昭和のいつか。どこかにある高校。季節は夏。
階段を降りる。懐中電灯の光を吸い込む暗闇。俺達の足音だけが響く、無音の空間。
「えっと聞いていい? 飯田は前に嗅覚と聴覚で視えるって言ったよな? 佐藤さんと瑛子は暗闇ってどうなの?」
「私は人とそんなに変わらないわよ。血の匂いがすればわかるだけ」
「気配はわかるけど、この体は人と同じだよ、お兄ちゃん」
「なら飯田が頼りか。すまん、頼むよ」
「うん」
どれぐらい降りただろうか。やがて石畳の道になった。壁も石造りだ。
「明らかに人の手が入ってるよな……」
怖さを紛らわすために話し続けるしかない俺。
「◯◯君、三十メートルぐらい先から人の匂いがする。十人ぐらいかな。感情が無いよ。それと右の部屋みたいなところにお巡りさん達がいる」
「了解だ。お迎えが来たぜ」
現れた。
懐中電灯に浮かび上がる高校の制服。白いシャツやブラウスに血痕。
撃たれた時のものか警官の返り血か。
全部で十人。一人足りないな。
加藤と酒巻がいたことに内心ホッとする。が、彼らに表情は無い。
瑛子の神様パワーが宿った木刀を握る手に力が入る。
「瑛子は一番後ろへ!」
彼らは一斉にこっちへ走ってくる。そのフォームがデタラメで、正気じゃないのがよくわかる。
「ふんっ!」
木刀をとにかく大きく振り回す。
「おらよっ」
ん? んん? なんだ?
「◯◯君、下がって!」
横を抜けていく飯田の姿に一瞬気を取られる。
まるで西洋甲冑だった。フォルムの変わった頭、体操服から見える腕も、ブルマーから伸びる足もまるで鎧だ。肌色の。
そんな飯田は三人相手に格闘を始める。繰り出す動きが速い。速すぎる! たちどころに相手を弾き飛ばした。
「私、あまり力はないんだけどね」
左からは佐藤優子が前に出る。彼女が触れた途端、相手は地面に転がっている。手品みたいだ。
「おらっ!」
俺も前へ出るが、彼らの動きが何となくおかしい。下がっていく。
「逃げるな!」
俺、いや木刀を怖がるように避けるのだ。近寄ってもこない。
片手持ちに変え、近くにいた生徒へ振りおろす。当たった途端、彼は糸の切れた操り人形みたいに膝をつき崩れ落ちる。
よし! この木刀を当てたら無力化できるみたいだ。
次!
「おぐっ」
木刀を持つ右手を蹴られた。痛ぇ! 加藤だ。女子の蹴りとは思えない。痺れた腕から木刀が落ち、続いて脇腹を蹴られる。
「ごふっ」
「◯◯君!」
「お兄ちゃん!」
そのまま蹴り飛ばされた。これ
すぐに飯田が俺を庇うように割り込み、加藤を組み伏せる。
俺は木刀を左手で拾い、加藤へ当てると彼女は気を失ったように動かなくなった。
「この木刀が効くぞ! 俺の方に来るよう集めてくれ……痛てて!」
大声出すたびに脇腹が痛む。
飯田と佐藤がうまく誘導した生徒達に次々と木刀を触れていく。
反撃も喰らう。
顔を殴られた。目の中に火花が飛ぶのなんてガキの頃以来だ。
「痛ぇな!」
木刀をフルスイング。殴ってきた生徒の顔にクリーンヒット。すまんな。
気がつくと俺たち以外に立ってる者はいない。
「はぁっはぁっ」
心臓が狂ったように動いている。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
瑛子がすぐに俺の脇腹に手を当てると、その部分がじわり温かくなる。
「あ、ああ。た、大したことない。え、瑛子の神様パワーのおかげだよ。痛てて……」
「肋骨が折れてるんだから、あまり動かないで」
部屋状になった場所へと入った飯田と佐藤が見つけたのは、横たえられた警官五人と一人の生徒。遅れて入った俺の足は止まる。
「……」
警官の一人と生徒。彼らは婆ちゃんの葬式で見た、土気色の顔をしている。寝顔とはまるで違う、命が感じられない無表情。
ああ。間違えようがない。
……二人とも死んでいる。
死んだんだ。
どっと湧き上がるショックに立っているのがやっとだ。
生徒は知らない顔。一年生か三年生だろう。
瑛子が手を翳し、その後両手を広げ、優しい顔で見上げてこう言った。
「二人の魂は送ったから」
念の為残り四人の警官達に木刀を当て、無事を確かめていく。
「もしもし! 起きて!」
順に身体を揺する。元の姿に戻った飯田、佐藤、瑛子も。頼む起きてくれ!
「う……ん……」
高橋って名前の警官が目を覚ました。
「高橋さん!」
「……君は……さっきの?」
「はい! 起きられますか?」
他の警官達も目を覚ます。
「自分たちは……」
「俺たちがここに来た時は寝かされてました。外には生徒達も」
「そうかい……! 山本! おい! それとこの生徒は?」
「俺たちが来た時にはもう……」
高橋さんが脈を見たり瞼を開けて確認。
「……山本……」
「まずはここを出ましょう」
「あ、ああそうだね」
瑛子に目配せする。頷く瑛子。良かった、高橋さんは元のままだ。
生徒達の何人かも意識が戻り、亡くなった二人、未だ目覚めない生徒を手分けして担ぐ。
「この階段は……」
「これは高橋さん達が突入した教室に続いています」
高橋さんの肩がピクリと動く。
「……あぁそうだ。狂ったように襲ってくる生徒達に発砲して……彼らはまるで薬物中毒のようだった」
高橋さんは独り言を呟きながら、同僚の遺体を背負って歩き続ける。
佐藤が耳打ちしてきた。
「また繋がった」
理由なんてわからない。はっきりしたのは外へ出られる、その事実。
でも素直に喜べそうにない。
人が死ぬ。その現場に直面した俺は、折れた
二人が死んだという事実。心の中に暗い雲が垂れ込め、足は鉛のように重い。
教室に上がったところで高橋さんが無線を使って応援を要請。しばらくしてたくさんの警官がやって来て、俺たちを外へ連れ出してくれた。
二日ぶりの太陽。夏の陽射しと蒸し暑い空気が現実へ帰ったという事実を感じさせてくれた。
外にも大勢の警官がいて、俺たちをブルーシートで手際よく囲んで救急車に乗せてくれた。マスコミが大騒ぎしている。
俺を乗せてくれた救急隊員が俺の名前や年齢を訊きとった後、一人の警官が俺に
「もう大丈夫だ」
「……はい」
「安心していいよ」
と眩しい笑顔で励ましてくれた。目がぼやけてその姿が見えにくくなったけど、泣いてないぞ。
こんな時慰めてくれる彼女が欲しい。