葉子ちゃんの弟は似ても似つかない。   作:バナハロ

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ボーダー入隊するわー。
災害はいつくるかわからない。


 葉子と草太の性格は似ても似つかない、とよく言われる。それは草太も葉子も自覚があった。

 でも、だからと言って喧嘩はしない。なぜか、二人とも仲良くやれている。

 

「草太ー、ソース取って」

「何のソース?」

「は? いやそれでしょ」

「ああ、そういう。情報源だと思った」

「なんでそっちだと思うのよ!」

 

 なんて話を朝食からして、両親も兄貴も笑っている。

 

「あなた達、本当にコント好きよね」

「なんで急に漫才始めてんの?」

「仲良しだな」

「どこがよ! こいつが意味の分からないボケをしてるだけでしょ!?」

「それにツッコミを入れてる時点でコントだよ」

「あんたが言うなっつーの!」

 

 なんて話をしながら、家族で夕食を食べる。もう直ぐ中学生という時期なのだが、相変わらず二人とも自主勉強などはしない。中学の勉強? 余裕っしょ、と言わんばかりである。

 

「そういえば、草太。あんた今日暇?」

「暇だけどなんで?」

「ゲームやろう。FPS? ってのやってみたい。なんか無料で出来るんだって」

「良いよ」

 

 なんてゲームの約束をしていると、母親がまた口を挟む。

 

「またあんた達はゲームの話ばかり……もう少しこう、外で遊んだりとかしたら?」

「俺は外で遊んでる。今朝も華と走って来たばっかだよ」

「まぁあんたはそうだけど……」

 

 意外にも、華との走り込みは割と続いていた。と言っても、華が遅くまで勉強しててしんどい時とか雨の日とかはしなかったりするので、緩いスタンスで続けている。割とこう言う方が続くのかもしれない。

 

「アタシは嫌。このクソ寒い時期に外出て走るとか地獄じゃん」

「葉子は相変わらずこれだものね……」

 

 ちなみに葉子はたまに早起きできた時くらい参加しなくなった。まぁ、らしいと言えばらしい。

 すると、父親が元気に口を挟む。

 

「まぁ、良いじゃないか。小学校生活6年間も頑張ったんだし、終わった後くらいのんびりしたって」

「それはそうだけど……」

「でしょ? たまには良いこと言うじゃん」

 

 葉子が父親に上から目線でそんなことを言う。別に元々、仲悪かったわけでもないが、この前華の両親が家に来た日、父親が提案した改築をして以来、葉子の態度は柔らかくなった。

 ちなみに、草太の部屋は兄貴と同じ部屋になっている。

 

「ちなみにやりたいFPSってどんなの?」

「60人のキャラが3人部隊に分かれて最後の1チームになるまで競うんだって」

「へー」

「それ、テレビ一台を二人で使えないよ」

 

 兄がそんな口を挟んだ。ということは、一緒にやるならもう一台買うか、二人で交代交代になるらしい。

 

「マジでか」

「じゃああんたはアタシの華麗なプレイングを見てなさい」

「いや、順番にやろうや」

「ゲーム、あんまりやりすぎないように」

「あーい」

 

 なんて話をしながら、夕食を終えた。

 

 ×××

 

 朝がしんどい。頭がぼーっとする。思ったより沼要素が多くて、つい葉子と深夜までやりすぎた。いや、沼要素はさほどない。やり込みとかするわけではないし。

 あったのは、単純にプレイスキルの壁。それを掴むまで、葉子とアホほどやりすぎた。

 そのため、次の日の走り込みの朝、草太の目は死んでいた。

 

「……大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、まだ若いし俺」

「若い時ほど睡眠は大事だと思うんだけど……」

「良いから。ほら、行こうやもう」

 

 話しながら、二人で走り始めた。

 

「華は今日も勉強?」

「うん。正直、朝のこういうジョギングは許されてるの、少し不思議」

「まぁ、運動するに越したことはないからね」

 

 なんかちょっと、華も体力がついてきた。実際、地震や大雨なんていつ来てもおかしくないし、その時に備えておいて悪いと言うことはないだろう。

 

「それに、朝運動すると、頭がスッキリするの。その後の勉強にも、集中できるから」

「へー、あるんだそういうの」

「そっちは朝走り始めてから何かないの?」

「短距離も長距離も早くなった。この前の陸上競技大会、優勝したし」

「順当な成長」

 

 まぁ走っているわけだし、それはそうだろう、みたいな感じだ。

 さて、そのまま走るコースは土手沿いに差し掛かった。住宅街よりもこういう見晴らしの良いところを走る方が心地良い。

 そのタイミングで、走りながら華が横からしれっと口を挟んで来た。

 

「ところで、草太くん」

「何?」

「中学に上がったらどうするの?」

「どうするって?」

「部活とか……そういうの。何か新しいこと始めるの?」

「どうだろうな。まだ何も決めてないけど……」

 

 正直、サッカーはやりたい。楽しいから。でも、自分が部活をして良いのかはわからない。友達と遊ぶ程度なら構わないだろうが、自分のこの能力はあまりにも勝負事に向き過ぎている。

 早い話が、ズルなのだ。この能力で将来に関わる大切な試合に出ることは。それこそ、出るなら陸上競技とか水泳とか、そう言うのだろうが……でも、別に陸上にも水泳にもあまり興味がない。出たいとも思わない。

 

「……まぁ、俺は中学でも適当にぼんやり生きるよ。特に将来、やりたいことは決まってないし。それが見つかるまではのんびりするしかないかな」

「どうして?」

「え?」

「サッカー部とか入らないの?」

 

 聞かれて、少し悩む。サッカー部……まぁ、他人から見たら確かにそう見えるのだろう。昼休みも放課後もよくサッカーしてるし。

 けど、それを出来ない理由をこちらは話せない。今の今まで、もう何度も能力を悪用して説教の回避とかして来ているし、変な力を持っているなんて言えない。

 何なら、華自身も感情を把握され、利用されてマインドコントロールされていたと思われても過言ではない。

 だから、サッカー部に入らないうまい言い訳を考えないといけない。

 

「まぁ、俺あんま厳しい練習とか受けたくないし。部活とかに入っちゃうとみんな勝つためにやるから、割と練習内容ハードになったりするじゃん」

「毎朝、走り込みしている草太くんが、ハードな練習を嫌がるの?」

 

 ……意外と食いついてきた。華なら引き下がると思ったのに。チラリと横を見ると、走りながらこっちを見ている。もしかしてこれ……何か、怪しまれているのだろうか? 感情も、何かを探ろうと言う意識がこちらの中に刷り込まれていく。

 まぁ、流石に華もバカではない。あまりにタイミング良くこちらが行動を起こせば、何かしら疑いを持つだろう。

 こう言うときは、変に理屈を話すと向こうは「あ、何か隠そうとしてるな」と思うだけだ。

 惚ける、これが一番、素のリアクションに近い。

 

「? どゆこと?」

「いや、サッカーやってる草太くんは楽しそうにしてたから、やってみれば良いのになって思っただけ」

「……」

 

 まぁ、確かに楽しいは楽しいのだが……これはどういう意図の質問だったのだろう? 何か探られている、と思ったけど、なんかそういうんじゃない気もする。

 

「え、俺サッカーもしかして向いてる?」

「私はそう思う」

 

 あ、そういうことか、と理解した。この子、何となく草太がサッカーをやりたがっていたのだろう。だから「やらないの?」の問いに「やらない」とレスポンスされて、つい探りを入れてきたとか、そんな所だ。

 まぁ……華がそう言うのなら少しやりたいな、と思わないでもないが……いや、ていうかやりたいが。

 

「……じゃあ、考えとく」

「うん。考えておいて」

 

 そんな話をしながら、二人で走り込みを続けた。

 

 ×××

 

 さて、走り込みを終えて、午後はどうするかを考える。家族は遠出して買い物に行って、葉子は爆睡。華は勉強。

 で、草太は……まぁ、深い意図はないけど、家の前でリフティングでもする事にした。いや本当に深い意図はないけど。

 サッカーか……と、ちょっとため息が漏れる。実際、楽しそうだ。周りとの呼吸を合わせる、と言う意味では自分の能力は最適だろうし、チームプレイもまぁいけるだろう。

 テクニックやフィジカルは今後、つけていくとして、体力も人並みにはあるし……まぁ、少し考えてみても良いかもしれない。

 ……なんて考えている時に、それは舞い降りた。

 

「は?」

 

 なんか騒がしいな、と思って遠くを見ると、ブラキオザウルスみたいな外見の白い生き物から放たれた砲撃が、こちらに迫っていた。

 あ、ヤバい。と思い、とりあえず葉子を起こそうと思ったが、遅い。草太の頭上を超えて、華の家の隣の隣の民家に直撃し、周囲を巻き込んで大きく爆ぜた。

 それにより身体は吹っ飛び、瓦礫と共にコンクリートの上を跳ねて転がされる。

 何が起こったのか、と身体を起こすと、周囲はまるで戦後のように焼け野原。近くにあったはずの建物は全て崩れており、各地から煙が上がっていた。

 そして何より驚かされたのが、かなり遠くの景色の方には、見たことない白い生き物のようなものが蠢いている事だ。

 

「何だこれ」

 

 とはいえ、惚けている場合ではない。どう見たって人が太刀打ちできるものではなさそうだし、逃げないといけない。

 幸い、奇跡的にもあれだけの衝撃を身に受けて動ける状態だ。さっさと行動しなくては。

 一先ず、やはり葉子と華だ。慌てて立ち上がって瓦礫の上を移動すると、瓦礫の中から華が出てきたのが見えた。

 

「! 華!」

「草太くん!」

 

 慌てて合流。崩れた瓦礫の上を移動するため素早くは動けないが、それでもなんとか合流出来たことにホッとする。

 その後、恐怖に身を包まれているような感情が、草太の中に流れ込んでくる。周囲を見渡すと、逃げ惑う人々が多くいる。誰の感情なのか分からないが、みんな同じ気持ちなのかもしれない。

 なんにしても、まず確認するべきことは一つだ。

 

「華、両親は?」

「わからない。家にいたはずだし、近くにいると思うけど……そっちは?」

「うちの家族は外出中。葉子以外」

 

 それは不幸中の幸いなのかもしれない。探す人数が少なくて済むのはありがたい。

 

「じゃあ先に逃げてろ! 俺が探すから!」

「そんなのダメ。二人で探す!」

「はぁ!? いやそんな……」

 

 言いかけたが、ディスカッションの時間が惜しい。こういう時、動けないと困る。

 

「じゃあ華は葉子を頼む。俺は華の両親探すから」

「分かった」

 

 賢い人はこれだから助かる。男である自分が大人二人を助け、女である華が子供を探す方が、退かす瓦礫の数が少なくて済む。

 そのまま、華の家があった瓦礫を掘り進める。華の家は香取家と一緒でリビングが2階にある。夫婦でのんびりしていたのなら、おそらくリビングにいるのだろうが……。

 と、そこでふと思う。なんか、思ったより自分の頭が回っている。こんな非常時にも関わらず。

 と言うか、さっきもそうだ。草太の能力は、基本的に自分を含めた周囲の人間の中で、一番強い感情を抱いている人間の感情に染まる。

 にも関わらず、さっきは他人の恐怖が自分の中に入って来た。それはつまり、草太自身はそれほどこの状況を恐れていないと言う事なのではないだろうか? 

 

「って、んなこと気にしてる場合かよ」

 

 少し自分自身に疑問を持ってしまったが、今はそんな場合ではない。丈夫そうな足場に立って、軽そうな瓦礫から退かしていき、下へ下へと掘り進める。

 そして……ようやく人の腕らしきものを見つけた。

 

「!」

 

 慌ててその手を握ると、思いの外、軽い。肘までしか繋がっていなかった。

 

「……」

 

 これは、もうダメだ。助かる見込みは少ないだろう。

 腕の大きさ的に、華の父親の腕だろうか? 仕方ないので、母親の方を探す。

 

「痛っ……!」

 

 瓦礫の破片が腕に刺さる。指先から血が漏れるが、気にしている場合ではない。

 もう一人、せめて華の母親は……と、思っていると、今度は人の頭が出てきた。さらに瓦礫を退かすと、母親の胴体が出て来る。

 が、かなりの血が流れており、目を閉じたまま穏やかな顔で眠っていた。

 

「おばさん。おばさん?」

 

 声を掛けるが、返事はない。体を揺すっても力なく揺れるだけで、とても意識があるとは思えなかった……が、こちらは素人。見た目だけで判断するわけにもいかない。

 往復ビンタで起こすか、と思った直後、その華の母親の瞳がうっすらと開かれた。

 

「おばさん」

「……そう、たくん……?」

「そう。待ってて、今……」

 

 と、言いかけたが、よくよく見ると背中に割と太い木材が深々と刺さっていた。それも派手に。

 これは……と、少しため息が出そうになる。下手に動かしたら、それだけで終わってしまいそうだ。

 そんな中、自分の中に、とある感情が潜り込んでくる。死ぬほどの苦痛……それと、草太への強い懇願。おそらく、華の母親のものだろう。

 その母親は掠れた声音ながらも、しっかりとこちらに届く声で告げた。

 

「は、なを……おねがい……」

「……」

 

 それを最後に、瞳を閉じて力無くまた眠りについた。それと同時に、自身の中に入ってきていた感情も消えてしまう。おそらく、もう二度と目覚めないであろう眠りだろう。

 仮に生きていたとしても、この木材を抜いて瓦礫を全部どかして逃げるのはどう考えても無理だ。

 

「草太くん!」

 

 そんな中、遠くから声が聞こえた。華からだ。それと同時に、強い不安と心配の感情が入って来る。

 

「葉子いた!」

「そっちは!?」

 

 葉子の声も聞こえてくる。どうやら、もう事情を聞いていたらしい。

 さて、どう答えるのがベストか? 残念ながら、この手の心理戦はこちらにとって得意分野。華の性格を考慮し、どう答えれば良いかなんてすぐに分かる。

 とりあえず顔を出して二人に告げた。

 

「二人とも亡くなってる」

「ーっ……!」

「……そう」

 

 葉子は口元を抑え、華は視線を落とす。草太の感情が、強い悲しみの感情に包まれる。父親は厳しい人だったが、華にとっては大事な親だ。それがこんな訳のわからない状態で急にもう二度と会えなくなるなんて、それはそう言う感情にもなる。

 

「華、ご両親の遺体、確認するか?」

 

 その上で、この質問を投げる。華の性格は分かっている。どんなに試練が舞い降りて来ても、それを幾度となくこなし、捌ける人だ。

 強い悲観に暮れても、質問を投げ掛ければ必ず答えを出そうとするし、その答えはいつでも正しい道を選ぶ。

 

「……大丈夫。それよりも、逃げないと」

「華、大丈夫……? その……」

「平気。行こう、2人とも」

 

 葉子が気にかけるが、華はそう言って走り出す。その後に草太は続いた。華の母親に「お願い」と言われてもしまったのだ。ならば、また次に爆撃が来たら草太が壁になるくらいのことはしないといけない

 

「っ……」

 

 走って逃げている間、三人の間に会話はない。というか、会話している場合でもない。逃げる先にあの化け物はいないか、どの道を通れば危なくないか、それを選ぶので精一杯だ。

 後ろを見ると、あの白い化け物の群れは少しずつこちらに近づいている。特に足が速いのが、足が6本くらいある虫のような見た目の奴だ。もう焼け野原にしたからか、ズンズンとコチラに迫ってくる。

 これは……このまま走り続けた所で追い付かれてしまうのではないだろうか? 

 自分達と横並びになって逃げている人達が増えていることに、ふと気が付いた。

 もしかしてこれ……と、思ったのも束の間、別の方角から逃げてきた人達のすぐ後ろから、巨大な白い化物が姿を現した。

 

「! 追いつかれた!?」

「違う、角度をつけて逃げる先を一箇所に集まるように誘導されてたんだ」

「っ……!」

 

 統制された動き過ぎる。もしかしてこの化け物たち……知性があるのか? いや、考えている場合じゃない。なんとか逃げないと。

 

「あっち行こう!」

「分かった!」

 

 こちらは敵がいない方向へ走るしかない。すぐに指を差した方向に三人で走り出す。

 他の人達も同じ方角へ逃げる……が、後ろから悲鳴がいくつか聞こえる。ふと見ると、巨大な白い奴に喰われているのが見えた。

 捕まればああなる。逆に言えば、あの大きい奴は口でしか攻撃して来ないらしい。情報は多いに越したことはない。

 それをとりあえず気をつけるか、なんて考えている時だった。

 ふと、草太の中に入って来たのは、ずっと自分の中に残っていた華の強い悲しみを塗り替えるほどの感情だった。

 

「っ、か、返して! 弟を返してよ!」

 

 そんな声音が聞こえてきて、思わず見てしまう。顔にそばかすがついた、草太より年上っぽい女性。それが、巨大な白い化け物の足を叩いていた。

 

「!」

 

 何やってんだあいつ、なんて思うまでもない。言っていた通り、弟が喰われたのだろう。

 

「いやああああ! 返してええええ!!」

「ーっ……!」

 

 ああいう人がいると、こちらは逃げやすくなる。少なくともバケモノ一匹をとめていてくれているのだから。

 ……だが、自身の中に入ってくる感情が強ければ強いほど、草太にも迷いが生じる。あの人は本当に弟を助けようとしている。自分が喰われかねないかもしれない状況で、胸が張り裂けそうな痛みと恐怖を抱えて、なお立ち向かっている。

 周りはみんな自分が逃げるのに夢中で、あの人を気にかけている余裕がない。唯一、気付いているのが草太だけ。なのに……それを自分が見捨てて良いものなのか? 

 

「……」

 

 ワンチャン賭けるか、と覚悟を決めてしまった。何より、仮にここであの人と一緒に草太が喰われたとしても、その分化け物の足を止められる時間は伸びる。つまり、華と葉子が逃げる時間は稼げるのだ。

 そう思えば、覚悟は決まった。ちょうど一番後ろを走っているし、しれっといなくなれば前を走る二人は気がつかないだろう。

 じゃあな、と心の中で告げながら、足を止めて逆方向にダッシュ。その女の人を、化け物は上から見下ろし、口をゆっくりと開けて上からかぶりつこうとする。

 大丈夫、毎日鍛えていたのだ。絶対間に合う。

 

「ーっ!」

「返しっ……あう!」

 

 ギリギリで女性のお腹に手を回し、後ろに倒れ込みながら躱す。化け物の口をギリギリで避けることが出来た。

 さて、その女性……と言うより少女だろう。少女は、草太の方を見た。

 

「離して! 弟があの化け物に食べられたの! 消化される前に助けないと!」

 

 ダメだ、偉く興奮している。首を絞めて気絶させようか? いや、ダメだ。周りの人が逃げてしまっている以上、この人を連れて行く人がいない。

 ならば、落ち着かせる他ない。興奮状態の人を落ち着かせるには、一先ず強い衝撃を与える。

 そんなわけで、ビンタをした。

 

「ーっ!?」

「落ち着いて」

 

 時間がない。落ち着いたかどうかを確認している余裕もないので、そのまま畳み掛けるように理屈を告げた。

 

「この化け物、口の周りに血がついてない。つまり、人を食ってるのは捕食じゃなくて捕獲の為だ。だから、あなたの弟は中で生きてる」

 

 我ながらメチャクチャな理屈だが、この際なんでも良い。そのまま早口で告げた。

 

「ここは一度逃げて、武器とか仲間とかを集めて態勢を立て直して、その後で助けに行けば良い」

「ーっ!」

 

 涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっているままの顔で、コクコクと頷いた。草太の中の感情も、少しずつ落ち着いていく。これで大丈夫だろう。

 

「ほら、逃げよう」

 

 そう言って、少女の手を取って走り始める。あとは死ぬ気で走れば逃げられるか……と、思った直後だった。真横を見ると、6本足の虫型が迫って来ているのが見えた。

 

「……あ、ヤバっ」

 

 慌てて女性を横に突き飛ばした直後、その虫型は鎌を振るった。ギリギリで回避出来た……いや、足が痛い。少し掠めたのかもしれない。

 

「っ、あ、ありがとう……」

「いや、大丈夫。それより逃げ……あれ?」

 

 立とうとしたのだが、ガクンっと右足に力が入らない。ふと足を見ると、自身の足首のあたりから血が流れていた。もしかしてこれ……腱が切れたのかもしれない。

 

「……あーあ、しくった」

「ちょっ、足!」

「いや、これもうむり。立てない」

「ええっ!? そんなこと言ってる場合じゃ……」

「良いからもう置いて行って」

「出来ないよ! 二人で逃げないと……!」

「弟さんを助けに行くんだろ」

「……!」

 

 そう言うと、その女性はそのまま走って遠くへ離れて行く。その背中を目で追いながら、そのまま大の字に倒れ込んだ。

 死んだなこれは、と小さくため息が漏れる。まぁ、結果的に化け物を二匹止められているのだから、戦果は上々と言っても良いだろう。……いや、あの人の弟を食ったと思われる大きい奴はどこかにいなくなっているから、やはり一匹か。

 人生に悔いがないわけでもないが、変な能力を持って生まれた以上、どう生きてもズルをして生きている事になる。なら、ここで死んでおいても困る事はない。

 

「……じゃあな」

 

 家族に別れを告げるようにそんな事を言った時だった。自分にトドメを刺そうとしていた虫型が、瞬時に細切れになった。

 

「……は?」

 

 なんで? と思って顔を上げると、目の前に立っていたのは、髪をオールバックにした飄々とした雰囲気を纏う男。片手には剣が握られていた。

 その男は草太を見るなり、誰かに通信をした。

 

「レイジさん、民間人が一人、足から血を流して倒れてる。迎えにきてあげてくんない?」

 

 そんな話の直後、その男は周囲の敵に目を向けた。そして……とても人間の運動能力とは思えないアクロバティックな動きで敵を倒していく。

 これは……もしかして助かったのかも? ホッとしたからか、ふらっと後ろに倒れ込み、そのまま意識を失った。

 

 

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