The hunters story―狩人の奏でる旋律― 作:真っ黒セキセイインコ
辺りからパキパキと木の枝を踏むような音や何か大きいモノが歩くときの、ドス、ドス、ドス、ドスという音が近づいてくる。その音が近づく度に、獣臭い匂いもきつくなってきた。
現れたのは青い巨体だった。甲殻に覆われた前足、背中に白い毛を持つそのモノの名は、
「
アオアシラはすでにこちらに気付き、威嚇の咆哮を上げる。
クルペッコは勝ち誇ったように踊りだし、歓喜していた。
そしてアインは、しまった! という顔をしながら舌打ちする。
もう追い払うためのこやし玉は、メラルーに盗られてしまっているのだ。つまりアオアシラを追い払うことは出来ない。
(まずい……)
クルペッコが他のモンスターを呼ぶということは唯一つ。
自分が逃げるための足止めに使うためだ。
その証拠にクルペッコは、アオアシラの闘争本能に訴えかける歌を歌う。
突然の来訪者、アオアシラは怒り任せ、そのままアインへと突進を始めた。
なぜクルペッコの方を襲わないのか? 理由は簡単だ。彼らモンスターにとって人間は一番の天敵なのである。
アインは何とか突進を避けたが、アオアシラは続けざまの思い切り両腕を振り回す。
大剣を構えたままだと避けきれない。そうふんだアインは大剣を納刀し、急いでその場を離れた。背中の方でアオアシラの爪が通り過ぎる音に冷や汗を一つをかく。
そんな中、バサッバサッという風を切る音がしてそちらを見ると、クルペッコは翼を広げ飛んで行くところだった。
心なしかこの状況を見て楽しがっているかのように鳴き、クルペッコはエリア6から飛んで離れて行く。
「くそっ」と小さくアインは毒づく。せっかくいい調子だったのを止められてしまったからだ。
確かにペイントボールは付けられているが、また仕切り直しとなるのは何より痛い。
しかし、すぐにでもクルペッコを追いかけたいが、闘争本能を刺激されたモンスター――アオアシラに背を向けてしまうのは自殺行為となる。そもそも人の脚で逃げ切るのは不可能だ。そしてここで倒しておかなければ、またクルペッコに呼ばれてしまう様なイタチごっこになってしまう。
そう考えアインはアオアシラに目を向けた。どうやら向こうも逃がす気は無いらしい。
両者の距離は10メートル弱。先に動いたのはアオアシラだった。
グルルォォーとアオアシラは吠えながらアインに向かって突進を始める。
ゴオッというまるで岩が転がってくるかのような風切り音に、アインは背中が冷たくなる。だが、そこに大きな隙がある。
アインはアオアシラの動きが止まったところを見計らい大剣を無防備な下半身に向かって振り下ろす。
かなりのダメージが通ったのだろうが、相手はモンスター。アオアシラはそのままアインに向かってヒップアタックを繰り出した。アインはとっさのことで対処できず、アインの小柄な体は吹き飛ばされる。しかし、受け身をとって何とかこれに耐えた。
追撃をしようとするアオアシラにトトは小ダル爆弾を投げつけて気を引きつけ、その間にアインはポーチから回復薬を飲み干し身体の回復に専念する。それが終わると、トトと入れ替わるようにアオアシラに向かっていった。
これが彼女たちの戦い方だ。片方が攻撃している間は後方に引き、片方のスタミナが無くなってきたら、また入れ替わる。
これを何度も繰り返され、アオアシラは疲労により、よだれをダラダラと垂らし、動きが鈍くなり始めた。
すると唐突にこちらに背を向け、アオアシラはエリア5への入口へ走り出した。どうやら他の場所でスタミナの回復をしようとしているようである。
それを見てアインはすぐに追いかけようとしたが、トトに止められる。
「旦にゃさん、今の間に大剣を研いでおいた方がいいと思いますにゃ」
「それもそうだね、それじゃあ今の内に回復もしておくべきか」
自分の武器ジャギィネコナイフに刃こぼれが無いかを調べはじめるトトに、アインはそう答えるとポーチから砥石を取り出し大剣を研ぎ始めた。あらかた研いだ後、さっき言った通り、回復薬も取り出してそれを飲み干す。
さっきの戦いで消耗した体力を回復させると、今度こそ彼女達はアオアシラの逃げたエリア5へと向かっていった。
アイン達がエリア5に着くと、アオアシラは蜂の巣ができているへし折れた古木の前で座りこんでいた。蜂の巣を両前足で掴み、長い舌を器用に使ってハチミツをなめている。
エリア5は木々に囲まれた林のようなエリアで、湿気が多く上質なキノコがよく取れ、この地域特有の上質な木材ユクモの木が採取できる貴重な場所でもあった。
そして、ここではハチミツの採取もできるため、ハチミツが大好物のアオアシラはこれを目指していたらしい。
食事中に悪いけど……。と心の中で呟きながら、アインはこちらに気づいていないアオアシラの背中に向かって大剣で斜め上から一気に切り裂いた。
突然の痛みにアオアシラは呻き声を上げるが、それが怒りのスイッチとなる。
怒りの雄叫びを上げたアオアシラは、振り向きざまにアインに向かって甲殻に覆われた腕を振り下ろした。
攻撃後のふいをつかれたアインは何とかこれを回避することができたが、ユクモノ装備のトレードマークである三度笠の端に爪が当たり、大きな傷がつけられる。
間一髪。しかし、まだ危険はさっていない。さっきの攻撃で三度笠がアインの視界を塞いだのだ。
まずい。やばい。一気に狭くなった視界の中、アインは小さく取り乱す。
生物にとって視界が妨げられるということは一部の例外を除いて、生存率を著しく下げてしまうからだ。しかもよりによって今はアオアシラと対峙しているため、この上なく危険である。
とにかく狭くなった視界をどうにかしなければならなかったが、アオアシラはそれをさせるわけが無い。好機と見てそのままアインに向かってのしかかりを仕掛けた。
「旦にゃさん、危ないにゃ、のしかかりが来るから避けてにゃ!」
その声を聞きにアインは狭い視界の中、必死で横へ跳んだ。
直後さっきまで自分がいた場所にドスンという、鈍い音が響き、冷たい汗がアインの背中をぬらす。
一方、攻撃を外したアオアシラは、転んだままのアインに追撃を加えようとするが、トトがすかさず爆弾を投げつけ注意を引き付ける。その間に何とかアインは体制を整え、アオアシラから離れてから三度笠を外し放り捨てた。あまり良くない行為だが、視界の邪魔をしてしまうのなら外すほかに無い。
そして、アインは深く息を吐くとアオアシラがトトに気を取られ、背を見せた瞬間を見計らい、無防備な背中めがけて大剣を振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げの合計三閃の斬撃をぶつけた。
かなりの痛みがあったのかアオアシラは短い悲鳴を上げたが、その闘志は消えずアインに向いた。
「旦にゃさん、そいつをこっちに引き寄せてくださいにゃ」
軟らかい地面をけりながらアオアシラの攻撃を避けるアインの耳に、いつの間にか離れていたトトの声が届いた。
避けながら数瞬、アインはトトの意図を理解し、そっちに向かって走り出す。
怒りで我を失っているアオアシラは、そのままアインを追いかけはじめた。
もう頭の中では相手を殺すことしか考えていないのだろう。
そうしてアインが追いつかれそうになった瞬間、突然アオアシラの動きが止まった。
正確には地面が少し膨らんでいるところを踏んだ瞬間だった。
そこに埋めてあったのは、シビレ罠というハンターの使う罠で少しの間ではあるが、モンスターの動きを止めることができる道具なのである。
シビレ罠によって動けないアオアシラに向かってアインは大剣を抜き放ち、強烈な一撃をぶつける、。一閃、二閃、三閃と大剣がアオアシラの巨体に閃き、そして最後に渾身の一撃をあたえる。
だがそこでシビレ罠の効力は途切れてしまった。
しかし、アオアシラの美しい青色の毛並みは血で汚れ、腕の甲殻も割れてはがれ落ち、もはや虫の息になっていた。だが、それでもアオアシラは倒れない。
アオアシラはゆっくりと立ち上がり、アインを引き裂こうと砕けた甲殻に覆われた腕を振り上げた。しかし、アインはそれを避けようとはせず、逆に大剣をアオアシラ目掛けて突き出した。
数瞬後、二つの影がぶつかった。
そして数秒後、重なった影が崩れた。倒れたのは……青い毛皮を真っ赤に染めたアオアシラだった。
その胸元には、荒くれの大剣が深く突き刺さっており、ジャギィの素材を使ったその大剣の刀身はアオアシラの血によって真っ赤に染まって赤く光っていた。
地面に崩れ落ちるアオアシラに潰されない様に、アインは後に体を引く。
彼女の身体には傷は無かったが、黒く長い髪の毛の数本が千切れてしまっていた。
あの時、大剣がアオアシラへと刺さる瞬間、ほんの早く到達しそうだった爪をギリギリで避けた際に、引っかかってしまったのだ。
そして、ガラ空きになったアオアシラの胸元に大剣を突き刺さったのである。
「ハァハァハァ、ハァハァ……、やっと倒れた」
アインは疲れで腰を下ろしてしまいそうになるのをなんとか耐えて、アオアシラを見据える。
アオアシラの目にはもう光が無く、絶命していた。
アインはアオアシラに近づき、胸に突き刺さったままの大剣を引き抜くと、それを地面に突き立てアオアシラに黙祷をする。
『剥ぎ取りをする前には倒したモンスターに黙祷をする』というのがハンター達の暗黙の了解だからだ。
黙祷を終えるとアインは腰から剥ぎ取り用のナイフを取り出して剥ぎ取りを始めた。この剥ぎ取りにもルールという者があり、それはあまり素材を剥ぎ取りし過ぎないというものだ。
全てのハンターはモンスターを狩る職業ではあるが、決して殺戮者などでは無い。人間だって自然という営みに生かされているにすぎないのである。
だからこそ、ハンター達は自然へと敬意を忘れないのだ。
剥ぎ取りが終わると、アインはアオアシラの血で真っ赤に染まった大剣を止血用の包帯で血をきれいに拭きとってから、砥石で刃を研ぎ納刀した。
次に回復薬を飲み体力の回復を促していると、トトが近づいてきた。
「旦にゃさん、大丈夫にゃ? どこか痛いとこありませんかにゃ」
「大丈夫、心配しなくていいよ。少し疲れただけだから」
「それならよかったにゃ。……これで心おきなく文句を言えますにゃ」
「えっ」
なんか不穏な言葉が聞こえたような。アインがそう考えた時のは遅かった。
「旦にゃさん、さっきのアレは何ですにゃ! あんな危なっかしい戦い方をしてたら、いつか大怪我を負ってしまいますにゃ」
「で、でも倒せたんだし……」
「言い訳しないにゃ! ハンターたるもの無謀な戦い方はしてはいけませんにゃ」
一応、自分を心配して怒ってくれているようだが、可愛らしい猫の原型が無くなるほどの怖い顔で、それから狩り場だというのに10分以上ガミガミ怒られ続け、「続きは家でやるにゃ」の一言はやめてほしいと思うアインだった。
アインは少し項垂れながら、さっき放り捨ててしまった三度笠を拾い上げた。さっきアオアシラの爪で斬り裂かれ、笠の部分は破けてしまっている。アインは自分の髪の毛を一本を引きぬいて、それで破けた個所を括りつけてみたのだが、
「見栄えが少し悪くなったけど……、まあ被る分には問題は……無いか」
三度笠は少し歪な形になっていたのだが、無いよりはマシとアインは笠を被り直した。
準備が終わり、アインは空を見た。まだ日は高く、日が暮れ出すのはまだ6時間以上先のことだろう。
まだメインのターゲットのクルペッコを倒してはいないし、日も高い。このまま狩りを続けても大丈夫だろう。とアインは考え、ペイントの匂いがどこに続いているか探ると、どうやらクルペッコはエリア7に居るようだった。
そうして一人と一匹はエリア5を後にした。
◇ ◆ ◇
その頃、渓流のベースキャンプに、エンとポップは辿り着いていた。
エンは支給品の地図を広げて、眺めていると、
「ニャ、旦那さん、早く行かないと手遅れになってしまうかもしれないニャ」
「わかってる。だが、ここがどういう場所かを把握しないともしもの時、逃げられなくなる」
そう言われてポップは少し落ち着いてきた。
焦りは余計な危険が伴う。そういう簡単なことを忘れてしまっていたようである。
エンが地図を眺めていると何処からか嗅いだ事のある異臭が漂ってきていた。
「この匂いはペイントの匂いか」
匂いのしている場所はエリア7のようだ。地図には湿地になっているエリアとされている。
「それじゃあ、ここからは結構遠いみたいだニャ」
「ああ、……さて行くか」
地図をたたみ、一人一匹はエリア7に向かっていった。
――――ギルド管轄外の森の中、黒い体毛を持つ竜が東――――ちょうど渓流へと向かっていた。
身体には数多の傷があり、怪我の痛みによるものか、怒りによりその瞳は紅く輝いている。
怒りに燃えた赤い目を持つ竜は、風を切りながら森を駆け抜けていく。