やべぇ人妻が箱庭へ   作:全智一皆

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序章「人妻、異世界へ」

 

■  ■

「はー……平和って良いわねぇ」

 

 ほー、ほけきょ。なんてウグイスの鳴き声が聞こえてくるこの春の季節。

 九州の熊本。その中でも田舎とは言えないけど都会ではない町の中に紛れる様に建てられた一軒の4LDKホームの一室、そのリビングにて。

 日差しが窓から差し込み、暖かさを感じると共に窓から外の桜の花びらが散る様子を見ると、陽の光と桜が共に相まって今がとても平和なのだと実感する女が居た。

 リビングの大きなソファに腰を下ろし、湯気が立つマグカップを両手で持って膝の上に乗せている、黒いレディースの上に薄くダボダボのパーカーを着たショートパンツ姿の、左手の薬指に嵌めているパパラチアサファイアをカットして嵌め込まれた指輪の主張が激しい女である。

 

 彼女の名前は嘉村岐(かむらぎ)杏那(あんな)。年齢は「乙女の秘密を勝手に明かすんじゃないわよ」どうやら非公開らしい。別に彼女の意思をガン無視してその年齢を公に明かす事は全然可能なのだが、後が怖いので止めておこう。

 改めまして。腰まで届くロングの茶髪と金色の瞳が特徴的な彼女は嘉村岐(かむらぎ)杏那(あんな)と言う。一般―――或いは逸般と称すべきだろうか―――女性。結婚して6年と経つバリバリの既婚者、専業主婦の人妻である。

 

「昨年は結構騒がしかったから、余計に静かに感じるわね。こういう穏やかなのは悪くはないんだけど、一人っていうのがねぇ」

 

 はぁ、とつまらなさそうに溜息を吐いて思い浮かべるのは、彼女の愛しい愛しい旦那の事だ。

 彼女の旦那は現在、仕事の最中だ。

 よくあるサラリーマンとか従業員とかではなく、とある学園の教師を務めており、今頃は自分が担当しているクラスで出席を取っている頃だろう。

 

「やっぱり無理言って同じ所に務めた方が良かったかしら……」

 

 彼女は旦那が大好きである。ラブにラブを重ねて大好きだ。二十四時間三百六十五日、可能であれば何処でも一緒に居たいと思っているくらいには旦那の事を愛している。

 のだが、残念ながらその旦那から「もうそこまで行くと監禁だろっ!?」とツッコまれた為、泣く泣く断念する事となったのだ。

 旦那との出会いは、学生時代にまで遡る。具体的に言うならば中学生時代だ。

 当時、女子中学生という年齢にしてはかなり荒れた学生時代を送っていた彼女は、自分のクラスを崩壊(物理的)させるなんて何ら珍しい事ではなかった。

 思春期の子供にはよくある尖った思考とでも言うべきか。或いは厨二病とでも言うべきか。まぁ、とにかく若かりし頃の彼女はそういうのを真に受けていたのか、取り敢えずバカみたいに暴れまくっていた訳だ。

 そんな彼女を止めたのが、当時の旦那である。血生臭い初邂逅の末に友人となり、それから高校に上がってから気持ちを自覚し、卒業式に告白した。

 まぁ、その告白は見事に玉砕したのだが。けれども彼女は諦めず、大学までついて行って見事に恋人となり、結婚まで辿り着いたのだ。

 

「はぁ……寂しい。すごく寂しい。具体的に言うなら今すぐ家から飛び出して、学園まで徒歩一歩で辿り着いて全身複雑骨折も辞さない力加減で抱き締めたいくらいには寂しいわ。やっぱり今からでも行こうかしら」

『マジで勘弁してくれ、生徒からの目線が痛くなる。あと俺の体の事少しは考えよ? 毎晩抱き枕になってる俺の体を少しは労わろう? 俺仕事出来なくなるんだよ分かる?』

 

 かなり距離が開けて聴こえる訳もないというのに、クラスで出席を取っていた旦那はつい反応してしまった。いや、何故反応出来るんだ。

 これが以心伝心、或いは比翼連理と言うやつなのだろうか。或いは、単純に危機を察知したが故の反応なのだろうか。どちらなのかは旦那のみぞ知る。

 まぁ、それはそれとして。

 

「…! 今、彼が私を察知してくれた気がする。いや、したわね。そうに違いないわ」

 

 杏那はまるで当たり前の様にそれを察知した。これが愛の力である。

 

『きっしょ。なんで分かるんだよ』

『おい、先生いきなり独り言話し出したぞ』

『アレだろ、奥さんと直接脳内で会話してんだろ?』

『今の時代にそれ言って伝わるの?』

『お前、それ語るに落ちるぞ』

『しまった藪蛇!?』

『このクラスで老人会開けるかもな』

 

 クラスでは一人インターネット老人が見つかったらしい。

 

 まぁ、閑話休題(それはともかく)

 

「でも彼に迷惑は掛けたくないのよね。はぁ……本当に退屈。ご無沙汰ってのもあって尚更退屈だわ。こうも退屈だと刺激が欲しくなるわね。今度イタズラしようかしら、(規制済み)日偽って(規制済み)に(規制済み)してみたドッキリ的な」

 

 こっちはこっちで何かとんでもない事を仕出かしそうになっていた。恐ろしい事この上ない文面である。

 人妻の発言とは思えない文面だ。自分の旦那に絶対に責任を負わせようという確固たる意思が見られる。

 それを察知したのか、旦那は無意識にガタガタと体が強く震え出していた。

 

『やべぇよマジで体震えてきやがった。ちょ、誰か先生の事助けてくんね? 先生、自分の嫁に今更社会的にぶち殺されんばかりの勢いで責任負わされそうな予感がビンビンすんだけど』

『ごちそうさまです』

『赤ちゃん出来たら教えてね先生』

『ついでにどんなプレイだったかも』

『くそっダメだ! このクラスやべぇ奴しか居ねぇよ! マトモなのは俺だけか!?』

『いやアンタもマトモじゃねぇよ』

『はぁぁぁぁぁぁ??????』

 

 向こうは向こうでかなり楽しそうである。

 とは言え、杏那がそれを知る事はない。マグカップに淹れたココアを飲み干し、台所に向かい、蛇口を捻って水を溜め込む。

 さて。旦那の下に向かいたくはあるが、皿洗いや洗濯、買い物もあるし今回は断念しよう。洗濯を畳んで入れ、干さなくては。

 妻として、仕事から帰ってくる旦那をしっかり出迎える(意味深)の為にもやらねばならない事は沢山である。

 

「さて。頑張るとしましょう……あら?」

 

 意気込んで、髪をアップに纏めた所で。

 机の上に、先程までは無かった筈の手紙がある事に気が付く。

 

『嘉村岐杏那様へ。

悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能(ギフト)を試す事を望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの"箱庭"へ来られたし』

 

 そう書かれた手紙を見て、杏那はハッと鼻で笑う。

 

「私を少女扱いとは中々分かってる送り主じゃない。けど、世界を捨てて来いとか冗談じゃないわよ。私にとっての旦那(せかい)を捨てるくらいなら首を括るわ。でも退屈だから行ってあげるわ。えぇ、何ら問題なんてないわよ。だって彼ならすぐ私の所に駆け付けてくれるもの。そうでしょ? じゃなきゃ私、何仕出かすか分からないから」

 

 そうして。

 

 家族(旦那)財産(旦那)世界(旦那)も捨てる事なく、必ず旦那が来るのだと心の底から信じて、人妻は箱庭へと旅立った。




「好き勝手言いやがるよ本当に」
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