昭和のいつか。どこかにある高校。季節は初冬。
翌日。
午前中の授業を潰しての全校集会。
商業高校の体育館に全校生徒四百人あまり。
校長の長話を聞いている。
先日の傷害事件に始まり、男女ペアで家出した生徒が複数出たこと、風紀の乱れがとか、学生の本分は学業だとか、要は長い説教だ。
折り畳み椅子ぐらい用意しとけっての。倒れるやつ絶対出るぞ。
ほら! 一人倒れたじゃないか。
また一人。
いや何人も倒れてるぞ。
……多いんじゃないか?
あ、校長も倒れた。
何かおかしくないか?
生徒たちが騒ぎ出す。
ん?
あれは何だ?
校長が立ってた場所。
そこに黒っぽいモヤが渦巻いている。
何だあれは。
背景が歪んでる。
音が聞こえる。
低音の、遠くで何かが呻いているような。
喜んでいるような。悲しんでいるような。
遺伝子レベルで拒絶したくなる不快な音声。
「お兄ちゃん!」
瑛子が来た。
「あれ……良くないものだよ」
黒いモヤが球状になり、その奥に……光……黒い光としか言いようがないものが……そんなものあるのか?
「見ちゃダメ」
瑛子が俺の目を手のひらで塞ぐ。
「瑛子、あれ何かわかるか?」
「こことは違うところと繋がってる、門みたいなもの」
「きゃあっ」
女子生徒の悲鳴。
「扉が開かないぞ!」
誰かの叫び声。
「あっあれ!」
「なんだ!」
「きゃあぁっ!」
人が倒れる音。
「瑛子!」
彼女の手を振り解き、正面を見据える。
体育館のステージはもはや原型をとどめていない。
黒いモヤが球体となって鎮座している。
そこから……まるでタコやイカの足みたいな触手が生徒たちに向かってる。何本も。
触手が触れた途端、崩れ落ちる生徒たち。
阿鼻叫喚。
デアソードを取り出す。
こっちに来た!
斬りつける。
床に落ちた触手。
やがて黒くなり崩れ落ちる。
飯田は?
身体を変化させずに、周囲の人間を守りながら触手を防いでる。
佐藤優子は?
巧みな動きで触手を避けてる。
確認できた顔見知りはこの二人だけ。
他にも何人かの生徒が触手とやり合ってるが、倒れる生徒の方がはるかに多い。
不意に死角から触手が迫る。
が、弾かれた。
王戸ちゃんナイス!
「せっ先輩はお守りします!」
「無理はするなよ!」
デアソードが通用するなら、狙うはあそこ。
ステージに向かって走る。
走る。
折り重なるように倒れている生徒たちを飛び越え。
ただ走る。
次々と迫る触手を片っ端からデアソードで斬り捨てて。
ステージに飛び上がり、触手をまとめて横薙ぎ。
おぞましい感覚。
この世のものじゃないってのは俺でもわかる。
なんだ?
腹に衝撃。熱い。
「お兄ちゃん!」
瑛子が叫ぶ。
触手が俺の腹に刺さってる。
「てめえ!」
痛みを堪えてデアソードを振り下ろし斬った。
呻き声が大きくなる。
俺は立つのがやっと。
こみあげる痛み。
地面が傾く。
違う。
俺がふらついてるだけだ。
冷や汗が全身から噴き出す。
焼け付くような痛み。
腹を中心に広がっていく。
とうとう膝をつく。
「◯◯君!」
佐藤優子に抱えられる。
腹が熱い。
痛くて熱い。
また触手。黒っぽい色だ。
それを掴む異形の手。
飯田奈美だ。
彼女はそのまま触手を握り潰す。
そのまま次から次へと潰していく飯田。
足が、足が動かせない。
「お兄ちゃん!」
瑛子が駆けつけ、黒い球体に手を翳す。
顔色が悪い。
身体がデアソードと同じように光っている。
黒い球体の奥から響いてくる呻き声が一層大きくなった。
球体自体も形が怪しくなり始めてる。
「さ、佐藤さん、俺を瑛子の隣に」
「その怪我で?無茶よ」
「あれ、やらないと俺たち全滅」
「ちょっと待って」
寝かされた。
腹の傷に顔を近づける佐藤優子。
彼女はその形の良い唇を傷口にあてる。
まるでキスするように。
痛みが引いていく。
どんどん痛みが引いていく。
動きが弱っていた心臓が復活する。
痛みさえなければいける!
何とか立つ。
佐藤優子に抱えられたまま瑛子の隣に。
「瑛子、俺も、手伝う」
瑛子は動けない。
苦しそうな瑛子。
俺の妹分をいじめるな。
貴重な戦闘員役だぞ。
あ。
ダメだ。
バランスを崩す俺。
支えられた。小さな手。
王戸ちゃんか。
「◯◯様を支えますっ!」
彼女と佐藤優子に支えられながら、黒い球体へ一歩一歩近づく。
「くらえや、この野郎」
残る力を込めてデアソードを球体に突き刺す。
同時に感電したような痺れ。
「うっ」
三人とも吹き飛ばされる。
誰かに優しく受け止められた。
飯田姉妹だ。
「サンキュー」
飯田奈美と飯田由美、二人で俺たち三人を受け止めてくれた。
佐藤優子と王戸めぐみは気を失ってる。
黒い球体は小さくなり、今にも消えようとしていた。
あ、視界がぼやけてきた。
瑛子が倒れるのが見えた、そこから記憶が無い。