昭和のいつか。どこかの街。季節は秋。
気がつくと砂漠だった。
あの赤錆びた砂漠。
命の気配が全くない大地。
薄青色の空。
激しく照りつける太陽。
あの景色だ。
いつの間にか隣に鈴木瑠美子が制服姿で立っていた。
「味気ない眺めでしょう?」
「そうですね」
「私は好きになれなかった」
「故郷ってそんなもんでしょう」
「あら、わかるの」
「親がそう言ってました。パッとしないとこだったと」
「ふふ」
「笑うとこですか?」
「私が美しいと思える星の人もそうなのかなって」
「毎日見ていたらそうなるんでしょう」
「訊かないの?」
「教えてくれるんですか?」
景色が夕陽の射す教室へと変わる。
「事情を話しておいた方がいいでしょう?」
「最初からそうすればいいのに」
「そうしたら素直に身体を開け渡してくれた?」
「絶対ないですね」
「ふふ」
「何か笑えること言いました?」
「いいえ。魂を移そうとした時、君の記憶も一部見えたから」
「ならわかるでしょう? 侵略者の親玉さん」
「侵略者ねぇ」
「事情は様々。でも侵略者のやることは一つ」
「そうね」
「どの生物を見てもそれは同じですよ」
「あなた達も?」
「一緒ですよ。何もせず滅びを受け入れません」
「見たからでしょう?」
「同胞全てに自害を命じて、なんらかの方法で女王であるあんたの魂を飛ばした」
「古代遺跡で見つけた方法よ」
「多分あの恒星は終わりに近づいてる」
「そうよ」
彼女は語った。
あのウサギもどきはあの星で最後に繁栄を謳歌した知的生命体。
脳波でコミュニケーションを取り、各自の脳を同期してコンピューター並の情報処理をしていたそうだ(俺はこの辺がよくわからない)。
彼女たちが栄える時代よりずっと前には、二足歩行の人型生物が高度な文明を築いていた。
あちこちに残っていた先史文明の遺跡。
生物の精神を無機物有機物問わず転写する技術。
それらの研究を進め、宇宙探索まで実現していた。精神を同期させた宇宙船を使って。
そしてわかってしまった。
自分達の住む惑星を含む恒星系が終わりを迎えていることに。
年々平均気温が上がり続け、生き物が住めない環境になるのは遠い未来ではないことに。
周りは移住に全く向かない星ばかり。
彼らは呪った。
その運命を。
深く深く呪った。
長い間、ただただ捕食されるだけの、小さく脆弱な齧歯類に過ぎなかった彼らが、長い時をかけて進化して、ようやく星の支配者になって知ることになった滅び。
そして彼らは見つけた。魂だけを転送する方法を。
先史文明の人々もそうやって他の星へ移住したのだ。他の星に住む生物へ魂を転写する方法で。
有機体を宇宙へ運ぶよりずっとコストがかからない手段。
ただウサギもどき達は、その手段に必要とされる莫大なエネルギーを賄う生産施設を持ってなかった。
切羽詰まった末の決断。生物の、つまり自分たちの生命力を使うこと。
行き先は指定出来ない。一回限り。
女王たる彼女のため、彼らは身を捧げる。
彼女は全ての知識を蓄えている。
何でも実現出来るだけの力を持っている。
彼女さえいれば、転送先の星で技術を発展させ、彷徨う彼らの魂を呼び寄せる。
再び繁栄するのだ。
そう信じて。
「別にそれを責める気はありません」
「……意外ね」
「自分の種を残したいのは生物の本能だから」
「選択科目は生物?」
「習わなくてもSFではお馴染みですよ」
「◯◯君は好きだものね」
「ただお断りってだけです」
「……」
「他の星か別の次元か、どこから来たのか知りませんが」
「それは私にもわからないの」
「話し合ってどうこうなることじゃないです」
鈴木瑠美子は遠くを見る。
「私たちの肉体を再構築することも試したのよ」
「……」
「かなり近いものが出来上がったわ」
「……」
「でもダメだった。私達の身体では生きていけない」
「……」
「あなた達が太陽と呼ぶあの恒星が私たちを殺すのよ。何かが違うのね」
「……」
「あなたの彼女三人のうち、妙な力を使う子がいるでしょ?」
「瑛子ですね」
「あの子の力も私たちの魂には致命的。世界中にあるのよ、あの力と同種のものが」
「……」
「拒絶されてるのね、この星に」
「……」
「だからあなた達の身体が欲しいの」
「あげませんよ」
「当然ね」
「日本という国が全力で阻止します」
「出来るなら、ね?」
「日本が出来なかったら他の国々が」
「でしょうね」
何か奥の手があるのだろうか。
彼女は笑顔を絶やさない。あるんだろう。
「余裕そうに見えて、実はそうでもないですね。鈴木先輩」
「そう見える?」
「とても」
「もう後がないから」
「やっぱりですか」
「知ってたの?」
「理由は知りませんよ。焦ってると思ったから」
「そうね、急ぎすぎた」
「人類の本気も相当ですよ」
「知ってるわ。ずっと見てきたもの」
「ナチスの次はソ連かアメリカあたりで研究ですか」
「ええ。両方いたわ。研究者として」
「……」
「ドイツでの研究成果。狙った胎児に入る方法を確立したから。優秀な遺伝子を持つ科学者夫妻の娘となることもできた」
「それで、なんで俺なんです?」
「他の適合候補に比べて、頭ひとつ抜け出てるのよ、◯◯君は」
「私の能力を余すことなく使える身体、それが君なの」
「……」
「やっと見つけたんだから。あの時は私も浮かれちゃったわ」
「ちんちんついてますよ?」
「……え?……あははは……どうでもいいわよ、そんなもの」
「……」
「男の子ね」
「何がです?」
「さっきから視線が私の胸に何度も」
「この前モロ見ましたから」
「そうだったわね」
「仕返しとしてバッチリ目に焼き付けてやりましたよ」
「また見せてあげようか?」
「見せられても一番嬉しくないおっぱいです」
「魅力ない?」
「羞恥心の欠片もないでしょ? そもそも生物として違いすぎるし」
「まぁひどい」
「中身があのウサギもどき、しかも地球に来てからかなり経ってますよね、お婆さん。百年の恋だって冷めます」
「まぁひどい。同情はしてくれないのね」
「御冗談。そんなのわからないよ、わかるわけない」
「……」
「俺はただの高校生。滅びを迎えた種のことなんて、わかるわけない」
「……」
「わからないけど、非難する気はないですよ」
「……」
「同情も理解も出来ないけど、あんたが払った犠牲の大きさ。それだけはわかるから」
「◯◯君は優しい……違うわね、公平ってことかしら」
「?」
「もっと憎悪や敵意を持つものよ。私のような存在に対して」
「……」
「私に恋してたからかな?」
「俺の性分らしいです。最近指摘されました」
「そうなの」
「単純な話です。どちらの種が生き残るか」
「そう捉えるのね」
教室が何もない空間へと変貌する。
鈴木瑠美子の姿は掻き消え暗闇だけが残る。
「待ってるわ」
最後にそう言い残した彼女の声はとても悲しげで。
それは俺の心を深く沈め、掻きむしった。
後で改稿するかもしれません。