昭和のいつか。どこかにある街。 季節は冬。
「おわっ」
飛び起きる。
「お兄ちゃん!」
瑛子に抱きつかれる。
「お熱いねぇ」
ニヤつく仁科亜矢子。
「先輩、危なかったです。精神攻撃に長けた相手は厄介でした」
「私らも幻術は使うけど、さっきのは堪えたよ」
本田さんがしょげている。
「俺様にあの手の術は効果薄いんだがな、かなり複雑でやばかった」
「でも悪魔さんは流石でした。私もサポートもらえて、色々学ばせてもらいました」
何か悪い夢を見ていた気がするが、急速にぼやけていく。
「飯田も佐藤さんも王戸ちゃんも、みんな無事なんだな」
「うん。後、ごめんなさい。私……」
「飯田、それは無し。操った河野が悪い」
「柚木さんに随分世話になったのね。ありがとう」
「いえ、佐藤先輩も気にしないでください。先輩の言う通り、河野さんの仕業ですから」
「瑛子、お前は大丈夫か?」
「だ、大丈夫。柚木さんが輸血までしてくれたから」
気がつく。
演奏が止まってる。
見るとステージ上に立ち尽くす『感情警察』。
「俺達は失敗したとばかり」
「あれ、自分たちでやめたんです」
「準備は完了ってことか?」
「どうでしょう?」
「その通りよ。あなた達はもう終わり」
『感情警察』のリーダーが話し始めた。女言葉で喋るのがチグハグだ。
「あなた方は邪魔ばかり、しかも悪魔まで加わるとは」
「同族をおもちゃにしてくれたよな」
「仁科、合図したら穴を開けてくれ」
小声で仁科に伝え、柚木に振り向く。
「アレが出たら何か吹き飛ばす武器を頼む」
「効果は保証出来ませんよ」
「何もやらないよりずっとマシだ」
「何かこそこそ話してますが、もう何もできることはありませんよ?」
その時。
ステージの背景が歪み始める。
黒い球体が現れ、向こうは何も見えなくなる。
おぞましい闇。
「神よ」
いつの間にか『感情警察』のリーダーは河野涼子の姿になっていた。
その暗い闇から姿を現す何かを見ようとして
「お兄ちゃん、見ちゃダメ」
瑛子に目隠しされた。
あ。
ほんの一瞬、ちらっとしか見てないのに、膝の力が抜け、地面にへたり込む。
なんだ。
なんなんだあれは。
飯田、王戸ちゃん、本田さんも俯いている。三人とも足がガクガクと震えて。
「瑛子、完全に現れたか?」
「うん」
「仁科、頼めるか」
「いいぜ、準備はしてある」
「柚木頼むぞ」
「中性子ビームにします」
瑛子に目を塞がれててもおぞましい気配があたりに満ちてるのが感じられるぞ。
あんなもんがいる世界?
真っ平ごめんだ!
「開けたぞ」
「あっ。お兄ちゃん!
「え? 何?」
「神社でやるでしょ。早く!」
「わかった。一回でいいか?」
「うん」
手を思い切り開く。
ありったけの勢いで手を打ち鳴らす。
するとどうしたことか、まるで深い森に踏み込んだ時に感じたような、あの清浄な空気が流れ込んできた。
瑛子の手のひらを通過してまばゆい光が俺の目の中へ届く。
何が起こった?!
「神よ! あああああああっ! 我が神よぉっ!」
河野涼子が半狂乱になって叫んでいる。
何が起きてるかは見えない。
だが流れ込んでくる清浄な空気がおぞましい気配を消していく感覚はある。
不意に瑛子の手のひらが外される。
目の前にあった黒い球体は消え、手前に小さな女の子が立っていた。
小学校低学年ぐらいの子だ。
その子が振り向く。
俺を見て笑った。
どこかで会ったような気がする。
なぜか懐かしい。
誰だろう。
そしてその子の姿は消えていく。
「お兄ちゃん……私よりもずっと格上の神様が来てくれたよ」
瑛子の穏やかな声。
俺は思わず手を合わせて祈る。
心の中で精一杯の感謝を。
「さすがにおっかねぇな。俺も消されないようチマチマ遊ぶとするか」
仁科、いや悪魔が怖がってる。
飯田、佐藤、王戸ちゃん、本田さん、俺も目から涙が溢れて止まらない。
「お姿を拝見出来るなんてねぇ」
「本田さん、初めて?」
「そりゃそうだよ」
「ああああああああああ!!!!」
河野涼子の絶叫。
「お前たち!!」
その形相は悪鬼そのもの。
そしてかき消すようにいなくなった。
「逃げた?!」
「だろうよ。この街を閉ざしていた術式も消えたぜ」
遠くからパトカーや救急車のサイレンが聞こえてくる。
「やったのね!」
「どわあ!」
背中を盛大に叩かれた。アンネさんだ。
「アンネさん……。俺たち結局何も……」
「すごいね、この神気。たまに感じる場所があるけど、こんなの初めて!」
「街の人たちは?」
「大丈夫。気を失ってただけみたい」
両親の無事がわかりホッとする。けど。
「……でも何人も命を奪われ、操り人形になってました」
「……そうだね」
山根や『アナザーワールド』のメンバー、『感情警察』もだ。彼らは河野涼子に殺され、その上で手駒にされた。
あいつ!
また逃げやがって!
どこまでも追いかけるぞ。
もうこんなことさせない!
「これからのことは警察や大人に任せて、あなた達は自分の後始末!」
「え?」
「みんな服がボロボロだよ」
「あ……」
全員、血は付いてるしあちこち破れてる。
あーヤバい! 見えてはいけないモノが見えそうな子もいるじゃねぇか!
「瑛子ちゃん! そういうの得意よね?」
「あ、はい」
「じゃみんな瑛子ちゃんとこへ行こう! そこの悪魔、あんたもだよ」