【完結】俺が通う高校は人外魔境だった   作:はるゆめ

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ep.40 仁科亜矢子 前編

 昭和のいつか。どこかにある高校。 季節は冬。

 

 最近かなり寒い日が続く。

 俺は寒がりなので白金カイロを腰に当てて家を出る。じじくさいって言うなよ? 寒いもんは寒い。

 

 教室へ入ると───まるでお通夜だ。

 クラスメイトは暗い顔を付き合わせ小声で話してるやつばかり。

 あんな事があった後だからな。

 

 テレビも新聞も今回起きた事は一切報じていない。完全無欠の報道規制。

 俺は国家権力の本気を見せられた気分だ。

 

 酒巻もいつものように軽口は出なくて、沈んだ表情のまま近づいてくる。

 

「おはよう◯◯」

「おう酒巻。どうだ調子は」

「よくはないな」

「まぁあんなことがあればな……」

「それなんだがな。全校集会で何があったか、覚えてるか?」

「えっ」

 

 なんだって?

 

「何か、こう大変なことがあったのはわかるんだ。でもそれがはっきり思い出せないんだよ、俺」

「それ、私も」

「あれ? お前もか」

「気がついたら倒れている人がいたんだ」

「もやがかかったみたいで」

 

 酒巻の発言が口火を切ったように、クラスメイトが次々と話し始める。

 誰も彼もが全校集会の記憶があやふやだと。

 

 人はショッキングな出来事に遭うと、心を守る為に記憶の封印をする。心理的な防衛反応だったか……どこかで読んだ覚えがあるけど、まさにそれなのか。

 

 それにしては。

 クラス全体を見渡す。

 覚えているクラスメイトが一人もいない。

 俺と飯田以外の全員が、だ。

 そんなことあるのか?

 隣の席の飯田と顔を見合わせると、彼女も困惑した顔。

 

「さあな。俺もよく覚えていない」

 

 誤魔化すしかない。

 ステージ上が異界への門と化して、伸縮自在の触手が生徒達を襲った……なんて説明出来るわけない。

 

「おーい、席につけー」

 

 担任が入って来た。その後ろに、うちとは違う制服を着た女子。

 

「転校生の仁科亜矢子さんだ。隣の県から引っ越してきた。仲良くなー」

 

 中学までと違い高校で転校生はすごく珍しい。

 

「じゃ、仁科。自己紹介」

「仁科亜矢子です。隣県の女子高から転校してきました。よろしくお願いします」

 

 清楚なお嬢さま、俺の第一印象。

 綺麗な声だ。

 印象的な切長の目が俺を一瞬だけ捉え、そして俺の机の横に視線を移し、すぐに目を逸らされる。

 なんだ、さっきの視線の動き。

 

 授業が終わると、仁科亜矢子に二人の女子が話しかけて、それ以外は全校集会のことで持ちきりだ。

 

 俺は廊下へ出て隣のクラスを覗く。

 佐藤優子は俺の視線を受けて席を立つ。

 目立つのは嫌なので、仮設校舎から離れてグランドの隅へ。

 

「佐藤さん、そっちのクラス、全校集会のこと覚えてるやつはいる?」

「あら、◯◯君のクラスも? 誰もはっきり覚えてないみたい」

「俺はさ、心理的防衛反応で思い出せないようになってるのかと思ったんだけど、いくらなんでも全員って……」

「そうね。私は河野涼子の仕業と見てる」

「なぜに?」

「ほら、あの子は桃色空間を構築してたでしょ。柚木さんの表現を借りれば『恋に溺れたらバカになる』だっけ? あれと同じで、あそこに居合わせた人達を、そうね、酔わせたってとこ?」

「ほぉーすごいな佐藤さん。……そうか、あの儀式には理性の働きが弱ってる人間が必要とされてたと」

 

 ある意味好都合だ。

 俺のデアソードとか、飯田や佐藤さん、瑛子の奮闘をどう誤魔化すかを考えてきてたが、それが必要なくなった。

 あのパニックの中だ、まともに目撃されたとも思えないけど。

 

「クラスメイトも変なトラウマ抱えなくて済むし、俺らも好都合……でいいのかな」

「それでいいの。あんな出来事は後始末が大変なのよ」

「うん、それわかる。鈴木留美子の時はかなり影響が残ったから」

 

 影響どころじゃない、残されたものが河野涼子の儀式に使われた。

 負の連鎖。そんな言葉が思い出される。

 あいつはきっとどこかで同じことをやるに違いない。

 

「あの子が姿形を変えてなければいいけど」

「日本人のルックスだとアジア以外なら目立つだろうからなぁ」

 

 あの退屈で平和な日々が懐かしい。

 この世の裏側を知らなかった日々を。

 

「ソ連や中国、北朝鮮、キューバ、中央アジア辺りに逃げ込まれたら見つからないでしょうね」

「捕まえて文句の一つも言いたいけど、自分が無力な子どもだって思い知らされるよ」

 

 懐かしんだからって、それが帰ってくるなら誰も苦労しない。

 振り返るのはやめだ。

 こうなったら仕方ない。

 

 放課後。日課だった酒巻との駄弁りタイムも再開だ。

 グランドを見ながら酒巻のエロトークが出てくるところだが、さすがに不可解な出来事の後では精彩を欠く。

 

「仁科亜矢子、良い足してたなぁ」

「さすが酒巻だな」

「それを毎日、同じ教室で特等席で見学出来るのは最高だ」

「なんだそりゃ」

「……あれ、何だったんだろうな」

「全校集会か。先生達も覚えてないみたいだしな」

 

 あの場にいた人間は俺たちを除いて誰も記憶がない。

 

「結構な数の生徒が亡くなった。うちのクラスにはいなかったが」

「怪我した生徒もな」

 

 顔見知りがいないせいか、俺はあまりショックを受けてない自分に嫌気がさす。

 薄情なのか。シラケ世代とマスコミに煽られる年代だからか。

 

「おかしなことばかり起きるな」

「そうだな。そう言えばお前、何だったかな、一年女子の」

「山本美奈子な。もうどうでもいい」 

「ええ?」

「急にな、冷めたんだよ。というか何で俺あんなに入れ上げてたんだろう」

「急にか」

「急にだ」

 

 河野涼子が仕込んだものが崩壊したからか、酒巻はあっさりしていた。

 飯田から聞いた話だと山本美奈子は酒巻を本命扱いしていない。

 そりゃ一回目のデートは本当だろうが、学年が違うから普段まともに逢えずに、電話もダメ。

 おそらく酒巻が受け取っていた手紙は河野涼子の仕掛けだろう。

 その女子から頻繁に手紙を貰えば段々その気になるだろうさ。

 結婚詐欺か!

 

 同様の仕掛けでその気になって舞い上がった挙句、柚木の言う『バカになった』被害者はたくさんいる。あの傷害事件を起こしたやつもそうだし、飯田由美に激昂していたやつもだ。

 

 やつにしてみれば高校生を手玉に取るのは容易いことなんだろうな。

 

「酒巻もちゃんと彼女作ればいいんだよ」

「余裕のあるやつは言うことが違うな!」

「俺はその気がないだけだ。当分な」

「へいへい。そう言うことにしておこう」

「まぁ部活がんばれ」

「ああ。久しぶりだから思い切り体を動かしてくるわ」

 

 さてさっさと本屋に行って注目している漫画を買おう。

 カバンを軽くする為に教科書を机の中へ入れようと……なんだ?この紙切れ。

 

 仁科亜矢子からの呼び出しだ。おいおい。

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