The hunters story―狩人の奏でる旋律―   作:真っ黒セキセイインコ

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第八話 迅竜の猛攻

 アイン達が朝食を食べ終え拠点から出たころ、エンはエリア5へと向かうためエリア4を通りかかっていた。

 

「……」

 

 無言で背の低い草を踏みしめながら歩くエンの傍らには、彼の長年のオトモであるポップはいない。それが理由なのか、ただでさえ静かな渓流は耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。

 しかし、エリア4にある廃墟となった建造物の影に隠れていたモノが、その静寂を破るようにエンの前へと躍り出た。

 紫色の体色に特徴的な襟巻(えりまき)を持つ小型の肉食モンスター、ジャギィがエンへと襲いかかって来たのだ。

 ナルガクルガが渓流にやってきた影響からか、彼は鬼気迫る様子で目の前の獲物(エン)へと襲いかかっていく。エンは動じる様子も見せず狩猟笛を構え、それを横へと薙いだ。

 飛び掛かってきていたジャギィは、空中ではさすがに身動きが取れず、振り回された狩猟笛に当たり、朝露に濡れる雑草の上を転がっていく。

 もちろん、その程度で絶命するほど脆くは無いため、すぐに起き上がろうとしたが、それより早くエンのボーンホルンの一撃がジャギィの頭をとらえ、濡れた地面へと頭がめり込み絶命させる。

 

 ジャギィが絶命したのを確認したエンは、剥ぎ取りをすることもなくナルガクルガのいるエリア5の方への道へと向き直る。

 はっきり言って絶対に勝てるという自信は無い。

 たとえ、彼が元G級のハンターであったにせよ、現在の装備はアロイシリーズ。ほとんどの攻撃を避ける気で行かなければ、一発だけでも致命傷になりかねないのである。

 しかし、これが、あのアインと言う女ハンターのクエストを達成させ無事帰らせるという目的がある以上、ナルガクルガの相手をする人間がいなければ達成できないのだ。

 

(久しぶりだな……。勝てる自信が無い狩りは……)

 

 そして、エンは最後に大きく深呼吸をするとエリア5へ続く坂道を登って行った。

 

 

 エリア5は、朝だというのに薄暗かった。

 木がうっそうと茂り、黒く湿った土にはコケが生え、じめっとした空気に包まれている。

 

 暗いところでの狩りが得意なナルガクルガは、こう言う薄暗い場所を好むのだが、黒い毛に覆われた巨体は何処にも見当たらず、ただ飛甲虫(ブナハブラ)のブーンと言う羽音が響くだけが響いていた。

 

 エンは無言で腐葉土に覆われた地面を踏みしめながら、ちょうどエリア5の中心と言える場所へと進みだした。

 

 彼が進んでいく先には、ある生物が居た。それは周りの緑に溶け込む保護色となっている毛皮をもつ小型の草食獣――――『ケルビ』である。

 大きさは人間より小柄だが、長く伸びたその角からそれが雄であることが見て取れ、横たわったまま小さいその頭でしきりに辺りを見回していた。

 よく見ると、足を負傷していてそれが立ちあがれない理由のようだ。

 そして、その傷は転んでけがをしたというより、何かに意図的に切り裂かれたような――――。

 

 その瞬間、朽ちた大木の上から黒い巨体がエン目掛けて跳び下りてきた。

 つまり、巨体―――ナルガクルガは、怪我をさせて動けなくしたケルビをオトリに他の獲物を引き寄せようとしていたのである。

 ほぼ完璧ななタイミングで、ブレード状の翼を構えながら飛び下りてきたナルガクルガはかなりのスピードを出していた。

 しかし、エンまで残り数メーターという所まで近づいた瞬間、辺りに鋭い閃光が走り、ナルガクルガは体勢を崩し地面へと落下する。

 閃光の正体は閃光玉――光蟲を素材玉の中へ埋め込んだモノ――から発せられた光で、もちろんそれを投げたのはエンだった。

 

「オトリを使うっていうのには驚いたが、そんな殺気を駄々漏れにしてたら丸わかりだ」

 

 まぁ、そういうのがわかんのは師匠のせいなんだが……と、独り言を付け加えて、エンは落ちてきたナルガクルガを見すえる。

 昨日見たときは気付かなかったが、目の前のナルガクルガには焼け焦げたような痕があり、どうやらそのダメージがナルガクルガの戦闘力を弱めていたようだ。

 

 しかし、たとえ弱っていようとエンの不利は変わらない。

 いや逆に、手負いのモンスターほど恐ろしいものはないのだ。

 片や傷で弱っているがいまだ健在のモノ。片や体調は良くてもその身を守る鎧が脆く、一撃でも当たれば致命傷となり得るモノ。

 そんな、モノ同士の戦いでどちらが有利など、考えるまでもない。

 

 そして、先程地面へ落下したナルガクルガだったが、さしたるダメージも受けておらず、悠然と立ち上がりエンへと唸り声を上げた。

 ナルガクルガの敵意を一身に受けたエンだが、彼は逆に微笑んだ。

 これならば、ここへ引き付けておけるだろうと思えたからである。

 

 やがて、エンの後ろにいたケルビが無理やりに傷ついた足を引きずりながら逃げて行くのを合図に、ナルガクルガは驚異的な跳躍力でエンへと飛び掛かってきた。

 それに対しエンは横へ避け、着地し無防備になったナルガクルガの後ろ脚を狩猟笛で殴りつけた。

 しかし、その程度では大したダメージにはならず、ナルガクルガは身体ごと回転し尻尾をムチのように横へと振り回す。

 迫る尻尾にエンは離れるのではなく、逆に密着することにより僅かに空いた空間へと潜り込む。そいて真上を尻尾が通り過ぎて行くのをやり過ごすと、止まった時の硬直を狙い飛竜種共通の弱点である頭へと狩猟笛を叩きつけた。

 ここで初めて有効なダメージがあったのか、ナルガクルガは小さく悲鳴を上げるとバックステップで後ろへ下がっていった。

 それにより生じた風圧によって飛んだ木の葉がエンの視界を遮り、ナルガクルガに距離をあけられたが、彼はそれを気にすること無く狩猟笛の演奏を始めた。

 辺りに狩猟笛のテンポの速い音楽が響きいていき、その音楽がエンに力を与える。

 十数メーターは離れていた、ナルガクルガはエンの動きが止まったのを好機と思ったのか、彼へと飛び掛かり攻撃を仕掛けた。

 しかし、それは空振りで終わった。

 ナルガクルガの攻撃に気付いていたエンは、横へ狩猟笛を振り回し遠心力を利用して横へと避けたのである。

 そして、さらに演奏を重複させ自身の強化をすると、止まったままのナルガクルガの頭へと狩猟笛で殴りつける。

 さらに続けて、右からのぶん回し攻撃に、柄の先にある小さな刃での斬撃へと派生させていく。

 しかし、ナルガクルガもただ殴られているわけではなく、シュルルルという音と共に尻尾の棘が逆立たせ跳びあがると、それをエンに叩きつけた。

 予備動作を見切っていたエンは紙一重で避けたが、たまたま近くにいた甲虫――《オルタロス》が真っ二つされるのを見て、冷や汗を垂らした。

 

(……当たったら、痛いじゃ済まねーな)

 

 一方ナルガクルガはエンに攻撃が当たらなかいことに苛立ったのか低く唸り、尻尾を高く上げ振り回すとそこから黒く小さい棘が数本発射され、エン目掛けて飛ばしていく。

 エンはこれを間一髪で避け、足元に棘が刺さっていく光景に内心ひやりとさせた。

 このままではらちが明かないと、エンはポーチから片手で探りながら、閃光玉を取り出すとピンを口で引き抜き、それを後ろへ投てきした。

 弧を描くように飛んでいく円筒型の閃光玉は、ちょうどエンと向かい合うナルガクルガの視界に入るように光を炸裂させられ、ナルガクルガは今日日二回目の混乱状態へと陥いった。

 見えぬことへの恐怖なのか、ナルガクルガはがむしゃらに暴れ回り始め、その隙にエンはナルガクルガから離れて狩猟笛を振り回し演奏を始めた。

 

 狩猟笛の演奏は耳から脳へと疑似的な指令を与えて、一時的に人間の潜在能力を目覚めさせる、いわば脳を錯覚させているということである。

 もちろんのことながら、その演奏者本人もその恩恵を受けることができ、自身・仲間の強化や敵の妨害をしながら戦う武器なのである。

 今、エンの鼓膜を叩いた音は鼓舞するようなものであり、それ聞いたエンの皮膚はわずかに硬くなった。

 この演奏はハンター自身の防御力を底上げするもので、アロイ一式の低い防御力に不満があったエンは無理やり隙を作ってでも演奏しておきたかったのだ。

 そして、重ねがけとして吹いた音色が鳴り終える頃にはナルガクルガの視界も回復したらしく、こちらを向くと怒気をはらんだ赤く輝く眼をエンへ向けた。

 それを一瞥したエンは狩猟笛の柄をいま一度、決意新たに固く握りしめ構えた。

 

 そこからの戦いは厳しいものであった。

 エンは当たったらほぼ致命傷となりえるナルガクルガの攻撃を危なげなくかいくぐり、一瞬の隙も見つけては的確に比較的肉質の柔らかい頭部や首元へと打撃を当てて行く。

 約一時間の及ぶ戦いは、ナルガクルガの攻撃こそ当たらなかったが、徐々にエンのその精神はギリギリと擦り減らされていた。

 もちろんナルガクルガも数々の打撃により、打撃武器特有の気絶状態へと陥りそこを徹底的に突かれはしたものの、未だに一撃でエンを葬り去ることもできるであろう猛攻を続けている。

 両者の戦いは常に片側に傾き続けるシーソーゲームといえるものだったのだ。

 

 そして、それは唐突に訪れた。

 

 約一時間に及ぶ戦いは、徐々に傾き続けているシーソーの片側に決定的な瞬間ができる隙間を作ってしまったのである。

 エンは目の前のナルガクルガとの戦いに夢中になっていた所為で、後より近づいてくる影に気付かなかったのだ。

 その影がエンの背後で行動を起こした瞬間、エンの身体に鋭い痛みが走りその次に彼の身体が硬直した。

 鋭い痛みの後、身体の自由を奪ったのは痺れである。

 

 そして、この渓流で身体の自由を奪う麻痺毒をもつモノは一種類しかいない。

 それは先程もこのエリア5で飛んでいたモンスター――飛甲虫(ブナハブラ)だ。

 姿は人間の肩幅ほどの大きさで赤い頭部が特徴的なモンスターで、腐肉に卵を産みつけるモンスターとして、ハンター達にはなじみ深くかつ厄介視(・・・)されている。

 それは、彼らが何処にでも繁殖できる適応能力もさることながら、問題なのはその縄張り意識と行動による物だ。

 属性耐性を下げる酸性の体液の噴射。

 ちょろちょろと飛び回っての視界の妨害。

 そして麻痺毒をもつ毒針での攻撃。

 この麻痺毒は人間に対しては効果が薄く、持続時間も長くないがそれでも十数秒の隙はできてしまい、それは狩り場では死を意味する。

 ハンターの死亡理由の約一割はこのモンスターの麻痺による物でもある。

 

 そして、エンはこのブナハブラに刺されてしまったのだ。

 いくら隙間の少ない鎧を纏おうとも、彼らの毒針は細く長いため小さな隙間にでも侵入してしまう。

 そして、いい加減仕留めきれない目の前の獲物にいら立ちを覚えていたナルガクルガは、勿論その隙を見逃すわけもなくその棘に覆われた黒い尻尾を振り下ろした。

 

「――……ァァッ!?」

 

 痺れのせいで声にならない叫びを上げながら、エンはエリア5の軟らかい土へと沈み込んだ。

 叩きつけられたのは左肩で、その個所の鎧はゆがんでいたうえナルガクルガの尾棘が鉄製の肩当てを砕くように突き刺ささっていた。さらにそこから血液がどくどくと流れだし辺りを赤く染めて行く。

 

(こりゃ骨がやられたな……)

 そんな状況にさらされているのに彼の思考はひどく冷静であった。

 別に死ぬのが怖くないわけでもなかった。勿論出来るのであれば、生きていたいとも彼は思っていた。

 それでも彼の思考は冷めていた。

 

(ちょうどいい末路じゃねーか。こんな屑の末路としては……)

 ひどく冷めた目で彼は追撃に出るナルガクルガを見た。

 黒い影が微かに漏れる日の光で鈍く光り、ノコギリ状の歯がもう鼻先にあるように感じた。

 自分が死んでも泣く奴はいない、それどころかやっと死んだかって笑い種になるだけだ、という考えがあの街での出来事より彼の頭の中で出来上がっていた。

 だからこそ、彼は逃げだしここまで来た。

 されど、結局今、死という何かが目の前で口をあけている。

 その事実が余計笑えた(・・・)

 

(あの時を生き延びて、何となく生きてた奴の末路がこれとか、本当に笑えるな……)

 

 二つほど彼にも心残りはあったがそれでも彼は動くことは無く、ただ死が訪れるのを目を閉じて待っていた。

 

 そして、ナルガクルガはせめてもの獲物への情けなのか、そのノコギリ状の刃が並んだアギトで、彼にとどめを刺そうと――――。

 

 

 

「――――ん…………れ! 旦那さんから離れやがれ、このクソ野郎がニャー!」

 

 

 

 した瞬間、それは現れた。

 

 その小さく黒いモノは、現れると同時に抱えていたタルをナルガクルガに投げつけると、それが爆発し小さな爆風がエンの頬を撫でた。

 小さな爆発はダメージこそ少ないが、爆音によりナルガクルガの聴覚を刺激するには十分で、ナルガクルガの標的がエンからその闖入者へと移る。

 

「あの……馬鹿……、何で来やがった……!」

 

 かすれた声を発しながら、エンはその闖入者を半ば閉じかけた目で見た。

 見慣れた黒い毛に三角耳、お調子者で少々口が悪いがエンにとったら今もっと信用していて、だからこそ危険度の低いクルペッコの方へと向かわせた彼のオトモアイルー、ポップがそこに立っていた。

 

 

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