闇人と追放少女   作:寿司とお寿司に祝福を

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2・迫りこないゾンビ

 オ゛ア゛ァ゛……オ゛ア゛ァ゛……

 コヒュ……コヒュ……

 

 

 そう息を洩らしながら呻いていたゾンビニに声をかけながら、口に飲みやすく薄めたシハン薬を垂らしてやる。

 

 シハンバナは、倒した獲物に蜜をかけるが、苦しみにのたうちまわる様子を見ると、更に手?づから蜜を口に、出口を潰したホースの如き勢いで流し込み、一時の安らぎ、鎮静効果を与える。

 同じくシハン薬の経口摂取にも同じ効果があった。

 

 

 悶えるように緩やかに首を振りながら、眼孔のどこかで癒着して張り付いているのか動かない白濁した眼球を、ピクピクと動かすゾンビニ。

 今にも立ち上がり襲ってきそうであるが、本人は身体に毒が残っていて首から下が麻痺しているのか、立ち上がる様子はない。

 

 

 しばらくすると、声かけの効果かシハン薬の効果か、ゾンビニの動きが大人しくなる。

 

 意識はあるようで、声かけをしてみると、何となく聴こえているような反応はするものの、期待通りの反応は得られないところを見るに、会話は通じていない。

 

 悲しいが、予想出来ていたことだ。

 まるで文化圏の違う人間と、いきなり会話が通じる訳もない。

 

 俺もゾンビ語は分からないし、ゾンビニもこちらの言葉が分からないのだろう。

 

 

 俺と同じように通じない会話を嘆いて涙を流したか、削げた鼻から液体を垂れ流しているゾンビニを見ながら思う。

 今後コミュニケーションをどうするべきかを考える必要があった。

 

 まぁ、シハン薬での治療だし、生命力の高いキゴリと比べたら、時間はたくさんある筈だ。

 

 

 

 ん?

 ……ハッ!?

 

 うたた寝から起きた時に勢い余って握りつぶしたのか、握っていたはずのプロペラビットの、首と胴体が千切れて床を赤く染めている……。

 

 通りで、確かにシハン薬を用意する時に何も持っていなかった。

 

 

 折角生きて捕らえたのに台無しになってしまった。

 綺麗にしてから食べようと、超薄めシハン薬に漬ける準備中だったというのに。

 

 悲しみに暮れながら床を掃除し、鮮度が落ちるまえにひとまずプロペラビットの耳を炙って食うために、キッチンへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

────ブギュアァッッ!!!

 

 

 私の意識を覚醒させたのは、突然聴こえて来た悲痛でおぞましい叫びだった。

 

 咄嗟に私も狼狽えた叫びをあげながら、立ち上がろうと身をよじるも、手足の感覚が無く、寝起きだからか視界もまだ暗く、何の状況も把握できない。

 

 更に、混乱する私の耳には、まるで屍人のような枯れた呻き声が聴こえてきて、恐怖をあおってくる。

 

 

 

 聞いた話では、屍人は動くもの何にでも噛みついて、たちまち噛みついた生き物を腐らせるという。

 人が屍人に噛まれると、新たな屍人となって無限の飢えに苦しみながら滅ぼされるまで彷徨う事になるらしい。それも、僅かに意識を保ったまま。

 

 所詮は噂話、病で喉の調子の悪い人を指して屍人のようだと冗談で言われるだけで、本物を知っているわけでは無かった。

 

 しかし、見たことのない怪物が居る不気味な森に飛ばされていたことを思い出す。

 

 増した信憑性と、この耳に近く聴こえる真に迫った声は、より一層恐怖に身を震え上がらせた。

 同時に恐怖に呼応してか、屍人が興奮しているかのように、がさついた声が激しくなる!

 

 必死に身体を動かしても、屍人の声は離れては行かない。

 

 

 

 恐怖の中、ふとこうなる直前に何があったかを思い出す。

 

 

 ガズリ教の紋章を着けた魔術騎士によって転移させられた先は、薄暗く光る樹の葉に覆われ、空の見えない妖しい森。

 

 失意のまま彷徨い始めて数分しない間に遭遇した、四肢の長く太い巨大な熊。

 振りかぶられた熊の長い腕を、横から現れた植物の化け物が切り落とした結果、べっとりとした血飛沫に染まる身体。

 

 恐怖に足をもつれさせながら逃げた結果、柔らかい何かに足をとられ、そのまま倒れ込み、倒れた衝撃こそ少なかったものの、顔にへばりつく何かと、たちまち全身に走った激痛に意識を飛ばした記憶……。

 

 

 

「コンニチハ、キコエマスカ」

 

 

 

 !!!

 

 屍人の声に混ざって、聴いたことのない呪文が聴こえてくる。

 それと同時に耳に聴こえる、ビトッ、ビトッ、という何かが垂らされる音。

 

 

 聞いたことがある!

 屍人を操る屍人繰り、ネクロマンサーの伝説!

 

 本能のままに生者を狙うはずの屍人を意のままに操り、屍人の軍団を築くネクロマンサーは、気に入った生者を見つけると、特別な儀式魔術を用いて特別な屍人、眷属を作り出すという。

 

 幼い頃に見た、リーラ教の聖人候補を選定し、清めて聖人として覚醒させる儀式魔術も、断続的に身体に聖水を振りまきながら、呪文を唱えていたのを思い出す。

 

 最初に聴こえた叫び、あれはきっと儀式に使う生きた供物の断末魔で、垂らされているのは、きっと、その………!!

 

 

 

「コンニチハ、キコエマスカ」

 

 謎の呪文と荒い屍人の声、そして何かを垂らす音。

 

 それと同時に、感覚のない、むしろ悪寒が走り寒ささえ感じていた身体が、じわじわと暖かくなり、甘い香りが漂い始める。

 それに何故か安心感さえ覚えてしまうことに気付いてしまうと、身体がすっと楽になっていく気がする。

 

 この状況にそぐわない心地よさは、少しずつ身体がネクロマンサーの眷属に変えられている証拠に違いない、そう思ったら、恐怖が限界を通り越す。

 

 私は最早暴れる気力を失い、いつの間にか呪文が終わっていた後も、無駄だとわかっていながらも、ただただ涙を流し続けるしかなく、やがて眠るように意識を失った。

 

 

 お父様、お母様。

 生き延びることはおろか、そちらへ行く事すら叶わなくなった親不孝をお許し下さい……

 

 あぁ、ラス。せめて貴女は生きていて……─────

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 困った。

 

 

 ゾンビニが目覚めたアレから数日。

 

 ゾンビニが大きく反応したのはあれきりで、目が覚めた時にうめき声はあげるものの、そのまま治ってきた目の隙間や、鼻から静かに涙を流すのみで、植物人間のようだ。

 

 

 癒着がはがれて来たのか、僅かに目を動かす事は出来るようになったが、白濁した眼が治っている訳ではなく、目の前に何かを見せても反応はしない。

 

 部屋が暗すぎるか?

 でもこれに慣れてるとあんまり眩しいのはこっちがな……

 

 

 身体全体が治ってきているとは思うのだが、まだ麻痺毒が抜けてないのだろうか、手足を僅かに動かすことが出来るようにはなっているようだが、手足を触ってみても触覚は戻っていないようだった。

 

 痛みを和らげる効果はあるはずだが、触覚まで奪う効果はないはずなのだけども……?

 

 ひょっとしたら、ドクヌマンドラゴラが、頭と胴体以外を特殊な方法で破壊している可能性があるな、魔法毒で神経だけを破壊してるとか。

 

 シハン薬でどうにでもなるとは思うが、俺が呪属性魔術、略して呪術と呼ぶ、ごく少数の陰湿な怪物がたまに使い、定着するとウイルスのように侵食しながら増えるという魔法が原因だった場合、薄めたシハン薬では侵食に負けて根絶しきれない。

 

 普通にしていればかからないものだが、寝込みを襲われたり、意識の外からかけられると、呪術にかかってしまう可能性は高まるようで、実際そういう使い方をする怪物が多い。

 

 酸と毒と魔法毒だけの植物かと思っていたが、俺でも再現が不可能な魔術を使う可能性があるとなると、本当に困ったことになる。

 

 ちなみに魔法毒は、呪術と違って増殖しないので、時間経過で絶対に抜けるので、既に抜けていると思う。その代わりに魔法毒は意識の有無に関わらず受けてしまうものではあるが。

 

 

 基本的に魔法毒を含めた毒にかかったことが無いので、全部シハン薬で済ます予定だったのに。

 

 呪術にしたって、防いだことがあるからなんとなくそういうものだと感じて知っているだけであり、構造が細かすぎて気が狂いそうだったから諦めた経緯があり、恐らく成功するだろう力技以外の解除方法を知らず、それはゾンビニには使えない。

 

 

 最終手段は最強万能なシハンバナの蜜の原液を使うとしても、他の解除方法を探さない手はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間ほどかけて、ドクヌマンドラゴラを探し出した。

 

 身体を浸してしばらくすると、感じ、蘇る記憶。

 

 ──駅の2車線分くらいの直進通路で周りを見ずに斜め移動する邪魔なオバサンや、女に追従タックルしに行くキモいオッサンを見た時の嫌な感覚……

 うっ!電車内で遭遇した口臭パンデミックロン毛男の記憶と、香水振りすぎ激臭女の記憶まで!?混んでる車内で足元に荷物を置くな!

 

 

 やはり呪術であることが分かった。

 

 これは呪術ー駅verーだ。

 久々にあの頃を思い出したが、今回は最悪な気分である。

 

 急いで沼を出て、毒を落とすと、懐に仕舞っていたヘビィイチゴの飴を取り出して食べる。

 いっそ痛いほど濃厚な苺の風味と味が、不快な気分を和らげる。

 

 

 嫌な感覚の元を辿ったがこれははっきりしており、沼の中央に向かっていた。

 沼自体にそういう機能があるのではなく、ドクヌマンドラゴラ自体が、毒で弱った獲物に呪術をかけているようだった。

 

 ついでにパスをつないで魔素を吸い取ろうとしていたのだろう。トンネル開通、出発進行。

 

 

 長く浸かったことが無いから気付かなかったのだな。

 

 そして原因がはっきりしてしまってがっかりする。

 

 こうなっては、シハンバナを探して蜜を取りに行かねばならない。

 家にあるシハン薬は、ずいぶんと前に集めて溜めておいたもので既に加工済み、元には戻せない。

 

 そもそもただのシハンバナの蜜を置いておくのは危険だ。

 一日で呪術が解除出来ればよいが、もしダメなら……

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