昭和のいつか。どこかにある高校。 季節は冬。
冬の日暮れは早い。
夕飯を済ませた俺は瑛子の謎家へ。すぐ隣だけど。
親には瑛子の勉強を見る為と言ってある。母親は上機嫌。何か勘違いしてるんだろう。たまに瑛子のお母さんも来てるしな。
祠の横を通り過ぎ、自転車を押して森の中へ入ると、目の前に家が現れる。この辺の仕組みは考えるだけ無駄だ。
「もうお風呂沸いてるから」
今日は着替え、買ったばかりの漫画、そしてコカコーラ持参だ。
「またそんなもの飲んで……」
「本読む時にな、これ飲むと捗るんだ」
カフェインは俺の味方。
そして檜風呂にゆっくり浸かる。極楽気分だ。
今日あったことは逆だけど。
河野涼子がこの街に潜伏してる情報が悪魔によってもたらされた。
奴は全く諦めてないんだ、あの儀式を。
風呂から出ると瑛子が着物姿でお茶と干し柿を出してくれる。田舎のばあちゃん、元気かな。
「清めるって何するんだ?」
「目、瞑って」
言われた通りにする。
ふわりと。
座った俺の頭を瑛子が抱いたようだ。
鼓動が聞こえる。
甘い香り。
何だろう。
この感じ。
親との温泉旅行で四国の山奥に行ったことがあった。
昼間でも暗い森、その中を歩いて温泉に行く。
幹の直径が三メートルはありそうな大木や苔むした大岩、それらに囲まれてると自然への敬意が沸き起こった。
八百万の神々。
それを肌で感じたんだ。
その時と同じ気持ちになった俺は、畏まる。
「終わったよ」
いつもと違って神々しい瑛子に俺は見惚れてしまう。
「すまん」
「急にどうしたの?」
「俺はこんな美しい女神にヒーローごっこで戦闘員役をやらせてたと思うと……」
「もう!」
そんなアホなことでも言わないと!
「まぁ冗談はおいといて。何したんだ?」
「お兄ちゃんの魂にお守りをつけた。悪魔対策よ」
「あいつか」
「佐藤さんに悪魔のことを色々聞いたの。あいつらはね、人に取り憑いては遊んでる」
「遊びなんだな」
「うん。イメージとして映画やドラマの登場人物を好き勝手に操作してる感覚なのよ」
ある日突然に愛する人が豹変……考えただけでも悪夢だ。
「特に信心深い人、その人が信仰している神を貶めて楽しんでる」
「悪趣味だ。アジアや日本であまり聞かないのは……」
イメージとしてはキリスト教圏だ。
「その辺日本人はふんわりでしょ?」
「その通りだな。俺は熱心な瑛子信者だが」
「……もう。それとさらに悪質なやつになると、ずっと人に紛れて普通に暮らして、ある日突然本性を現して好き勝手するみたい」
「まさに娯楽ってわけか」
突然人が変わったように凶悪犯罪に手を染める……そんなニュースが思い浮かぶ。能力をそんな風にしか使ってないのか。
悪魔界のことは何もわからないけど悪趣味なことやってることからして、ロクでもない奴らなのはわかる。
「今となってはお前が岩の奥にいるって教えてくれたあの子に感謝だよ」
「あの子?」
「ん? 近所の女の子だよ。その子が飴玉を放り込んで『この奥に神様がいる』って教えてくれたから、俺も真似して始めたんだぞ」
「……初めからお兄ちゃん一人だったけど」
「え?」
「あの頃私は小さい存在だった。そこへ近づいてきた光。それがお兄ちゃん。決して忘れないよ」
「んんんー?」
俺の思い出と食い違ってるな。何だそれ。仮にも神様である瑛子が記憶違いをするとは思えないから、俺の方が間違ってるんだろうが。後で母親に確認してみよう。
「お茶入れ直すね」
「しまった、コーラ」
瑛子の家に冷蔵庫が無いのを忘れてた俺。
「それ冷やしてるよ」
「どうやって?」
「出来るの。それぐらいは」
瑛子がどんどん万能ガールになっていく。
もう家電いらないんじゃないか。
「ひょっとしてそのうちタイムスリップも?」
「それは無理」
「残念」
翌日。
教室に入ると仁科亜矢子が笑顔で挨拶してくる。
「おはようございます。◯◯君」
白々しいぜ、この野郎。
「あ、ああ。おはよ」
「おい◯◯! いつの間に仁科さんと」
酒巻が寄ってくる。知らぬが仏だぞ。
「普通だ普通」
「本当かぁ? 怪しいぞ」
「おはよ、◯◯君」
「飯田、酒巻が絡んできて困ってるんだ」
「おーい飯田、いいのか? ◯◯が浮気してるぞ」
「えっ……」
「酒巻もデマ言うな。飯田、酒巻の言うこと真に受けたら人生終了だぞ」
「あっ、うん」
「かーっ! 夫婦の会話してんじゃねぇよ」
「どこが夫婦だよ」
他愛のない会話。これが暗く沈んだクラスの雰囲気を元に戻すと信じて。
放課後。
河野涼子が抜けたことで『アナザーワールド』のメンバーから相談があるとのことで、楽器店へ向かう。
ちなみに河野涼子、学校では転校扱いだ。
「◯◯君、いらっしゃい。みんなもう来てるよ」
紀子さんは相変わらず愛想抜群だ。
リードギターの子がすぐに寄ってきた。
「またここでベースを募集しようと思うんです」
「いいんじゃないかな」
ここは近隣の中学や高校の生徒が集まるから、メンバー募集をするのに最適だ。店長が紹介してくれることもある。俺もその口だったし。
幸いメンバーの子達はやる気充分なようだ。
「春休みに青少年センター借りてライブやろうって話、話が広がって五つのバンドが集まりました」
「ほぉ」
「話を進めていたのは河野さんですけど、私が代わりに仕切ってます」
新しくリーダーになったのはこのことなのだ。
「で、紀子さんが色々手配してくれて、ここの商店街でやったらと提案がありました」
ここの商店街にはステージとして使える広場があり、様々な催し物に使われている。
「使用料が青少年センターの半額以下ですし、PA設備と簡単な照明器具も使わせてもらえます。どうですか?」
「俺は賛成。青少年センターは見に来る人にとって少し敷居が高いと思うんだ。ここでやるなら気軽に立ち見も出来る」
「よかった! イスも百ぐらいあって、チケット買った人が使えるようにしようと思うんです」
「それでいいんじゃないの?」
赤字にならないこと。これは重要だ。
「よっし。あとは任せた。すまんな、本当なら俺が仕切った方がいいんだろうけど、ちょっとバタバタしていてな」
「あ、気にしないでください。◯◯先輩をスカウトする前から企画していたことですから」
他校のバンドを全然知らない俺は出番なし。
期末テストが済んだら練習再開だ。
「話は決まった?」
「あ、紀子さん。はい、商店街のステージ予約お願いします」
「うんうん。色んな店からも協賛金集めちゃうから、宣伝の方は期待しといてね!」
「良い話になってますね!」
柚木登場だ。ま、この子は家が商店街にあるから、ここは庭みたいなものか。
「パパにお願いして協賛金はずんでもらいます! 店に来るおじ様達にも宣伝任せてください」
「おお〜柚木の謎の行動力」
「先輩の素晴らしい演奏を人一人でも多くの人に聴いてもらうためです」
藪蛇だった。
「その信仰は控えてくれよ、柚木ぃ」
「私、頑張ります」
この信仰心を瑛子に向けたいものだ。
「随分と由香里ちゃんに気に入られてるのね、◯◯君」
「はぁ、なんて言うか」
紀子さんもやめて。
「柚木さん、バンドに参加しないんですかね?」
「この前、校内で誘われてたよ?」
「おおそうなんだ。で?」
「『私では魂を揺さぶるのは無理なので』って断ってた」
「柚木さんらしいよね」
柚木ブレないな。彼女らしいが。
店内に目を移すと、見慣れない楽器がちらほら。
「紀子さん、あれは?」
「あー今ね、ほらワールドミュージックって流行ってるでしょう?」
「あーアフリカとか南米の」
「そうそれ。それで買いたいって人が増えたから。今スタジオで練習しているバンドもそうだよ」
元々黒人音楽の白人解釈という形でロックは発展してきたが、どうにも袋小路に迷いこんだように思う。
そんな八十年代の終わりが見えてきた最近、新しい波としてワールドミュージックが台頭してきた。日本にその流れは入ってこないだろうがな。
あのリズムは日本語と相性悪いから。
スタジオの方から歩いてきたグループ。
「あ、◯◯先輩、あの人達一緒に演る『感情警察』ですよ」
「パンクバンドみたいな名前だな」
四人の男。あーわかる、わかるぞ。
髪型からして。
まぁパンクっぽい。
ワールドミュージックへ転向したんだな。
先頭を歩いていた男はリードギターの子と目が合うと軽く手をあげて店の外へ出ていく。
「あの人がリーダーですけど、いつもあんな感じ。工業高校の人たちです」
「俺も人のこと言えないが、バンドやるやつってどこか屈折してるから、あんなもんだろ」
「え……先輩ってそう思ってるんですか?」
「少なくとも俺はその自覚があるよ」
言ってて自分が辛い。
ああ! そうだよ!
心のどこかではな、青春って感じに憧れはあったりするよ!
現実は厳しいがな!
「◯◯先輩って、そうは見えないんですけど……」
「俺は屈折の星からやってきた屈折マンだからな」
「第一印象はちょっとだけそんな風に見えました、けど」
おおぅ。地味なボディブロー。
やはりそんな風に見えるのか。
「話してみたら全然違ってて。大丈夫ですよ。自信持ってください」
年下に慰められる辛さよ。
「あーうん、わかった。じゃあな」
「喫茶店行かないんですか?」
「俺な、ちょっと忙しいんだ。じゃ!」
耐えきれず自転車に飛び乗り家路を急ぐ。
青春なんてくたばれ!
でも彼女が欲しい。