりハンターになれただけに過ぎない。所詮子供のママゴトでしかないでしょう」

 

 先日会った時とは明らかに違う怒気に似た刃のような言葉。

 それに対し、答えたのは意外にもアイン。

 

「それは、どういう意味ですか?」

 

「言葉通り。――――この二人、サキリアとウキリアは、我がハッカート家の人間で、彼らの人生はもうとうの昔に決まっているんですよ」

 

 それは、どこまでも機械的な物言いで、どこまでも凍えるような言葉。

 今ここに双子の正体が明かされた。

 




 前回の更新からすでに四ヶ月以上、本当にすみませんでした。
 穴があったら入りたいとは、こういう感情なのでしょう。不肖にも怠惰と忙しさに負けてしまいました。次回こそは出来るだけ早く投稿できるようにしたいです。
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