昭和のいつか。どこかにある街。 季節は冬。
差し込んだ朝陽が眩しくて目が覚める。
寒い。
八時過ぎだ。
冬休みとは言え、この時間まで寝ていると母親が『いい加減にしなさい』と起こしにくるのがいつものことなんだが、今日は忙しかったか。
居間に行くと母親がソファで寝ていた。
ん?
母親は夜、テレビ見ながら居眠りしてるのをよく見かけるが、ソファで寝るとは。何してるんだ。
顔を洗おうと洗面所に行すと、父親が床で寝ていた。
何してるんだよ。
「親父、起きろって」
激しく揺すっても、よほど熟睡しているのか起きる気配がない。酒の匂いはしない。
「しょうがねぇな。仕事しすぎか?」
四苦八苦しながら居間まで引きずっていく。
重たい。
寝起きの重労働。
ソファは母親が占拠しているので、親父はカーペットの上に転がし、二人に毛布をかけておく。
台所で簡単に朝食を済ませた後、楽器店へ向けて自転車を飛ばす。
今日は柚木が新しいシンバルを買うってことでそれに付き合う約束だ。
ほっとけば紀子さんが世界トップブランドの一番高い、しかもほぼ使わないサイズのものを買わせるかもしれない、それを回避するためでもある。
商魂逞しすぎるからなぁ。
聞こえる。
商店街へ近づくにつれ、聞こえてくる。
ゆったりとしたリズム。
アフリカンミュージックだ。
商店街のステージでリハーサルでもしてるのか。
ここに来て俺は気づく。
変だぞ。
街に誰もいない。
車一台通らない。
おかしいじゃないか。
平日のこの時間なら。
スーパーへ買い物へ出かけるおばちゃん達。
喫茶店のモーニング目当てに集まる常連達。
パチンコ屋に並ぶおじさん達。
駅へ向かう大学生達。
誰もいない。
自転車で走る俺だけ。
うちの両親みたいに寝てる?
全員が、か?
商店街の入り口手前で自転車をとめる。
そこにいた女子達。やはりというか。
佐藤優子。
飯田奈美。
黒瀬瑛子。
王戸めぐみ。
柚木由香里。
柚木だけいつもと違う姿。
昨日見せてくれたエミリと融合した艶っぽい柚木だ。
「地下の校舎の時と同じで、移動出来なくなってる」
「飯田もそうなのか?」
「うん。それといつも朝にうちへ卵を持ってきてくれる隣の家の人、皆んな変なとこで寝てたよ」
「うちの両親もだ」
「この街に住む普通の人たち全員が眠らされてる」
瑛子が商店街の入り口を睨みながら教えてくれる。
「あっあの、今朝から他の街のイタチと連絡つかなくなって気がついたんです」
焦った様子の王戸ちゃん。
「困りましたね。監視衛星と通信は出来るんですが、この街が見えてるけど見えてないようなんですよ。今、ここにいる私たちを捉えられないみたいで」
夜の蝶にふさわしい服を着ているせいで、やたら色っぽい柚木が上空を見上げで呟く。こんな時にとは思うが、悲しいけど年上大好き男子高校生の
「あのさ。頼みがあるんだ」
彼女達の目を見て話す。
「佐藤さん、飯田、瑛子、王戸ちゃん、柚木。君たちは連携を意識してほしい。今起きてること、これは間違いなく河野涼子の仕業だと思う」
あんな存在が他ににもいたら、お手上げだ。
「向こうは河野涼子の指示命令に沿って何かしている。こっちがバラバラで動いたら不利だ」
中学時代の体育。
サッカーの授業を思い出す。
サッカー部の連中が巧みにパスを繋いで得点を重ねていく。俺も含め他の男子はボールに群がり、走り回るだけ。
わかっちゃいるけどやめられないってやつ。
悔しかった俺はバスケットボールの授業で、ボールの奪い合いには一切参加せず自陣ゴールの下に張り付くことにした。
バスケ部の連中が俺たち素人を翻弄しまくる。
俺はとにかく敵のシュートを阻止しようと動き回った。上手くいくどころか散々あしらわれてばかりではあったが、授業が終わった後『お前の存在が鬱陶しかった』と言われた時は、心の中でガッツポーズを決めた。
攻撃に加わらなかったせいで味方チームのやつには責められたがな。
「君ら、互いにどういうことが出来て、不得手は何かもう知ってるんだろ? 俺は非力な人間で一番足を引っ張る立場だ。だから囮ポジション。それを前提に動いて欲しいんだ」
「◯◯君が一番危ないってことじゃない」
佐藤優子が呆れたような顔で俺に指摘する。
「図々しいお願いだと思うよ。でもそれがベストだと思う。そこまで心配はいらない。過信してるわけじゃないけど、デアソードだってあるし」
自然と手の中に現れるデアソード。今はただの木刀状態だ。
「合理的な提案です。私たちがいれば先輩に傷ひとつ負わせることはない。そうでしょう?」
柚木が皆を見渡しながら微笑む。
「う、うん。前のような失敗はもうしない」
飯田の決意したような顔。
「わっ私、頑張ります」
王戸ちゃん。
「◯◯君、良い顔するようになったわね」
またも年上ぶるーー実際そうだけどーー佐藤優子。
「いるんだろう? 仁科亜矢子……むぐっ」
不意に抱きつかれる感覚と唇が塞がれる感覚。
仁科めキスしてきやがった。すっごく嬉しくないキス。
「くっくっく。お前らの存在が奴を焦らせたんだろうよ。お前さん方はいい餌になってくれた。やつがボロ出しゃ、俺も粛正対象を突き止めやすくなるってもんさ」
そのまんまホラー映画の主演女優賞をとれそうな笑顔の仁科亜矢子。
「謝礼だ。お前さんも、おっと」
瑛子が手刀を繰り出していた。
「お兄ちゃんに触れるな!」
「おう怖い怖い」
跳躍して三階建てのビル屋上へ上がった仁科亜矢子。
「まぁせいぜい奴にやられないでくれよ」
そう言い残し姿を消す。
「瑛子落ち着け、人生で一番嬉しくないキスだから。マジで野良犬に噛まれたようなもんだ」
また唇が塞がれる。瑛子、お前!
「これで清めたよ。それと五感を底上げ。いつもより見えるしいつもより聞こえる」
「……お、おう」
「黒瀬さんも大胆です。私も頑張ることにしましょう」
「柚木! お預け!」
「それでどうするの?」
佐藤優子の雰囲気が少し怖い。
「あの演奏している曲、アフリカミュージックなんだけど、前のことから考えたら精神作用を引き起こすためのものだと思う。だから皆んな眠ってるんじゃないか?」
「前と違うやり方で生贄を確保するってことね」
「今度は街に住む人全員だ。しかも人質として使うってのもやるだろうし」
あいつは俺たちの命なんて心の底から何とも思ってない。ただの材料。
「洗脳されてるだけなのか、最初からやつの手先なのかわからんけど、ステージにいる『感情警察』の演奏を止める。絶対それをさせまいとしてくるはずだから」
全員が黙って頷く。
「私はエミリの身体を飯田さん達を参考に構築しましたけど、遠距離攻撃に向いているので後方支援に回ります」
柚木、頼りにしてる。
「じゃ、私たち四人で◯◯君を囲むように、いいわよね?」
「いいよ、佐藤さん」
「まっ任せてください!」
「……お兄ちゃんに指一本、触れさせない」
佐藤優子の提案に三人は同意した。
下手したら地球どころか太陽系、いや銀河系すら飲み込むおぞましい神とやらを来させてなるものか。
実は内心かなりビビってる。少しだけ逃げ出したい気持ちもある。
情けないとは思うが、正直な気持ちだ。
熱血主人公みたいに『よーしやってやるぜ』とはならない。残念ながらな。
うちの両親、酒巻や加藤、知り合いの顔が浮かんでくる。
そうだ。
あの女に好き勝手されてたまるかよ。
やるんだ、俺が。
待ってろ河野涼子、いや姫巫女なんちゃら。
絶対邪魔してやる!