ダブルカゲさんとの関係は一切ありません。
プロローグのプロローグ
昔から「俺他人と違う力持ってんな」という自覚はあった。幸いだったのは、自分の気性が双子の姉ほど荒い方ではなかったことだろう。
例えば、幼稚園に通っていた時。双子の姉とは、それはもう悪さをしたものだ。寝ている子どもへのちょっかい、お絵描きの時間にうんことかを描き漁り、ブロック争奪戦では必ず一番乗り。給食のおかわりでは別に食べたいわけでもなく参戦した。
姉との違いを挙げるならば、先生に怒られたことがなかったことだろう。何故なら先生が怒ると、こちらにその怒りが入って来るから。
自身も同じように怒りの感情が心を満たしてしまう。それは逆に言えば、何処で先生が怒るのか、そして今どれくらい本気で怒っているのかが分かるということ。
そのタイミングで、自分は逃げる。結果、姉だけが怒られていた。
「あんたホントずるいから!」
そんな事を続けて、早11年。姉が今日も自分に吠える。
「何がよ」
「あんただって教室で一緒に持ってきたお菓子食べてたじゃん! なんで毎回私だけ怒られるわけ!?」
今日起こったことは、小学校での出来事だ。姉と自分は、家からこっそりと煎餅を持って来たのだ。
で、先生にバレないように友達とボリボリ食っていたら、普段から昼休みが終わる1分前に来る先生が、今日は3分前に到着。いち早く烈火の如くブチギレた先生の感情をキャッチした自分は、背が高い友達の影に隠れてしれっと逃げる。
そのまま、自分の席に戻ってあらかじめ用意しておいた教科書を開いてそっぽを向いていた。
「しょうがないじゃん。怒られなかったんだから」
「不公平! ずるい!」
もぎゃあああっと怒る目の前の姉の「ずるい!」という怒りを超えた直球の感情がビシバシと自分の中に入って来る。
自分も「ずるい!」と言い出したくなる感情になっているものの、それを抑えて理性的に話せるようになったのは、
「良いか、葉子。世の中、公平なことの方が少ないんだ。大切なのは、不公平を受け入れることだよ」
葉子とは、姉の名前だ。香取葉子と言って、男子からも人気がある自分の双子の姉は、感情が表に出まくる自分と真逆の性格をしている。
「でも、毎回あんただけ怒られないのはずるいでしょ!」
「じゃあ葉子も怒られないように立ち回れば良いじゃん」
「そんなの出来たらやってるもん!」
「じゃあそもそも悪いことしなきゃ良い」
「あんたが昨日『学校にお菓子とか持ってけば?』って言ったんじゃん!」
「お前が『給食のプリンじゃんけん負けたらあんたの寄越せ』って言ったからそう言ったんだろ」
事の発端は、昨日の夜だ。給食の献立は、基本的に一カ月おきに生徒を通して学校から親に配られる。そこに、今日のデザートでは珍しくプリンがあったのだ。
二人が所属するクラスでもし今日、休みの人が出たら、プリンは当然余る。その際、当然食べたい人達でじゃんけん大会が開かれるわけだが、その話をしていた時に葉子が「じゃあ私が負けたらあんたのちょうだい」とか言ってきたのだ。
葉子の感情を読んだ際、7割くらい本気で言っていることが分かったので、イラっとしたから煎餅を促した。
で、今日これである。
「華! あんたはどう思う!?」
感情のままに、一緒に帰宅している幼馴染に声を掛けた。染井華、お隣さんだ。超がつくほどの秀才で、なぜ葉子と仲良く出来ているのか分からないレベルの大人しい大人びた同級生である。
その華は、聞かれてから顔を上げて、指でメガネを直しつつ答える。
「彼の言う通りよ、葉子。 バレたくないなら悪さをしなければ良いし、悪さをしたいならバレないように立ち回るべき」
「華までそんなこと言う!? むかつくー!」
「草太くんのように立ち回れるなら、出来ないことじゃないと思う。……彼、上手いこと他人を盾にして逃げているから」
「? どういうこと?」
「ちょっ、華。人の手の内をバラす気か」
ツッコミを入れるも、華は完全に無視。そのまま葉子に説明し始めた。
「草太くんはね、大体先生が来る時間帯を把握してるの。その上で、常に自分より背が高い子の近くにいて先生に顔を見られないようにしつつ、来そうだなと思ったら早めに逃げてる」
概ね当たっているのが怖い。違うのは、来そうだなと思ったタイミングではなく、先生の感情を読み取って逃げられるタイミングを掴んでのことだ。だが、この能力は他人には無いものなので、実質華は把握出来る情報から可能な限り当たりを言い当てていると言えるだろう。
「で、仕上げは机の上の教科書。予め置いておいて後は座るだけで『僕は最初からここにいましたよ』感を出しているの。だから怒られる対象に入っていない」
「……やっぱずるじゃん!」
「バカお前、知恵と工夫と呼べ」
「私もやる!」
「いや今からじゃ無理だろ。お前もう問題児扱いされてるし、いやでも目立つ」
「はぁー!? あんただって同じことしてんのに何その扱いの差……!」
「てか華、お前言うなよ。人の作戦」
思わず攻めるような言葉が漏れた。葉子に関しては自業自得だが、こっちはちゃんと上手いこと立ち回って怒られない行動を心がけているのに、簡単にバラされるのは納得がいかない。
「へっ、あんたの自業自得よ。華、その調子でどんどんバラしなさい」
「てか華、お前俺の作戦看破し過ぎだから」
言うと、ドキッと言う心臓が跳ね上がるような感情が入ってきた。思わずこちらの心音も高鳴ってしまう。
これは……おそらく葉子の感情ではない。自分の感情は周囲にいる人間の中で一番強い感情が入ってくる為、たまに知らない人の感情も入ってくることがある。
この心音の高鳴り……どっかの民家で、誰かキスでもしているのだろうか?
「華〜、あんたよく草太の作戦とかすぐに見抜いてくれるもんね?」
「……別に、たまたまだから」
「いや、にしたってお前、見過ぎだから。これで何回目だよ。俺のプラン見抜いたの」
「……悪い? そもそも草太くんも自業自得」
さらに心音が高鳴った。まさか、キス以上の何かをどっかでしてるのかもしれない。なんにしても、少しここにいると気分が悪くなる。
「良いからもうさっさと帰ろう。俺、兄貴達とサッカーやんだから」
「あっそー。華、今日はうち来れんの?」
「ううん、ごめん。塾の宿題やらないといけないから」
そんな呑気な話をしながら、全員で帰宅した。
×××
さて、サッカーの帰り道。夕焼けチャイムは鳴り終えたが、帰路についているので怒られる筋合いはない。
そんな中で、兄貴が隣で伸びをしながらつぶやいた。
「相変わらずお前サッカー上手いよな」
「そんなことないよ。足が速いだけ」
「自分で言うなお前」
別にサッカーは上手くない。ただ、昔から運動が好きで足の速さだけはクラスで一番なのだ。
だから、本当に上手いやつに抜かれてもしつこく付き纏っていける。……まぁ、それだけだ。
「でも、クラスメートと遊ばなくて良いのか?」
「良いよ別に。うちのクラス、外で遊ぶやつあんまいないし。みんなゲームばっかり」
ゲームは嫌いじゃない。葉子とよくやっているし、特にPvPが好きだ。FPSのバトロワとか、スマブラとか。本当ならカードゲームも好きなのだが、能力で大抵の相手には勝ててしまうので、なんかなるべくやらないようにしている。
でも、せっかく天気が良い日は可能な限り外に出たいものだ。あとは、今のうちに年上と仲良くなっておけば、中学に上がった時に慣れない環境下でも虐められることはないかなと思っていたりする。
「まぁ、今の子供は割とそんなもんだよな。うちのクラスが少し変わってるだけで」
「そうね」
なんて話している時だった。家の近くまで来たタイミングで、ふと誰かしらの感情が入って来た。
その感情は「疲れた……」という強い疲労感。すぐにその主は分かった。
「あー……兄貴」
「どうした?」
「うちにジュースとかお菓子あったっけ?」
「あー……微妙。葉子がこの前買ってた紙パックのココアならあんじゃね」
「よし、それ盗ってきて」
「はぁ? そんな事したら葉子の奴、母さんじゃないと止めらんなくなるよ」
「大丈夫、母さん今日買い物して帰ってくると思うから、その中にプリンあると思う。今日見たスーパーのチラシに特価の抹茶プリン書いてあったし」
「マジか。じゃあ……取ってくるわ」
ちなみにウソである。スーパーのチラシの特価にあったのは草饅頭である。大人向けでおそらく葉子なら間違いなくココアのほうが良いと思うものだ。
だが……まぁ、嘘も方便ということで。
「ほれ、ココア」
しばらく待っていると、本当に盗ってきてくれた。でっかく紙パックの表面に「葉子の!」と書かれていたが……見なかったことにしよう。
「サンキュー」
「華ちゃんとこに持ってくん?」
「いや?」
「あそう。じゃあ、バレないようにな」
それを持って隣の家に向かった。この時間帯なら、華の父親は仕事、母親は買い物だ。多分、スーパーで香取家の母親と駄弁っている。
インターホンを押すと、扉が開かれた。現れたのは華だった。相変わらず疲労感を醸し出させており、草太の能力がなくても伝染してきそうな顔色だ。
「あ……草太くん。どうしたの?」
「遊びに来たよ」
「……まだ宿題終わってないから」
そう言って、さっさと扉を閉められそうになるが、そこに足を挟み込むことでクローズを止めた。
「これ飲まない?」
ココアを見せつけた。すると、少しだけ目を丸くした華は頬を赤く染める。華がココアを好きなことは知っていた。だからつい嬉しくなってしまったのだろうが……すぐに冷静になる。
そして、草太の手を掴んで、くるりと裏面を向けた。葉子、とガッツリ書いてある。
「……悪い人」
「俺が良い人だったことの方が少ないでしょ」
「……入って。でも長居はしないで。今日はお父さんが早く帰ってくるの」
「はいはい」
話しながら、家の中に入った。華の家に入るのは、実を言うとあまり多くない。と言うのも、華の父親がかなり厳格な人で、小学校5年生になってからは勉強をかなりさせる人になってしまった。
現在の季節は冬。つまり、もうすぐ小学校6年生で、今後はさらに厳しくなっていくことだろう。
だから、バレるとまずい。
「華、ビニールある?」
「どうして?」
「靴、部屋まで持って行くから」
「……分かった」
玄関で待っていると、スーパーで無料でもらえる薄くて小さな袋を持ってきてくれた。
それに靴を入れながら、華の部屋に向かいつつ話しかける。
「宿題、まだ終わってないの?」
「うん。塾の課題、思ったより手間取っちゃって」
「手伝おうか?」
「大丈夫。これは、私の宿題だから」
あなたには出来ないでしょ、とは言われなかった。実際、草太は勉強が得意ではない。苦手、と言うほどではないし、やれば出来るのかもしれないが「勉強をする」ということが出来なかった。
先生から嫌われないために授業は真面目に聞くし宿題もするが、自主勉強などはしない。だから、小学校のテストの点も70〜100点の間をウロウロしている。
「相変わらずだな。はい、ココア」
「ありがとう」
部屋に到着したので、紙パックを手渡す。ストローを抜いて刺した華は、床に座ってコクコクと飲み始めた。
その華の隣に座りながら、手伝うと言った真意を一応、伝えておく。
「別に、華が出来ない問題を代わりにやるって言うわけじゃないよ。てかそれ俺でも出来ないし。華が出来るけど量がある問題をやろうか? ってこと」
「それもいい」
「そんな馬鹿正直に自分で全部やる必要ないでしょ。宿題なんて授業中にやった事を忘れないようにする為じゃん。なのに、華の塾の宿題はいまだに掛け算やら割り算やらの基礎もやらせてくるんだろ? そんなの意味ないって」
宿題がいらないと言っているわけではない。草太がたまに100点を取れたりするのは、宿題をきっちりその日のうちに片付けているからだと理解している。
だが、過剰な宿題は意味がないということもわかる。それは教員或いは塾講師が、子供の親に向かって「我々はちゃんと教えてますよ」というアピールに過ぎないのだ。
成績が上がらなかったりしたら、今のご時世、クレームを当然のように入れる親が多いのでそう言うことをしたくなる気持ちは分からないでもない。塾の謳い文句の「成績が上がります」は栄養ドリンクや薬の「個人差があります」と一緒だから、せめて「手は尽くしています」というアピールは大事だ。
それでも、今の華からたまに届いてくる多大な疲労感を文字通り感じさせられてしまうと、こうして何かしてあげたくなってしまう。
しかし、その華は首を横に振るった。
「確かに、もう当たり前に出来る問題も多くある。一昨日くらいの内容がいまだに宿題として出ることもある」
「じゃあ……」
「でも、私はそう言うことはしたくないの。出されたものは、自分でやりたい」
「……」
ここまで来ると、真面目と言うより頑固にも思えてくるが……まぁ、そこまで言うなら仕方ない。こちらから何か言えることは何もない。
「……あっそ。じゃあ、ほんとに邪魔したな」
少し悪いことしたかも、と思ってしまった。あの疲労感を感じさせられた以上、何かしてやりたかったが、それを本人が乗り越えると言うなら、自分のそれは無駄でしかない。
ココアだけ置いて退散しよう、と思って立ち上がった時だった。袖をキュッと掴まれた。見下ろすと、華が少し頬を赤らめたままこちらを見上げている。
さっき下校中に感じたのと似たような鼓動が入って来る。
「……そんなことない。休憩はしたいな、と思ってたから」
これは……誰のどう言う感情なのだろうか? また近くでだれかがキスでもしているのだろうか? 或いは、家の近くで恋愛ごっこのようなことをしている奴がいるのか。
何にしても、華がそう言うならもう少しここにいても良いのだろう。
「……あそう。じゃあ、ここにいる?」
「うん。そうして」
言われるがまま、腰を下ろした。この時期に冷たいココアしかないのは少し悪いと思ったが、まぁそれに対して何も言わずに微笑みながら飲んでくれている。
その華が話題を変えて聞いてきた。
「そういえば、今日のサッカーはどうだったの?」
「ん? ああ。俺はボランチ。やたらと走らされるポジション。でも1点取った」
「ボランチ……ああ、MFとDFの間くらいの人のことね」
「まぁ、1点取ったって言ってもループシュートがたまたま良い感じに上がっただけだけど」
「それでもすごいと思う。私は運動とかあまり出来ないから」
「華も少しくらい走っておいたほうが良いよ。勉強もした方が良いんだろうけど、いざと言うときに自分の身を守るのはやっぱフィジカルだから」
それを言うと、華は眼鏡を直しながら小首を傾げる。
「そう? 多少、運動が出来ても、体育の時間とかがある学生時代は良い成績が取れるかもしれないけれど、社会人になったら何かの役に立つとは思えない。むしろ、暴行事件に巻き込まれた時、身体が強い方が疑われることもあるんじゃない?」
「いやいや、暴行事件に巻き込まれたら疑われようが自分の身は守らないとまずいでしょ。それに、そうでなくても地震とか洪水とか戦争とか……そういういざという時は、勉強で積み上げた好成績も資格も学歴も全部意味ないけど、鍛えておけば役に立つから」
「……なるほどね」
とはいえ、こちらも別に筋トレしているわけではない。小学生の頃から筋トレすると背が伸びなくなると聞いたから。よく友達と外で走り回っているくらいだ。
「……じゃあ、私と走って」
「はい?」
「走った方が良いって言うなら明日の朝、6時に起きて付き合って」
「え、いやそれはちょっとしんどいと言うか、俺も別にそこまでやれって言ってるわけじゃなく……」
「あなたの意見も正しいと思う。でも、私はこれまで運動より勉強に重きを置いてきて、あなたみたいに毎日友達と外で遊んでいる人と比べれば体力がない方だと思う。だから、時間を作るから手伝って」
ふと、華の感情が入ってくる。この野郎、本気半分からかい半分というテンションだ。困るのが、冗談で言っているわけではないという点。それなら、乗ってやっても構わない。
「お前……」
「ふふ、どうする?」
「まぁ良いか、良いよ」
「じゃあ、明日の朝からね」
「ん」
そんな話をしていると、ふと別の感情が入ってくる。「もぎゃああぁぁぁぁ!!」という感情だ。おそらく、ココアをパクったことがバレた。
「華、俺いつまでここにいて良い?」
「……そろそろかな」
「あー……分かった。じゃあ戻るわ」
仕方ない。家の前でリフティングでもして時間を潰そう。立ち上がって部屋から出ようとすると、華も立ち上がった。
そのまま部屋を出て、玄関で持ってきた靴を履く。このビニール袋は持ち帰った方が良いだろう。
「じゃ、明日の朝な。華」
「うん。今日はありがとう」
「ん」
適当に挨拶だけして華の家を後にした。
×××
翌朝。
「なんでアタシまでこんな朝から走んなきゃいけないの!」
「いやお前からくるって言いだしたんじゃん。話したら」
「……」
昨日、晩飯の時に朝から走るって言ったら、葉子が何故か「ずるい!」と言い出したので、誘ったらこれである。
「ていうか、華。どうしたのよ急に走るとか」
「……別に。運動も少しはした方が良いと思っただけ」
「ふーん……?」
というか、草太だって本当はこんな朝早くから走りたくはない。ただ、なんか話の流れでこうなってしまっただけだ。
「じゃあ、とりあえず適当に走るかー。さっさと終わらせて朝飯食おう」
「お腹すいた……アタシ、明日からもう行かないから」
「二人とも、その前にアキレス腱だけはしっかり伸ばして。切れたらしばらく走れないよ」
そんな呑気な話をしながら、三人は過ごす。いつもの日常を。何事も起こらなければ、ずっと仲良くしていられたんだろうな、と思ってしまうほど穏やかで付かず離れずで、年相応の日常。
だが、運命の分かれ目はいつ来るのかわからない。大きな理不尽とも呼べる災害が道を封鎖し、二度と交わらなくなる事もある。
故に、備えておかなければならない。その災害が、いつ来ても良いように。如何なる試練が待ち受けていようと、それを乗り越える強い意志を。