草太は正直、勉強があまり得意ではない。というか、葉子とかいう訳のわからない奴が毎回、勉強しなくても良い点取っていく中、草太は勉強しないと点が取れないので少し納得がいっていない。
で、当然のように華も点を取る。元々、秀才の上にこの齢にして勉強を何のためにするのか見定めている意識の高さがさらに学力をメキメキ上げているまである。
だから、もう草太はそこで二人に追いつこうとするのは諦めた。
「草太。昼は?」
「家から弁当持ってきてる」
「じゃあ一緒に食べないか?」
「良いよ」
入学以来、席が近かった歌川と仲良くなった草太は、よく昼を一緒に食べている。
……その様子を、華は遠くからぼんやり眺めていた。最近は華や葉子と一緒に食べる機会も減って来ていて、なんだか腹立たしい。
とはいえ……まぁ、男の子同士の方が気楽かも、ということもあるし、逆に自分達の中に歌川が入ったら気まずいだろうし、仕方ないと言えば仕方ない。
「……な、華。聞いてる?」
「っ、何っ?」
葉子の声が不意に飛び込んできて、思わずハッとしてしまう。一緒にご飯を食べている葉子がこちらを見ていた。
「や、だから、ゲーム。今度、一緒にやるでしょ?」
「ああ……うん。そうね。なんだかんだピースキーパーとR-99が最強だと思う」
「そんなもんがスプラに出て来るか! 全然聞いてないんじゃん!」
しまった、ついぼんやりしてしまった。少し冷や汗を流していると、葉子は華がさっきまでぼんやり視線を向けていた方向に目をやる。当然、草太がいる。
それを確認するなり、葉子は真顔で聞いてきた。
「ねぇ、華。私前々から気になってたんだけどさ」
「何?」
「あんたあいつのこと好きなの?」
「……」
この幼馴染は本当にどこまでも直球である。真っ直ぐでいられないのは拗ねている時くらいのものだろう。
お陰で、こちらは顔が赤く染まりそうになるのを必死に抑えないといけない。
とりあえず、友達の弟を好きとか絶対に知られたくはないので誤魔化すことにした。
「っ、にゃっ……何言ってりゅの。ひょっ……そんなけないぇしょ」
「え、めっちゃ噛んでるけど。大丈夫?」
まずい、と冷や汗を流す。流石に今のリアクションでは誤魔化せなかったかもしれない。
どうしよう、こんなことなら素直に打ち明ければよかったか? 何て少し悩んでいる間に、葉子がすぐに口を開いた。
「まぁでも好きとかじゃないなら良いわ。幼馴染と弟がくっつくとか割とキツそうだし」
「うん。葉子はずっとそのままでいてね」
「え、どういうこと?」
ホッとした。良かった、素直なお姉さんで。とりあえず今の問いかけは無視して、誤魔化すように話を続けた。
「まぁ、お互いに中学生だし、もう思春期だし、こういうこともあるよ」
「いや……思春期の子は思春期の自覚がないと思う」
「それに、いつでも会おうと思えば会えるし、気にしてない」
「ふーん……」
なんて話している時だった。突如、耳を疑うようなセリフが女性の高い声と共に飛んで来た。
「草太くーん、いるー?」
その声の主は、教室の扉から。顔を向けると、そばかすが目立つ黒い髪の上級生と思われる女子生徒が立っていた。
この女の人が草太に何の用? てか名前呼び? と思うと同時に、華の瞳から光が消えた。
思わずその華の目を見て葉子がビクッと肩を震わせるが、そんなの気にする素ぶりも見せず、華の目はモノアイのように移動して草太の方を見る。
草太は何故か冷や汗を流しながら華の方を見ていた。
「……」
何その顔、とさらに体温が上がる。こいつ、この女とどういう関係だ、と言わんばかりに。
だが、そんな華のことなど無視して、その先輩は教室の中に入り、草太の方へ歩いて行った。
「あ、いた。草太くーん。一緒にお昼食べても良い?」
「え? いや良いですけどなんでいるんですか。てかなんでクラス知ってるんですか」
「調べた。お友達も一緒? じゃあ、席ここの借りるね」
「あ、はい。どうぞ……」
「君、名前は? 私は鳩原未来。よろしくね」
「歌川遼です。よろしくお願いします……?」
「何食べてたの……おっ、草太くんお弁当派かー。美味しそうだね。自分で作ったの?」
「いやあのそうですけど……」
「私のご飯、これだけなんだ」
華は自分の手の傷を隠すために手袋をしている。基本的にオールシーズンで、学校側の許可も得ているが、当然格好つけたいわけではないし、この手の傷も嫌いだ。
……だが、初めてこの傷に感謝しそうだった。これがなければ、おそらく手に持っている箸(プラスチック製)をへし折っていただろう。
あのゼリー飲料を啜っている女にパンチを入れたくなる中、草太があの女に質問する。
「あの、鳩原さんなんでわざわざ一年の教室に……」
「草太くん?」
「え、な、なんですか?」
「昨日、未来って呼んでって言ったでしょ?」
「……未来さん」
そこが限界だった。ガタッ、と無言で立ち上がると、華はジロリと草太に目を向ける。
その視線に気がついたのか、ビクッとしながら草太はこちらを見た。その草太に「テメェ後で覚えとけよ」と言わんばかりの視線を向けてから、葉子に声をかける。
「葉子」
「え、な、何?」
「外で食べよう」
「あ、うん」
そのまま廊下を出ていった。
×××
草太は今日、午後から防衛任務だ。それ故に昼休みが終わると同時に学校を抜けてボーダー本部に向かった。
で、今はその任務が終わり、夜勤の人と交代して上がりの時間だ。今日も少し訓練して行こうかな、なんて思っていると、その自分に新たな声が掛けられた。
「草太くーん」
「っ」
この声……と、少し心臓が止まりそうになる。振り返ると、そこには鳩原未来の姿がある。
「防衛任務だったんだよね? お疲れ様!」
「どうもです……」
「この後はどうするの?」
「少し訓練して帰ろうかなと……」
「じゃあ私もする!」
一瞬だけ「えっ」と少し困ってしまったが……まぁ、友達を作ろうとするためにはこれくらいしつこく声をかけてくるものなのかもしれない。草太は華と歌川以外に友達がいないのでよく知らないが、そういうものなのだと飲み込んでおく。
……何より、こんなに楽しそうな感情を発している人を放っておくことは出来ない。
「良いですよ」
「じゃあ行こっか」
とのことで訓練場に向かった。
狙撃訓練場で、今日も二人でイーグレットから的に向かって狙撃をする。
「ね、草太くん。どう?」
「え、何がですか?」
「私の狙撃」
そんなことを言われても……的を見ると、普通に的には当たっているし、完全に枠外に撃っているような穴もない。
というか、草太だって東に少し教わったが基本的に数をこなす以外のことはしていないし、特に言うことはない。
「俺が狙撃銃握り始めた時より全然上手ですし、あとは練習次第では?」
「えー、それだけ?」
「前も言いましたけど、一日10時間撃ってください。狙撃が上手くなりたいなら、まずはそこからです」
話しながら、練習再開。と言っても、学校や任務がある日は流石に10時間は無理だし、狙撃だけでなく射撃練習も込みで平日3〜5時間、土日12時間という感じでやっているが。
「なるほど……じゃあ本当に練習あるのみなんだ」
「飽きそうなら、シチュエーションを考えながら撃つと良いですよ」
「シチュエーション?」
「たとえば……」
仲間がやられそうな時、と言いかけて口が止まった。この人の場合、弟が食われた時を連想するかもしれない。なので、別のパターンを考案した。
「相手はバンダー。仲間はアタッカーだけで攻撃手段がなく、手も足も出ない。戦えるのは自分一人というシチュエーションで……」
「手も足も……出なかったなぁ……弟が連れ去られた時……」
「……」
そこでも連想するの……? と、少しまずったかと思ったが、それでも何とか気分を上げてあげる。
「だからこそ……ほら、今度は遠くからでも助け出せるようになりましょうよ。そういうシチュエーションでどうですか?」
「うん……そうだね。頑張ろう」
シチュエーションの話をしてから、未来のスイッチが入るのは早かった。集中力が高まり、まるで本当に現場にでもいるような気迫でスコープを覗いて撃ち続けた。
的の穴は真ん中に空くものが増えていく。その度に草太の中に入ってくる感情は、それはもう強いものばかりだ。当時の後悔と、取り戻す覚悟。それらが入り混じって、少し胸焼けしそうになってしまう。
それ程までに、未来の弟への想いは強いらしい。
何れにしても、スイッチが入ったのならしばらく撃たせてやった方が良いだろう。
そう思い、草太も無言で的を撃ち続けた。
それから3時間ほど経過した辺りで、隣の集中力が途切れたのを感じ、草太も力を抜いた。
「ふぅ……流石に疲れたかも……草太くん」
「どうでした? 集中出来ました?」
「うん。ありがとう」
「どんなシチュエーションを想定したんですか?」
聞いてみると、感情が少しぐちゃぐちゃになったまま笑顔で答えた。
「弟がトリオン兵に食べられる直前」
「……」
……勘弁して欲しい。今後起こり得ることを考えて欲しかったのだが、思いっきり過去に戻っている。聞かなきゃよかった。
このままではマズいし、また落ち込まれてしまうかもしれない。とりあえず、慎重に言葉を選んで会話を続ける。
この人の場合、頼られた方が良い……その上で、あまり同じような言葉を使い過ぎると人はパターン化されると自覚するので、別のパターンを考えないといけない。
「なら、弟さんと再会してまた同じ場面に遭遇したら、今度は確実に助けられますね」
「! うん、そう出来るように頑張る!」
よし、前を向いた。これで何とかなるか、と思って頭の中でホッとしつつ、あとは自信もつけさせてあげた方が良いと思い、さらに追加する。
「ぶっちゃけ、俺が東さんに狙撃を教えてもらったりだとか、ガンナートリガーを握った時より全然、上手なので、才能は俺なんかよりあると思いますよ。だから、一緒に頑張りましょう」
「うん。ありがとう」
よし、これで元に戻った。あとは帰宅するだけで良いだろう。そう思いながら、とりあえず席から立った。
「じゃあ……今日のところは帰りましょう。そろそろ帰らないと親御さんも心配します」
「それは大丈夫。うち、疎開してるから。寝泊まりも本部なんだ」
「あ、そうだったんですね」
もしかして、弟さんを守る為だろうか? 生活するのは大変そうだが、まぁ大規模侵攻以来、三門市から出て行った人も少なくないし、仕方ないのかもしれない。
「だから、草太くんもたまには遊びに来てね」
そういえば……なんか今日、華がすごく怒っていたことを思い出してしまった。あの時の昼休みの感情、あまりの怒りの感情が草太の中に入ってきて、その感情に飲み込まれないように抑えるのが必死だったレベルだ。
……もし似たようなことがあった時、避難出来る場所はあった方が良いのかも……なんて思ってしまったので、とりあえず前向きな回答だけしておく。
「はい。その時はお邪魔します」
「うん。お菓子とかジュースとか、たくさん用意しておくね」
「では、失礼します」
そんな話をしながら、とりあえず帰宅する事にした。
訓練場から出て行って、トリガーを解除してのんびり歩きながら地下通路を移動する。
鳩原未来……なんかやっぱり少し精神的に不安定な感じがするが、やはり基本的には優しくて良い人だ。すごく気遣ってくれるし、実際スナイパーとしての腕前も自分なんかより余程早く伸びるだろう。
だからこそ、何とかして支えてあげた方が良い気がする。草太のサイドエフェクトなら、それも可能だ。
でも、もう少し寄り添ってやるには、やはり家族を失った人の気持ちを少しでも理解しないといけないだろう。
その為には、華から話を聞いてみたりするのも良いかもしれない。
「……よし」
とりあえず明日から、また少し一緒に訓練しよう。だが、師匠になってあげる気はない。それほど腕が良いわけでもないから。
せっかくだから東とか木崎とか、その辺を紹介してあげようなんて思いながら帰宅した。
×××
従兄弟の家にも一年いれば、とりあえず慣れてくる。なのに、華は今日で過去一のストレスを感じさせられた。
その犯人はもちろん、草太。あの男、こちらがどんな感情を抱いているかも知らないで、女の人と仲良くなっていた。どこで知り合ったのかは知らないが、腹立たしいことこの上ない。
……何より腹立たしいのは自分だ。今までずっと一緒にいて、去年の夏頃は二人きりで出掛けたりもして、それでももっと積極的に仕掛けていかなかったのだから。
葉子なら「幼馴染と弟が付き合うのはきつい」と思いそうだな、というのを言い訳にして、ちっとも動かなかった。だからこうなっている。
「……」
よし、決めた。とりあえず草太は誰にも渡さない。明日から、またお昼も一緒に食べよう。この際、歌川が一緒でも構わないから。
そんな風に思った時だった。スマホが鳴り響いた。画面には「草太」の文字。それが見えるだけで少しなんか許す気になってしまうの、自分でもどうかと思う。
「もしもし?」
『あ、華? ごめん、夜遅くに』
「良いけど……まだ外を出歩いてるの?」
電話越しに車の音がする。もう22時など回って未成年の深夜徘徊と見なされてもおかしくない時間だ。
『ボーダーの帰りなんだ』
「あまり遅くならないようにして。心配だから」
『大丈夫』
「……」
こいつ……やっぱり説教したろかと思う中、草太は続けて聞いてきた。
『それより華。昼休み、なんか怒らせちゃったみたいなんだけど……ごめんね』
「……別にいい」
それについては謝らないでほしい。冷静になった今、勝手に嫉妬して勝手に怒っていたのは華の方だ。草太は悪くない。
睨んだだけで特に何か八つ当たりした覚えはあまりないわけだが、草太が怒りを感じ取ったのなら謝った方が良い。
「悪いのは私の方だから。こっちこそごめん。草太は関係ないのに」
『ううん。別に』
本当に気にしていない様子だ。本当にやたらと心が広いというか、怒らない人と言うか……いや、でも一回だけ喧嘩に華が巻き込まれた時、怒ってたっけ、なんて昔のことを思い出す。
とにかく、自分のことでは絶対に怒らない人だ。
『華、でも明日も多分あの人、来ると思う。で、また一緒にご飯食べたりとかすると思う』
「……そうなの?」
『そう。もしかしたら華はあの人のこと嫌いなのかもしんないけど、そんなに怒らないで欲しい。あの人、大規模侵攻で弟連れ去られて、それで俺が助けた人だから』
「……そういうこと」
なるほど、と理解する。そういうつながりだったらしい。そう思うと、あの人が草太に絡んで来る理由も分かる気がする。
『家族がいなくなった事情を知っている人と、誰でも良いから一緒にいたいんだと思う。だから、俺はしばらくの間、あの人が絡んで来るなら一緒にいてやるつもり』
「……相変わらず優しいね、草太くん」
『別に、そんなんじゃない』
まぁ草太のことが好きなのか否かは分からないが、確かに華も似たようなものだ。華は今まで草太に絡んでいたが、あの先輩の様子を見る限り、草太と再会したのは最近なのだろう。
そういう理由なら、こちらとしても「ふざけんな私にも構え」と言うわけにはいかない。そもそも別に付き合っているわけでもないし……それに、もう三学期であの人のリボンの色的に三年生だろうし、三ヶ月弱の辛抱だ。
「じゃあ、好きにして。でも……私とも友達だから。それは忘れないで」
『分かってる。またどこか飯行こう』
「言ったね?」
『えっ?』
「じゃあ今度、また付き合わせるから」
『え、あ、うん。はい……まぁ、うん。はい』
よし、言質とった。棚ぼたも良いところである。
『じゃあ、もう切るわ。なんだかんだ夜だし』
えっ、と華は言葉に詰まる。せっかくお話ししているのに、このまま切られてしまうのは少し勿体無い。
……少し子供っぽいかもしれないが、ちょっとだけ粘ってみることにした。
「……もう少し」
『え?』
「もう少し、話したい」
『……』
……直球過ぎて恥ずかしくなり、布団の上で枕に頭を思いっきり埋めてしまった。なんだ「もう少し、話したい」って。自分は恋人気取りか。
この恥ずかしいテンションのまま会話するのは、それはそれで色々と保たない気がしてしまった。
「ごめん、なんでも……」
『良いよ。ていうか、俺も最近、華と話せてないなーって思ってたし』
「……!」
ダメだ、やっぱこの人ずるい。そんなこと言われたら……もう話すしかなくなる。
そのまま二人で、夜中に会話しながら夜を過ごした。