深海魚をテーマにしたホラー短編小説

1 / 1
深海の目

 

深夜、深海探査艇「ネレウス」は黒い海底へと沈んでいった。船内の小窓から外を覗くと、光の届かない世界が無限に広がっている。船長の三上は計器を確認しながら、背後に座る研究員たちを一瞥した。若い研究者の田辺、そして古参の海洋生物学者である片桐教授だ。

 

「水深5000メートル突破しました」

田辺が緊張した声で報告する。

 

「よし、予定通りだ。この付近で未知の深海魚が目撃されたという情報がある。慎重に探そう」

 

三上が指示を出すと、片桐が微笑みながらうなずいた。「深海魚の観察は、これまでのどの発見よりも我々を驚かせるかもしれん。あの環境に適応した生物は、地球外生命を理解する手がかりになるからな」

 

探査艇のライトが前方を照らすと、奇妙な生物たちがゆっくりと現れた。透明な身体、発光する触手、そして牙をむいた口が特徴的な魚たちだ。田辺はそのたびにカメラを動かし、夢中で撮影していた。

 

「すごい……。まるで別の惑星みたいです」

 

「この先だ」片桐が低い声で言った。「もっと奥に進めば、これまで記録されていない種が見つかるかもしれん」

 

三上は操縦桿を握りしめた。深海探査は危険を伴うが、この深さでしか得られないデータは科学界にとって価値がある。だが、何かが船内に漂う微かな緊張感を強めていた。それは恐怖とも予感とも言えない、漠然とした不安だった。

 

しばらく進むと、外の景色が急に変わった。目の前に巨大な暗黒の空間が広がり、そこにぽつりぽつりと光る点が浮かんでいる。その光は探査艇のライトにも反応せず、まるで自ら意思を持って輝いているかのようだった。

 

「何だこれは……?」田辺がつぶやいた。

 

「ライトを消してみろ」片桐が指示する。

 

三上がライトを切ると、闇の中に浮かぶ光の点がはっきりと見えた。それはまるで無数の目がこちらを見つめているようだった。

 

「どういうことだ?こんな形状の生物が記録されたことはないぞ……」片桐の声が震えている。

 

田辺はカメラをズームさせ、その光る点を追い始めた。しかし、モニターに映し出された映像を見て、彼は息を飲んだ。

 

「船長……これ、目ですよ。何か巨大な生物の……」

 

その言葉が終わる前に、探査艇全体が揺れた。警報が鳴り響き、制御パネルが赤く点滅し始める。

 

「何だ!?何が起こった!」三上が叫ぶ。

 

外のカメラが映し出したのは、探査艇を覆う巨大な影だった。それは深海魚の比ではない大きさで、まるで深海そのものが意思を持ったように動いている。無数の光る目が探査艇を囲み、まるで獲物を観察しているようだった。

 

「撤退だ!」三上が叫ぶ。しかし、操縦桿を引いても探査艇は動かない。

 

「エンジンが反応しません!これは……何かに掴まれている!」田辺が青ざめた顔で叫んだ。

 

そのとき、片桐が恐怖に染まった顔で言った。「これは……生物じゃない。深海そのものが生きているんだ!」

 

船体がさらに激しく揺れ、内部の照明が消えた。暗闇の中、光る目だけが周囲を取り巻いていた。やがてその光は一つにまとまり、巨大な瞳の形を成した。それがまばたきすると同時に、探査艇全体が凄まじい力で引き込まれていく。

 

三上が最後に見たのは、闇の中で一瞬だけ浮かび上がった巨大な輪郭だった。それは魚でも生物でもなく、深海そのものが形を成したような存在だった。

 

そして、探査艇「ネレウス」の記録は、それを最後に途絶えた。後日、探査艇を追跡していた母船が発見したのは、海面に漂うぼんやりと光る奇妙な物体だった。それは深海魚のような形をしていたが、どこか探査艇のパーツを思わせる不気味な輪郭を持っていた。

 

深海には未だ解明されていない謎が無数にある。だが、その謎の向こう側に何が潜んでいるのか。それを知る者は、もうこの世にいない。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。