昭和のいつか。どこかにある高校。季節は初冬。
いつもは差出人の思いの丈が綴られた内容であったが、今回は俺の過去やら何やらに触れていた。
鈴木留美子とのこと。
飯田奈美とのこと。
加藤弥生とのこと。
黒瀬瑛子とのこと。
佐藤優子とのこと。
何だこれ。
さらに『今夜二十時に市立図書館の駐車場で待ってます』と呼び出し。
名前も書いてある。
王戸めぐみ。
知らん子だ。
だが彼女は名乗りをあげた。
行かないとな。
夜になり自転車に飛び乗り市立図書館を目指す。
図書館駐車場は隣を走る県道の照明があるため、割と明るい。
そこに立っている小柄な人影。
あの子だろう。
「王戸さん?」
「はっはい。すみません! わざわざご足労をおかけしました!」
「いいよ」
「あっあの! どうしても! 御礼を伝えたくてっ!」
「御礼?」
申し訳ないが子犬を連想した。
尻尾をピコピコ振ってる柴犬の子ども。
小声なのに叫んでる感じ。変なの。
「母も是非にと!」
「お母さんも!?」
「わ、私の家に来てください!」
「今から!?」
「すっ、すぐですから」
彼女は自転車に乗ったかと思うと凄い速さで走り出した。
「おいっ! 待てって!」
俺も慌てて追いかける。
王戸めぐみは速い。追いつけない。
県道から細い道へ曲がり、田んぼの中を走る。
そして森の中へ。
この先に家なんてあったかなと思いつつ、王戸めぐみを追う。
突き当たりは開けていて一軒家があった。
少し古風な佇まいだが普通の民家。
随分と長く走ったが、いざ着いてみるとすぐのような気がする。
不思議な感覚。
瑛子の謎家っぽい。
「どっどうぞ! むさ苦しいところですが」
瑛子も見てるだろうし、ヤバかったらどうにかしてくれるだろう。
「夜分にお邪魔します」
和室の居間に通されると王戸めぐみの母親が座っていた。
うちの母親と同じぐらいの年代に見える。
王戸めぐみがお茶とお菓子を出す。
「◯◯様、ようこそお越しくださいました」
二人並んで三つ指ついて頭を下げられる。
「はあ」
気の抜けた返事しか出ない。
「◯◯様はお忘れかもしれません。あなた様に娘を助けられたのでございます」
「えっ?」
「私達はイタチでございます」
イタチ?
「イタチって、あの、道路をささーっと走っていく、あの?」
……あ!
小学校に上がる前、まだ家が古かった時だ。
裏に板や丸太が積んであるが、そこから小さな動物の鳴き声が聞こえてきたんだ。
俺は覗き込んで手を伸ばし、小さな生き物を引っ張り出した。板の端っこに引っ掛けた際に、指を怪我した。
父親が『それはイタチの子だ。親が捨てていったか……』と教えてくれた。
俺の指から流れる血をペロペロ舐めるイタチの子。可愛いと思った。
それを察したんだろう。父親から釘を刺される。
『飼うなんて出来ないぞ。犬や猫とは違う』と言われ、俺は裏庭にそっと鳴き続けるイタチの子を置いた。
人間がそばにいたら親も警戒して来ないだろうからその場を離れる。
日が暮れる前には鳴き声が聞こえなくなり、見に行くといなくたっていた。親が連れ帰ったのだろう。
「あのミイミイ鳴いてたイタチの子?」
「はっはい! それが私です!」
「私ども一族は人と契約を交わして、それを履行することで人に混ざり、貢献することを生業としてきました。
この子に人の世を学ばせる為に高校へ行かせましたところ、◯◯様にお会い出来たのです」
おおお。なんかすごい話になってきたぞ。
「◯◯様は微かに神気を纏っていらっしゃるご様子。それでこの子はまず縁を結ぼうと文をあなた様に出しておりました」
心当たりある。
「あの時は娘を救っていただき、誠にありがとうございます」
再び揃って頭を下げられる。
「あーいやいや! そんな大したことしてませんので!」
「何をおっしゃいますやら。木材の隙間に落ち込んだ娘を我ら夫婦はどうしても助け出すことはできませんでした。あなた様に出していただけなかったら、あのまま死んでいたでしょう」
王戸めぐみを見る。柴犬っぽいと思ったがイタチだったか。
「話はわかりました。お役に立てて良かったです」
素直に礼を受け取る。と言うか普通に暮らしてるんだな、人に交わって。
「先日の化外による襲撃も、神気を纏って返り討ちになさったのはお見事でございました」
鈴木留美子事件のことか。
「◯◯様には長き時を生きる者、まつろわぬ民、そして蛇神様がついておられますね?」
「はい」
「本来なら娘と契約を交わしていただきたいところですが」
「契約?」
「あなた様の利益に繋がる契約をと考えておりました」
「利益」
「不束な娘ですが、そのうち必要とあらば遠慮なく契約なさってくださいませ」
「よっよろしくお願いします!」
またしても頭を下げられ恐縮する俺。
「あ、すみません。その、ご希望に添えるかはわかりませんが……」
「ごゆっくり検討なさってください」
無下に断れないよなぁ。取り敢えずは保留だ保留!
「ひとつ訊いていいかな、王戸さん」
「なっなんでしょう?」
「河野涼子とは仲良いの?」
「こ、河野さんはクラスで浮いてる私にも声をかけてくれる親切な人で……」
「そうなの? 王戸さんが浮いてる?」
「わ、私は器量も良くありませんし、勉学も得意でなくて」
「イタチなのに人間に混ざって高校行ってることが凄いと思うけど」
佐藤優子や飯田奈美を見てたら問題なく人間社会に溶け込んでるが、この子は慣れてないだろうしな。
狸や狐とは違うんだろう。
「◯◯様は! お優しい方です!」
「いやいやそうじゃないよ。あとその様はやめてくれると助かる。普通に呼んで」
「で、では◯◯先輩で」
「同じクラスに飯田由美がいるなら、あの子に伝えとくよ、仲良く頼むって」
「飯田さんですか? 綺麗な人です」
「正体知ってるの?」
「はっはい。まつろわぬ民の方です」
「それ、瑛子も言ってたけど何て意味?」
するとお母さんが教えてくれる。
「◯◯様達が信じる神様達とは異なる神を信奉する民です。古の神と呼ばれるそうですが」
「その辺が今ひとつわからないんですよね」
「古の神は遥か昔にこの地を去り、遠くに行ったとされてます」
「……なるほど。何となくわかりました」
進化系統樹のずっと上の方、つまり大昔に俺たち人類と分かれて進化したんだよな。
吸血鬼が病原菌のメタファーとすると、神ってのは遺伝子のメタファーだとするとわかりやすい。
信じる神=遺伝子。
俺の勝手な妄想だけど。
「飯田由美は苦手かな?」
「いえ! あの方は誰にでも公平に接してます」
「なら大丈夫か。昔助けたイタチの子、また会えたんだ、少しはお節介させてもらうよ」
「おっ恐れ多いことです!」
「もうそれやめよう。人が見たら絶対変に思うから」
「努力します!」
学校で会う機会はそうそうないだろうけどね。
そうして俺は王戸親子に見送られ、家路を急ぐ。
自宅近くで佐藤優子、飯田奈美、瑛子の三人が少し怖い顔して待っていた。
ああこんな時かばってくれる彼女が欲しい。